2007年04月14日

池田発言の再検証

新聞社が捏造する創価の異常化

戯言が思わぬ波紋へ

 創価学会の池田大作名誉会長が、中国共産党政府の温家宝首相と会談した際に発した挨拶で、思わぬ騒動が起きている。創価学会の池田大作が何を言おうが、それは「戯言」(たわごと)に過ぎない。

 問題なのは朝日新聞やテレビ朝日が、この言葉を捏造して伝えた。今朝も書いたが、もう一度ここで検証してみましょう。

 2ちゃんねるからのスレッドを紹介しましょう。

 池田名誉会長は12日、都内のホテルで温首相と30分にわたり会談。

 冒頭がマスコミに公開され、池田氏は「閣下、光栄です。うれしいです。政治家ではなくて庶民の王者と会ってくださった…」などと温首相に対して語った。
 池田氏が要人と会談する様子をマスコミに公開するのは異例。しかし、この「庶民の王者と会ってくださった…」の末尾が聞き取りにくかったことから、話題を呼んでいる。

 テレビ朝日系のANNニュースは、池田氏の発言について次のようにテロップを入れた。

 「光栄です。うれしいです。政治家ではなく、庶民の味方である私と会っていただいて」

 テレ朝の担当者には「嬉しいです。庶民の王者(である私)に会ってくださって」と聞こえ、それを「庶民の味方」と意訳したようだ。

 これが発端となったのか、ネット上では「嬉しいです。庶民の王者(である私)に会ってくださって」と、池田氏が発言したとの見方が広まった。

 しかし、聖教新聞をはじめ、多くのメディアは「うれしいです。庶民の王者に会ってください」と記しており、「ください」と発言した、としている。

 創価学会広報室は「聞き取りにくかったかもしれませんが、あの発言は『(庶民の王者と)会ってください』と温首相にお願いしたものです」といい、池田氏が自身を「庶民の王者」と述べたとする見方を全面否定した。ANNのテロップについても「正確でない」と述べた。


 何となく分かり難い。池田大作はこれまでの側近が書いた暴露本によれば、『創価王国』を創ろうとしていたし、自らを天皇陛下の上に立つ国主であると学会の幹部に語っていたことが明らかとなっている。

 失礼ながら老齢でもあり、迂闊にもその本心が出たと考えるのが自然だろう。そのように考えると「庶民の王」とは自分のこと以外には考えられない。

 確かに何度聞いても聞き取り難い。最後の語尾で意味はかなり違ってくる。

「庶民の王者と会ってくださ(い)…」

 「庶民の王者と会ってくださ(り)…」

 「くださり」なら、これはもう自分のことを指している。しかし、どうも創価学会広報部は「ください」だったと説明しているようだ。しかし、もしそうなら、それではその庶民の王者とは誰だったのかの説明がない。

 最初の言葉が「光栄です。うれしいです」とあり、それに続けて「庶民の王者と会ってくださ…」なら、これは「くださり」でなければおかしい。

 もし、あくまでも「くださり」ではなく「ください」なら、この「会って」は「在って」ということになる。しかし、この場合は「庶民の王者と」ではなく、「庶民の王者で在ってください」だろう。

 まぁ〜こんなことは冒頭に書いたように、本来は個人の「戯言」だから、どうでも良い話であるが、これをマスメディアが捏造したから波紋が大きくなってきた。

 一番迷惑したのは実は創価学会である。新聞社やテレビ局は、池田が自ら王者と名乗っているので、これではいかにもまずいという事で配慮して、この王者を勝手に「庶民の味方」と代えてしまった。

 しかし、これは創価学会信者にしてみれば奇異に思ったのではないか。創価学会信者にしてみれば、池田は「創価学会王国」の国主であり、王様である。それは当然のことだった。

 ところがマスコミは、池田が自ら王者と言っているのに、それを消してしまった。配慮したつもりが、それが逆になってしまった。威厳がまったくなくなってしまった。

 テロップの表示が音声と全く違った事で、この池田大作と創価学会の胡散臭さが全国民に知れ渡ってしまった。池田などはカルト宗教の首魁に過ぎない。

 そのような人物の言葉を正確に伝えることもできない。日本社会の異常性は強まるばかりだが、その一翼を担っているのは紛れもなくマスメディアである。

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2007年04月13日

温家宝・池田大作会談

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似た者同士の結託!

