2005年08月01日

極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (11 )

b1a95438.jpg
   激論となった「日本国と天皇」  その��
 
今から6年ほど前に私は2ちゃんねるの政治思想板において、多くの人達と語り合った。その一部を私の発言に限って記録しておいたものを掲載させて頂いています。
 
私がそもそも2ちゃんねるに登場したきっかけとなったのは、私が自分の主宰する『世界戦略研究所』のHPの掲示板に投稿した天皇論についての文が、2ちゃんねるに紹介され、そこから議論が始まっていた。
それを知ったのでその議論に参加したという経緯からでした。
 
>みなさんへ
 
ではなぜ戦争に主体的に関わったとされる天皇陛下が、その戦争責任を問われる事がなかったのでしょう。勿論、この場合の戦争責任とは戦勝国が敗戦国を裁いた東京裁判においてのお話です。
 
この裁判が戦勝国の復讐行為によって行なわれた事は言うまでもないでしょう。左翼は軍部と天皇が一体となって嫌がる国民を戦争に駆り立ててきたと主張していました。
この主張からすれば、軍部だけでなく天皇も同罪と見なされた筈です。
しかし、極東軍事裁判においては天皇の戦争責任を追及する姿勢は始めから取られてはいませんでした。
これは天皇を戦争犯罪で裁くことに戦勝国が懸念していたことを示めすものです。
 
しかし、最初から諦めていたとは思いません。被告となった軍人やその他の被告の供述や国民の世論などを慎重に見極めながら、天皇と戦争の関係についても何らかの追及をしようと考えていた筈です。
 
しかし、被告となった指導者は勿論のこと、国民の側もこの裁判が復讐劇であることを見抜き、しだいに戦勝国に対する反発を強め、戦勝国はそれ以上の追及する意欲を喪失させたのです。
 
この裁判によって一部の左翼思想家を除き天皇の戦争責任を追及する声はなくなり、逆に一億総懺悔という言葉によって、あの大戦の責任は国民全てが負うべきものと解釈されたと考えます。
 
>イワンさんへ
 
一億総懺悔論については、おっしゃられるように戦争責任を曖昧にしてしまった原因となったことは認めます。しかし、当時そのことに対する国民の反発があったのか?
もし、天皇の訴追を逃れる手段としてだけの一億総懺悔論であったなら、国民の反発は起きたと思います。
 
>マッカーサー元帥が天皇の戦争責任を除外したのは、日本国民の声というよりは、膨張する共産主義への対抗上、速やかに日本を自陣営に引き入れようと考えたからではなかったのか?
 
確かにその考えは間違いではありません。当時のソ連と中国共産党を米国が警戒し始めたということはあるでしょう。
 
※この2ちゃんねるの掲示板において、なぜ天皇は戦争の責任を取らなかったのか、という投稿が相次いだ。
 
>みなさんへ
 
私は皆さんが天皇が戦争責任を明確にしなかったことが悪いと言われますが、米国のキーナン検事に訴追され「山賊か夜盗」のように糾弾されなくて本当に良かったと思います。
なぜなら、本来戦勝国というのは犠牲を払って勝ったのですから、煮て食おうが焼いて食おうが自分等の勝手だという考えもあった筈です。
おそらく共産国家だったらそうしていたでしょう。
しかし、米国はそうはしなかった。それを見て日本国民の多くは米国は寛大であり善意に満ちた国家であると思った。
それは否定できないことです。しかし、実は天皇の存在とはそれほどに大きな存在であったと見るのが正しい歴史の評価であると思います。
 
>再度みなさんへ
 
皆さんは天皇の存在を如何に思っておいでなのでしょうか。
三郎さんの「平成天皇で終わりにすべきだとか」、若頭さんの「国家と天皇家の分離」とかさまざまな意見がありますが、わたしはこれらの意見には同調できません。
それをこれから申し上げていきます。天皇とはこの日本国家にとってどのような存在なのか?余りにも歴史を無視しているとしか思えない議論が多すぎます。
 
天皇とは日本国家においては紛れもなく政治的な存在なのです。
その政治的な存在が千年以上にもわたって続いてきた国家は世界広しと言えど我が国だけでしょう。
なぜ、それを誇りと思わないのか、私には不思議に思えてなりません。
 
 
  

Posted by the_radical_right at 11:40 │ mixiチェック

2005年07月29日

極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (10 )

 
             英雄待望の時代と極右誕生
反京さんへ
>瀬戸さんの主張される国家社会主義的な便法というのも、どうかと思われます。
 
国家社会主義イコール独裁ではありません。戦前の日本の国家社会主義者もドイツのナチスも議会制民主主義を否定していた訳ではありません。
挙国一致の戦時体制への移行によって翼賛政治体制となったものです。
 
>愚民に代わる強力な治者がプロレタリアート独裁である。
或いは民主集中と言い換えても良いかも知れませんが、
どのような末路を辿ったかは瀬戸さんも良くご存知でしょう。
 
