2006年05月11日

極東アジア未だ冷戦真っ只中!

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アジア外交の停滞ではない!

 経済同友会(北城恪太郎代表幹事)はこのほど小泉純一郎首相に対して、靖国神社への参拝自粛や国立追悼施設の建設を求める提言をしたところ、小泉首相は「商売と政治は別である」として反論し、安倍晋三官房長官もこの反論を支持するとした。
 言うまでもなく、中国のような共産主義独裁国家と異なり、日本が政治と経済が分離した民
主主義に基づく自由主義経済の国である以上、中国の尺度のみを以ってして外交を論ずるのは誤りだろう。

 「日中間の経済関係は今までになく拡大し、交流も深まっている。影響ないように努力して
いくのが双方にとって大事ではないか」とした小泉首相の見解には、経済にまで共産党政府の意思・統制が介入する中国の体制と自由主義経済の日本を同列に論じるのは無理があるのではないか、とする意味が含まれている。これは中国共産党政府より、むしろそのような他国の意を受けて、わざわざ自国の首相に献言する経済界首脳らが厳しく指弾されなければなるまい。 

 公明党の神崎武法代表は首相の反論について「単に政治は政治、経済は経済と割り切るので
はなく、経済の実態を含めて把握した上で対応をお願いしたい」と述べたが、日本が主権国家として毅然たる姿勢で外交に臨めるよう、経済界こそ何らかの配慮をして然るべきではないのか。彼らは経済への悪影響を憂慮しているのだろうが、政治・外交における悪影響が何ら憂慮されない事態は本末転倒でさえある。

 先頃、麻生太郎外務大臣は新人議員の勉強会の席上にて「極東アジアにおいては未だ冷戦が
終結していないとの認識が重要だ」と述べた通り、日本を取り巻く周辺に中国や北朝鮮など共産主義独裁国家が依然として存在しており、それらが日本に直接的脅威を及ぼすという事態が冷戦状態の延長として展開されている以上、これら周辺国の内政干渉に屈するか屈しないかは即ち日本国の死活問題に直結すると言っても過言ではない。

「日中、日韓の首脳交流がない一事を以ってアジア外交が駄目だと言うが、それは偏見か誤解だ。アジア諸国でもアフリカ、米欧でも日本への好感度は高い」(小泉純一郎首相)
 
 確かに日本は中国に経済の多くを依存している。外交上の日中関係は停滞・破綻と指摘されてもいるが、両国関係が冷戦構造の継続と考えれば至極正常だ。それでも経済関係及び交流が以前にも増して拡大している背景には自由経済の尊さが物語られている。
 中国共産党独裁政権の��密使�瓩叛�り下がった経済界首脳がリードする日本経済にこそ、先行きには暗雲が漂っていると見るべきだろう。彼らの姿勢を見るに経済しか知らないのではないか、と訝しく思えてくる。経済だけを見ていては経済は語れない。彼ら経済界首脳にこそ、自由主義経済を尊ぶ者として、また日本人としての品格を備えるよう献言したいものだ。  

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Posted by the_radical_right at 17:08 │ mixiチェック │特定アジア(中国・歴史認識) 

宮崎哲弥評論家がネットを憎悪と敵視

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 ネット右翼は単なる憎悪の表出?

 宮崎哲弥(みやざき・てつや)という評論家をテレビでよく見かける。レギュラー出演番組も多数あるようだ。爆笑問題が出ている番組では常連だ。この宮崎氏が10日の朝日新聞の文化紙面の中で書いていた。

進む保守思想の空疎化 

「新たな敵」を求めて錯乱  現実主義すら失調

「この十年は戦後保守の最盛期だった。保守的な言説が広範に浸透し、日本の政治基軸は確実に右にシフトした。だが皮相な盛況な影で、思想内容の空疎化が進んでいるのではないか。90年代末辺りから保守陣営内で囁かれはじめた危惧が、今現実の危機として露呈しつつある」

 この書き出しの文章を読んだだけで、今後の内容が容易に推察される。なぜなら「皮相な…影で…空疎化…危惧が…現実の危機と…露呈しつつ」と否定的な言葉が並びたてられているからだ。

