2007年09月07日
韓国の苦悩
東亜日報
入る隙のない韓国はどこに…
「行く先が異なる列車が予想よりも速く動いている。列車がゆっくりエンジンをかければ、どこに行くかを見計らって乗るか乗らないか決めればいいが、このように速く動けば、行く先を決められない人は当惑せざるをえない」
米ワシントンのあるシンクタンク関係者は6日、アジア・太平洋地域の安保構図の急速な変化の中で、韓国が直面する状況をこのように比喩した。
一方では、米国・日本・オーストラリアのトライアングル安保体制が確固となり、他方では、中国・ロシア・中央アジアが軍事協力を強化する「海洋勢力vs大陸勢力の競争構図」が急速に形成され、韓国が困難な選択の岐路に立たされているということだ。
韓国政府が、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が05年3月に主唱した「北東アジア・バランサー論」の枠組み内でのみ思考する場合、能動的な対応が難しいという指摘も出ている。
▲「海洋勢力vs大陸勢力」構図の形成
自転車マニアのブッシュ米大統領は、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議への参加のために、オーストラリアのシドニーを訪れた5日、近隣の国立公園でマウンテンバイクに乗った。オーストラリアのハワード首相も同行した。両首脳は、シドニー港でクルーズも楽しみ、夕食もともにした。
一日中演出された「格別な友情」ムードの中で、ブッシュ大統領は、米国の先端兵器技術をオーストラリアに提供することを約束し、ハワード首相は、オーストラリア内に米国のアジア地域救援物資および人力供給基地を提供することを提案した。
8日には、これに日本の安倍晋三首相が加わり、初の米・日・豪3国首脳会談が開かれる。
主要案件はむろん、トライアングル安保体制の堅固化だ。日本政府は、3国首脳会談の定例化を提案する考えだ。
インド洋では、3国の海軍が、インド、シンガポールの海軍とともに、4日から合同軍事演習を実施している。3隻の空母と戦艦25隻、戦闘機約100機が動員されたインド洋地域の史上最大の演習だ。
伝統的に、海洋勢力に分類されるこれらの国家の動きに対抗して、大陸勢力である中国とロシアは、中央アジア4ヵ国とともに、先月9日から17日、ロシアのウラル山脈のふもとで大規模な合同軍事演習を実施した。
▲韓国は見えない?
複数の外交筋は6日、「今回のインド洋合同軍事演習の準備過程で、米国と日本は、韓国に参加の意思を打診しなかった」と明らかにした。さらに、米日豪トライアングル安保体制樹立の過程でも、韓国に参加の意思を打診しなかったと伝えた。
今回のインド洋演習の公式目的は、世界貿易の30%、石油輸送量の4分の1が往来するマラッカ海峡での海賊船の動きを阻止し、大量破壊兵器の遮断演習を実施することだ。韓国も、マラッカ海峡の安全に経済の死活がかかっており、参加の名分はあったというのが、専門家たちの分析だ。
韓国政府関係者は、「(トライアングル安保体制への参加の要請がないのは)韓米、韓日関係が疎遠だからではなく、今はトライアングル同盟を堅固化することが急務と考えるため、韓国、カナダなど他国を引き入れる問題は考えていないからだ」と説明した。
また、別のある関係者は、「韓国政府の基本スタンスは『もっと時間をかけて見守る』ということだ」と明らかにした。
むろん政府内には、「中国政府の非民主的属性、地域大国としての歴史的行動様式などを考慮すると、韓国の生存のためには、米国だけが解決策だ」という意見が少なくない。しかし、そのような意見は、公にできないムードだ。
05年3月に盧武鉉大統領が提唱した北東アジア・バランサー論が依然として強力な枠組みに位置しているためだ。中国を狙った安保体制構築に参加することは実益がないという意見も依然として強い。
