憲法とは何か?
何よりも初めに我々はこのことを考えなければならない。何となれば、我々はややもすると成文憲法に示された文字の羅列のみを憲法であると考え、その条文の解釈を以って総てことが足りると思い込む傾向があるからだ。しかし、憲法とは単に成文化された一法典のみを示すのではなく、その背後に泰然と存する“憲法の実体”というべき法規範全体を含む概念であることを十分に理解しなければならない。
例えば、『日本国憲法』はその第98条に、自ら「国の最高法規」であると規定するが、この最高法規性はこの条文に規定されて初めてその性質が生じるのではなく、正に“憲法の実体”の至高なるが故に、それを成文化した『日本国憲法』が国の最高法規性を帯びるのである。
このように、本来憲法の条文に示されるものは、総てその憲法実体に由来するものでなければならない。即ち、憲法実体が憲法条文に先立って存在するという事実が、この際重要な意味を持つのである。このことは、成文憲法を持つことなくして強固な憲法実体を維持している英
国の例を見れば容易に理解することが出来よう。実のところ、我が国の憲法問題の紛糾は専らこの憲法実体を憲法条文との齟齬から発生していると言うべきなのであるが、問題はここにいう憲法実体が何によって形成されるかということである。
一国の憲法は、その最高法規性から、他の一切の法令をそれに従属せしめる。ここに憲法の憲法たる所以が存するのであるが、それ故に、その本質は強制力であり、その力は国家の始動的権力(主権)に由来する。そして、この主権を掌握する者(憲法制定権力)が一定の政治的
決定を下し、その政治的決定によって形成される法規範が憲法実体である。つまり、国家主権の掌握者―憲法制定権力―の政治的決定に基づいて形成された法規範が実体的憲法であり、それを憲法という名の法典として成文化したものが我々の目にする成文憲法なのである。
このように考えてゆくと、憲法の問題を考える場合、その条文に示される諸規範が、どのような政治的決定に基づくものなのか、またその憲法制定権力が正当かつ完全なものなのかという憲法実体に関する考察が重大な意味を持つことが明らかになろう。
したがって、憲法改正もその意味するところが憲法実体と憲法条文の乖離を更正するための単なる条文の変更を示すのか、それとも憲法実体の変更を伴う憲法全体の改正を示しているのか、ということを明確に捉えることが肝要である。そして、我々の憲法改正は『日本国憲法』制定にまつわる政治的混乱に起因する様々な憲法の瑕疵・欠陥を是正し、更には我が国の存立確保と発展を強固にするために必要な新たな政治的決定を反映する全面的かつ革新的な改正でなければならない。
極右評論者・皇道翼衛軍
