2005年09月15日

国土防衛の要、沖縄の基地問題を真摯に語れ!

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    基地返還運動は失地回復の闘争ではない。
 
社民党が小選挙区で唯一当選したのは沖縄の選挙区である。平和憲法を守れと声高に叫ぶ、この社民党の存在感は全く無いに等しい。しかし、この沖縄という地において当選したという事実は重く受け止めたい。
 
なぜなら、それはこの沖縄の地に今も基地問題とは「日米の国家間紛争であり、民族解放闘争」との誤った認識が息づいているからである。つまり左翼思想が根強く残ってしまった。時代は新しい潮流の中にある。しかし、冷戦構造そのままの世界(思考)がある限り、我が国が迫り来る将来の危機に立ち向かっていく事は困難と考えるからだ。
 
東シナ海の日中中間線付近で中国はガス田開発を強行しているが、今月に入ってからミサイル駆逐艦5隻が周囲を航行した。以前には日本領海への原潜での領海侵犯。また8月には東シナ海防空識別圏へ中国軍機が侵入し空自が緊急発進を行なうなど、中国軍の挑発的行為がエスカレートしている、これは共産中国の覇権主義の現れである。
 
このような我が国に対する軍事的な攻勢が強まる中で、沖縄の米軍基地の重要さは説明を要しないだろう。日本一国だけでは防衛能力を持たない日本が、米軍に頼るしかないのは仕方がないことなのだ。
 
さて、このような防衛上深刻な情況があるのに、左翼の扇動する基地返還運動が、ある一定の理解を得ているという事実は深刻である。なぜならば、今後共産中国のプロパガンダによって、更にこの動きがエスカレートしかねないからだ。
 
日本の国防上の国策とはいえ、基地周辺住民のこうむる被害は甚大である。基地の接収から今日までの経緯を見れば、その回復の戦いが血の叫びとなるのも理解は出来る。
 
だが、日本国の存亡ということを考えるなら、冷たい言い方になるがそこに犠牲はついて回る。当然国家はそのことに対して責任を取らなければいけない。それにはこの問題に真正面から取り組まなければならないが、どうもある種の逃げの姿勢を感じない訳にはいかない。
 
その消極的な姿勢が左翼陣営の扇動を許す原因ともなっているのではないか。基地とは何か?左翼の返還運動に対して、どのように対峙すべきなのか。日本における正しい沖縄米軍基地の認識とは何か?これらのことについて、政府はきちんとした説明をすべきである。
 
日本の国家防衛のためには、沖縄の地で自民党は勝たなければならなかった。全国のどの小選挙区より大切だったことは言うまでもないだろう。
『「郵政」以外のことも明確に語れ』とは、売国紙「朝日新聞」の社説であったが、朝日とは正反対の立場ながら、このことには同意する。
 
もう、一時の猶予も無い筈だ。共産中国の軍事的膨張にどう対峙していくのか。そこには沖縄という最大の米軍基地の存在がある。その在りようを明確に語る時が来ている。その重要性は以前にも増してきているのだから。
 
米軍基地の返還運動とは国家間の紛争でもなく、民族解放闘争でもない。左翼思想による基地返還運動に対して、新しい日本防衛の指針を示して堂々と沖縄の人達に理解を求めよ。
 
明日我々《極右》の考える、基地とは何か?左翼の返還闘争の誤り。
これからの沖縄とは何か、といった点について考えて見たいと思います。
 
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Posted by the_radical_right at 06:50 │ mixiチェック │特定アジア(中国・領土) 

2005年09月14日

「北朝鮮崩壊」を視野に入れた6カ国協議再開される。

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共産中国が最も恐れる北朝鮮における「親米政権の誕生」
 
北朝鮮の核開発問題を協議する6カ国協議が北京において再開された。主催国である共産中国が示した「全ての核兵器と核計画の放棄」を柱とする共同文書で果たしてまとまることができるのか。北朝鮮は核の平和利用の権利の行使をあくまでも主張して、全面的な放棄を迫る米国と対立している。
 
この協議は表向きは米朝の対立だけが深刻な問題として取り上げられてはいるが、実際には核の問題だけではなく、北朝鮮という国家をどうするのか?そのことが最終的に決定される場でもある。
 
