2006年09月11日

9・11と「文明の衝突」

c543e162.jpeg2001/9・11事件と「文明の衝突」

 この時を境に世界は大きく変貌を遂げました。我々人類は長かった東西冷戦の時代がソ連の崩壊によって終焉を迎えた時に、これで世界に恒久平和の時代が到来したと誰もが喜んだ。

 しかし、それは新たな熱戦の始まりでしかなかった。パンドラの箱が開けられ共産主義イデオロギーで封印されてきた民族主義が息を吹き返した。幻想の国家(ユーゴスラビア)では内戦の果てに倒壊し、実体としての真の民族国家が誕生した。

 そして何よりも驚かされたのは9・11の米国への同時多発テロだった。これはこれまでのイデオロギーの対立から、「文明の衝突」へと国際政治の本質が移り変わったことを意味していた。

 果たして世界はこの「文明の衝突」とどのように向き合って行くのか?これを乗り越え、平和で安定した社会を創り出すことはできるのか。しかし、9・11後の世界を見渡す限り、悲観的にならざるを得ない。

 国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンの行方は全く掴めていない。アルカイダと同盟関係にあったアフガンのタリバン政権は一度は崩壊したが、最近では再びその勢力を盛り返している。

 日本ではイラク問題により関心が集まるが、深刻なのはアフガンの方が上だろう。アフガンには米英軍の他にイラクに派兵しなかったカナダ軍や撤退したオランダ軍など、多くのヨーロッパの同盟軍が派兵されている。

 既にアフガンにおいては「文明の衝突」は激しい「文明の戦争」となっている。9月8日にはアフガンの首都カブールの米国大使館近くで自爆テロがあり、米兵2人が死亡した。タリバンの力は着実に回復している。

 アフガン駐留の米英軍とヨーロッパ同盟軍は非常な危機感を抱き、ヨーロッパ同盟軍は増派をNATO諸国に要請したが、レバノンへの派兵問題もあって難航している。

 人類の国際政治の本質的な概念とは「軍事力の行使またはその行使を前提とした相互不信によって貫かれている」という。「文明の衝突」はこの本質がこれまでのイデオロギー対立に「文明」という新しい主体が加わったことを意味する。これは増々解決が困難なことを暗示している。

 私は2000年初頭、2ちゃんねる掲示板において、盛んにこの問題を多くの人と論じ合いました。是非、それをじっくり読んで頂きたいと思います。

 「文明の衝突」(1〜5)http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/cat_1426331.html

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Posted by the_radical_right at 07:54 │ mixiチェック │検証・歴史的大事件 

2006年09月10日

「内なる敵」愛国心なき共社

「内なる敵」

「戦争責任直視を」共社党首、

アジア政党国際会議で演説
2006年09月09日20時49分 (朝日新聞)

 共産党の志位委員長と社民党の福島党首は9日、ソウルで開催中のアジア政党国際会議で相次いで演説し、日本が過去の植民地支配などの戦争責任を直視すべきだと訴えた。

 共産党党首として初めて訪韓中の志位氏は、「平和と安定のためのアジア共同の機構をつくる上で、日本が過去に行った侵略戦争と植民地支配を正当化する『逆流』を克服することが、アジアのみなさんが求めていることだ」と主張した。

 私のような古い人間には「共社」という文字には何か馴染めない。やはり「社共」という方が言い易い。しかし、現実には共産党が議席数では上回っている。

 この反戦平和・反米を唱えてきた左翼が今や法定得票にも達せずに、供託金を没収されるケースが相次いでいる。なぜ、この左翼政党は強力な「反日新聞社」の応援にも係わらず衰退したのか―。

 それをマスコミや識者は決して語ろうとしない。

 それはこの両党がナショナリズム、つまり民族心や愛国心と全く無縁な存在であるということです。

 話を戻しましょう。私はインターネットで早くから発言をしてきましたが、6年程前の2ちゃんねる掲示板に次のような投稿が残されていました。

「何時の時代でも人は過去から解放されなければならない」

「何十年たっても謝罪し続けなければいけないのか、という感情を国民にうえつけるだけだ」

「過去にこだわり、堂々巡りしている必要はない」
 
 戦勝国が半世紀の歳月を経過しても尚敗戦国に強要する謝罪と補償。これをきっぱりと否定して見せたのは、現在時の人となったオーストリアの極右政党の指導者ハイダー党首である。
 
