2006年03月04日
現代の若き戦略家たちに投稿を呼びかける
皆さん方の<極右評論>への提言を
求めたいと思っています。
今後の日本の動向を展望するとき、確実に言えることは、前途はこれまで以上の激動と、急速な変化に襲われると考えます。これは日本の変革を願う人々にとっては、絶好の機会になること意味します。前途への展望は基本的には明るいものとなります。逆に現状の社会を維持することにおいて利益を貪るものにとっては、この急激な変化への対応と生き延びることは試練に満ちた課題となるでしょう。
この<極右評論>を始めてから様々なサイトやブログを見る機会が多くなった。その中でやはり一番感じるのは〜何かが変わりつつある〜という実感だ。18歳の頃から政治に興味を持ち、それから実に36年間に渡って政治思想にどっぷり浸って生きて来た。
その歳月の中で今日程、日本の変革に向けた希望を見出した事は正直言ってなかった。我々は在野にいて政治的な影響力を保持しようと努力してきたが、しかし、それはまた失われていく「日本精神」の上にかろうじてすがっているだけにしか過ぎなかった。
もうある意味で限界を感じ、それを突破する手段さえも持ち合わせていなかった。だが、このブログを始めたことにおいて、これまで溜め込んできた「政治的な反抗のエネルギー」をぶつけることが可能となった。
この「反抗エネルギー」が現体制の基底を揺さぶることに成功するのか、あるいは失敗するのか?それは今のところ全く分からない。しかし、この闘いが「日本精神」を復権するための足がかりになることだけは間違いない。
私はこの「日本精神」の恢復を願う若者の志向を<極右>と呼ぶことにした。そしてその闘いをこのネット上で始めた。なぜ、あえて<極右>を旗印として全面に出したのか。
それは<極右>という言葉が、ネットで発言する若者の感性に合うと判断したからでもある。まだこの試みがネットで発言する若者に受け入れられたとは判断していない。しかし、その兆候は確実に見て取れる。
このブログを置いてあるライブドアのブログ(ジャーナリズム分野)では5位以内、そしてブログランキングでも10位以内をキープしてきた。それだけ注目され、支持されてきた結果であると思っています。
我々は政治思想に興味を抱く若者に今後も呼びかけたい。また、思想だけではなく、何が政治的な利害の争点となっているのか、そのこともしっかりと踏まえて訴えていきたい。
私は近未来における日本の立場が、果たして自立した国家で存続できるのか?その点に最大の危惧の念を抱いてきましたが、このブログを始めてから多くの方々のご意見を頂き、その心配は杞憂であるとも考えるようにもなりました。
ただ、それにはこのネットの流れを確かなものにしなければなりません。そのためには皆さん方の参加を求め、より充実した主張を展開していく必要性を感じております。
そのような観点から、この度、私は皆さんへの参加を呼びかけていきます。21世紀―、近未来に向けた戦略的諸問題について、是非皆さん方のご意見を求め、それをこの<極右評論>の中で紹介させて頂きたいと思います。
意見や主張は私宛のメールに送信して頂ければ、それをアップして紹介させて頂きます。
『現代の若き戦略家』としてご登場願えればと思います。こう書くと難しそうに思えますが、普段投稿なさっているコメント文と同様に考えてもらえれば結構です。
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2006年03月03日
米・印の核保有を正式認知の背景
日本も核保有論議を真剣に訴えようではないか
<米印会談>ブッシュ氏、民生用核協力を行う協定に合意
【ニューデリー笠原敏彦】ブッシュ米大統領は2日、ニューデリー市内でシン・インド首相と会談し、核拡散防止条約(NPT)の枠外の核保有国インドに民生用核協力を行う協定に合意した。米国の核不拡散政策の大きな転換になるが、履行には米議会の承認が必要となる。インドを不拡散体制の「例外」扱いにする合意は、インドの国際社会での台頭を象徴するものだ。(毎日新聞)