しかし、ヘリテージ財団のブルックス上級研究員は6日、報告書を通じて、「中国の行動が完全には予測不可能なので、考えの合う民主国家が、政治・経済・安保イシューで協力し、新たな安保秩序を構築することは当然のことだ」と述べた。
どの方向が正しいかを別にして、問題は安保構図の再編の速度が予想より早まっているという点だ。
ある政府関係者は、「今年上旬までは、トライアングル体制の堅固化に時間がかかり、インドの参加はかなり低い水準で進められるものと予想された。韓国としては、特別にすることはなく、基本的に歓迎するという方針だったが、急に速度が早まっている」と述べた。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2007090764258
・・・・・・・・・ここまでが引用
韓国が自らの国家戦略で苦悩している。
「海洋勢力vs大陸勢力」という国際政治の勢力図が描かれようとしている時に、朝鮮半島に位置する韓国は、どちらつかずになってしまう。
日米豪という自由民主国家連合に対して、共産支那と露と北朝鮮という組み合わせになれば、これまでだったら韓国は日米豪の側につくはずだった。
それがこれまでのアジアにおける安全保障体制の枠組みだった。しかし、その韓国がどちらの側からもお声がかからず、置いてきぼりにされてしまうのではないかと焦り出したのである。
このまま行けば、韓国人は国際力学の中でその非情冷酷さを身を以って知る事になるのではないか。
「生贄」に最初にされるのは日本ではなく韓国になるかも知れない。
冷戦崩壊後の世界で最大の覇権国家となって一極支配体制を敷いたのは米国だった。しかし、その米国の覇権にも翳りが見え始めている。
イラク戦争で躓いた米国は同盟国の力を借りなければ、もはや世界の覇権国家の立場を守ることは出来なくなっている。
対して力を復活させたのは露西亜である。露西亜はプーチンの強権体制によって国家の力を回復させた。資源を持つことを最大の武器として、米国や西欧に対して再び自らの力を示そうとしている。
一番目を見張る台頭を見せたのが共産支那である。支那は米国に代わって東アジアの覇権を握ろうとしている。しかし、米国はまだ東アジアでの覇権を支那に譲ろうとはしていない。
東アジアでの覇権を支那に明け渡すことは、これは日本を失うことを意味する。日本を失えば米国の後退は避けられず、米国がそこまで譲ることは考えられない。
日米関係を何とかして良好な関係で維持することが、日本の国家の生存にとっては大切な戦略となる。しかし、米国が自己保身のために、日本を支那に売り渡すような可能性も否定できない。
日本が周辺諸国から侮りを受けないで、独自に国を守り貫くことを決意して堅固な国家に脱皮するまでにはまだまだ10年以上はかかるでしょう。
その間の日本の舵取りを誤りなきようにするには、国民の団結と努力、そして卓越した若き指導者の誕生を待つしかないだろう。それを私は信じるが故に恐れてはいない。
さて、今回の韓国のこの論説を見ると、明らかに韓国が今後のアジア情勢の中で迷走する可能性があることを示しています。韓国は日本よりも先に大陸勢力の植民地にされるかも知れません。
しかし、その時が日本に危機が訪れる時でもある!
なぜ、韓国人だけがそのような過酷な運命を背負わされるのか!
―日本人にも過酷な運命を背負わせるべきだとする、韓国人と在日韓国人が結託して暴動を起こす事も考えられる。
日本の「反日勢力」が日本国内において、一気に内乱的情況を作り出し、一方的に「反日政権」樹立を宣言することもあり得る。そしてこの「反日政権」は大陸勢力に助けを求める…。
まさに日本にとって最悪のシナリオとなる。こうなると米国も日本を見捨てることになる。韓国にとっての悪夢を日本の悪夢にすることは絶対に許されない。
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横峯議員と「暴力団組長」の賭けゴルフ
これでも、黙んまりですか?
民主党さんよ!
