2006年12月19日

北東アジアの緊張と列強の影

734d7023.jpeg列強の影と北東アジアの平和

6ヶ国協議における日本の立場と覚悟

 北京で始まった6ヶ国協議の中で、北朝鮮は制裁が解除されなければ、再び核実験を行なう旨を示唆したと報道されています。このような強硬な姿勢は今に始まったことではないにしても、その交渉の態度には恐怖感すら覚えます。

 彼らは自分達が間違ったことを主張しているなどとは露ほども思っていないのでしょう。核開発は米国の核攻撃から身を守るための核抑止力であると信じているようです。

 また、それは米国だけではなく、国境を接する共産支那(中国)や帝国ロシアに対する牽制の役目を持っているのかも知れません。このように考えれば、敵ながら彼らの生存戦略もまたある面では理解できます。

 このように書けば批判が上がるのは百も承知で書いている訳ですが、この北東アジアの緊張に列強の影が見え隠れしていることも事実です。

 ただ単に北朝鮮に核の放棄を迫っても、彼らがそれに応じることは全く考えられません。民族の分断化、そして列強に取り囲まれた小さな半島国家である北朝鮮。

 彼らが現在どのような国家戦略の中で生き延びようと考えているのか、そして米中露という大国はどのような北東アジアの将来像を描いているのか?

 そのことを全く無視しては、この6ヶ国協議開催の本当の意味は掴めないのではないでしょうか。いずれこの点については具体的に触れてみたいと考えています。

 今朝はその前の段階として、基本的な事柄について考えてみたいと思います。すなわち国家間同士の関係と戦争という概念についてです。先ずそれを理解することにおいて、安易な楽観論が何ら現実的根拠のないものであるかを教えてくれるからです。

 歴史は、二度と同じ過ちを繰り返してはならない!

 二つの大きな世界大戦を経験した人間の叡智がこの言葉を創り出しました。しかし、現代においても歴史の展開は、類似的な要因によって支配されていることだけは確かなようです。

 第一次世界大戦後の諸情勢を分析すれば、そこには明らかに戦争の火種が内包されていました。そして第二次世界大戦後の世界情勢もまた然りでした。

 第二次世界大戦後は世界的規模での戦争は確かに起きませんでしたが、世界の各地においてはその規模は小さいものの紛争は多発してきました。

 そのいずれの背後にも例外なく列強の影が読み取れたのです。彼らの利権の連鎖している事実を見れば、国際情勢の小さな変化であっても、いつ大戦争が勃発しても何ら不思議ではなかったのです。

 それを抑えてきたのが、紛れもなく核兵器の存在であったことも事実ではないでしょうか。相互確証破壊と呼ばれた恐怖の核戦略概念でもありました。

【相互確証破壊】

相互確証破壊(そうごかくしょうはかい Mutual Assured Destruction, MAD)とは、核戦略の重要な概念

 核兵器を保有して対立する陣営のどちらか一方が相手に対し戦略核兵器を使用した際に、もう一方の陣営がそれを確実に察知し、報復を行なう事により、一方が核兵器を使えば最終的にお互いが必ず破滅する―という状態のことを指し、互いに核兵器の使用をためらわせる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

 このように考えると北朝鮮というならず者国家が、これに固執することは一概に否定は出来ない。つまり、核兵器を保持しない国家が、どうやって核兵器の攻撃から身を守るかが示されていないからである。

 第一次世界大戦後において以下のような国際情勢が現出しました。それがやがて戦争に結びついて行くわけですが、現在においてもそれが全て解決された訳ではありません。

 列強と多数の小国の存在と共存。列強のブロック経済圏の強化と中・小国の経済的地盤の弱体化。富める国と貧しい国の対立激化。大まかに見れば大国とそれに反発する小国の戦いは続いています。

 北朝鮮がその最も先鋭化した部分であるとの指摘には反対論も多いでしょう。しかし、その一面があることまでを否定することは出来ないでしょう。

 このような現実がある以上、戦争の危険とは常に存在するもので、それは日本国民が望むとか、望まないという次元の話ではありません。

 戦争の要因とは何か―。特にこの北東アジアにおける大国と小国、そして民族興亡の歴史。それらを全て読み解いていかなければ、この問題の危機の本質を見ることさえも出来ないのです。

 6ヶ国協議とは北朝鮮の核保有を阻止することにありましたが、現実には北朝鮮は核保有国家となった以上、これを放棄させることは大切であることに違いはありません。

 しかし、同時に私が今提起したいのは、この北東アジアにおける平和と安全であり、核を持たない「政治小国・軍事弱国」の日本の生存そのものではないでしょうか。

 それを周辺諸国との協議の中でどうあるべきかを堂々と論議を重ね、日本国の生き残る戦略を構築すべき時であると思っています。

 現在の日本の為政者は、果してこの緊迫する北東アジアの列強の脅威に対応し得る見識と主体性を持ち合わせているのか?

