2006年05月12日

ネット・ブログ 私論と政治運動

ネット・ブログ私論

活字と政治運動

 日本人というのは活字が好きな民族といわれてきた。何よりもそれは活字媒体である新聞社の多さに見られるという。私が生れた福島県には日刊の新聞社が二つある。

 福島民報新聞社と福島民友新聞社の2社であるが、共に県を代表する日刊紙として凌ぎを削ってきた。実はこの2紙ともその発行は政治運動がきっかけとなっている。

 福島県は自由民権運動の盛んな土地であった。明治政府側の官製新聞に対して、自由民権運動のリーダーであった河野広中が『政論新聞』を発刊、対抗したのである。

 新聞は自由民権運動にとっては武器であった。当時の政治権力を握る明治政府に言論の力で挑んだのである。標語には「吾等は自由を愛す」と高らかに謳い「天賦権利を愛す」と続けた。

 この河野広中の発行した新聞が後に2社に分かれ、今日の新聞社の基礎を築いた。このように新聞とは政治と深く関わるものである。

 さて、現代の話になるが、ネット・ブログの愛好者は既に総務省の発表によれば、今年3月末現在で868万件が登録されているのだそうだ。登録している人数がこれだけいるということは、見ている人はその何倍にもなるだろう。

 ブログとは日記風に書かれた個人の簡易HPだが、これほど急増した背景は、やはり日本人の活字好きとしか説明できないだろう。出版界では活字離れが言われてから久しいが、このネットでの盛況ぶりを見るにつけ、一体、活字離れは本当なのかと疑ってしまう。

 私は昔からのモノ書きで、自分ではジャーナリストの端くれと自負してきたが、この現象は驚き以外の何物でもない。何故ならば、2つの大きな特徴がある。それは直ぐに物事を伝えることが出来る速効性、更に大した費用も必要としないでやれるという利点である。

 実はこれは見る方にとっても同様だろう。ニュースを即座に見れる。尚且つそれがただ同然の無料となれば、これは見る方にとっても大きなメリットとなる。しかも、それを書く側と見る側で共有しながら進めて行くことも出来る。

 報道という面においては、まだまだ既存のマスメディアに立ち向かうことは不可能だが、論評することや批評するだけなら、ブログが既存のマスメディアより余程読む側の心を掴むだろう。

 何故なら、その論評や批評に対して自分の意見をぶつけることが出来るからだ。この双方向性というのが、これだけブログが急増した大きな理由でもある。それだけ日本人は議論好きな民族なのかも知れない。

 ところで、私は先ずHPをつくり、その後掲示板で様々な人と議論を戦わせてきた。2ちゃんねるなどには7、8年前から実名で投稿してきたので見た方もいるかも知れない。

 掲示板は自分だけの意見の表明とはいかないし、その議論もまとまりのつかない方向にどんどん流されて行く傾向にあったが、このブログはその歯止めがある程度管理人の判断でコントロールできる。

 私はこのブログを自分たちの政治啓蒙活動の一環として始めた。その意味では一般の日記風のブログとは違うのかも知れない。しかし、目的をはっきりと打ち出している以上、それに興味を抱き支持する人が見れば、それなりの未来が開けてくるものと信じています。

重要な視点と「実名」ブログの意味

 「朝日新聞社をネタに書くのは止めた方が良い」などという、訳の分からないコメントもあったが、私のブログの主たる目的は新聞社の報道に対する批判の目であることだ。この視点を欠いたらこのブログを書く意味を失う。朝日新聞社は「不偏不党」や「客観報道」という言葉を直ぐに持ち出すが、それは本当に守られてきたのか?そのことを問わずして、ブログの価値はない。

 マスコミは権力の監視を国民から委託されてきたなどと思い上がり、自ら権力者となってしまった。だから権力者特有の批判を受容することに耐えられなくなっている。

 朝日新聞などの「偏向マスコミ=変考マスコミ」に対する国民の不信感は今や根強いものがある。しかし、当のマスコミがそれをどれだけ認識しているだろうか?ネットでも批判を嫌がらせや言い掛かりくらいにしか取っていないとすれば、それはこれから大きなしっぺ返しを食らうことになるだろう。

 私のように実名で政治的な立場を表明し続けることは稀だ。しかし、それが皆無ではないところに、今後のネット・ブログの広がる可能性は無限であると信じる。朝日新聞社などはブログが匿名であることを理由に、その信用性や信頼性に疑問を投げつける。

