2007年02月26日

「二・二六事件」について

d38a96f5.jpeg二・二六事件の青年将校の心情を今に継ぐ!

祖国再興への誓いとは

二・二六事件の今日的意義を考える!

 今日は2月26日です。私はこの日はどうしてもニ・二六事件を思い出してしまう。今日のエントリーは維新政党・新風とは関係がありません。また「新風連」の仲間の考えとも違うでしょう。

 これは『極右評論』の意見として読んで頂きたいと思います。
 最近「低学歴批判」「前科前歴批判」など、私に関する批判が2ちゃんねるなどで相次ぎました。

 中には維新政党・新風もそうであるかのような書き込みがあって、ご迷惑をかけてしまっています。前回の参院選に出馬した新風の方々の学歴は東大、同志社大、防衛大、早稲田などそうそうたる高学歴の方々でした。

 ましてや、私のように若い頃のこととはいえ、司直の手を煩わせるような方はおりません。私が応援することで逆に迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないと思います。

 本日書くエントリーについても、2ちゃんねるなどでは、相当な批判の声があがるのではないかと覚悟しています。しかし、私はこの2月26日は、どのような批判を受けようとも、この問題を避けることはありません。

 それは自分たちの思想信条として、国家社会主義を掲げ戦後における、その正統なる後継者であることを宣言している“異端の右翼”である以上、これに触れないわけには行きません。

 多くの国民は明治維新を日本の近代化の幕開けを告げたものとして高く評価しています。その点は国民共通の認識ではないでしょうか。しかし、明治維新は評価しても昭和維新を評価する人は極めて少数です。

 我々は現在“平成維新”をネット上で呼びかけていますが、私の頭の中では明治維新−昭和維新−平成維新とは一本に繋がるもので、決して分断されたものではありません。

 明治維新のことには触れないで、まず昭和維新について考えてみます。実はこの昭和維新の前に“大正維新”という名称がありました。明治維新はそれで終わったわけではなく、第二維新を求める声はその後も続きました。

 明治維新を未完成と捉え、あるいはこれを中途の挫折として、更なる運動によって、これを完成させようとの考えが第二維新の道でした。これを理論的に主張したのが国家社会主義者達であったのです。

 大川周明博士はこの第二維新を「興民討閥」の中で次のように述べていた。

 「明治維新の破壊的一面は『倒幕』の一語に尽き、その建設的なる一面は『勤皇』の一語に尽きた。大正維新においては倒さなければならないものは、黄金を中心とする財閥であり、興すべきものは国民である。すなわち『興民討閥』でなければならない」

 この論理は大川博士だけではなく、在野の革命家・北一輝や多くの国家社会主義者共通の認識となり、その思想的影響は当時強力な力を持ちつつあった軍部の青年将校に浸透して行ったのです。

 これから先は昨年の2月26日のエントリーとダブりますが、まだ見ていなかった方はお読みください(肩書等は当時のもの)。

 今から70年前の祖国日本において、陸軍の青年将校らによる軍事クーデター事件が起きた。彼らは「昭和維新」「尊皇討奸」をスローガンに蹶起し重臣を殺害、首都の中枢部を4日間に渡って占拠した。

 雪が降りしきる中、首相官邸、警視庁、朝日新聞社などが次々に襲撃された。当時の国民に大きな衝撃を与えたであろうこの事件は、首謀者達が「逆賊」とされ叛乱は鎮圧された。

 後に2月26日に起きたことから「二・二六事件」と呼ばれるようになったが、この青年将校らの蹶起は国家革新を求めての行動であった。当時の我が国の社会情勢はこのブログの『反中国講座』で書いている満州問題が深刻さを増して行く頃であった。

 この事件の約一年半後には日中戦争から日米決戦に至る戦争のきっかけにもなった「廬溝橋事件」が起きた。日本史の中ではこの事件は暗い軍国主義の幕開けとなった事件であり、戦前・戦後を通じてこれを肯定的に捉える人は皆無に等しい。

 現代社会においてこの二・二六事件をどのような視点で見ていけば良いのか?その意義を今日的に評価する意味があるのか?確かに民主主義や平和主義が国家の基本理念とされている中で、この暴力的手段を行使した国家革新の叫びは肯定し難いものがある。

 自由があり豊かさを全ての国民が享受できている中で、このような急進的な考えは国民の理解を得られるものではないだろう。しかし、多くの国民がそのように考えている中でも、我々はこの青年将校については過去のブログにおいて、その心情に理解を示してきた。

 例えば民主党の前原党首が「中国脅威論」を唱えたり、野田国対委員長が「A級戦犯存在せず」と語ったことに対して、旧社会党の横路元北海道知事が「彼らはまるで青年将校のようだ」と批判した事がある。

 我々はこの時、「我々《極右》は�狆赦属歐鍬瓩魴任欧瞳莎�した青年将校を評価する」と題して次のように書いた。

 そもそも昭和維新とは何であったのか?