 彼は「色褪せた『反共』の旗印」との中見出しのついた文章で次のように言っている。

「東西冷戦の終結…などの時代を経て、保守をめぐる環境は大きく様変わりを遂げた。左翼理念の失墜、革新勢力の退潮に従って『反共』という旗印が色褪せてしまい。『〜に対する保守』という大きな枠組みが揺動し始めた。…彼らは関係概念としての保守のあり方に不満を抱き、自生的、体系的な「主義」への再編を目指した。『〜に対する保守』から『〜に向かう保守』への脱皮を思考していたのである」

 それが「伝統」や「慣習」を反省的に捉え直し、再提示することに努力したが、その理解や支持は十分に拡がらなかったと結論付けている。

 私は「反共」という旗印が色褪せたとは全く思わない。いやむしろ、その輝きはこれからより増して行くことだろう。共産中国、北朝鮮という共産主義独裁国家、ノ・ムヒョン現韓国左派政権に対峙しなければならない我が日本にとって、「反共」というイデオロギーが色褪せることなどあり得ない。

 もし、これを色褪せたとして国民に過小評価を迫る評論こそ、そこに共産主義への支援を込めた意図的なまでの策略を感じない訳にはいかない。共産主義の現実的な脅威から目をはぐらかしているようにしか見えないのだ。

 反共=保守ではない。しかしながら共産主義が「伝統・文化」に挑戦するイデオロギーである以上、保守が「反共」の旗印を捨てるなど考えられない。保守と極右もまた多くの共通点を持ちながら、「反共」一つ取っても微妙に違う。 

 保守は日本という立場から「伝統・文化」を守るための「反共」でしかない。勿論そこは考えは同じだ。しかし、我々
《極右》は世界的視野に立った場合でも、守るだけでなく、攻め滅ぼす思想として共産主義を捉える。

 つまり、共産主義に蹂躙されている民衆の解放である。共産主義とは反対するだけでなく、永久にこの地上より抹殺しなくてはならない思想である。「反共」から「滅共」への転換こそ我々に課せられた神聖な義務と考える。

 さて、ここからがこの宮崎先生と朝日新聞の訴えたかった点だろう。

「インターネットという感情の増幅を特質とするメディアの普及とも相俟って『新しい敵=新しい規定』を求めて散乱して行った。中国や韓国、ジェンダーフリー教育、マイノリティ運動、女系天皇、媚中派など『敵』を見出しては、その都度、対象に逆指定されるような思想実践では、やがて細分化と惰性化とを避け得ないであろう」

 この分析は的を得ていない。このような考えは前からあったが、それを発信する術を我々の陣営と仲間が保持していなかっただけのことである。ネットの普及はそのような考えを社会に広めさせるきっかけを作り出したに過ぎない。

 「敵」は前から存在したが、我々はネットという武器を入手したことによって、それらの「敵」を撃つ範囲にまで追い詰めてきたというのが正確な分析である。

 そして彼は最後を次の言葉で締めくくる

「自省の契機も、熟慮のよすがもなく、ただ断片的な反応―それもしばしば激越に走る―しか看取できないとすれば、それはもはや保守とも保守主義とも無縁の、単なる憎悪の表出に過ぎない」

 最後にようやく本音というか正体を現した。難しい漢字や難解な文章を重ねてはいるが、ようするにネット右翼は憎悪に駆られており、それは日本の保守派とは無縁な存在であると言いたいわけだ。

 彼はまだ若いので、これまでのような評論家とは違うのかも知れない。これまでの多くの評論家や学者・文化人の多くは若いときにマルクス主義を学び経験している。マルクス主義の根本には憎悪が潜んでいる。だから、マルクスを捨ててもその憎悪だけは消せない。

 国家を純粋に思い、将来を憂いる行為が、「単なる憎悪の表出」にしか目に映らない。私はそのような宮崎先生に哀れみの姿しか見出せないのである。

 保守主義と無縁であると決めつけられるなら、それも良かろう。ネット右翼は極右ナショナリズムの担い手として登場すれば良いだけのことである。その方が既成左翼に逃げ場はない。なぜなら極右は単なる反共勢力では終わらないからだ。

