2006年10月07日

民主は掃き溜めの政党

民主党は掃き溜め政党

 民主党は寄せ集めの政党である。かつて石原慎太郎先生は「政界の吹き溜まり」と批判した。掃き溜めに鶴という言葉もあるが、今の民主党には、そのような輝く先生は一人もいない。

 では、どのような人々が集まっているのか?自民党を出て新しい保守党を創ろうとしたが果せずに分裂や集合を繰り返してきた人々。

 冷戦の崩壊でそのイデオロギー的基盤を失い、労働運動の再編によって旧社会党を離れた人々。民社党も行き場を失って合流した。

 このような人々の集まりである民主党の、今日の日本の政治における存在意義というものが、果たしてあるのだろうか?今回の国会の論戦を見るにつけ、それを疑わざるを得ない。

 つまり、このような民主党にはとても日本の運命を託し切れない。もし、この民主党に日本の運命を託した途端に、この日本は奈落の底に落ちてしまうだろう。―それが私の見解であります。

 民主党は安倍総理の中韓訪問を前にしたこの時期に、何故かように歴史認識にこだわった質問を繰り返し、敵国を利するような行為を平然と行なうことが出来たのか。

 それは自らの党利党略を優先させ、日本の国益を全く考えない単なる亡国の徒に過ぎないからだ。何故、このような愚かなことができるのか?それは政策で対抗するのではなく、政局を作り出そうとしか考えていないからだ。

 小沢一郎党首は来年夏の参院選を「関が原」と位置付け、そこで野党が過半数を獲得して日本の政治を混乱させることによって政権を奪取しようとしている。

 衆院で絶対多数を持つ与党としては、仮に参院選に負けてもそれで政権から退くことにはならない。しかし、小沢民主党は長期間の議会ボイコット手段を用いても解散に追い込もうとするだろう。

 確かに民意を問うことを否定はしないが、就任時からそのことだけが主眼となるのは本末転倒ではないのか。政策論争そっちのけで選挙戦術を優先するあまり敵国に有利な外交カードを与えてしまっている。

若い世代に呼びかける

新しい政治エネルギーの結集を!

 今朝、私は新しい政治運動の必要性を痛感していると書きました。これは即新しい政党を意味するものではありません。確かに若者の多くは、もう、どの政党にも心からの信頼を託してはいないでしょう。

 しかし、だからと言って早合点して、新しい政党を設立したところで、それで若者の支持が得られるとも限りません。これまでも多くのミニ政党や政治団体が国政に挑戦したが惨めな結果しか残していません。

 新しい政治を起こすにはそれなりの政治エネルギーが求められます。そのエネルギーをどうして引き出していくのか―。また、そのエネルギーをどのようにして現実の政治の場に登場させることができるのか。

 これは決して単純なことではありません。まだまだ“その時”を待たねばなりません。勿論、現在そのための明確な当てを持っているわけではありません。

 しかし、今日若い世代に実在する既成の政治に対する不信、不満…これは間違いなく、新しい政治を求める潜在エネルギーとなって水面下で煮え滾(たぎ)っていることを見落としてはなりません。

 私が今朝のエントリーで新しい政治運動の必要性を提唱したら、実に多くのご意見が寄せられています。ここに大きな希望があります。新しい芽生えが促がされなければなりません。

 徐々にではありますが、新しい萌芽が今このネットで芽吹きつつあります。この芽は「真の日本の恢復」を志向する若者の精神です。私はネット上のこの若者の精神を≪極右≫と呼びました。

怒る小市民さん、そして多くの皆さん

 『極右評論』ブログは続けますよ。このブログでの思想啓蒙活動を続けながら、若い世代に呼びかけ、若者が希望を持てるような新しい政治運動の場を提供しようと考えています。

 政党の古典的な定義として、エドモンド・バークの言葉がよく取り上げられます。彼は1770年に『現代不満の原因についての諸考察』の中で、政党とは「特定の原理に賛同し、その原理に基づいて、国民的利益を増進しようとして共同の努力を行なうために結集した人々の一体である」と述べています。