北朝鮮という冷戦時代の鬼っ子とも言うべき独裁国家が、今後も世襲体制を継続していけるとは誰もが思っていない。全ての周辺国家が「北朝鮮国家の崩壊」を視野にいれながら、国益を考えた激しいつばぜり合いをしている。
 
日本は拉致問題や在日朝鮮人の問題はあるが、直接国境を接していない分緊張感に欠けている。確かに拉致問題は「宣戦布告」しても構わない位の我が国に対する人道上の侵略行為である。しかし、我が国には残念ながら北朝鮮を向うに回して戦うだけの気概がない。
 
北朝鮮の崩壊に一番怯えているのは韓国と朝鮮族を300万人以上抱えているとされる共産中国である。特に中国はこれまで北朝鮮を外交カードに使って、自国の利益のために利用してきた。
 
勿論そのためには食糧やエネルギーの支援を続け影に陽に支えてきたわけだ。しかし、現在中国の指導層の中には、その様にして支えてきた北朝鮮に対する不信感が増大するに至った。
 
それは北朝鮮は中国のこれまでの支援を半ば当然のように受け止め、中国のいう事を素直に聞こうとしない。否聞こうとしない所か「核保有宣言」までして中国に抵抗する姿勢まで見せ付けた。
 
この北朝鮮の姿勢に対して中国側は厳しい対応をとり始めた。中国の理論誌「戦略と管理」の2004年8月に掲載された論文は、これまで中国が控えてきた北朝鮮批判を始めて展開した。
 
この論文に大慌てした北朝鮮は激しく反発し、中国側もこの理論誌を停刊とした上で両者は一旦は和解したように思えた。しかし、その後の中朝関係を見ると、どうもしっくり行っているとは思えない。
 
なぜ中国は理論誌に掲載した論文を引っ込めてまで和解したのか。それは北朝鮮が中国を無視して暴走することは、中国に取って極めて深刻な事態を招きかねないからであり、中国が不本意ながら自ら折れたとも考えられる。
 
中国が一番恐れるシナリオはアフガン、イラクに続いて北朝鮮が米国の軍門に下り、そこに民主的な「親米政権」が樹立されることである。これは何も米国や多国籍軍の「第二次朝鮮戦争」だけを意味しない。
 
追い込まれた北朝鮮国家が内部から崩壊することを最も恐れている。金正日独裁政権に反発した軍のグループとあくまでも金王朝に忠誠を誓うグループによる内戦が勃発、金王朝支持グループが共産中国に支援を要請、それに対して反金正日グループが米国に支援を要請して、最終的に中国と米国が対立する事態を一番恐れている。
 
いずれにしても、北朝鮮という独裁国家の崩壊を視野に入れながらの交渉が今始まったということだろう。
 
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Posted by the_radical_right at 12:40 │ mixiチェック │特定アジア(北朝鮮) 

2005年09月13日

哲人型独裁政治の出現を予感させた総選挙の結果。

マスメディアの選挙過熱報道が自民圧勝の要
 
因にも関わらず「独裁政治」の影に怯える愚か
 
さが可笑しい。
 
新聞・テレビなどのマスメディアの反応が可笑しい。民意を問えと言っておきながら、民意が「自民党の歴史的大勝利」となった途端、「この国の民主主義は死んだ。」(日刊ゲンダイ)とか「改革選挙の弾みと怖さ」(朝日新聞)と来た。
 
昨日の「朝日新聞」朝刊の<天声人語>は特に笑えた。「圧勝するさまを見て『独』という字を思い浮かべた、独特な党首の独断による独り勝ち。今後国政は小泉自民党の独壇場になって、独走や独善にまで陥る・・・・」いやはや、よくもこう多くの『独』という文字を並べて見せてくれたものだ。
 
これは「小泉独裁政治」を連想させ、それを悪いものであるとの認識をマスコミが持つからだ。仮に民主的な選挙において、国民が独裁政治を選択したとしたら、どうなるか。
 
実はそれほどそれは遠い話ではない。日本の政治家の中でこの点に言及した人が一人だけいる。それは中曽根元総理である。中曽根先生は今から7・8年前の『産経新聞』紙上でそれを語っている。
 