 我々≪極右≫は常にそのことを考え主張しています。「経済大国」から真の「政治大国」と「軍事大国」を目指すことこそが、日本の国家戦略であると固く信じるからでもあります。

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Posted by the_radical_right at 09:45 │ mixiチェック │特定アジア(北朝鮮) 

2006年12月18日

日本スポーツ惨敗について

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「日本のスポーツ哀れ!」に対して

 NO MORE JAPANさんへ

 最近『極右評論』に訪れてコメントを入れて下さる方ですが、今日改めて彼の『ノーモア・ジャパン』を見させて頂きましたが、正直驚きました。

 日本のスポーツは哀れ!

アジア大会(ドーハ)で韓国は中国に次ぐ金メダルを獲得しました。総合2位です。日本より上位です。

日本は韓国より人口が多いのに?

日本は韓国より経済力があるのに?

日本は韓国より金メダル少ないの?

日本は韓国より下位!劣悪!負け犬!

( ´,_ゝ`)プッ

フィギュアスケートのGPファイナルは韓国の金妍兒(キム・ヨナ)選手が優勝しました!http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/31780/
日本の目と眉毛の間がすごく離れている浅田真央選手は、2回も大こけして2位に惨敗しました。哀れですね!

>浅田真央

( ´,_ゝ`)プッ

 もし、このブロガーが日本人なら、余程ひねくれた方ですね。勿論、日本人ということでなければ話は分かるのですが、自ら「在日朝鮮人」とは書いていません。

 ここは日本人ということで、この話題を取り上げてみることにします。

 日本人としては、確かにアジア大会での成績、そして今回のフィギュアGPファイナルの結果は正直悔しい気持ちで一杯です。スポーツの世界での勝ち負けは、ある意味で国力のバロメーターと言われるだけに心配でもあります。

 たかがスポーツと侮ってはいけない。日本はソウル・オリンピックの頃から沈み始め、代わって韓国が浮上してきた。また眠れる獅子であった中国ははるか上を行ってしまった。

 この現実の意味は決して軽くはないだろう。かつて東京オリンピックの頃は日本は東アジアでは最大のスポーツ国として栄えていた。それが現在は見る影もない。

 実はスポーツには民族の体力と能力の他に、もう一つの重要な要素が加わります。それが国家体制と呼ばれるもので、この国家体制が生み出すものが活力なのです。

 スポーツとは民族の体力と能力、そして活力というものがなければ勝てないのです。日本にはこの活力を生み出す国家体制というものが整っていない。

 オリンピックや大きな大会で優勝する日本人は、その並外れた素質(能力)と精神力(根性)によるところが大きい。残念ながら民族の活力の発奮といった助けがないのです。

 かつてアジア大会に出発する日本選手団の団長が「韓国や中国は国威発揚というプレッシャーが強いから、その間隙を縫って我が国は頑張ろう」と訓示したとして話題となりました。

 競技大会とは外国にあっては国威発揚の場であり、であるからこそ国家は全力を挙げて選手を養成してきたのです。しかし、我が国においては、いつの間にか国威発揚が悪いことであるかのような風潮さえ漂ってしまいました。

 日本と韓国、中国の差はそこにあるのです。スポーツにかける国家の意気込みが違う。そのことがこのアジア大会の結果に繋がっていると思います。

 とは言っても、私は日本人です。中国や韓国に負けたからといって、日本人選手を責める気など全くありません。逆にその健闘を讃えたいと思います。

 もし責められるべき存在があるとすれば、選手ではなく日本の現在の国家の在り様です。スポーツの国際大会を明確に国威発揚の場であるとして、そのために為すべきことを為せば、その結果はまた違ったものになるでしょう。