「資本主義の富は一部に偏り、全国民に公平に分配されず、一方に黄金大名的な財閥の存在があるかと思えば、地方においてはその日の生活に困る農民、労働者があった。農民の子女は遊郭に売られ社会にはそれを糺す道理がない」

 だからこそ、彼らはその不条理に憤激し毅然として起ったのである。
 今日の日本と、昭和初期の経済人の心の荒廃にどれほどの質的違いがあるのか…と我々は問いたい。中国人民解放軍に無人ヘリを輸出したヤマハ発動機のような利己的な経済人を見ると、その思いは強まるばかりです。

 我々に対する批判が強まる中で、それに迎合する右翼陣営からの批判も出始めた。「しょせんはネット右翼に過ぎない、あいつらには何もできない」というものだ。右翼もまた我々《極右》を好意的には見ていない。

 しかし、我々はこのような声を一切無視する。国家社会主義思想や《極右》というものは打算的な思想ではない。そこには思想的純粋性を秘めている。

 我々《極右》が現在、参院選挙において、新風を応援するのもそのためである。純粋に国家を思うが故に我々は応援しています。選挙で我々の力を示して行きたい。

 今、日本に極右が抬頭することを示すことが、どれほど反日勢力に威圧となるかは歴然としています。極右抬頭の空気は必ずや彼ら売国奴に威圧感を与え、財界やマスコミなどにも強い警告となるのです。

ブログ・ランキング!応援クリック御願いします!

保守系SNS『国民の総意』http://strategy.co.jp/ 

新しい風を求めてNET連合http://shinpuren.jugem.jp/

1a06e3aa.jpeg







有楽町マリオン前
http://www.youtube.com/watch?v=zpj4hmfA2J0

埼玉・新越谷駅頭
http://www.youtube.com/watch?v=059V43XgmHo

  

Posted by the_radical_right at 08:52 │ mixiチェック

2006年12月14日

加藤紘一氏への手紙

11b272cb.jpeg

「加藤紘一先生への手紙」

 嘘をついてはいけません。正直に言いましょう。

←JANJANサイトから転用させて頂きました。抗議があれば差し替えます。

 JANJANという日本インターネット新聞が運営するサイトがあります。市民記者募集などと書いてあるので、「国民」を嫌う左翼プロ市民のサイトであることは間違いないでしょう。

 掲載の写真・記事の無断転用は禁じます。著作権法によって守られています…云々とはありますが、見過ごせない記事が掲載されてあるので紹介致します。

 加藤紘一元自民党幹事長

 「インターネット右翼といわれる人たちとも活発に真剣な議論をかわしていきたい」

 本当ですか?本当なら私が議論を申し込んでみましょうか。

 そこで加藤先生に宛てて次のような手紙を書いて送らせて頂こうかと考えております。

 加藤紘一先生殿

 突然、、このような不躾なる手紙を出させて頂いた無礼を先ずはお許し下さい。

 JANJANサイトで先生が「インターネット右翼といわれる人たちとも活発に真剣な議論をかわしていきたい」と述べられているのを拝見いたしました。

 私がその相応しい相手として、先生にお認めになって頂けるか、それは加藤先生の側に選択権があるのかも知れませんが、一応は名乗りを挙げてみました。

 いかに私が相応しいかを自分で説明すると、自己宣伝に取られかねますが、幾つかの理由を加藤先生の主張されるものとの比較の中で述べたいと思いますので、よろしくご検討下さい。

