2006年09月04日

ポスト・ファシズムとなったイスラム過激主義

ファシズム=イスラム原理主義

 「イスラムという新たなファシズム」米国大統領

 米国ブッシュ大統領が混迷を深めるイラク問題で「これはファシズムとの戦いである」と述べました。1920年代後半から30年代にかけてヨーロッパを席巻したファシズムとナチズム。これと現代のイスラム原理主義(過激主義)を同一視して、これへの戦いを宣言したのです。

 このファシズム=イスラム過激主義について、日本のメディアはあまり詳しく解説していません。殆どのブログでも触れていないのではないでしょうか。今日はこの点について考えてみたいと思います。

 極左同士の殺し合い(内ゲバ)の中で、中核派と革マル派は互いに相手を「ファシスト殲滅!」と機関紙で罵り合いました。このようにファシズムとかファシストという言葉は“絶対悪”として、相手を罵倒するために使用されてきました。

 これは一種のレッテル貼りですが、しかし超大国の米国大統領の言葉だけに、これを単なるレッテル貼りと見るわけにはいかないでしょう。私はファシズムには昔から興味を抱き、学者ではありませんが、詳しい方であると自負しているので、この発言の意味する処を論じてみたいと考えます。

 我が国ではファシズムといえば、ヒトラーとムッソリーニの所謂歴史的なファシズムが有名です。また、近年ヨーロッパ諸国で台頭した極右勢力を、このような歴史的ファシズムの後継者と見る評論家もおります。

 ファシズムとは何か?残念ながらその定義さえ定かではない。

 しかし、この定義さえ曖昧なポスト・ファシズムとして、西欧社会ではイスラム過激主義が既に冷戦後に登場していた。我が国では何故ファシズムとイスラム過激主義が結び付くのかさえ不可思議に思われる方は多いはずだ。

 私はイスラム原理主義と過激主義は違うという認識を持つものですが、欧米ではこれを一体と見なしているので、ここではそのような観点から紹介することにします。

 米国で一番最初にファシズムと原理主義の共通性について書かれた論文は、ヒトラーが知られる以前の1920年代のことである。「ファシズムと米国の原理主義」(christlichewelt,1924)には次のように書かれてある(この論文は刀水書房の「ファシズム」という本にあります)。

 「政治的ファナティズム(狂信)の扇動に見られる宗教的な非寛容さ、急進的な宗派と手を携えた過激なナショナリズムとポピュリズム、さらにクー・クラックス・クランと原理主義の緊密な関係について論じている」とあります。これはイスラム原理主義のことではありませんが、米国には急進的宗派もファシズムと考える傾向が元々あるのです。

 また、1937年に出版された書物(edger alex-ander,der mytos,hutlers,zurich,1937)の中には、当時台頭したナチズムの指導者ヒトラーを新しいマホメット、預言者と捉えているものもあるほどです。

 「ヒトラーの『我が闘争』によれば、新しい宗教を伝えるもの、預言者、伝道者は常に剣であった。憎悪はつねにあらゆる革命的変革の動因である。浸透した狂信、さらに狂気はいかなる科学的知識より大衆を駆り立てる」

 私がここで言いたい事は米国には古くから、ファシズムとイスラム原理主義を同一視する歴史的な土壌があったということで、今回ブッシュ大統領が「イスラムという新たなファシズムとの戦い」と語ったとしても、あまり驚かないということです。

 キリスト教、仏教は同じく世界的宗教ですが、イスラム教とは大きな違いがあります。キリストにしてもお釈迦様にしても国家権力とは無縁でした。しかしマホメットは違います。

 キリストもお釈迦様も宗教指導者ではありましたが、国家指導者ではなかった。しかし、マホメットの弟子達はアラブという国家を創設しました。この政治志向の強さが特徴的であり、それ故にファシズムと同じように見られるのです。

 我々は米国大統領がイスラム原理主義をファシズムに見立て、これへの戦いを宣言している点を注目しなければなりません。ポスト・ファシズムに位置付けられたイスラム原理主義、その戦いに参加するのは米国一国ではなく、西欧やロシアも含まれる現実を見なければならないからです。

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Posted by the_radical_right at 11:41 │ mixiチェック │イスラム問題 

2006年09月03日

オイルダラーの行方

オイルダラーの行方

莫大な投資を成り金的発想で見てきた誤り 

 世界的な原油高で中東の産油国には膨大な資金が流れ込んでいる。サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦などの穏健な国家は、欧米先進国への投資は勿論のこと、現在ではそれ以上に国内に対する投資を優先している。

 砂漠の緑化、灌漑設備、道路や重化学工業などに投資を続けており、相当な成果を上げている。また、軍備の拡張や充実にも力を注ぎ、米国からの武器輸入を増やしている。

 対してこれらの国とは一線を画するイランだが、国内の軍備拡大は勿論、イラクやレバノンなどのシーア派教徒の過激派テロ組織に力を注いでいる。レバノンのヒズボラはその代表でもある。

 中東イスラム地域といってもそれは一枚岩ではなく、大きく二つの対立の流れがあります。それは大ペルシャ帝国の栄光を再現しようとするイランのシーア派と他のスンニ派との宗教対立です。