温家宝首相−池田大作名誉会長と会談

 中国の温家宝首相は12日、東京都内のホテルで、創価学会の池田大作名誉会長と約30分間会談した。池田氏は温首相の訪日について「氷を解かす旅は大成功だった」と述べ、日中関係改善に貢献したとの見方を示した。これに対し温首相は「ここ数年来の外国訪問の中で、今回の訪日は最も困難な訪問であり、必要な訪問だったと実感している。中日関係は大勢の赴くところ、人心の向かうところだ」と語った。              【毎日新聞社】

 似た者同士が手を結んだ―。
 日本にとっては、これほど不吉なことはあるまい。中国共産党が日本侵略の先兵として、創価学会に狙いを定め、創価学会もそれに応えたということだろう。

 何が似ているかと言えば、独裁体制で指導者が傲慢であるという点でしょう。中国共産党は政権掌握してから、ただの一度も民主的な選挙をしたことがない。

 創価学会の操り人形である公明党も、結党以来ただの一回も代表選挙を行なったことがない。すべては池田大作創価学会名誉会長の思うがままに決められている。

 両者に共通するのは、まさにその点です。民主主義などという概念を持ち合わせていない。共産党のイデオロギー独裁、片や池田大作の宗教独裁…両方に共通するのは、その独裁である。

 共産主義は、反対派に対する過酷なまでの政治弾圧と恐怖、池田大作のほうは信者を洗脳し、脱会したら地獄に突き落とされるぞ―と脅迫観念を植えつけて黙らせてしまう。

 
中国側は今回、創価学会の池田との会談をセットしたのは「日中関係に大きな役割を果たしたため」としている。この点について歴史を遡れば、何故に創価学会がそのような役割を担ったかが明らかとなる。

 1969年、政治評論家・藤原弘達氏が書いた書籍に対する出版妨害事件が起きた。この時、池田大作の指令を受けた竹入義勝委員長は、当時の自民党の幹事長であった故田中角栄に事態の収拾を依頼した。

 この時、竹入は田中に大きな借りを作ることになった。1972年の日中国交回復では田中角栄の意を受けて中国を訪問、その先鞭をつけた交渉をして借りを返した。

 この時のことを竹入は自慢げに、朝日新聞に1998年に回顧録として発表した。しかし、これに激怒したのが池田大作だった。その後、執拗なまでの竹入批判が徹底して行なわれ、除名された。

 池田は日中国交回復は「自分がやった」と思い込んでいた。それを竹入に手柄を奪られたと思って、竹入憎しで追放してしまう。追放などという生易しいものではない。仏罰と称して生き地獄に突き落としたのである。

 今回、池田は温家宝の前で「政治家でなく庶民の王者と会って頂いた…」と自分を王様と表現している。

 中世貴族の王侯さながらの生活をしている。
それを庶民の王者とは恐れ入った。贅沢三昧な生活をして、庶民感覚などゼロに等しい人物にしては、言うことだけはご立派としか言いようがない。

 この発言をテレビ朝日は、テロップで「政治家ではなく庶民の味方と会って頂いた…」と嘘の文字を流した。単なる一宗教団体の指導者なら、中国だって相手にしない。

 公明党という政権に参画している政党の親玉だから会ったのである。創価学会では「創高党低」が当たり前になっている。公明党の評価は下がる一方である。

 このような中にあって、池田大作が中共の指導者と会談したということは、自分達がより政治の前面に出てくるというシグナルだろう。もはや政教分離などは吹き飛んでしまった。

 このような邪宗・創価学会と暴虐な共産主義国家が手を結び、日本の将来に暗雲を投げかけている。朝日、毎日、読売はこのような政教一致の存在に何らの警鐘も鳴らしていない。

 最早、マスコミは死んだも同然だ。

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2007年04月07日

創価学会と権力志向

創価学会考察

権力志向は教義か、保身のためか?

 創価学会とは一体何なのでしょう?