 先ず私が先生の言われるインターネット右翼かどうかについて述べさせて頂きます。

 私の自己紹介ですが、はてな・ダイヤリーでは次のように紹介されています。

 「在野の右翼評論家。ブロガー。世界戦略研究所代表・国家社会主義者同盟副代表

氏のブログ「極右評論」は右傾化した若者の心を捉え、ブログランキングでは常に上位に名を連ねる。」

 『極右評論』では度々先生のことを取り上げております。私は所謂匿名ではなく、実名でブログを開設。これまでも掲示板でも全て実名で投稿して来ました。

 よくネット右翼は正体が不明とか、素性が明らかでないと言う人もおられますが、そのようなことはないのでご安心下さい。

 先ず先生は次のような考えを述べておられます。

 「いわゆるインターネット右翼の人たちについて加藤氏は『従来の民族系右翼の人たちとは異なる側面を感じる。私たちがそもそも、家族や地域社会、職場とのつながりを断ち切られ、糸のきれた風船のようになってしまっているのではないか。そういう状態にあれば、隣国との闘争を煽ろうとする過激なナショナリズムになびく人々が出てきても不思議ではない。』 」

 具体的にどのような異なる側面を感じておられるのか、曖昧で分かり難いのですが、先生が言われるネット右翼という存在は、これまでの右翼団体のような縦や横の繋がりがなく、孤立している存在であると見ておられるのでしょうか。

 そのようなことはありません。それは初期の話であって、現在はネットで知り合った仲間同士が集まって奉仕活動などを活発に進めています。横の連携が次第に整ってきたと言うべきでしょう。

 現に先生の最も嫌いな靖国神社への清掃奉仕活動には、ネットを見て毎回多くの人が参加されています。むしろ戦後、家族や地域社会が先生方のような為政者によって断ち切られたが故に、その復権を目指す始動として起きてきたのではないでしょうか。

 「隣国との闘争を煽ろうとする過激なナショナリズムになびく人々が出てきても不思議ではない。」

 この先生の言葉に同意します。―と言っても我が国の話ではありません。先生が特別に思いを寄せられている共産支那(中国)や韓国における若者達のネットでの発言を見られたことがありますか?

 まさに過激なナショナリズムに扇動されて、日本人及び日本社会を蔑視する言葉が羅列されています。中国や韓国では日本の首相に見立てた人形や日本の国旗が焼かれます。

 このような憎悪に満ちた振る舞いを、私は日本では見たことがありません。隣国(日本)との闘争を煽ろうとする過激なナショナリズム(中国・韓国)を何とかしなくてはなりません。

 是非、先生にお会いさせて頂いて強く抗議しなければならないこともあります。それは以下の記事についてです。これについては「タイトル」の訂正を求めます。先生が了解したものでなければ、サイト運営者に抗議したいと思います。

 増えるインターネット右翼の人たち

 
今年の8月15日、靖国神社参拝問題をめぐって、自宅が放火され全焼した加藤紘一氏は「靖国参拝への疑問、日中両国の関係が良好であるべきことなどは、5年ほど前だったら話されていて当たり前のことだった。それを喋ったことで、なぜ放火までされたのかが疑問だ。11月には、私の自宅への放火を正当化する集会が行なわれ、1000人もの参加者があったのに新聞は報道しない。」

 嘘を言わないで頂きたい!

 この記事を見た人はインターネット右翼の人たちが1000人も集まって、先生の自宅への放火を正当化する集会が行なわれたと思ってしまうでしょう。

 いい加減なことは言わないで下さい。どこにそのような事実がありますか。そのような集会は確かにありました。しかし、そこに集まったのは、先生がどのような理由か知りませんが、インターネット右翼とは別な表現で呼ばれた「従来の民族系右翼」の人達だったのではないでしょうか。

 私にもそのお誘いは来ましたが、私は出席しませんでした。その後、先生のご自宅に火をつけたとする右翼の方を激励する集会に出席、賛同した人達の名前が書かれた文書が送られてまいりました。

 先生の自宅における放火自殺未遂事件に関しては、私はブログで見解を発表し、多くの読者より批判やお叱りを受けた経緯もあります。また、逆に激励してくれた人もおりました。様々な意見を読ませて頂いていたので、今回はこの集会には遠慮させて頂きました。

 しかし、出席した人からも直接伺いましたが、インターネット右翼と呼ばれる方の出席はなかったと断言できます。従来の右翼とインターネット右翼を区別しておきながら、そこでこのような嘘を書くのは何の為なのでしょう?