 しかし、本来匿名だろうが実名だろうが、その書いている事柄に価値の違いはない。あえて私が実名で通すことが、その彼等の決めつけを愚問としてしまうから愉快である。

 このインターネット・ブログ私論は、本日朝日新聞に掲載された「三者三論」の中で論じられている「市民ネットメディア考」への私の率直な感想であります。

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Posted by the_radical_right at 22:24│ mixiチェック │ネット・ブログ 
この記事へのコメント
くらまさんへ
くらまさんは何歳くらいの方は存じませんが、チェルノブイリ原発事故は私の記憶の中では衝撃でした。明日は当時の日記からそれを紹介することにしたいと思います。
その時、またコメントしてください。
Posted by �鷂郵姐� at 2006年05月14日 21:24
 長いのを書くと分割せざるを得ないんですね。連投失礼します。

 言い遅れましたが自分の最大の政治理念は「命を大切にできる国」で、自分の中ではこの理念とその他のものは天秤にかからないので(ある種のファッショって言うんでしょうか)、国民の命と国土の保全を最優先した道筋から原発には反対しています。自分が極端なのは知っていますが、個性のうちかなとあきらめています。重要度の順位があまりにもはっきりしているというのは、シンプル(=馬鹿?)ってことかなとも思ったりしています。
Posted by くらま at 2006年05月14日 20:32
 日本の核武装の可能性を残すというだけであれば、地震の少ない北海道か九州に軽水炉が1基ずつあれば十分であるかに見えます。技術力から考えても、濃縮前のウランを大量に保持するだけでも同レベルの抑止力になるでしょう。
 前の書き込みで書き損ねたのですが、似たような危機管理からみると、大地震が予測される浜松にすら原発があるのはどうかと思うのですが・・・。
 同時に、もしも(「もしも」ですよ)「本当は危機管理の視点から危ないけれど、敵の味方は敵なので」という論理が反原発論者が敵視される主要な原因だとすれば、この国を強くするのには少し悲しく思います。
 この話題で追加のご意見があればお返事ください。なければ、一呼吸おいて別の質問をほかの日のコメント欄にさせていただきたく思います。
Posted by くらま at 2006年05月14日 20:31
>私は単にイデオロギー上の戦略として、反政府活動に利用しているとしか思えません。
 というのは、初めて聞きました。軽水炉支援などと併せるとそういう風に見えるのも納得の範囲には入ります。実際そうかもしれません。ただ、職業的活動家レベルではこのことが本当っぽいとしても「大衆の多くが精神的に核を嫌い」という印象もまた、自分は感じます。
 左翼かどうかは別にして、各国の政府が日本政府ほど原発推進に積極的でないのは事実ですよね。二酸化炭素排出対策を原発で行おうとしているのも日本だけです。増殖炉やプルサーマルも似た事例に見えます。そもそも技術的に危なげですし。
Posted by くらま at 2006年05月14日 20:30
原発がテロの標的になる可能性は否定できません。しかし、かなり厳重な警備体制が敷かれており、訓練を積んだ相当多数の重火器を所持した兵士でなければ、原発の破壊は難しいと思います。ただ、この原発の危機管理が十分であるとは誰も思っていないでしょう。原発の警備体制の強化を更に行うべきでしょうね。

メルトダウンの件で思い出すのは、東海村の原発事故ですね。あの時は丁度インターネットの掲示板で論争中で、相手がそちらの専門家でした。刻一刻と入る情報に危機感を抱いたことを思い出します。当時、ネットで放射線のデーターが見れたのには驚きでした。「周辺何キロで、現在の数値はこうです・・・・」というデーターが見れました。現在はどうなのでしょう。当時来ていた詳しい人が今は見えないので、現在はデーターを探すことはできません。
Posted by �鷂郵姐� at 2006年05月14日 19:36
くらまさんへ

原発における事故の危険性を軽視しているわけではありません。先ず、左翼はなぜ原発に反対しているかです。外国の左翼政権は原発に反対していませんね。ドイツの緑の党は原発を認めないが党是だったので、連立政権時代は原発廃止の方向でしたが、政権が変わったので、これからは原発政策も廃止の方向から転換されるかも知れません。
日本の左翼がなぜ、世界でどの政府も行っていない、原発の廃止を主張するのでしょうか?その理由の一つに確かに事故の危険性が挙げています。しかし、北朝鮮への軽水炉援助の時には全く声を挙げませんでした。私は単にイデオロギー上の戦略として、反政府活動に利用しているとしか思えません。

Posted by �鷂郵姐� at 2006年05月14日 19:20
>連投失礼

>>新聞の記名記事が少ないのはなぜ?

>聞く相手が違う、問い掛ける相手も解らないのか?
>質問が意図的であるなら悪罵に過ぎない、詭弁が得意で偉そうな振舞いはアチラの体質か?