 オーストリア国民は彼を「希望の星」と呼ぶ。戦勝国による精神的な支配と呪縛の暗闇の中で、ひときわ輝く星だからだ。
 
 2000年  2月3日(木)11時13分 投稿者 瀬戸弘幸
 
 いつまで左翼は「侵略戦争と戦争責任」そして謝罪を言い続けるつもりなのだろうか。もう半世紀も前のことなのに、左翼はその呪縛を解こうとはしない。このような「内なる敵」を先ず一掃しなくてはならない。
 
 今日は暑い日でした。農作業の手伝いも汗がびっしょりで疲れました。短い文になりましたが勘弁して下さい。
 
 皆さん、共社両党を徹底的に糾弾して議論を盛り上げてください。短いコメントも大歓迎です。

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Posted by the_radical_right at 18:00 │ mixiチェック │特定アジア(韓国) 

「統一教会」と「国際勝共連合」

「統一教会」と「国際勝共連合」

なぜ、かくも日本保守基盤に浸透したか?

>統一教会の文鮮明と安倍官房長官の間に、何らかの癒着や疑惑を
>
感じさせるものだが、どのサイトやブログを見ても統一教会系の大会
>
に祝電を送ったという以外の事実は何も書かれていない」

― と言っていますが、『きっこの日記』の9/2(土)を読んで下さい。詳しく書かれています。恐ろしいことに安倍の祖父の岸信介から統一教会と関係があるようです。統一教会の関連団体に「勝共連合」というものがあります。保守の人間ならば勝共という言葉に乗り、この団体と関係を持ってしまうのかもしれません。以前、中西輝政京大教授がこの団体主催の会で講演したこともありました。仮に統一教会と不適切な関係が無いと言っても、統一教会は世界を代表するカルトです。李下に冠を正さずだと思いますよ。

  昨日のコメント欄にあったので、この件について紹介を受けた『きっこの日記』を読みましたので、その感想も含めてお返事をエントリーとして立ち上げておきます。

 一国の総理になる人が「李下に冠を正さず」のことわざについては全く同感です。

 「《スモモの木の下で冠をかぶりなおそうとして手を上げると、実を盗むのかと疑われるから、そこでは直すべきではないという意の、古楽府「君子行」から》人から疑いをかけられるような行いは避けるべきであるということのたとえ」

 確かに安倍官房長官が統一教会系の団体に祝電を送ったことは、問題であり軽率であったと感じます。特にそれを韓国の報道機関や赤旗や「反日マスコミ」が、鬼の首でも取ったかのように報道し始めた直後の対応のまずさは批判されるべきでしょう。

 しかし、だからと言って統一教会のようなカルト宗教と安倍氏が深い関係にあるというのはあまりにも誇張したものです。ましてや文鮮明と金日成と安倍氏の顔写真を一緒に掲載し、疑惑のトライアングルというバナー意見広告に至っては、これは意図的な捏造以外の何ものでもありません。

 私が申し上げたのは、安倍氏本人がそのような関係にはなく、一般の自民党の代議士と同等の普通のお付き合いしかないということです。だから、それ以上の深い関係があるとするなら、それを具体的に指摘すべきであると書きました。

 そうしたところ、『きっこの日記』に詳しく出ているというので読ませて頂きましたが、別段深い関係を示唆するようなものは全く書かれていませんでした。

 ただ、安倍氏の著書『美しい国へ』という本の中身が、国際勝共連合の故久保木修己会長の著書『美しい国 日本の使命』の丸写しであると書かれています。

 もし仮にそうならタイトルまで真似るのはいくら何でも考えられない。中身はどうあれ、ただタイトルが似ていたので、そのように邪推したのではないかと推測しました。

 なぜなら「あの本の丸写しなんだよね」とか「本のタイトルから内容までパクッちゃうほど」と書いているのに、どこが、どのようにそっくりなのかが全く指摘されていません。

 自分の思いや考えだけを書きとめている日記であれば、それも許せるのかも知れません。しかし、評論や批評といった観点から見た場合、『きっこの日記』は単なる思い込みでしかないようです。