 何故、これほどまでに創価学会を嫌う国民が多いのか。私の映像がニコニコ動画に紹介された当時、創価学会を批判する書き込みが集中した。

 また、私がミクシィに設立した創価学会関連のコミュニティは、参加者が増え続け、活発な議論が行なわれているが、批判の書き込みが相次いでいる。

 本来、宗教団体とはこのように多くの人々の批判や憎しみを買うものではないはずだ。確かに宗教戦争という言葉がある。キリスト教とイスラム教は激しく対立している。しかし、それは互いに一つの神しか認めない世界の宿命でもある。

 一つの神しか認めない世界にあって、二つの教義が対立するのは仕方のないことでもある。しかし、日本は宗教には非常に寛容な社会である。神道が他を排斥するような教義ではなく、全てを受け入れるという特色を持っているからでもある。

 日本にやってきた仏教も日本社会に受け入れられた。多くの宗派に分かれはしたが、激しい争いがあった訳ではない。ただ一つの宗派を別にすればの話だが、このただ一つの例外が日蓮聖人が唱えた日蓮宗である。

 彼は、あらゆる宗派に徹底した公開討論を挑み続けた。それ故に旧仏教勢力からは警戒された。旧仏教勢力とは当時、京都を治めていた律令政権であった。

 日蓮聖人はそこから離れ、当時、全国を二分していた関東の地に布教を求め、北条執権へと接近を図った。つまり公家よりも武士を選んだのである。日蓮の教義が戦闘的であるのは、そのことと無縁ではないだろう。

 
創価学会は、本来は日蓮宗とは無縁な生活道徳教育団体であった。創設者の牧口常三郎は現世利益を目指す思想集団であった。1930年頃に日蓮正宗と結んだが、しかし、それは形式的なものに過ぎなかった。

 なぜ、このような歴史を説明したかと言えば、今日の創価学会が日蓮正宗の戦闘性と生活道徳教育団体の現世利益が結合した、特殊な団体であるということ先ず知って欲しかったからです。

 かつて、その戦闘性は「王仏盟合」のスローガンで、政治の世界に進出、政治権力の獲得を狙ったが、あえなく挫折した。それは池田大作という人物の性格にあると言っても良いだろう。

 言論妨害事件などによって、創価学会を警戒した政府権力はまず池田本人に狙いを定めた。池田の国会喚問であるが、これに対して池田氏は必要以上に抵抗した。

 国会に喚問されて、質問に対して答えが詰まるようであれば、そのカリスマ性が失われると考えたのだろう。この池田氏の考え方は、その後も一貫して変わっていない。

 自民党が下野した時に、野中広務氏や亀井静香氏は、池田国会喚問を臭わせながら圧力をかけた。池田氏はその動きを知って新進党から離れ、自民党に擦り寄った。

 その後、創価学会=公明党は自民党に擦り寄ったままだ。自民党というよりは権力側と結託する道を選択した。公明党が日本の政界に進出した時の理念などは、とうに捨てている。

 自民党が民主党と拮抗すれば、今度は自民党を裏切り、民主党と手を結ぶ。常に権力側にあって、池田氏を守り続けることにのみ奔走する政党は醜い存在でしかない。

 何度でも書きましょう。

 「創価学会の信者は盲目的に幹部に服従し異常である」

 フランスでカルト宗教と認定された時の裁判所の判断です。わが国においても、このようなカルト団体については警戒を強めなければならない。

 最後に、池田創価学会はもはや日蓮の教えとは、何の関係もないという主張もあります。このことについては、まだそのように結論を出すのは早計であると思います。

 未だに彼らは日蓮の教義を唱えており、もし、日蓮とはもはや関係ないというなら、それは創価学会の自壊を早めることになるでしょう。我々としては、彼らはまだ日蓮の教義を捨ててはいないと考えます。それは池田本人の保身にとっても好都合だからでしょう。

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2007年03月23日

理念なき政党「創価・公明党」

理念なき政党・公明党

 石原氏を支援=公明都本部

 公明党東京都本部は22日午前の中央幹事会で、4月8日投開票の都知事選に出馬した現職の石原慎太郎氏を実質的に支援すると報告した。都本部代表代行の高木陽介衆院議員は支援の理由として、(1)自民党による石原氏への実質的支援(2)石原氏本人から21日に協力要請を受けた(3)実績−などを挙げた。
 また、同党は同幹事会で岩手県知事選は自主投票とすることを決めた。 
(3月22日13時2分配信 時事通信)

