それでは次に『日本国憲法』(以下、現憲法とする)へ目を向けてみよう。現憲法は、『大日本国憲法』(以下、帝国憲法とする)第73条に基づく改正憲法であるという体裁をとっている。しかし、この憲法が手続き上、帝国憲法の改正憲法であるということと、両者の法的連続性とは直結しないのであって、所謂「八月革命説」のように、手続きの如何を問わず日本の敗戦によって全く新しい憲法が制定されたのだとする有力説がある。事実、両者の間には憲法上の大きなギャップがあり、それを連続したものとして認識することは確かに容易ではない。
では何故現憲法は帝国憲法の改正憲法の体裁をとらねばならなかったのであろうか。このことが、現憲法の本質にかかわる重要なポイントなのである。というのも、我が国は大東亜戦争終結に際して、ポツダム宣言を受託し、これによって「新秩序が建設さられ、且つ日本国の戦争遂行能力が破砕せられたることの確証ある迄」(ポツダム宣言第7条)連合国軍によって占領されることになり、その占領目的達成の一手段として帝国憲法の改正が利用されたものだからである。
この現憲法制定の経緯は既に多くの者の手によって検証されているが、その多くは現憲法肯定の立場から、その憲法的問題点を軽視するきらいがある。しかしながら、国際法上(ヘーグ陸戦条約)禁止されているはずの被占領国の憲法変更をGHQが強行することによって生じた憲法上の問題は軽視されて良いものではない。
当時、我が国の主権は連合国の手によって制限されており、日本国民自らが憲法を制定する権力を完全に掌握していなかったばかりか、その憲法制定のため政治的決定は全てGHQの影響下においてなされ、その手続上の不備を隠蔽するために日本国政府に強圧を加え、現憲法の改正憲法として成立せしめた事実を鑑みる時、現憲法の実体は我が国独自の純粋な憲法たる完全性・至高性を備えているとは言い難い。
従って、その条文がどのように規定されていようとも、我が国の憲法実体には主体的政治決定がなされていないため、常に主体性なき形で「解釈改憲」を繰り返さざるを得ない宿命を背負っていることは間違いない(これこそが、戦後60年間の現憲法の歩みであり、またこの憲法が「押し付け憲法」「占領憲法」とされる所以でもある)。この恐るべき事実を無視して、現憲法を「平和憲法」であるとし、日本国民自ら創り上げた「民定憲法」だとして、「護憲」こそ絶対不変の正義だと我々は教え込まれ、信じ込まされてきたのだ。だが、我が国はあの大戦でポツダム宣言を受諾して以来、今日至る迄、少なくとも憲法的には全く独立していないのである。本来、サンフランシスコ対日講和条約によって主権を恢復した時点で、我が国は自らの手で憲法を制定(改正)すべきであった。それが実現されなかったことは、まさに民族の一大痛恨事であり、当時の為政者に対し大いなる義憤を覚えざるを得ない。
とまれ、とは言うものの現憲法の実体の方は第9条の関連だけでも過去大きく分けて3回変化した。1回目は朝鮮戦争の勃発の時である。日本を反共の防波堤たらしめる必要性から、米国はそれまでの弱体化政策を改め、同時に警察予備隊の創設を命じ、再軍備させた。2回目は日本の主権回復に際して日米安保条約が締結された時である。この
時、我が国は独立国として必要な自存自衛の軍備を米軍の手に委ねた。そして、3回目は米ソの冷戦構造が消滅した時である。この時から、各地の復興支援や後方支援など海外での国際協力活動を要請されるようになった。
これらは何れも我が国の憲法実体が伴わぬがゆえに、同盟国の政治的決定を用いてしか変化させ得なかったのだが、その都度、我が国の政府は「解釈改憲」を以てこれに臨み、この重大な憲法の変遷に柔軟かつ着実に対応してきた。しかしながら、これが憲法実体と憲法条文の著しい乖離を惹起せしめ、憲法問題は神学論争的な誠に奇妙な状況に陥ってしまうこととなった。そして、第9条の問題に限らず、現憲法は様々な問題においてその欠陥を露呈する結果となったのである。
昨今の改憲論議は言うなればその延長線上に現われたものである。戦後60年、憲法の実体に対する国民的怠慢から、この瑕疵ないし欠陥を放置し続けてきた当然の帰結として、憲法条文の改変を余儀なくされているに過ぎない。けれども、それは本末転倒である。国の最高法規たる憲法が同盟国の政治的決定によってしか「解釈改憲」されず、それを追認するために憲法条文を改変するのではなく、我々は断固とした姿勢を示す必要があると確信し、ここに主体的憲法の改正試論を表明するものである。(つづく)
極右評論・皇道翼衛軍
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