 サウジやエジプトというアラブの大国には、かつて�“振�産主義、��反シオニズム、��モスレム(回教主義)という共通項がありました。しかし、この内�,龍�産主義の脅威は冷戦崩壊後の中東にはありません。

 この内、残された中で��反シオニズムと��のモスレム主義は対立関係にあります。そして��のモスレム主義は宗教対立と過激主義の間で揺れている。現在、世界で一番布教に熱心で伸びているのが回教(イスラム)であると言われている。

 特にレバノンのヒズボラやパレスチナのハマスには、布教拡大に膨大なオイルダラーが流れ込んでおり、それが政治活動は勿論のこと学校や病院など、あらゆる社会的政策にも関与している。

 また、政治活動は軍事組織と一体であり、武装解除は極めて困難な状況となっている。彼らが現代の国際政治の上で注目されるのは、その力であり、その地域に確固たる基盤を築き上げたことである。

 我々はこれまでオイルダラーと言えば、成り金的発想による企業投資や原油相場だけに目を奪われて来ました。しかし、そのような資本主義のゲームとは全く関係のない、回教の布教に莫大な資金が投入されてきた事実を知りました。

 我々はテレビなどで、アラブの石油王の貴族的な豪華な宮殿などを見せ付けられ、オイルダラーはそのような贅沢に費消されると思わされてきた。それがどれほど愚かなことであるかを気付かされた。

 今後どのようなことが中東で起きようとも、表面の政治問題の背後には、宗教戦争が介在していることを忘れてはいけません。この点を度外視して本質を語ることは出来ません。むしろこの点を認識してこそ、過去2千年の我々人類の歴史の意味を感ずることができるのではないでしょうか。

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Posted by the_radical_right at 19:08 │ mixiチェック │イスラム問題 

2006年09月02日

思想としての右翼 戦前の右翼思想家に学ぼう

04059ae5.jpeg右翼思想とは何か?

それは論理にあらず生き方である

 右翼という言葉から一般の人がイメージする人物像は、頭が悪く粗暴で常識を欠いた人ではないでしょうか。確かにそのような人が街宣右翼と呼ばれる人達に少なからず存在するようです。

 しかし、本来の右翼とはそのような思想の欠片も感じさせないような人ばかりではありません。戦後の歴史教科書に全く登場しない人物ですが、戦前の大川周明、北一輝、石原莞爾の3人は日本歴史上に残る右翼思想家であったと思います。

 大川周明は学者、北一輝は革命家、石原莞爾は軍人と、その立場は違っていますが、戦前の日本の右翼史に残る偉大なる人物達でありました。今、ナショナリズム再評価の流れの中で、是非ともこのような人物にも興味を持って知っていただきたいものです。

 いずれ、右翼の思想とは何か。それをシリーズで書かせてもらうつもりです。本来右翼とは体制内の保守主義者とは異なるものです。よくネット右翼という言葉を新保守主義と同一視する傾向もありますが、しかし本来の右翼という言葉は全く異なる意味を持つと考えます。

 ただ、右翼にも伝統的な保守主義もあります。こちらの方は現代の保守主義と連なるものですが、私のいう右翼とは革新的な運動を指します。右翼とは社会の触覚として、常に先端において始動するものでなければならない。

 その意味から言えば大川周明、北一輝、石原莞爾の3人は日本史に残る偉大なる先達であったと言えるでしょう。思想とは究極的には論理ではなく、その行動(生き様)であるというのが私の持論です。 

 今回は大川周明博士のことについて述べたいと思います。東京裁判で訴追されたが、東条英機の頭を叩いたことで、発狂したとして精神病棟に隔離されました。この発狂が本物でなかったことは、後に日本で初めて「コーラン」を全訳したことで明らかです。

 何が大川周明を回教(イスラム)の研究に駆り立てたのか。それは未来の世界を予言していたからでした。彼は次のように予言していました。現代語で紹介します。

「全イスラム圏はやがてキリスト教諸国の俎上に乗せられ、早晩分割去られる運命を免れないと思われる。イスラム教が堕落の極に達したと思われた時に、内面的には宗教改革の熱烈なる運動が起こり、外面的には汎イスラム主義の政治運動が台頭し、枯れ木に再び花を開かんとするの勢いを示すに至る」

 大川周明は日本を代表するインド哲学の研究者でもありました。彼は大東亜戦争の敗北後、インド、イラン、トルコ、イラクなどの国々に目を向けていた。そこに日本民族の活路を見出そうとしていたのかも知れません。

 戦後、進歩的文化人と呼ばれた輩はマルクスレーニン信者であり、その忠実な実践者であった。そのような輩が今日のマスコミ界を跋扈しています。

 私はネットで憂國の心情を訴える若者に、右翼に抱いている偏見を捨て、思想としての右翼人に興味を示して欲しいと思います。日本の危機に直面した時に、いかにそれを回避するのか、必ずやその指標を教えてくれるでしょう。

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Posted by the_radical_right at 20:37 │ mixiチェック │教育・日本人精神