←写真は拡大します
民主党は相次ぐスキャンダル報道に対して、それは個人の問題であるとしながらも執行部は本人に注意をしてきた。この注意をするということで、このような議員を誕生させたことに対して国民への説明責任を果たしたと言いたいのでしょう。
しかし、今回はそんな注意では済まされない問題が発覚。週刊新潮が報道しました。
横峯議員が暴力団組長と賭けゴルフ
これじゃ、いくら何でも本人に問い質して、その結果を国民の前に明らかにしなければならないでしょう。昨日届いた週刊新潮から、その問題の部分をさわりだけ紹介します。
詳しくは是非、週刊新潮をお買い求め下さい。
小沢党首側近議員が統一教会幹部と密接な関係や不倫議員・姫井由美子さんの「霊能秘書疑惑」などの記事も見られます。
横峯良郎参院議員は先日記者会見を開き、その中で「常習的に賭けゴルフをしていた」と報じられたことに対して、「そのような事実はまったくない」とシラを切った。
このことがスポーツ紙などに報道されるや、週刊新潮の電話はその後鳴りっぱなしになったというのです(これは記者仲間からの話です)。
「テレビのワイドショーで横峯さんの賭けゴルフの記者会見を見たら、“10年以上も前に5000円ぐらいでやっただけ”と言ってるじゃないですか。何を嘘をついているんだと思いました。・・・・・・・・」(本文)
このような電話が相次いだというのです。先日の記者会見では横峯議員の弁護士が次のように断言した。
「横峯さんが、つい何年か行ったゴルフ場でお相手した全ての人に証明書を送っています。“横峯そんな賭けなんかしとらへんよ”ということを言われています」(本文)
このように断言したことが、火に油を注ぐ結果となったようです。横峯議員の賭けゴルフは一日で70万円ほどが動く賭博そのものとの証言が相次いだようです。
そのような告発証言の中に、今回の驚くべきタレコミがあったわけです。
「横峯は、しょっちゅう、地元の暴力団組長とゴルフやっとりました。組長と横峯は10年来の付き合いだそうです。ゴルフが終わると、横峯はいつも組長と花札賭博をやりに出かけていました。・・・・・・」(本文)
ここまで書かれても「個人的なことだから」とか「訴訟中なのでお答え出来ない」などと民主党はこの疑惑に答えようとしないのでしょうか?
民主党がこの問題に答えないその背景は、単にこれを個人的なスキャンダルにして関係ないふりを装い、それで国民の追及を逃れられると踏んでのことです。
「在日利権」どもに牛耳られた日本の「反日マスコミ」を味方につけている限り、逃げ切れると思っているのでしょう。もし、この問題にこのまま押し黙っていれば、間違いなく今度は民主党に逆風が吹くことになるのではないでしょうか。
民主党にはこのような新人議員だけではなく、多くの議員が在日朝鮮人組織、部落解放同盟などという組織暴力団と親しい間柄にある連中からの応援を受けています。
今回の事件などはほんの氷山の一角に過ぎず、これから続々と暴き出されるその「闇」の世界との黒い癒着関係の序章に過ぎないのです。
お知らせ
皆様からの暖かいご支援を先月頂きました。本当にありがたく感謝申し上げます。全員にメールにて感謝のご挨拶と人数及び金額などをこの週末にお知らせしたいと思います。
まだメールを頂いていない方はお知らせ下さい。また匿名でご支援された方もおられるようですが、その方々に対しましては、このお知らせでのご報告とさせて頂きます。
どうもありがとう御座いました。
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2007年09月06日
祝・悠仁(ひさひと)親王誕生日
祝! 悠仁さま 満一歳お誕生日
秋篠宮殿下ご夫妻のご長男・悠仁さまは6日、満一歳のお誕生日をお迎えになられました。日本国民の一人として心からの御祝福を申し上げたいと思います。
今朝、宮内庁のHPを開いて見たが、残念ながらこのことに対する記述がなかった。天皇陛下、皇太子殿下などにおいては、その誕生日には必ずその旨を知らせる記述がある。