 先生の主張を読むと、まるで従来の右翼の方は関係なく、インターネット右翼が自宅の放火をやったように思ってしまいます。先生が言われる「従来の民族系右翼」はネット右翼を常々「自分達とは違う」と言われているのです。

 彼らの名誉のためにも、先生は本当のことを言わなければならない。私はそう思います。このような私で良かったら、いつでも先生と議論致したいと思います。よろしく御願い申し上げます。

 緊急お知らせ

『他言無用』の「皇室中傷」芝居の名古屋講演は中止となりました。

この問題では、御皇室を敬愛なされる多くの国民が心配されていましたが、先ずはほっと致しました。

 また、この阻止活動に精力的に取り組まれた『日本会議愛知事務局』並びに『維新政党・新風愛知県本部』に対し御礼申し上げます。

http://www.st21.co.jp/tagon/

ブログ・ランキング!応援クリック御願いします!

〜新しい風を求めて〜ネット連合」こちらも、宜しくお願いしす! 

  
Posted by the_radical_right at 08:42 │ mixiチェック

2006年09月11日

9・11と「文明の衝突」

c543e162.jpeg2001/9・11事件と「文明の衝突」

 この時を境に世界は大きく変貌を遂げました。我々人類は長かった東西冷戦の時代がソ連の崩壊によって終焉を迎えた時に、これで世界に恒久平和の時代が到来したと誰もが喜んだ。

 しかし、それは新たな熱戦の始まりでしかなかった。パンドラの箱が開けられ共産主義イデオロギーで封印されてきた民族主義が息を吹き返した。幻想の国家(ユーゴスラビア)では内戦の果てに倒壊し、実体としての真の民族国家が誕生した。

 そして何よりも驚かされたのは9・11の米国への同時多発テロだった。これはこれまでのイデオロギーの対立から、「文明の衝突」へと国際政治の本質が移り変わったことを意味していた。

 果たして世界はこの「文明の衝突」とどのように向き合って行くのか?これを乗り越え、平和で安定した社会を創り出すことはできるのか。しかし、9・11後の世界を見渡す限り、悲観的にならざるを得ない。

 国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンの行方は全く掴めていない。アルカイダと同盟関係にあったアフガンのタリバン政権は一度は崩壊したが、最近では再びその勢力を盛り返している。

 日本ではイラク問題により関心が集まるが、深刻なのはアフガンの方が上だろう。アフガンには米英軍の他にイラクに派兵しなかったカナダ軍や撤退したオランダ軍など、多くのヨーロッパの同盟軍が派兵されている。

 既にアフガンにおいては「文明の衝突」は激しい「文明の戦争」となっている。9月8日にはアフガンの首都カブールの米国大使館近くで自爆テロがあり、米兵2人が死亡した。タリバンの力は着実に回復している。

 アフガン駐留の米英軍とヨーロッパ同盟軍は非常な危機感を抱き、ヨーロッパ同盟軍は増派をNATO諸国に要請したが、レバノンへの派兵問題もあって難航している。

 人類の国際政治の本質的な概念とは「軍事力の行使またはその行使を前提とした相互不信によって貫かれている」という。「文明の衝突」はこの本質がこれまでのイデオロギー対立に「文明」という新しい主体が加わったことを意味する。これは増々解決が困難なことを暗示している。

 私は2000年初頭、2ちゃんねる掲示板において、盛んにこの問題を多くの人と論じ合いました。是非、それをじっくり読んで頂きたいと思います。

 「文明の衝突」(1〜5)http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/cat_1426331.html

ブログランキング参加  応援よろしくお願いします!

  
Posted by the_radical_right at 07:54 │ mixiチェック

2006年08月16日

加藤氏は下された“民族の怒り”を思い知れ!

9764917d.jpeg

振り下ろされた斧!

右翼団体の65歳男=放火の疑いで聴取も
自民・加藤氏実家全焼・山形県警
 山形県鶴岡市大東町の加藤紘一自民党元幹事長の実家兼事務所が全焼した火災で、現場で腹から血を流し倒れていた男が、東京都内の右翼団体に所属する65歳の男であることが16日、県警の調べで分かった。県警は男が放火した疑いもあるとみて、入院中の男の回復を待って、事情を聴く方針。県警は同日午前、出火元や原因を調べるため、現場の実況見分を始めた。(時事通信) - 8月16日14時1分更新