「国家の形態を考えると、民主主義が広がるとは限らず、いろんなタイプとなるだろう。一部にはファッショ国家、独裁型国家も出る。独裁型には哲人型と暴力型がありうる。高度情報化して人知を積んだ場合、意外にも哲人型独裁者が出てくる可能性がないとも言えない。」
 
これは2100年の国家の未来を予言しての言葉であった。私も全く同意見だ。ただし私はその時期を2020年と予言する。せめて自分の生きている間にそれを目にしたいからだ。
 
では何故、中曽根先生はこの点に言及されたのか。それはインターネットの急速な普及で、投票行動は「ボタン社会」になると予測しているからである。投票所に行かずに自宅でパソコンから投票する時代になる。もしこうなると国民の多くが投票することになり、国民のリーダーを直接自分の手で選べるようになる。
 
政策も国民投票によって、直接その是非を国民に問う事になる。直接民主主義時代の到来であり、これまでのような地域の代表を選ぶような間接民主主義は古臭いものになってしまう。
 
ここまで読み終えた皆さんは、「はぁっ!」と気付かれたのではないか。まさに今回の選挙はある種その傾向を示していた。得票率はこれまで以上に高かった。それだけ政治に新しい人達が注目した。
 
小泉首相は「郵政民営化は是か非か」直接国民に聞いて見たいと発言し続けた。選挙区の地域には縁もゆかりもない候補をたくさん擁立した。まだ直接リーダーを選ぶシステムは出来てはいなかったが、マスコミを協力させることによって、それを上手に演出した。
 
中曽根先生は若い頃から「首相公選論者」であった。この国民が直接指導者を選ぶようになると、意外にも独裁者が誕生するというのは、何も目新しい論ではない。しかし、それを堂々と言え、しかも肯定できるかどうかなのである。
 
今回の小泉首相の圧勝の最大の功労者はマスコミである。そのマスコミがこぞって独裁政治誕生の恐怖に怯えている。何とも笑える話ではないか。
 
しかし、マスコミが恐怖するはまだまだ先のことである。真の哲人型独裁政治家は、今ようやく祖国の何処かで目覚め始めたに過ぎない。今回の選挙が教えたものは多い。それをじっくりと明日から取り上げて行きたい。
 
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Posted by the_radical_right at 08:26 │ mixiチェック │政局・動向 

2005年09月12日

自民党の歴史的大勝利は「経済」にすがる国民意識を見抜いた小泉首相の千里眼

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自民大勝利は吉か凶か、
 
衆院選挙は空前ともいうべき自民党の歴史的な大勝に終わった。この結果は国民にとって、また国家にとってどのような意味を持つのか。それを考えてみることにしよう。
 
自民党がこのような歴史的な勝利を得たのは昭和61年の中曽根内閣の衆参同日選挙以来である。この時の選挙のことは鮮明に覚えている。社会党を筆頭とする野党はイデオロギー論争を挑んだが、自民党は経済政策を持って応えた。
 
国民にとって最大の関心事は何よりも「経済=今の生活を維持できるか」に在った。時あたかも、米国との貿易摩擦、対日報復、世界中に広まった日本悪玉論、このような「外患」にさらされた時、国民は社会党の訴えた「軍拡反対」などのお題目には全く耳をかさなかった。
 
今回の最大の関心事は「経済」であった。これまでの日本を支えてきたのは日本の経済的な成功である。この経済に翳りが見えた時に、これを“改革”するという前向きな指導力を示したリーダーが受け入れられたと言う事だったのではないか。
 
つまり国民はある意味で変わっていなかった。経済こそが全てであり、その経済が曲がり角にきた時に、これを守ろうとして投票所に足を運んだ。
日本がこれまで培ってきた経済的な成功が失われてしまうのではないか?その恐怖が裏側にはひそんでいるのだ。
 