宮内庁は各新聞社には悠仁さまの近況について会見を開き伝えているようだが、今後は出来ればHPにおいても健やかなる成長をお知らせして欲しいものである。
悠仁さま、伝い歩き=楽器や絵本がお気に入り−きょう6日1歳に
9月6日5時31分配信 時事通信
秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さまは6日、満1歳の誕生日を迎えられた。発育は順調で、伝い歩きもできるようになったという。
宮内庁によると、3日時点の身長は75センチ、体重は9285グラム。上下に数本ずつ歯が生え始め、母乳に加え離乳食も取っている。
動きも活発で、伝い歩きを覚えたほか、ハイハイで階段を上るなど、運動量はこの1カ月で特に増えた。
遊びの幅も広がり、長女眞子さまや二女佳子さまと一緒にピアノの鍵盤に触れ、太鼓や木琴を鳴らすことも。絵本も好きで、自分でページをめくり、終わりまで繰ると同じように何度も開く動作をして楽しんでいる様子だという。
・・・・・・・・・・・・・・・・ここまでが引用
悠仁(ひさひと)親王は次世代における我が日本国の唯一の親王です。現在のところ皇位継承順位は3位であり、将来、天皇即位となる御方でもあります。
テレビの時代劇などを見ているとよく分かりますが、将来その家を継ぐ者には、その心構えというものが、幼少の頃より求められ学ばされていきます。
これは「帝王学」と呼ばれるものですが、今週発売の週刊朝日に気になる記事を見つけました。
「帝王教育」は無駄である。−象徴天皇制は終焉した。
成城大学専任講師 森 暢平
元毎日新聞社の記者で「天皇家の財布」という著書がある御仁のようです。この記事を目にして、なぜか言い知れない寂しさのようなものを感じた。
この森氏が言われていることは反面当たっているようにも思えたのだ。だからこそ、終焉させてはいけない。我々の時代にそのような“終焉”などという言葉を見たくない。
そのような気持ちに駆られ、このようなムードが社会にあるなら、それを一掃するために、何からはじめるべきなのか?それを思い巡らしていました。
是非、皆様にも下記のこの森氏の文章を読んで考えて頂きたいと思います。
森氏は次のように書いています。
「皇室の仲睦まじい姿を注視し、国民が成長をともにした時代は、過去の遺物なのだろうか」
「ほほえましい家族像の代わりに、一部メディアを賑わすのは、皇室の一体感のなさをことさらに強調する言説である。女性週刊誌を見ると『天皇ご一家すれ違いの夏』『終わらない皇室の迷走』と刺激的なタイトルが並んでいる」
この後にその具体的な事例を紹介しているが、森氏はこうした批判の真実性や妥当性はこの際問題ではないとして、本質的部分に切り込んでいる。
「かつての皇室は理想の家族の形を表象していた。その皇室が親子の意思疎通のなさ、嫁姑のあつれき、兄弟不和など、世間によくある家族のいざこざの文脈の中で語られる」
これはまさに現代の皇室ジャーナリズムの本質を衝いています。余りにも皇室が一般国民と同レベルなところにまで来てしまった。ここが最大の問題であると私は常々考えてきました。
私は過去ログで天皇とは我々一般大衆階級とは別の特権階級であってもかまわない存在であるべきだと、批判を承知で書いたことがあります。
天皇という存在が余りにも大衆化したり、メディア化することを恐れるものです。日本の歴史・伝統・文化と密接にあった天皇陛下という御存在は、一般大衆にとっては実は雲の上の存在でした。
森氏は次のようにも述べている。
「『象徴天皇制の終焉』とは、皇室が日本人の心象全体をシンボライズした時代が終わったいうことだ」
その理由の一つとして、次のように続けている。
「皇太子は病気になった妻のために、仕事を犠牲にする現代の優しいパパたちを象徴し、秋篠宮は趣味に生きるこだわりの親の代表だという反論もあろう。それはその通りだ」