詭弁が得意??
偉そうな振舞い??

MultiSyncさんの読解力の問題なのか、私の書き方がよろしくないのか?

誤解が原因かも知れないけれども、
”偉そうな振る舞い”は確かに不快ですねと合意。
まあ、�鷂佑気鵑砲呂いい燭い海箸�通じたようなので安心ですと表明しておきます。
Posted by 岩手の田舎人 at 2006年05月14日 16:01
 利点は良くわかります。
 その利点は「事故によって国土の大半が喪失するリスク」を埋め合わせられるものとお感じなのですね?自分は理系の人間ですが、「安全は危険の不存在でしか証明できない」ので、歴史的に原発事故が一回でもあっている以上、危険そのものは存在すると思います。が、感じ方の天秤は人それぞれなので理解はします。

 事故を除外して国防の観点からテロの標的になりやすい原発を考えると、911以降は、せめて一個大隊ぐらいでは各原発を守って欲しいのですが、こんな現実的な発想を左翼には求められません。

 現実には、海を越えて日本に通常兵器のミサイル打ち込むよりはテロで原発を占拠してメルトダウンをおこしてしまったほうが楽なわけですが、こういう自分の危機感についてどのように感じられますか?

 危機管理って、左翼にはありえない発想なので、この観点はこちらに期待するしかないのですが・・・。
Posted by くらま at 2006年05月14日 10:38
くらまさんへ
私は原発が日本でも一番多い(規模)が福島県の出身ですが、かなり早い時期から原発に関しては誘致運動を行った経験を持つものです。つまり、原発には反対ではなく、賛成の立場です。
当時は地球温暖化の問題もなく、その賛成した理由は、原油や石炭の輸入に頼らざるえない日本にとって、エネルギーの多様化は国家戦略上重要と考えたからです。
現在、プルサーマルは暗礁に乗り上げておりますが、このプルサーマルが成功すれば、日本には再処理できるウランが大量にあって、もう輸入するというよりは、これまで未処理のウランでまかなわれる、とまで言われており、私は現在福島県において、その核燃料リサイクルに取り組んでいます。
左翼は戦後一貫して国民の核アレルギーを利用して反原発運動をしていましたね。
Posted by �鷂郵姐� at 2006年05月14日 06:56
 ありがとうございます。
 お言葉に甘えて、ひとつずつ質問させていただきます。

 比較的簡単にお答えいただきそうなものから。
 原発のことです。
 リスクは国土の喪失であるように思うのですが、なんだか右翼系の方が反対しているのをあまり見たことがありません。そもそも反対も賛成もしていないのかもしれないのですが、自分から見ると数少ない左右が共闘できる課題であるかに見えます。どのようなご意見なのでしょうか。
Posted by くらま at 2006年05月14日 00:38
は・・はじめまして・・!
コメント初めてできんしょーします・・っ!
Posted by ☆aine☆ at 2006年05月13日 22:23
岩手の田舎人 さんへ
朝日はネットブログや掲示板を批判する時に、必ず匿名投稿を問題にしていますが、抗議電話などしても朝日の社員が名前を名乗ることはないです。卑怯な連中ですね。
MultiSync さんへ
朝日新聞の得意技は捏造と扇動にしますか、これは当っていますね。
Sadaoさんへ
とても的確な提言であると私も思います。ジャーナリズムも考え直して欲しいものです。
スルメさんへ
朝日のネット批判はもうバレバレということですね。
ゆきどけさんへ
朝日は増々評判を落とすということでしょうね。
Posted by �鷂郵姐� at 2006年05月13日 20:55
怒る小市民さんへ
日本の若者のナショナリズムへの目覚めは日韓共催となったサッカーの試合も影響しているでしょうね。最近では中韓の内政干渉、これを不快に思っている若者は多いと思います。
Xさんへ
>政府の有司専制を批判した自由民権運動と
>情報のマスコミ専制に強い不信感を感じ、批判するインターネット、
>たしかにかなり似ているものがありますね。
↑私の言いたかったこと、全て書いてくれました。ありがとう御座います。
くらまさんへ
HPの掲示板確かに重過ぎますね。是非こちらで質問して下さい。
Posted by �鷂郵姐� at 2006年05月13日 20:48
こりゃ「工作活動」だなって素人にもわかる「新聞記事」や「TVの印象操作」。
みんな利口になりますた。
Posted by ゆきどけ at 2006年05月13日 15:25
朝日や反日人によるネット、若者の保守化に対する大っぴらな批判は、彼らの偏考・思惑から来るものだということに大概の国民は気づいている、というのは多くの所で語られていること。  
Posted by スルメ at 2006年05月13日 14:11
追加、
例として、私的な思想等では、日本国の国益に反する報道。正確な記述では、裁判で民事と刑事の被告と被告人などの記述。何故か、省略しています。私には、省略する事が報道機関の得意技に感じる。報道も、物事のある断面だけを報道機関の都合のよい様に編集して報道しています。特に、朝日系列の報道機関。最近は、NHK報道も!
Posted by Sadao at 2006年05月13日 07:34
私が、感じる報道機関について
江戸時代の瓦版が庶民の娯楽としての機能。そして、明治になって英米に習って、時の政治権力に対する批判とか論評などの機能が追加された。

