
激論となった「日本国と天皇」 その��
今から6年ほど前に私は2ちゃんねるの政治思想板において、多くの人達と語り合った。その一部を私の発言に限って記録しておいたものを掲載させて頂いています。
私がそもそも2ちゃんねるに登場したきっかけとなったのは、私が自分の主宰する『世界戦略研究所』のHPの掲示板に投稿した天皇論についての文が、2ちゃんねるに紹介され、そこから議論が始まっていた。
それを知ったのでその議論に参加したという経緯からでした。
>みなさんへ
ではなぜ戦争に主体的に関わったとされる天皇陛下が、その戦争責任を問われる事がなかったのでしょう。勿論、この場合の戦争責任とは戦勝国が敗戦国を裁いた東京裁判においてのお話です。
この裁判が戦勝国の復讐行為によって行なわれた事は言うまでもないでしょう。左翼は軍部と天皇が一体となって嫌がる国民を戦争に駆り立ててきたと主張していました。
この主張からすれば、軍部だけでなく天皇も同罪と見なされた筈です。
しかし、極東軍事裁判においては天皇の戦争責任を追及する姿勢は始めから取られてはいませんでした。
これは天皇を戦争犯罪で裁くことに戦勝国が懸念していたことを示めすものです。
しかし、最初から諦めていたとは思いません。被告となった軍人やその他の被告の供述や国民の世論などを慎重に見極めながら、天皇と戦争の関係についても何らかの追及をしようと考えていた筈です。
しかし、被告となった指導者は勿論のこと、国民の側もこの裁判が復讐劇であることを見抜き、しだいに戦勝国に対する反発を強め、戦勝国はそれ以上の追及する意欲を喪失させたのです。
この裁判によって一部の左翼思想家を除き天皇の戦争責任を追及する声はなくなり、逆に一億総懺悔という言葉によって、あの大戦の責任は国民全てが負うべきものと解釈されたと考えます。
>イワンさんへ
一億総懺悔論については、おっしゃられるように戦争責任を曖昧にしてしまった原因となったことは認めます。しかし、当時そのことに対する国民の反発があったのか?
もし、天皇の訴追を逃れる手段としてだけの一億総懺悔論であったなら、国民の反発は起きたと思います。
>マッカーサー元帥が天皇の戦争責任を除外したのは、日本国民の声というよりは、膨張する共産主義への対抗上、速やかに日本を自陣営に引き入れようと考えたからではなかったのか?
確かにその考えは間違いではありません。当時のソ連と中国共産党を米国が警戒し始めたということはあるでしょう。
※この2ちゃんねるの掲示板において、なぜ天皇は戦争の責任を取らなかったのか、という投稿が相次いだ。
>みなさんへ
私は皆さんが天皇が戦争責任を明確にしなかったことが悪いと言われますが、米国のキーナン検事に訴追され「山賊か夜盗」のように糾弾されなくて本当に良かったと思います。
なぜなら、本来戦勝国というのは犠牲を払って勝ったのですから、煮て食おうが焼いて食おうが自分等の勝手だという考えもあった筈です。
おそらく共産国家だったらそうしていたでしょう。
しかし、米国はそうはしなかった。それを見て日本国民の多くは米国は寛大であり善意に満ちた国家であると思った。
それは否定できないことです。しかし、実は天皇の存在とはそれほどに大きな存在であったと見るのが正しい歴史の評価であると思います。
>再度みなさんへ
皆さんは天皇の存在を如何に思っておいでなのでしょうか。
三郎さんの「平成天皇で終わりにすべきだとか」、若頭さんの「国家と天皇家の分離」とかさまざまな意見がありますが、わたしはこれらの意見には同調できません。
それをこれから申し上げていきます。天皇とはこの日本国家にとってどのような存在なのか?余りにも歴史を無視しているとしか思えない議論が多すぎます。
天皇とは日本国家においては紛れもなく政治的な存在なのです。
その政治的な存在が千年以上にもわたって続いてきた国家は世界広しと言えど我が国だけでしょう。
なぜ、それを誇りと思わないのか、私には不思議に思えてなりません。