  どうして、こんなこのような報道が選挙公示日で唐突に流されたのか?
 石原慎太郎都知事が公明党に協力要請したのは事実でしょう。しかし、これは石原先生にしても、当選すれば今後の議会対策もあり、儀礼的なものではないでしょうか。

 自民党などの推薦も断っており、自公に対しては協力要請の程度に留めておこうと考えての行動であったと思います。別に公明党が支援をすると決めたとしても、あてには出来ないでしょう。

 しかし、分からないものです。「周辺国の悪口を言ってはいけない」と対立候補の浅野史郎氏が語っているわけですから、公明党のスタンスとすれば、堂々と中韓北を批判する石原先生を支援する方がおかしい。

 公明党という政党は、池田大作名誉会長を守るためにだけ存在しているような政党で、後は何でもありというのが、この政党の今や特徴でもある。

 この政党が存在し続けられるのは、創価学会という巨大な宗教組織に支えられているからだが、では、公明党の目的とは何かと問えば、宗教の教義に基づく国家を目指しているのは明らかだ。

 しかし、それを言ってしまえば憲法違反の存在であることは明白になるので、これまで人間性尊重の中道主義とか人間性社会主義などと主張してきた。

 これは野党時代の公明党の基本的な理念であったような気がしたが、それでは与党となった現在においては、何を理念として掲げているのだろうか。

 最近、不勉強でその辺りが全く分からないが、自分達にも人間性社会主義とか中道主義などと言っても説明できなくなっているのではないか。
 今、彼らがやっていることと言えば、そのような理念とは全くかけ離れたものだ。

 つまり、ご都合主義に他ならない。権力に擦り寄って一度覚えた甘い汁を今後も逃さないようにと必死である。この政党が日本に存在し、ある一定の力を保持する事は、日本国民にとって不幸である。

 このような政党が政界再編や二大政党が拮抗する時に、キャスティングボートを握られると、議会制民主主義に悪影響を与えかねない。今回も浅野氏が善戦するなどしたら、石原都政の足枷になってしまう。

 創価学会の池田名誉会長の口癖は余りにも有名だ。

「中国は親であり、韓国・北朝鮮は兄であり姉である」

 どう考えても、日本には必要のない政党は公明党である。

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緊急アンケート 東京都知事には誰に投票しますか?

石原慎太郎候補演説・http://blog.livedoor.jp/central_press/

  
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2007年02月22日

カルト・統一教会について

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「カルト宗教は強権で潰すしかない」

http://www.christiantoday.co.jp/news.php?id=393&code=sn

 日本基督教団統一原理問題連絡会主催の統一教会問題日韓教会フォーラムで、日本側は、韓国で統一教会の合同結婚式に参加した後、行方不明になった日本人女性6500人の捜索を韓国教会に要請した。
 韓国教会側は教団と団体が協力し、問題解決に積極的に対処していくことに合意した。

 韓国教会百周年記念館で18、19日開催された統一教会問題日韓教会フォーラムで、日本の統一教会被害者家族の会関係者は「合同結婚式のために韓国に出国した日本人女性らと連絡が途絶えた状況」と述べ、韓国教会の積極的な協力を要請した。

 19日参加した日本キリスト教会側と韓国キリスト教会側は、6500人のための相談窓口を開設し、被害者発見時には、日本の教会へ導くこと、さらに今後も徹底した情報交換によって統一教会の対処法を両国キリスト教会が合同で模索することに意見を合わせた。

 また、参加者らは、統一教会の韓国ヨス市浸透問題に関しても、積極的な対応策を模索することにした。

  私が、彼ら日本基督教統一神霊教会なるカルト宗教を知ったのは今から22年も前になる。私は23歳の頃、福島市サークル連絡協議会の責任者をしていました。

 市民学習講座のようなものがあり、多くの若者が学んでいました。私は高校を卒業した後で実家の農業を継ぎましたが、市街化区域の線引きによって宅地並み課税が実施され、やむなく農業を諦め、地方公務員となりました。