 ああいう発言を繰り返していた者は、いつかあのような目に遭うものである―。

 小泉純一郎首相のかつての盟友にして、同首相の昨日15日の靖国神社参拝に対する批判を繰り返していた自民党元幹事長の加藤紘一氏の実家及び隣りに位置する事務所に火が放たれ、全焼したことは報じられている通りだ。
 加藤氏と言えば、自衛隊のイラク派遣に対しても小泉首相の決定に明確に異を唱えていたことも記憶に新しい。
 6年前―、野党の内閣不信任案に同調して当時の森善朗首相を引き摺り下ろそうと画策して失敗。以降、派閥内での求心力を低下、さらには秘書への不正給与問題が明るみになって一度は辞職したものの復活。
 このところ、かねてよりの親中国姿勢を顕わにし、中国の内政干渉に同調するように首相の靖国神社参拝に否定的な見解を示し続けていた。その政治スタンスは親中国という度合いをとうに越して、財界要人と同様、中国の走狗に成り下がっていたと言っても過言ではないだろう。
 
 このほど加藤氏の自宅兼事務所を標的とした放火テロ事件は、中国の内政干渉が強まっていることに対し日本の国民世論が硬化する中で、必ずや��民族の怒り�瓩�暴力を用いてでも噴出することを実証した。
 しかし、加藤氏が真に恐れなければならないことは右翼によるテロも然ることながら、加藤氏の自宅が放火されても世論特にネット上からは彼の言動を称賛したり、彼を擁護する向きが極めて少ないことであろう。
 おそらく変考(偏向)マスメディアは「右翼ファシストによる靖国参拝慎重派に対する凶行」「言論弾圧」として大々的に報じ続けるものと思われる。だが、これまで共産中国の手先として内閣不信任案なる策を弄して権力の中枢を目指し、今また靖国問題をテコに政治的影響力にしがみつこうとした代償はあまりにも大きい。
 伝えられるところによると「今後も靖国問題をはじめとする言論活動に終わりはない」ことを述べているとされるが、生まれ育った生家の建屋を失った以上に、反中共の気運が高まりつつある中で、この政治家が失うものは大きいだろう。

 近代国家が誕生してからも近代国家が誕生する以前よりも、日本人は権力者がテロによって討滅される様を見てきた。天地を覆すような騒動に人々は狂奔し、テロリストに称賛の言葉さえ贈られることも少なくなかったではないか。
 国の為に戦い、散華された戦没者に哀悼の念を捧げるという日本人として当然のことを総理大臣が執り行ったところ、同じ日本人まして同じ党の政治家がこれを批難することは、いかに理由をつけようとも中韓両国の内政干渉に与した走狗としての誹りは免れまい。
 中韓との友好が不可欠なものであることは論を俟たないが、それ以上に日本人としての誇り、死生観、祖先に対する感謝の念、国民感情が重要であることを忘却した売国奴に、遂に斧が振り下ろされた―!
 15日、靖国神社に赴いた小泉首相をはじめとする政治家に多くの人々の喝采や激励が集まったことに比して、放火事件の被害者たる加藤氏に同情は集まっても日本国が彼を真の勇者として讃えることはあるまい。
 四十年以上も前、一人の愛国少年によって、「米帝国主義は日中共通の敵である」と発言した左翼政党の党首が暗殺された時の状況と何ら変わっておらず、それは日本国の風土、“民族の血”がそうさせるのだ。

※このエントリーに批判があるのは覚悟しています。しかし、ネットが巨大なマスメディアと互角の力を持っているなら、言論に対しては言論でという論理は成り立ちます。しかし、ネットはまだまだ現実の世界でそれだけの力を持っていません。

 我々極右はこれまで歴史的な政治テロ事件を是認してきました。その理由は日本という国家解体を狙う「反日分子」に対しては、合法・非合法を問わず逆襲する権利を持つという我々の政治信条にあります。

ブログ・ランキング 応援クリック宜しくお願いします! 

  
Posted by the_radical_right at 18:31 │ mixiチェック

2006年02月26日

2・26事件の今日的意義を考える

da3dc842.jpg

2・26事件の青年将校の心情を今に継ぐ!