そして、プログなどインターネットの普及によって読み手からの意見である批判とか賛同の機能が追加された。時代が進むにつれて、新聞は機能性を失っていますね。まあ、その存在を維持するには、物事を私的な思想等で報道しない事と正確な記述をすることですね。あと、インターネット記事を配信しているから、配信記事に対する読者の批判記事とかの見れるようすべきですね。
Posted by Sadao at 2006年05月13日 07:32
連投失礼

>新聞の記名記事が少ないのはなぜ?

聞く相手が違う、問い掛ける相手も解らないのか?
質問が意図的であるなら悪罵に過ぎない、詭弁が得意で偉そうな振舞いはアチラの体質か?
Posted by MultiSync at 2006年05月13日 01:59
政治運動がマスメディアのきっかけとは興味深い事。
新聞は瓦版の延長だとばかり思っていましたが、プロパガンダの手法として実に適しています。

朝日のようなマッチポンプの生体を見るに「反権力をベースにしながら手法だけが目的化した化け物」それが現在のマスゴミと言えるようです。

そう考えると、マスコミ曰く「ジャーナリズム」とは「捏造と煽動」に大部分が重なる事、自由主義国家に対する共産のスタンスと極めて近い事が、ほとんど説明できます。

マスコミの自浄能力不足をネットが補うかもしれません。
Posted by MultiSync at 2006年05月13日 01:38
>朝日新聞社などはブログが匿名であることを理由に、その信用性や信頼性に疑問を投げつける。

ふ〜ん、そうなのか? なんか馬鹿っぽい主張に聞こえます。
では、聞きたい。
新聞の記名記事が少ないのはなぜ?
天に唾するような批判で、笑い話としか思えないですが、いかが?

それとも、実名(ペンネームでもいいけど)で書いて批判されるのが怖いのか?(大笑い
Posted by 岩手の田舎人 at 2006年05月13日 01:07
 はじめまして。体の右半分が極右で、左半分が極左なのではないかと自分自身を疑っている人間です。
 あんまり勉強しているわけではないのですが、双方にいろんな質問を持ちつつ、なんとか答えていただけそうな感じがしたので、ここで質問させていただきたいのですが、よろしいでしょうか。
 掲示板のほうはなんだかとても重いようなので・・・。
Posted by くらま at 2006年05月12日 23:30
僕も福島出身ですが、
激化事件としての福島事件は知っていましたが、
自由民権運動が盛んなところとは知りませんでした。

僕の実家は福島民友を取っていますが、
そのようなルーツがあるとは分かりませんでした。
調べて見たら民報も民友も朝日との関係はありませんでした。
少し嬉しくなりました。

「権力は必ず腐敗する。」
この命題はそのまま第4の権力にもあてはまるということですね。

政府の有司専制を批判した自由民権運動と
情報のマスコミ専制に強い不信感を感じ、批判するインターネット、
たしかにかなり似ているものがありますね。
Posted by X at 2006年05月12日 23:28
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
昨今の国内に於ける右傾化の流れは、主たる原因が二つあるやに思います。一つはネットの普及により、ユーザーの中に既存メディアが報じたニュースを、ブログやチャットなどを通じ独自に咀嚼し分析するようになったこと。もう一つは、特亜の傍若無人な振る舞いを目の当りにしても、既存メディアの論評が過度に抑制的だったり、逆に特亜を擁護し責任を日本に求めたりすることに、疑義を抱く国民が急増したことが挙げられるでしょう。小生の特亜嫌いの切欠は88年のソウル五輪でしたが、現在、若者を中心とした右傾化する層も、日韓ワールドカップ共催やサッカーアジアカップが契機になったと看ております。スポーツの祭典は嫌が上にも愛国心を刺戟するもの。それが特亜人の悪意によって大いに穢され、日本国民の胸裏に憤懣と共に愛国心への意識が芽生えた。この流れは最早、誰にも止めることは出来ぬでしょう。
Posted by 怒る小市民 at 2006年05月12日 23:18