 公務員の職場は私にとっては苦痛以外の何ものでもありませんでした。旧社会党を支持する極左の社会主義協会が牛耳り、労組批判などしたら、それこそリンチされるような雰囲気がありました。

 若かった私は労組活動などは嫌いで、市が主催していた青年団活動のようなものに熱中して、そちらの活動に奔走していました。当時の地元新聞社にも取り上げられましたが、建国記念の日には福島市公会堂で「青年の主張」大会を開催しました。

 私はそこで福島市サークル連絡協議会を代表して出席。「愛国心と青年」という題で講演しました。この時真面目そうな若者が数人やってきて、「自分達も参加させてください」と申し込んできました。

 当時、愛国的な青年を見つけることは非常に難しく、私は常に人を集めることに難儀していました。そこに若い数人の人達が協力を申し込んできたので、何の疑いもなく一緒に活動することになりました。

 3回目に会った時、彼らは自分達が『勝共連合』という組織の人間であると名乗り「思想新聞」を私に見せました。私はもともと愛国的な考えを持つので、非常に興味を持ちました。

 何の違和感もなく、彼らと市の郊外を回りながら映写会を公民館などで開催しました。その頃の映画は「中共の文化大革命」「共産主義の脅威」などという短篇映画だった。

 知り合って3ヶ月くらい経った頃だったでしょうか。その中の女性から誕生日に「聖書」をプレゼントされました。私はキリスト教などには全く興味がなかったので読みもしなかった。

 それから数日後、その彼女から誘われたのが日本基督教統一神霊教会主催の講演会への参加でした。彼らは若い青年達だけで集団で住んでおり、初めてその場所に行って彼らの正体を知りました。

 ―と言っても、まだその頃は新聞で大きく取り上げられる前で、高価な壷を売りつけるような悪徳商法も報じられていなかった頃だったと思います。23歳の頃でしたが、その異様さは忘れることが出来ません。

 洗脳されたカルト教というものを初めて見た、その衝撃は今でも鮮明に覚えています。途中で帰るのも失礼と思い、その話にだけは付き合いましたが、文鮮明の写真に対して胸の前で手を合わせ「お父様、お許しください」とか言って泣きじゃくる様は、異様な光景としか言いようがありません。

 私は彼らの正体を知ってから、彼らとの接触を絶ち仲間にも警戒するように呼びかけましたが、サークルに参加していた何人かが統一教会に誘われて去って行きました。

 その内の一人は裕福な農家の息子でしたが、家を飛び出し教会に住むようになりました。その両親から相談を受けたのは間もなくでした。今度息子が結婚するようになったというのです。

 しかし相手も分からないし、結婚しても一緒に住むわけでもなく、その結婚した相手は布教のために米国に渡ってしまうという。両親の嘆きは相当なものでした。何とか本人と両親を合わせ話し合いを持たせました。

 しかし、その彼はもう洗脳されていて、まるで別人のようになってしまった。たった数ヶ月しか経っていないのです。「この世はサタンが支配しようとしている。共産主義はサタンの生まれ代わりであり、文教組はそれと戦う神様である」などと真面目な顔をして語り出しました。

 この両親は土地を売って統一教会に寄付すれば、息子が戻ってくるのではないか、そう信じて多額の寄付をしたが本人は帰ってこない。親戚が集まって財産がなくなることを恐れ、息子を勘当して娘に跡を継がせることにしました。

 この集団結婚こそカルト教を象徴するものでしょう。洗脳されて教組の言われるがままに結婚する。仮にそれで幸せになるとしても、許せる話ではありません。そこには悲しむ親の存在があるからです。

 今回の報道を見て今から23年前のことを思い出しました。本来であればここまで来る前に手を打たねばならなかった。創価学会、オウム真理教、統一教会、これらのカルト宗教は人間を洗脳してしまう。

 洗脳された人間は盲目的に指導者に従い、自分達が如何に異常な行動に駆り立てられているかも気が付かない。カルト教は国家が介入し禁止すべきである。そのことを恐れてはならない。

 強権を発動しても救ってあげなければならない。私はそう思いますが、皆さんはいかがでしょう?

ニコニコ動画 http://www.nicovideo.jp/watch?v=utbMiNqXPlAro

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