 ただ国力のデモンストレーションに見立てても、それで勝ったからといって、それが現実の政治の何らかの解決になるかと言えばそうでもありません。

 スポーツが強いから何でも強いとは限りません。そのような考えはナンセンスです。国力を賭したメンツの戦いではあっても、そこには冷静な目が必要だということでしょう。

 さて、このノーモア・ジャパンさんについて考えてみましょう。この方が日本人であるとして、では彼の文章はどのような心情の下に書かれたものなのでしょう。

 かつてブログでも取り上げました左翼弁護士の次の言葉を思い出しました。

 「澤藤統一郎の憲法日記」

「私はナショナリストではない。ナショナリズムそのものの価値を認めない。
ナショナルなシンボルの呪縛を排斥しなければならないと考えている。
サッカーの試合では絶対に日本を応援しない。
オリンピックでは、小国、新興国、第三世界の選手の活躍に拍手を送る。
日本人だから声援を送ることはあり得ない」
 
 成る程などとは思いません。ただ一つの理屈ではありますが、これは間違った理屈です。これに対して私は次のように指摘しました。

 オリンピックやワールドカップ大会は普段はナショナリズムとは無縁な毎日を送っている我々国民に、ナショナリズムを再自覚、再認識させる機会である。
 おそらくこの左翼弁護士も普通の日本人と同じようにナショナリズムを感ずるはずである。しかし、そこは永年左翼の闘士としてインターナショナルを背負って生きてきたという自負から、自らナショナリズムを封印しなくてはと、敢えてこのように「絶対に日本を応援しない」と書いているのであろう。

 その意味では可哀想な人だと思う。多くの日本人が外国の選手を相手に健闘している姿を見て感動を覚えているのに、この左翼人は拍手を一緒に送ることも出来ない。

 我々日本人が国家・民族という問題に否応なく直面するのは、海外旅行時のパスポート所持とオリンピックやワールドカップ大会時の日本選手に対する応援が双璧であろう。

 日本政府の発行するパスポートがなければ、外国に入国できないという事実こそ、紛れもなく国家の一員という事実の再認識であり、如何に国家を批判したところで、国家が発行するパスポートによってのみ身分が保証される現実がある。

 そしてオリンピックやワールドカップである。

 各国の選手が死力を尽くし、その中で日本人選手が頑張って、その結果として日の丸が掲揚された時の感動は、改めて日本人の血が騒ぐことを自覚する瞬間である。これはその感動を共に分かち合える多くの人々がいて、初めて味わうことのできる心の昂りである。
 これこそが、左翼が忌み嫌うナショナリズムであるとしたら、何とナショナリズムとは心地よいものなのだろう。

 そして彼らが好むインターナショナルである。実はこれもナショナリズムを体現することにおいて、机上のものではなく本当のものとなるのである。全力で戦った者同士が勝敗の決した後に、共に讃え合い、肩を組み、手を握るシーンから我々はナショナリズムがインターナショナリズムに通底する、生きた現場を見ることによって学ぶのである。

 ナショナリズムを体現できない者に、インターナショナルを語る資格などそもそもないと思わなければならない。左翼は何故に左翼と呼ばれるのか?
 この左翼人のブログが全てを言い表わしているではないか。自らが日本人であることを嫌い、国を愛することを悪と思っている限り、彼ら左翼に未来などあろうはずがない。

 ノーモアさんに最後に言っておきましょう。仮にあなたが日本人でないとしても、私はあなたのように選手に失礼な書き方はしません。負けて悔しいのは当然ですが、大逆転した金妍兒(キム・ヨナ、16、軍浦修理高校)選手には率直におめでとうと言ってあげたい。

 また、一部で報道のあった体調不良の件についてですが、それは外国の開催地でのことですから、最初から危機管理対策が万全でなかったということなのでしょう。そのせいにするのは大人気ないことであると思います。 

 『国民の総意』に私の講演の一部を映像で再現してあります。興味のある方はご覧下さい。

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Posted by the_radical_right at 18:17 │ mixiチェック │負けるな日本! 

「在日」が教育基本法に危惧?