 先ずは国民的利益(国益)を増進しようと努力する共同体を、このインターネット上に立ち上げましょう。そこに人々が結集すれば、それはやがて政党へと変貌するでしょう。

 同志の誘いでMIXI(ミクシィ)にも参加させて頂きました。そちらでも呼び掛けを開始します。

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Posted by the_radical_right at 18:53 │ mixiチェック │政局・動向 

山本一太先生のブログと保守政党の限界

保守政党の限界と新しい運動の必要性

 山本一太先生のブログと国民の期待度

 安倍晋三総理の国会答弁を覗っていると、自ら「闘う政治家」と言っていた割には、控え目なというか、そのような好戦的な姿勢は後退したようにも思える。

 私はこれまで総裁選挙のかなり前から安倍支持を明確に打ち出してきた。勿論頼まれたわけでもないし、何らかの野心があったわけでもない。

 ご存知のように私は在野における一人の右翼活動家に過ぎない。私のような政治権力とは無縁な者にとっても、安倍晋三という人物は魅力ある人だった。

 その魅力とは先ず若さであり、そして本当の意味でこの戦後社会に終止符を打つことの、政治的力量を持った指導者であることを信じて疑わなかったからだ。

 多くの国民も、そしてこのネットを見ている方々も同じような気持ちではなかったのか。それを如実に物語る現象があった。安倍総理誕生の立役者でもあった、山本一太先生のブログである。

 山本一太先生のブログはこのランキング政治カテゴリーに登場するや急浮上、6位にまでなった。実は私も最初の頃、毎日のように読ませて頂いておりました。

「タクシーの中で気がつかなかったが、携帯電話の着信に安倍総理からの電話があった。急いで官邸にかけたが打合せで繋がらなかった。夜の10時過ぎに総理から電話があった・・・・・・・」

 そこには新聞もテレビも伝えない、ナマの安倍総理の言葉が並べられていた。我々はそのブログを見ることによって、安倍総理と共に一緒に日本の政治変革の舞台に立っているような、そのような連帯感を持ったのです。

 これは凄いことでした。もし、これが大きな広がりを見せれば、もう新聞やテレビの政治部記者の半数は失業してしまうのではないか、これまで新聞やテレビなどでしか伝わらなかったことがリアルタイムで見ることが可能となったのです。

 私は山本一太先生のブログはやがてトップにまでくるものと思っていました。しかし、残念ながら急降下して、今は14位にまで落ちてしまった。

 他の人が一生懸命書いておられるブログについて、私はその順位について批評しようとは思わない。私はそれほどうぬぼれた男ではない。しかし、どうしても山本一太先生のブログに関してだけは、そのことを書きたかった。

 国会答弁などで、私の目には安倍総理は苦境に立たされているようにしか見えない。それに対して自民党の議員達は一体どのように感じておられるのであろう。

 その私が一番知りたいことに関して残念ながら山本一太先生のブログは答えていない。つい最近は日本政界における英語達人ランキングを乗せて、誰が一番英語が上手か―などと書いておられた。

 これでは若者の共感を得る事はないであろう。この政治ブログを見る若者は、少なくとも安倍総理の現在の苦しい胸の内を、まるで自分のことのように感じている人が大半だろう。

 鳩山、菅、田中何某…これらの国会質問にはらわたが煮えくり返る思いで見ているのではないか。なぜ、山本一太先生は自らのブログでそのような若者の思いに答えようとなさらないのであろう?

 私に限らず、このブログを書き続ける人間の心の中にあるものは「われわれの国、このニッポンを少しでも良くしよう」との願いである。だからこそ、その願いを踏み躙るような輩に対しては、ある時は憎しみを込めて書くこともあるのです。

 私と同じ右翼民族派団体の『皇国史観研究会』の若手の皆さんも菅・田中に対する痛烈な批判を展開しています。

http://shikisima.exblog.jp/3497339

 安倍総理への質問が国会で行なわれるようになってから、安倍総理への期待感は急速に萎んでいった。失望感すら漂っているが、私は批判は控える。

 ブログによっては、何故批判しないのか?なぜスルーなのかと書いておられる所もあるが、私には創価学会、部落解放同盟、反日マスコミ、左翼人権派団体など、これから徹底批判をしなければならない輩がたくさん存在するからだ。

 我々右翼民族派の使命とは何か!?