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Posted by the_radical_right at 09:47 │ mixiチェック │ネット・ブログ 

2006年05月10日

ポスト小泉に課せられた内政問題

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 外交に関しては、このブログを見て頂いている方々のコンセンサスを問う必要もないでしょう。小泉首相の特定アジア諸国に対する、その外交姿勢を高く評価し、ポスト小泉においても、それは継続されなければならない。

 内政問題については、私もこれまで何度か回数は少なかったが、小泉首相の内政経済政策全般に渡って苦言を呈してきました。勿論、基本的には支持していたのですが、何か全面的な支持とは言えない部分があったからです。

 もう小泉首相の退陣も目前に迫った今日、マスコミや野党は「小泉改革は失敗であった」と大合唱を始めました。アジア外交の停滞と小泉改革の失敗を喧伝することで、ポスト小泉に一番近いと言われる安倍官房長官を批判しているようにも見えます。

 そこで今日はポスト小泉の内政問題を考えてみることにします。これまでの小泉首相の経済政策に関しては、敢えて批判せずにこれからの課題に迫ってみたい。

 「『改革』とは破壊でなく、新しい枠組みの創出なのです」

 上の言葉を来日した時に述べたのは、マーガレット・サッチャー英国元首相でした。彼女はレーガン米国大統領と共に、「自由を守るための戦い」で勝利した勇敢なる女性で「鉄の女宰相」とも呼ばれました。
 
 1979年の総選挙では、イギリス経済の復活と小さな政府の実現を公約として保守党を勝利に導き、女性として初めてイギリス首相に就任。そして、市場原理と起業家精神を重視し、政府の経済的介入を抑制する政策をとった。こうした政治姿勢は新自由主義(ネオ・リベラリズム)あるいは新保守主義と呼ばれる。ほぼ時を同じくして1980年に選出されたアメリカ大統領のロナルド・レーガンも新自由主義的政策を数多く打ち出した。さらにカナダでも1984年に選出されたマルルーニー首相は保守派であったため、80年代はアングロサクソン各国において新自由主義が支配する時代となる。また、この時期、日本においても1982年に誕生した中曽根内閣によって、行政改革や国鉄分割民営化(1987年)などが行われた。
 新自由主義の立場に基づき、サッチャーは電話会社(1984年)やガス会社(1986年)、空港(1986年)、航空会社(1987年)などの各種国有企業の民営化や規制緩和、金融改革などを断行。また、70年代に高まりを見せ、労働組合運動を目の敵として、徹底した弾圧によりイギリス産業界から労働組合の影響力を取り除く政策を多く打ち出した。(フリー百科事典『ウィキペディア―Wikipedia』)

8d944d16.jpeg 私はこのサッチャーの経済政策がポスト小泉には求められるべきではないかと思います。確かに中曽根時代には国鉄、電電公社が民営化され、小泉首相は郵政民営化と道路公団の民営化に道筋をつけました。
 では、この民営化はなぜ必要だったかと言えば、非効率な経営状態にあって財務内容が破綻状態に国鉄はありました。電電公社は組織が大きくなり過ぎ硬直化して時代の流れについていけなくなっていた。
 郵便局は役人がお金をもっと出し続けるように要求する機能に合致させられた役割を負わされ続けてきたし、道路公団も議員の要求にただ漠然と支出するのみであった。
 財政赤字の中でそれが増え続ければ、利払いコストによって国家の政策としてやらねばならない国防や教育などの費用が削られ、ますます国家は弱体化を余儀なくされる。財政の健全化のその最大の目的は、弱体化する国家に歯止めをかけ、強い国家へ生まれ変わるために必要な施策である。その意味からすれば、先のサッチャーの精神に学ばなければいけない。

 「改革」とは破壊ではなく、強い国家を甦らせるために必要なのです。ポスト小泉の候補にはそのくらいのことを言ってほしいものだ。

 では、何から手をつけるべきなのか。それは公務員の改革しかない。国営企業の民営化の次にくるのは公務員改革である。徹底的な無駄の見直しによる削減、公務員の数を減少させることが次の柱とならなければいけない。

 この政策の貫徹に激しく抗議するのは官公庁に巣食う労働組合である!これをサッチャーのように徹底的に弾圧し排除しなければならない!
 我々<極右>は左翼労組と全面的に対決し、これを駆逐する闘いに参加する!