ブッシュ米大統領のアフガン電撃訪問や今回のインドに対する不拡散体制の「例外」扱いは、米国が現状における世界情勢を相当厳しく自覚していることの証左でもあるだろう。イラクの安定化は宗派対立・内乱を想起させ、米国の敗北はないにしても、勝利もないことを暗示した。
このような中で米国がインドに対して、核保有国家として初めて正式に認知したのは、今後の世界戦略の中で米国がどの国よりもインドという国家を最重要視しているかの表れでもある。これは我々日本人にとっては衝撃的な事実である。
米国は近未来の共産中国との覇権を賭けた争奪戦において、核保有国家であるインドを最大のパートナーとして選んだ事にもなる。ハンチントン教授が近未来小説『文明の衝突』で述べたように、米国社会の中には日本が将来、米国の同盟国に留まれない脆弱さを持つと感じている人が多いのかも知れない。
その前兆はチェイニー副大統領が日本の核武装に言及した時、日本側でこの発言に対する反応が全くなかった点にも象徴されよう。
「日本の核武装検討の可能性」 米副大統領が言及
(朝日新聞2003年3月17日夕刊)
チェイニー米副大統領は16日、米NBCテレビの番組で、北朝鮮の核武装と弾道ミサイル開発が東アジアでの軍拡競争を引き起こすとの見通しを示した上で、「日本が核問題を再検討するかどうか考慮を強いられるかも知れない」と述べた。北朝鮮の核問題が再浮上して以来、米国の安全保障政策の専門家や議員の一部で、日本の核武装が話題になっているが、米政権の最高レベルで言及されたのは初めて。
米国の最近の議論は、日本が核兵器を持つことを恐れているとされる中国に対して、北朝鮮問題への積極的な取り組みを促す材料、いわば「日本カード」(コラムニストのクラウトハマー氏)として使われている傾向がある。副大統領のこの日の発言も、日本の核武装について「それは中国の利益にかなっていない」としており、こうした中国に対する圧力行使の一環と見られる。
我が国の政府・マスコミ・防衛関係者も含めて、これを真摯に受け止める人は皆無に近かった。この発言は米国が既に東アジアにおいて、北朝鮮や共産中国の日本への核攻撃に対しては、米国が報復核攻撃が出来ないことを前提にしてのものであったことは確実だ。
米国が同盟国である日本に対して核の報復で守る確かな決意があってこそ日本の安全は保障されるが、もしそれが出来ないなら日本は滅ぶか共産中国の属国となる道を選択せざるを得ない。この米国副大統領の発言は日本に対しての「核武装要請」とも考えられた。
…にも関わらず、我が国では「核武装論争」さえも湧き起こらなかった。
日本が独力で将来に渡って祖国を防衛するには、もはや悠長なことは言ってはいられなくなった。我々<極右>は日本の核武装化の必要性を確信した。
知人の韓国人が語った言葉が頭から離れない。
「北朝鮮ははっきり言ってどうしようもないお荷物だ。しかし、一つだけ素晴らしいものがある。それは核だ。だからこれを上手に韓国が手に入るように時間を稼いで交渉しているんだ」
北京における6者協議を前にしての言葉だった。
我々、日本人より韓国人の方が余程策略に長け、そして核大国(米中露)に対する牽制を忘れてはいないという実感だった。YP体制に続いてNPT体制も瓦解しようとしている。我が国だけが、あるいはこの戦後体制に別れを告げられないでいるのかも知れない。
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2006年03月02日
変節漢・盧大統領
盧武鉉大統領変節と過激な「反日発言」の狙い
韓国大統領、「3・1独立運動」式典で日本批判
【ソウル=福島恭二】韓国の盧武鉉大統領は1日、日本による植民地支配に抵抗する「3・1独立運動」87周年記念式典で演説し、小泉首相の靖国神社参拝、歴史教科書、竹島(韓国名・独島)問題など昨年1年間の日韓関係を振り返ったうえで、「日本が侵略と支配の歴史を正当化し、再び覇権の道に進むかもしれないとの疑念を韓国国民が持つことは当然のことだ」と述べ、日本を批判した。【読売】
この盧武鉉大統領の恒例となった式典演説における「反日」言動に、日本政府も「内政干渉だ」と強く反発しています。安倍官房長官は憲法改正論議にまで注文をつけたことに対して、「日本人自身の手によって決めることであり、まさに内政問題だ。平和主義の基本方針を覆すような憲法論議はまったくなく、大統領の指摘はあたらない」と批判した。