この自民党の大勝利が国民にとって、「吉となるか、凶となるか」は、選挙の結果とは関係なく進行するだろう。
 
衆愚政治の“選挙選”は実に賑やかだった。社民党に言わせれば勝ち組みは自民党であり、その勝ち組みは大勝した。では負け組みは何処に行ったら良いのか。
 
経済を越えて、国民の希望を結集する存在はナショナリズムしかない。自民党とは似て非なるナショナリストの群れであることを我々は見抜いている。国民の期待に自民党が応えられない時、「経済」から国民の目は離れた時、自民党の勝利は過去のものとなる。
 
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2005年09月11日

「2ちゃんねる」の匿名はニヒリスト、朝日新聞の掲載文章を分析する『ニヒリズムを退けて投票に』

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       選挙だけが変革の道ではない、ニヒリズムを
      真に評価できない朝日新聞掲載論文の限界
 
昨日の『朝日新聞』の<私の視点・ウイークエンド>という記事の中に興味深い文章を見つけた。森巣博というオーストラリア在住の作家の「ニヒリズムを退けて投票を」という記事である。選挙の前日でもあり、棄権せずに投票に行きなさい、との呼びかけのようでもあるが、読んでいくとなかなか朝日的で面白い。
 
朝日新聞に限らず他の新聞もそうだが、自分達の言いたい事を、このように作家の先生や評論家を登場願って彼等の口から代弁させる場合が多い。かって朝日新聞には新右翼の『一水会』がよく登場していたが、これなどは朝日新聞は右翼の主張も紹介することによって、自らは左傾化しておらず中立と思わせるための工作だった。
 
さて前置きはこの程度にしてこの先生の文章を少々長くなるが紹介する。
 
「だれに投票しようがなにも変わらない。いまの日本にはそういったニヒリズムが蔓延しているのではなかろうか。ニヒリズムは無力感の裏返しだ。これが嵩じると、たとえばインターネット上の「2ちゃんねる」に匿名で憎悪の書き込みをすることにより、かろうじて世の中にぶら下がる、一群の人々となる」
 
「民主主義下では、国家と国民は共同正犯の関係で結ばれている。投票とは、国民として責務を果すことである。・・・・・・・結局、曲がりなりにも社会を持ちこたえさせえているのは論理だ。論理がなくてもいいなら、力の強いものたちのやりたい放題になってしまう。それゆえ、無知なくせに、変に悟ったふりをして逃避する連中が一番タチが悪いのである」
 
この文章になぜ興味を抱いたかと言えば、朝日新聞社は無知なる大衆は選挙に行こうとしない。しかし、選挙に行けばそれなりの役目(朝日新聞から見た場合の)を果すとでも考えているのだろう。
 
それは最後の文章の「明日は落とし前をつける日だ。上等じゃないのよ。さあ皆の衆、やってやろうじゃないか」のやや下品な言葉に全ては集約されている。
 
さて題字にも使われている「ニヒリズム」だが、日本語では虚無主義と訳され、「あらゆる権威や価値を認めない考え」を指す言葉でもある。確かにニヒリズムはこれまでは、敗北者への烙印とされてもきた。
 
それは世間から孤立していたからであり、何も他人に語れずに信用することも出来ずに、自己の信念だけを絶対視してきた。余りにも絶望感が高まりストイシズムと同居すると、それは容易に死を意識してテロに向かった。
 
しかし、時代はそのような“狼”の時代とは違うのだ。時代の閉塞した状況を突破する可能性をネットは持っている。つまり「2ちゃんねる」やこの私の<極右評論>に投稿する匿名者こそは、「かろうじて世の中にぶら下がる一群の人々」ではない
 
彼等はニヒリストかも知れないが、絶望の狭間で新しい思想と出会える。そして多くの仲間がいることを実感するのである。選挙などに頼る必要性は全く感じてはいない。そのような方法でしか世の中が変わらないとは思っていない。
 
選挙にいかないのは現状からの一時的な逃避ではあっても諦めではない。企業爆破犯の思想とは「反日」ニヒリズムだった。彼等はその時代に感じた閉塞した状況を突破する道を爆弾に求めた。
 
今のニヒリスト達はそれをネットに求める。そしてそれは一個の爆裂として散る事はない。互いに連動することによって新国家創造運動という維新革命に向かう。
 
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Posted by the_radical_right at 15:21 │ mixiチェック │偏向報道・反日マスコミ