 さて、次に『きっこの日記』にも触れられてあった、下の部分について補足説明をしておきましょう。この文章自体は広く知られたことです。

 …そんなワケで、安倍晋三が、本のタイトルから内容までを丸ごとパクッちゃうほど尊敬してる久保木修己が、どんな人なのかっていうと、昭和6年(1931年)に中国で生まれて、満州や北京で少年時代を過ごして、13才の時に、敗戦によってニポンに引き上げて来た。それから、慶応の中学、高校、大学とエスカレーター式に進み、大学在学中に、立正佼成会に入会して、青年部長や会長秘書をつとめた。そして、立正佼成会でカルト宗教の原理を身につけた久保木は、昭和37年には統一教会に入信して、たった2年で、会長の座へと上りつめた。

 そして、昭和43年には、笹川良一の富士五湖の別荘に、統一教会の創始者、文鮮明と、ニポンの統一教会の会長、久保木修己が集まって密談をして、文鮮明の思想に基づいた政治団体、「国際勝共(しょうきょう)連合」ってのを作った。で、久保木修己が会長、笹川良一が名誉会長になって、あちこちで街路演説などの政治活動を始め、その文鮮明の思想に賛同した岸信介元総理(安倍晋三の祖父)が、「国際勝共連合」の政治活動を高く評価して、以来、岸信介と統一教会とは深いつながりを持つようになった。だから、1987年に岸信介が亡くなり、1998年に久保木修己が亡くなった現在でも、安倍家と統一教会とは太いパイプでつながっていて、未だに、祝電だ何だって送り続けてるワケだ。

 まず、生い立ちやその後の略歴、立正佼成会への入信、統一教会へ移った経緯は間違いはありません。ただ、なぜ立正佼成会から統一教会に移ってたった2年で会長の座へと上りつめたのか―そのことには触れていません。

 これは統一教会ウォッチャーの間でもあまり知られてはいませんが、故久保木氏は一人で統一教会に入信したわけではありません。かなりの人数(三桁以上)を引き連れて移籍しています。

 現在の日本の統一教会の幹部は、この時の人達によって占められています。韓国の教組の下に入ってまで、彼らがやろうとしたことは一つしか考えられません。

 それが『国際勝共連合』の結成へと結びつくのです。彼らが当初から考えていたのは、宗教の衣をまとった政治活動でした。当時、創価学会、生長の家などの新興宗教は政治活動に力を入れ始めていた。

 立正佼成会はその頃はあまり政治には熱心な方ではなかった。だからこそ、青年部長を務めたほどの彼(久保木)は、出遅れたことを焦り、新天地を求めたのである。

 彼が始めた国際勝共連合は事実上、彼の死去によって幕を閉じた。私はあの統一教会というカルト宗教が日本社会に与えた深刻なまでの害毒と、国際勝共連合の日本の政治に与えた影響力を分けて考えています。

 確かにそれは同一の母体ではあったが、詐欺事件まがいの商法や集団結婚式などという反社会性の裏側に、日本の赤色革命に抗した運動があったことも事実でした。

 その考えはとても日本の民族思想とはかけ離れたもので、受け入れ難いものだった。しかし、彼らの擬似愛国心を見抜けなかった日本の保守勢力の多くが、彼らに取り込まれたことは事実でした。

 久保木の早過ぎる死がなかったら、彼らはまた統一教会から離れ、独自の道を進んだかも知れない。なぜならば、国際勝共連合の理念は文鮮明の北朝鮮訪問によって終焉したからです。

 笹川良一氏が彼らを応援したのも分からなくもない。彼は児玉誉士夫と並んで右翼のフィクサーだった。児玉が任侠系団体を右翼に引き込み組織化する中で、笹川はそのような動きには批判的だった。

 笹川は国際勝共連合に集う若者の純真さに心を動かされた一人だった。その純真さは洗脳によって作られたものだったが、笹川もまたそれを見抜けなかったのである。

 国際勝共連合の成功とは、表向きには真面目な青年が私利私欲を捨て、共産主義の魔の手から日本を救おうと立ち上がっているように見えたことでした。

 現在その精神は唯一『世界日報』に引き継がれているようにも見える。しかし、彼らが文鮮明と明確に袂を断たない限り、誰も信用しないでしょう。

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Posted by the_radical_right at 08:05 │ mixiチェック │公明党 カルト宗教