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Posted by the_radical_right at 11:46 │ mixiチェック │政局・動向 

2006年05月09日

英雄待望の時代

英雄待望の時代

 閉塞感の漂う現代社会において、英雄の出現を夢見るのは果して私だけであろうか?日本の存亡を賭けた戦いを前に、私は日本に若武者が忽然と姿を現わし、このインターネットで国民に訴える未来を想像する―。それはそう遠くない将来にやって来るのではないか。

 ここで、私の英雄待望論を若干述べさせてもらおう。

 前回の投稿文『若き英雄の出現を待望す』の時に読者の原子さんから次のようなコメントが寄せられていました。

英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。
ベルトルト・ ブレヒト(ドイツの劇作家・詩人)

 英雄が必要とされる時代は、確かに平穏・静寂な社会ではない。想像するにそれは祖国存亡の淵に立たされた時だろう。しかし、英雄が現れなかったとしたらどうなるか。それは祖国が滅亡への道を突き進むことを意味する。

 何時の時代でも、波乱の時代においては自らを捨て国家のために戦う人間を時代は輩出してきた。徳川幕府の長い沈滞の世を打ち破り、明治維新を成し遂げたのは下級武士の勤皇の志士達だった。

 昭和の時代においても、多くの若者が戦地に赴き、自らの生命の危機を顧みず戦いに参加した。彼らの心情は何においても家族、郷土、祖国への純粋な愛に貫かれており、それ故に日本は苦難に満ちた近代の歴史を力強く生き抜いてこれたのである。

 さて、英雄とは何ぞや!
 戦前の英雄伝記作家・澤田謙先生の数ある英雄伝の中から紹介しよう。澤田先生は戦前は「ムッソリーニ伝」「マクドナルド伝」「エジソン伝」「ヒトラー伝」「ブルターク伝」。戦後は「リンカーン」「ガンジー」など40数点の伝記物を残した。

 この中から「ヒトラー伝」の書き出しを紹介しよう。何故「ヒトラー伝」なのかについては批判もあるかも知れません。しかし、当時の日本の若者の圧倒的な支持を受けた「ヒトラー伝」を読むことによって、現代に生きる若者が何かを感じ取ってくれれば幸いと感じるからです。

序
 

非常時とは何ぞや。
非常時とは英雄を待望する、民衆の時の声だ!
およそ有為なる国民が、断固として地上に正義を打ち建てんと決意したる時、他の群小が秩序の名において、あらゆる妨害をこれに加えんとするは、古今東西歴史の通則である。
何となれば、小人は本能的に平等と秩序を欲し、英雄はその止みがたき胸奥の欲求により、自由と創造を愛するからである。
今や祖国日本が、世界混迷の狂瀾怒涛を押し切り、四囲迫害の暴風雨を冒して、輝ける王道の彼岸に到達せんとする悲壮なる姿こそは、燦として古今の歴史に独歩すべき英雄的努力である。
我等は今この歴史的大変革の、ちょうど真ん中に立っているのだ。そしてこれを名付けて非常時という。故に非常時とは一人英雄的国民に許されたる特権である。

 なぜ、今日このような英雄伝を紹介したか、その理由を述べましょう。

 今、自民党総裁選に意欲を示す麻生外相は大の漫画好きで、テレビでそれが紹介されていた。車には常時何冊かの少年漫画が置いてあった。麻生外相は「漫画は時代を反映し、それを表す」と語った。

 年代ごとに反体制志向の漫画、次の年代には反体制ではないが�牴粁��瓩寮犬�方を描いた漫画、さらにSFもの漫画、またさらに90年代にはオカルトもの漫画が世を席巻したと指摘。そして「現代においては?」と訊かれた麻生外相は「英雄を待望する伝記ものが主流となっている」と答えたのである。