 我々右翼民族派に限らず保守派も「日本の古き良き伝統・文化と歴史を守り」と口にします。その歴史の中には勿論明治以降の近代史も含まれています。

 戦勝国によって傷つけられ歪められてしまった民族の歴史を再検証し、その正史を綴る戦いを、我々は自らに課せられた使命であると自覚しています。

 私はこの度の一連の流れの中で、保守政党の限界を感じました。自民党による「戦後レジーム(体制)」からの脱却は、言葉の上では幾らでも書けますが、それを実現するには、あまりにも大きな障壁があるように思います。

 新しい政治の変革を目指す運動の必要性を今ほど感じたことはありません。我々はこれまで「国民の広範囲な戦いの中に…」とか「国民と共に戦う不動の陣地を構築し…」などと叫んできました。

 しかし、それはスローガンだけであり、実際には何も備わってはいなかったのです。国民ははっきり言って我々右翼民族派には何も期待を抱くことなどなかったでしょう。

 だが、私はその右翼民族派の中でも“異端の右翼”とされる極右を名乗って、このブログ・ランキングの中で挑戦し続け、多くの方々から支持されてきました。一日9,000人以上の方から応援クリックをして頂いております。

 日本の政治における右翼団体の影響度を考えると、これは画期的なことと、いつも感謝を申し上げているところです。現在参加している人気ブログ・ランキングにおいて、一つの目標がありました。

 一日あたり五万人の閲覧者、応援者は一万人、直接入力者は五千人でしたが、これは何とかクリアできそうです。ある程度の賛同者が得られましたら、次の段階に進みたいと思っています。

 現在、その準備にかかっています。以前から申し上げているように、『極右評論』という名称は、先ずは注目を集める意味において命名させて頂きました。

 当初のその目的は達したと考えています。この《極右》という看板を捨てるとか、隠すという意味ではありません。皆さん達が違和感を抱くことなく、我々の目指す政治運動に興味を持ってもらうためにも、より以上の進歩が必要な段階に来たと思っています。

 思想啓蒙の評論活動から、より一歩進めた我々の政治運動への参加を今後は呼びかけていきたいと思います。ただ、その場合でもあくまでも当初はネット上だけのものとしたいと思います。

 そのためのコミュニティーをネット上に立ち上げたいと思っています。現在その名前を皆様と共に考えたいと思います。出来れば西欧極右が好んで使用する国民(ナショナル)の文字を入れたものにしたいと思います。

 皆さん、日本精神を甦らせる、このネットにおける戦いをさらに推進しようではありませんか!

※もう皆さん、気付かれておいでかも知れませんが、ブログ・ランキングのブログ紹介の表記を変更しました。

 中国の内政干渉と覇権主義、共産党独裁政権の脅威に対して徹底抗戦を呼びかける! 

…から、

 「美しい国」と醜い創価学会!巨大化する邪宗団体への警鐘を鳴らす! 

…に変えました。

 ―と言っても、今後とも反共産支那(中国)であることには、何ら変わりはありません。今後とも宜しくお願いします。

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Posted by the_radical_right at 07:37 │ mixiチェック

2006年10月06日

田中真紀子の罵詈雑言!

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田中真紀子の罵詈雑言!

 衆院予算委 安倍首相、田中真紀子議員と初めて質疑と答弁交わし激論戦わせるー!

 安倍首相は6日午前の衆議院予算委員会で、民主党と統一会派を組む田中真紀子議員と初めて質疑と答弁を交わし、北朝鮮の拉致問題などをめぐって激論を戦わせた。
 田中議員が「内閣総理大臣にふさわしいと思うか」と尋ねると、安倍首相は「私が本当に総裁選挙に出る資格があるかどうか自問自答してきた」と述べた。
 すると、田中議員は「小さな子どもが、玄関先に出て行って、大人のパパの靴があったのでそれを履いて道路に出てきたみたい」と述べた。
 また、田中議員は、北朝鮮による拉致問題で、追及が甘かったために特定失踪者の帰還が実現していないと安倍首相を批難したが、安倍首相も激しく応戦した。
 田中議員は「外務省なり、警察が持っていたリストや過去の捜査を当然踏まえて、トップ会談のときにやるのが外交交渉。残ってひざ詰め談判をするということはできなかったのか」とただすと、安倍首相は「(田中)先生はその場におられなかったが、5人の被害者が帰ってくることができるかどうかも難解だった」と述べた。
 続いて田中議員は「なぜそこで頑張らなかったのか、なぜ帰ってきたのか。あなたには責任がある」と述べると、安倍首相は「北朝鮮が認めていなかった拉致を認めた。首相が決断しなければ、5人の被害者は帰ってこなかった。今、対話と圧力の姿勢で北朝鮮に圧力をかけている。簡単な問題であれば、こんなに時間はかからない」と述べた。
 予算委員会の行なわれた衆議院第一委員室は、1時間にわたって激しいやじが飛び交うなど、波乱の論戦となった。
http://www.fnn-news.com/headlines/CONN00098110.html