「しかし、それは我々全体を象徴してはいない。分節化した『個』の延長に過ぎない。全体性を創出する装置だった皇室は、それぞれのライフスタイルを追及するどこにでもある普通の存在になってしまったのだ」
難しい言葉を羅列しながら述べてはいますが、言いたいことは最後の「どこにでもある普通の存在になったのだ」という箇所でしょう。本来はどこにでもある存在などでは決してないはずなのに、どうしても結論はそこに導かれてしまう。
森氏は次のように結論付けた。
「こうした公共性が見失われた時代に、帝王教育などと騒いでみても無駄ではないか。皇室のレーゾンデートルは祈りだからと、被災地に入ってみても、かつてのようにみんなから感謝されるということはなくなってしまったのだから」
私はそうは思ってはいない。このような時だからこそ、次世代の日本のためにこそ「帝王学と教育」は必要不可欠であると考えます。また、レーゾンデートル(存在価値)が失われることなどは有り得ません。
そもそも皇室の存在価値とは何か。
そのことを国民がもう一度考える良い機会が訪れていると思っています。
女系天皇問題や皇室典範問題の時に、私は余り発言をしないでいました。その頃はまだ人気ブログ・ランキングでも下位にあったと思います。この時に次のような質問を頂きました。
2005年12月11日のエントリーより
『三輪のレッドアラート』という政治ブログをなさっている方から、下のようなコメントをお寄せ頂いた。この点について答えておきたい。
極右評論様は、まだ女系天皇関係のエントリーを建てておられませんね?
それでは意見が見えません。我々としては、そこらが釈然としない訳です。
返答をお願いします。
確かにこの《極右》のブログの中では、我々はこの女系天皇問題については言及していません。その理由について述べます。我々はこれまで天皇陛下と天皇(制)については幾度かブログで一般の人でも理解出来る言葉で述べてきたつもりです。
愛国党の故赤尾敏総裁は常々語っておられました。
「天皇スメラミコト、すめるという文字は元々は統一するという意味だよ。日本の天皇とは統一の神なんだ」
私はこの先生の言葉を今でも正しいと信じている。
天皇(制)の問題というより、その存在は単なる血統のことではなく、霊統の天津日嗣のことであり、そしてそこにこそ践祚(せんそ)の宗教的真髄があると考えます。
この女系天皇については、今後も静かに見守る立場です。発言しないからといって、我々が天皇を避けているわけではありません。我々《極右》は天皇の持つ霊威に従うものです。
天皇(制)の持続の原理は政治権力とは異質であると考えます。
・・・・・・・・・・・・・・・・ここまでが過去ログ
私にとって皇室の存在とは日本をお守りする神と結びつくものであり、故に一般大衆と同列に論じることに違和感を覚えるものです。
話を森氏の「シンボライズした時代の終わり」という言葉に戻しましょう。占領軍が押し付けたこの象徴天皇という意味の中に、私は宗教的意味が含まれていたと思います。
そのように受け止めれば、確かにそれは終焉しないまでも、危機的な状況にあることだけは間違いありません。しかし、天皇という存在が霊威を持つ存在であるとするなら、それは消え去ることなどないのです。
天皇崇拝ということについて考えてみましょう。
例えば歴史を積み重ねてきた大樹があったとします。それを崇拝するということは、その大樹そのものというよりは、そこに宿っていると考えられる聖なるものへの崇拝である。
これを聖体示現とも言う。つまり、天皇は崇拝される時には「人」としてではなく、この聖体示現によってすなわち聖なるものとして崇拝される。
そのような存在である以上、「帝王学教育」は当然であり、それが良くも悪しくも皇室に生を受けた運命でもあると思います。
我々一般大衆人とは違った哲学的視点や世界観、宗教観を会得して頂くためにも、その点を譲ることは出来ない。
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