祖国再興への誓いとは


 今から70年前の祖国日本において、陸軍の青年将校らによる軍事クーデター事件が起きた。彼らは「昭和維新」「尊皇討奸」をスローガンに蹶起し重臣を殺害、首都の中枢部を4日間に渡って占拠した。

 雪が降りしきる中、首相官邸、警視庁、朝日新聞社などが次々に襲撃された。当時の国民に大きな衝撃を与えたであろうこの事件は、首謀者達が「逆賊」とされ叛乱は鎮圧された。

 後に2月26日に起きたことから「二・二六事件」と呼ばれるようになったが、この青年将校らの蹶起は国家革新を求めての行動であった。当時の我が国の社会情勢はこのブログの『反中国講座』で書いている満州問題が深刻さを増して行く頃であった。

 この事件の一ヶ月後には日中戦争から日米決戦に至る戦争のきっかけにもなった「廬溝橋事件」が起きた。日本史の中ではこの事件は暗い軍国主義の幕開けとなった事件であり、戦前・戦後を通じてこれを肯定的に捉える人は皆無に等しい。

 現代社会においてこの2・26事件をどのような視点で見ていけば良いのか?その意義を今日的に評価する意味があるのか?確かに民主主義や平和主義が国家の基本理念とされている中で、この暴力的手段を行使した国家革新の叫びは肯定し難いものがある。

 自由があり豊かさを全ての国民が享受できている中で、このような急進的な考えは国民の理解を得られるものではないだろう。しかし、多くの国民がそのように考えている中でも、我々はこの青年将校については過去のブログにおいて、その心情に理解を示してきた。

 例えば民主党の前原党首が「中国脅威論」を唱えたり、野田国対委員長が「A級戦犯存在せず」と語ったことに対して、旧社会党の横路元北海道知事が「彼らはまるで青年将校のようだ」と批判した事がある。

 我々はこの時、「我々《極右》は「昭和維新」を掲げて決起した青年将校を評価する」と題して次のように書いた。

 そもそも昭和維新とは何であったのか?

「資本主義の富は一部に偏り、全国民に公平に分配されず、一方に黄金大名的な財閥の存在があるかと思えば、地方においてはその日の生活に困る農民、労働者があった。農民の子女は遊郭に売られ社会にはそれを糺す道理がない」

 だからこそ、彼らはその不条理に憤激し毅然として起ったのである。     

 今日の日本と、昭和初期の経済人の心の荒廃にどれほどの質的違いがあるのか…と我々は問いたい。

 さて、昨日の中共に対するODAについても、皆さんからコメントが寄せられた。その中で「dさん」からの以下のようなコメントは確かに核心を突いたものだった。

ネットで騒いでみたところで一過性なものに化している
では、どうすればいいのか。今この状態だと思うんです
私達が何ができるのか。それを呼びかけて頂けたらと思います
。

 誰でもがそのODAについては、必要性が全くないことを知っているのに、誰も何もできない。この社会の閉塞感こそが、かつての青年将校が思い悩んだあの時代の閉塞感に通ずるものではないのか?

 であるならば、我々は青年将校の心情を理解出来る。そう考えるなら今日的な意義を見い出す事も可能となる。その上でコメントを考えてみよう。一体何が出来るかだ?

 ネットで騒いでみたところで一過性のものとして終わってしまう。しかし、これが継続されて行ったらどうなのであろうか。中共が一番恐れるのは、これまで何度も言ってきたが、「日本における極右の抬頭である」。
 であるからこそ、彼らは極右を嫌い、ことあるごとに批判してきた。

 今、日本に極右が抬頭することを彼らに示すことが、どれほど彼らに威圧となるかは想像できる。また、国内の売国奴勢力にとってもそれは同じであろう。極右抬頭の空気は必ずや彼ら売国奴も敏感に反応を示すはずだ。政財界やマスコミなどにも警告となろう。私は繰り返し次のことを訴えてきた。

我々極右は非常事態においては銃口から生まれる政権を歓迎する。
これを現在の時点で表明できる唯一の政治勢力である。

 皆さん方のご支援で極右の思想は今飛翔せんとしている。極右抬頭をネットの世界であっても、為政者に示せば彼らは鈍感でない限り、何が起きつつあるのかを敏感に感じ取るだろう。

e4dada40.jpeg 一台のパソコンはやがて社会を変える―。我々の先輩はかつて「一発の銃声は百万人に勝る」と言ったが、私は現在「一台のパソコンは百万人の動員に勝る」と言いたい!
 どうすれば良いのか?そうした問いには、既にあなたは我々<極右>と共に戦い始めたと返答したいと思う!

輝ける祖国の未来に向って!

ブログランキング  熱烈なるご支援感謝します!

  
Posted by the_radical_right at 07:05 │ mixiチェック