 田中真紀子氏(以後敬称略)が予算委員会で質問したのは、2003年11月に民主党の会派入りしてから初めてだそうだ。この予算委員会の質問を読んで思わず怒りが込み上げてきた。

 安倍総理は逆に質問できる立場にはないので、答える一方であったが、腹の中では<それでは、あなたは何かしたのですか?>と言ってやりたかったのではないか。

 この田中真紀子に限らず、多くの政治家が拉致被害者に対しては冷淡そのものだった。社民党の土井たか子氏などは娘の安否を想う有本恵子さんの両親が尋ねると、次のように答えたと言われている。

「そのようなことを北朝鮮に聞いて、娘さんの身に何か起きたらどうするんですか?」

 とても、娘のことを心配して尋ねた親に対する言葉とは思えない。最も社民党は北朝鮮側が正式に拉致を認めるまでは、あれは韓国KCIAの陰謀と言っていた。

 金正日が認めた後も暫らくの間、そのような論文に党のHPからリンクを貼り続けて、国民の顰蹙(ひんしゅく)を買ったほどである。では、田中真紀子はどうだったのか?

 その驚くべき暴言をフリー辞典より転載してみましょう。

「拉致家族の子供は北朝鮮で生まれたから本来なら北朝鮮に返すべきじゃないですか?その辺のところを蓮池何とか(=透、被害者の薫さんの兄)さんはよく考えてください」
:拉致被害者家族会・救う会を批判

「(被害者に)耳触りのいいことを言うべきではない」
「(帰国した5人の拉致被害者の)家族の国籍は国際法上は北朝鮮籍。外務省も知っているはず。(日本帰国は)難しいとはっきり言うべき」

 どちらも2003年10月31日、佐渡において行なった藤島正之候補の応援演説にて。北朝鮮による拉致被害者家族連絡会と北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会は田中真紀子事務所に抗議したが、一切回答していない。

「安倍晋三さんは種無し南瓜じゃないですか。種無し南瓜に何がわかるというのですか!」

 子供がいないことを理由に安倍を批判(安倍は既婚者)。この発言は不妊に悩んでいる女性への侮蔑以外のなにものでもないとの批判が上がった。

 「種無し南瓜」「かんぞうだか、しんぞう」。
 最近の「51歳のコピー人間」でわかる通り、過去の発言録には安倍晋三を槍玉に挙げたものが結構(と言うほどではないが)多い。これは政治的スタンスが真逆であるのに加え、父・田中角栄の政敵・福田赳夫の愛弟子・安倍晋太郎の息子だからではなかろうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E7%9C%9F%E7%B4%80%E5%AD%90

 品性下劣という言葉があるが、このような女性にピッタリの言葉ではないか!

 この田中真紀子は父の遺産を相続しておきながら、それを払わずにごねていたが、とうとう目黒の自宅半分を税務署に物納した。その時の税務署への言い草が凄かった。

「福祉関係にでも利用して下さい」(ただし、これは伝聞ですが…)

「あのね〜、そんなこと貴方に言う権利ないよ!」 ―と言ってやりたいですね(面と向かって)。

 いずれにしても、国民の義務を果たす事を嫌がるような女が当選する風土こそ変えていかねばならないですね。 

 当時の自民党の実力者や社会・公明などの政治家は拉致問題を知りながら、被害者を見殺しにする考えだった。田中真紀子はどうしようもない大馬鹿だが、この女だけではなかったことを国民はしっかりと見ておかねばならないでしょう。

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Posted by the_radical_right at 16:00 │ mixiチェック │政局・動向