「愛国心」と「郷土愛」に反対する「在日朝鮮人」

改正教育基本法:コリアンNGOセンター、成立受け声明発表 /大阪

 在日コリアンをはじめとする多民族・多文化の子どもたちの教育や人権について「なんら触れられないまま進んだ」と批判。「改訂法では『愛国心』や『郷土愛』を徳目として位置づけており、多民族・多文化の子どもたちの存在がさらに軽んじられ、これまで以上に萎縮(いしゅく)を強いられないかと強い危惧(きぐ)を抱いている」としている。
  その上で今後、学習指導要領や教育振興基本計画など、関連法規の改定論議では「日本政府も批准する国際人権諸条約の趣旨を踏まえた人権教育や多民族・多文化共生教育」を位置づけることを要望。その中で、「愛国心や郷土愛が強調されることのないよう」求めた。   【中村一成】 ソース:毎日新聞(2006年12月17日)

>「愛国心や郷土愛が強調されることのないよう」 とは、どういうことか!我が国が我が国の伝統と文化に基づき、愛国を尊ぶ教育を行うことが、そんなにも脅威と感じ、生活できないことなのであれば祖国へ帰ればいいだけです。内政干渉と妨害破壊行為を繰り返す。自国への愛国心も誇れる文化も持たず、傍若無人な振る舞いを続ける鮮人は我が国に必要ありません。
  権擁護法案など我が国国民にとっては不要であり、同和解放と朝鮮人が率先して確立を目指すなど、我が国に対する侵略行為以外なにものでもないでしょう。  

Posted by ようちゃん at 2006年12月17日 23:1

 この「ようちゃん」さんのご紹介下さった、毎日新聞記者【中村一成】の記事は余りにも「在日朝鮮人」の立場だけを強調したもので理解に苦しむものです。

 教育基本法の改正は日本人のためのものであり、日本の文化や伝統を否定する反日朝鮮人達のことに触れていないのは当然である。そこに疑問を呈する考えが理解できないと云う訳です。

 そもそも彼らは日本に生まれながら日本に帰化する考えもなく、と言って祖国に戻ろうともしません。日本の伝統や文化を否定攻撃し続け、多文化の名の下に自分達の朝鮮文化を日本の中に広めようとしています。

 日本人が自らの国を思う「愛国心」や日本の歴史と伝統に沿った「郷土愛」を大切に考えるのは当然で自然なことでしょう。日本人がそのような教育方針を立てることを、なぜ危惧するのでしょう。

 それは紛れもなく彼らが日本人の「愛国心」を敵視しているからに他なりません。この点に関して、「ようちゃんさん」が言っている事は、日本人なら誰しもが思う至極当たり前の感情です。

 日本で暮らして行くのなら、日本の伝統や文化を尊重すべきであり、常にそれを批判するようなことにばかり拘るなら、いずれ日本人の強烈な反撃を受けることを覚悟すべきだ。

 我々日本人がいつまでもおとなしくしていると思ったら大間違いだ。もう優しさは限界である。彼ら「在日」のやりたい放題を許しておく訳には行かないからだ。

 次のコメントはとても嬉しく思いました。

 新しい時代の到来を予感

 米タイム誌が選ぶ今年の人、2006年は「あなた」
 
                  12月17日17時32分配信 ロイター

 [ニューヨーク 16日 ロイター] 米タイム誌が16日、毎年恒例の「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」に、2006年は「あなた」を選んだと発表した。

 ブログや動画投稿サイトのYouTube、それにソーシャル・ネットワーキング・サイトのMySpaceといったインターネットのユーザー自身が作り出すコンテンツの爆発的な広がりとその影響力を評価したもの。
 選考の理由について、同誌のレブ・グロスマン氏は「グローバルなメディアの手綱を握り、新しいデジタル民主主義を支え、無報酬でプロ顔負けの仕事をしている」と説明した。

 「パーソン・オブ・ザ・イヤー」が掲載された同誌最新号は、18日から各地の店頭に並べられた。同号の表紙は鏡仕立てになっており、雑誌を手に取った読者一人一人の顔が映るようになっている。 

Posted by 応援してます at 2006年12月17日 21:53

 さすがにネット先進国の米国ならではの記事です。私も皆さんに「あなた」と選ばれるほどの活躍をしたいものです。政治思想の啓蒙運動ですから無報酬は当然ですが、まだまだプロ顔負けの仕事とは行きません。

 「国民の総意」では私の映像もアップさせて頂きました。最近中国人の窃盗犯によるピッキング犯罪が多発しているようです。私は一昨年防犯会社で、この中国人犯罪について講演させてもらいました。

 この時の内容を今回はYouTubeにアップして、そこにリンクを貼らさせてもらっています。いずれは自社システムに組み込んで直接できるようにしたいと思います。

 是非ご覧下さい。維新政党・新風の総務省での参院選挙出馬会見もアップしております。

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Posted by the_radical_right at 07:59 │ mixiチェック │外国人参政権問題・在日