今回の発言にとどまらず、盧武鉉大統領の「反日」発言は我が国をまるで敵国扱いしたに等しいものだ。これでは日本の若者の間に、韓国に対する敵愾心を抱くものが現われても仕方がないであろう。なぜ、このような発言を繰り返すようになったのか。就任当初はこのような「対日姿勢」は少なくとも表面上は感じられなかった。
2003年6月に日本に初来日して国会で演説した時には日本のマスコミは次のように報じています。
盧大統領は「過去の歴史問題がいかに重要かをよく知っているが、本日はこの問題を超越した話をしたい」として、「未来志向の関係」を改めて強調した。そのうえで、「両国国民が歴史問題の影から完全に解き放たれて自由に交流し、助け合う時代が来ることを心から願う」として、「両国指導者が取り組む最優先の課題だ」と位置づけた。大統領は、日本の国会議員や各界指導者が「勇気ある指導力」を示すことを求め、「過去はあるがままに直視しなければならない。真実を語ることこそ真の勇気だ」と呼びかけた。そのうえで、日韓の共同目標として、「21世紀の北東アジア時代」を開くことを提案。「両国が意志を共にすれば、北東アジアでもこうした協力の未来を切り開くことは可能だ」とした。
とても同じ人物の演説とは思えない。勿論、この時も小泉首相であり靖国参拝は行われていた。歴史教科書も文科省の検定に変わりはない。ただ「竹島の日」の制定は昨年だった。この盧武鉉大統領の対日強硬姿勢への変節について考えてみたい。
就任当初、未来志向を語り、良好な関係が結ばれる事が期待されたが、自身の支持率低下や選挙での不正追及が進むと竹島問題、靖国神社問題につけ入り、韓国世論にウケのいい「反日」を掲げるようになった。日本の国会で演説した翌年2004年の独立式典においてはその傾向が一段と目立った。実はこの2004年の春が一つの契機となったと考えられる。
これは大統領の訴追事件と深い関わりがありそうだ。総選挙を控えた3月9日に野党であるハンナラ党、新千年民主党は国民の理解を得られると踏んで大統領の弾劾訴追を発議した。3月12日、大統領弾劾訴追案が可決され、一時的に大統領職務を停止された。しかし、党利党略から大統領を弾劾し、国政を混乱させた野党に世論が反発。総選挙でのウリ党の地すべり的勝利につながり、これをもって事実上の信任と見なされた。5月14日には憲法裁判所により大統領弾劾訴追が棄却され職務に復帰した。
しかし、盧武鉉大統領は世論は自分が対日外交で軌道修正を図ったことが、選挙での勝因につながったとも考えたようだ。これを契機に益々その「対日批判」はエスカレートしていった。そして昨年、ドイツにおいては驚くべき発言が飛び出した。
「日本の態度は人類社会が共に追求すべき普遍的価値にそぐわない」
「侵略と加害の過去を栄光と考える人たちと一緒に生きるのは全世界にとって大きな不幸」
これまで盧大統領が数回に渡って述べた対日発言のうち、もっとも厳しい発言という意見に異論はない。 【朝鮮日報】2005年4月8日
盧大統領は2004年7月の済州島の日韓首脳会談の席上、「自分の在任中は、歴史問題は公式に争点として取り上げないつもりだ」と大見栄を切った。しかし、その後、この言葉はすっかり忘れてしまったかのごとく歴史問題を蒸し返してきた。
このような心変わりは自らの失政と不人気を挽回するために行なわれてきたことは明らかだ。このようなナショナリズムを煽って他国を批難する手法には今後も警戒が必要である。韓国大統領の任期は一期5年とされており、これまで職を離れた後に後継大統領から不正や腐敗を追及されるケースが多かった。
どうしても、そのような不正と腐敗を暴かれたくない盧武鉉大統領が、必死で「反日」を叫び、次の大統領選挙を意識してやっているとしか思えない。もうここまでくるとこの大統領がいる限り、この国とは正常なお付き合いが不可能であることは誰の目にも明らかだろう。
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