 時代は小説から漫画に変わろうとも、国民が渇望するのは同じなのか…そう考えた次第です。

 まだ忙しくて返事も出せないでいたが、この連休中に高校生の若者から「何か、出来ることはありませんか。何でも言って下さい」「高校生でも可能な政治活動について教えて下さい」とのメールが何通かありました。

 ここでお答えさせて下さい。
 今後起きるであろう大きな社会のうねりの中で、指導者の英雄的な努力なしに何が出来るというのだろうか。ただ、現在の社会に盲目的に流されていてはいけない。あなた方を必要とする時代は、もうそこまでやって来ています。
 されど、まだ焦ってはいけない。時代の到来を告げる鐘が鳴るまで、静かに待ちましょう。
 我々《極右》はその時がくれば、必ず立ちあがることを最後に誓うものです。

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Posted by the_radical_right at 19:32 │ mixiチェック │青年に告ぐ! 

海保クーデターに「日本国」を見た!

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日本を信じたい!

「夫にもしもの事があっても、私はこの子を一人で育ててゆきます」

 過日、海上保安庁の特集番組で海上保安官を夫に持つ妻の言葉である。最前線では海上保安官のみならず、彼らを支える家庭においても常に有事の際を覚悟しているのだろう。先の竹島周辺の海域調査をめぐり、日韓間は交戦前夜とも言える緊迫状態に陥ったが、領土・領海をめぐる非常事態は今後続発が予測されるだけに家族らのそうした思いは筆舌に尽くし難い。

 このほど一部週刊誌は「竹島海域調査は『海保若手官僚のクーデター』だった」と報じた。
 日本という国は周辺国から侮られている。北朝鮮工作船や中国原潜の領海侵犯事件など、度重なる主権侵害行為に対して日本国として毅然たる態度で臨まないことは、最前線の士気にも大きく影響を及ぼす。
 誰しも殉職者が出ることは望まない。しかし、国家の主権を守ることが任務であるはずが、主権が侵害され続ける状況は最前線の��兵士�瓩砲箸辰討篭�辱以外のなにものでもないだろう。冒頭の文章とは矛盾するようだが、危険であっても国家の主権を守るためには誰かが就かねばならない任務なのである。戦えば危うし―、戦わねばなお危うし―!
5df85ad5.jpeg 国家として��戦う為の命�瓩�下されて然るべき事態において国家の命が下されぬ場合、海上保安庁の若手官僚らが竹島周辺において紛争状態を引き起こし、政府ひいては日本国に国家存続に向けた真意を糺す動きを画策したとしても不思議はあるまい。
 領海、領土、領空において国家の主権が侵害された場合、武力を用いてでも交戦するのが国家の在るべき姿である。竹島は既に50年以上前より韓国によって不法占拠されており、その間、実に3929人の日本人漁師らが拘束・拿捕され、韓国警備艇の銃撃による死傷者は44人にも上るという。この韓国側の横暴を目の当たりに普通の国家であればとうに戦争になっていたはずだ。
 海保若手官僚による此度の��クーデター騒動�瓩脇�本を通常の国家たらしめんが為の��決起�瓩任△蝓∪こΔ両鐚韻亡佞澆特�がこの行為を批難し得ようか。抑圧された憂国の至上の発露である。我々はここに真の国家を見い出した―。
 今般、無念にも竹島周辺への海保調査船出動なる英断は実行されなかったが、これで日本が終ったわけではない。

 我々極右は海保若手官僚の決起を皮切りに、警察、自衛隊ならびに各省庁、自治体または民間においても国家の尊厳を守るべく若き愛国者の決起が噴出することを信じている―!日本国は彼らの篤き想いの中にこそある―!
 事勿れ主義、弱腰外交という日本を覆う�牴寡舵�なる弾圧�瓩鯊杷砲憩世觴禀霄圓稜海╂垢訃霰阿�解き放たれることを信じてやまない―!

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Posted by the_radical_right at 07:16 │ mixiチェック │9条・国軍