社会主義、共産主義的手法を最初に唾棄すべきなのは言うまでもありません。左翼は言葉では民主主義を唱えていますが、彼らのいうプロレタリ独裁は民主主義を否定しています。
日本共産党も公明党も党首がどのようなプロセスで決定されているのか非常に判りずらいものがあります。
さて、私が主張する賢者による政治とは、強力な指導力を持った人間が選挙によって直接選ばれ政権を担うというものです。
私の持論は民衆を指導する政治には<英雄>の存在が不可欠というものです。
民主主義とは選び出すという一手法に過ぎない。大切なのは民衆がいかにすぐれた指導者を選びだせるかであり、英雄を育て上げることの出来ない政治ほどつまらなく退屈なものはない。
 
三郎さんへ
>「モラル」や「義務」や「責任」を強調する時代に来ていると思います。
 
そうですね、最近の若者はモラルがないと言う人もいます。しかし、これは何時の時代においてもその様な人はいたでしょう。今の時代だからとは言えないでしょうが、多くなったことは事実でしょう。
昔は躾が厳しかったが、今はそうやかましくなくなった事が関係しているかも知れません。
私は今日の時代を<英雄待望>の時代と位置づけました。
いくらモラルや義務や責任を求めた所で、若者がそれに素直に従うとは思えない。
若者が求めてやまないのは、自己犠牲を納得させられるだけの<英雄>の存在ではないでしょうか。
日本の社会は今真の変革の時期に来たのです。
これを果たすのには、一人一人の力を一つにまとめることの出来る個人の存在を超越した<英雄>の存在をおいては考えられません。
 
皆さんへ
 
私の小学校5年生頃の体験です。私はこの頃から英雄伝が大好きで図書館でよく読んでいました。当時生徒会長を選ぶには生徒全員が投票しました。
各クラスから立候補して選出されたのです。私はこの選挙に異議を申し立てました。
私は他のクラスの人のことはよく判らない。たぶん皆そうではないのか?
だったらよく理解している先生が選んでくれれば良いじゃないか、と質問しました。
先生方にはこっぴどく叱られたのを覚えている。民主主義とはこのようにやるものなのです、と説教された。
しかし、何も知らない者がただ人気投票で選ぶよりは、経験も見識もある大人が指名した方がわかり易いと最期まで納得しなかった。
今、大阪府の横山ノック知事や青島都知事の誕生を目の辺りにした時、あの子供時代の人気投票が我々世代の学んだ民主主義であったと納得させられるものがある。
民主主義は衆愚政治に陥り易い。幼少時代に教え込まれた民主主義は今や危機に瀕している。
 
>三郎さんへ
 
私は議会制民主主義や資本主義経済も歴史的な産物に過ぎないという立場です。
歴史的な一面における価値はあっても、それは永遠不滅な存在ではないという考えです。
それは常に政治の不安や経済の混迷という形で示されています。
自信を持って青年にモラルや義務や責任を語れるのは、政治家や実業家ではなく、全く違った人であるべきなのです。
また、それは机上の思想家でもなく、社会運動家という言葉で呼ばれる人間であると考えます。
勿論、政治家を否定するものではありません、しかし、今日の政治家は国民の信頼を裏切っており、国民も信用していません。
 
>三郎さんへ
 
私は極右の活動家であり、このことに自分の人生を賭けてきました。
わが国において極右とは言葉だけで、何らの政治勢力にも成り得ていません。
しかし、極めて少数であっても存在することに意義があると思っています。
共産中国などは日本における軍国主義の復活や極右勢力の台頭を口にしますが、どれ程本気なのかと笑ってしまいます。
彼らが日本の実情を知らない筈はありません。
しかし、我々が国会に一議席でも有したら、彼らは震撼することでしょう。
余り理不尽に日本を追いつめると、本当に日本に極右は誕生するでしょう。
そのことを彼らに分からせる意味においても、我々極右の存在は意味があることなのです。
 
 
反京さんは、2ちゃんねるでよくお見受けしました。 ブログランキング
また、ちゃちゃ思想板でも投稿されていました。    参加中
どのような方だったのか、興味がそそられました。
 
  
Posted by the_radical_right at 08:26 │ mixiチェック

2005年07月23日

極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (9 )

0ed0baa0.jpg
      目指す国家観は新国家主義と国家社会主義経済
 
>田原さん、三郎さんへ
 
私の目指す政治体制は国家主義と経済は国家社会主義です。
この二つを総称して国家全体主義でも構いません。
先ほど賢者による独裁政治も利点があると述べましたが、しかしこれはあくまでも理想であって、終極的な目標です。
経済的には国家社会主義ですが、これを詳しく説明することは困難さもあります。とりあえずは漠然としたものとして捉えて欲しい。
資本主義の悪い部分を常に変えていく努力が必要です。
戦前、国家社会主義者はマルクス社会主義者とはまた違った意味で戦ってきました。
しかし、彼らは戦前の社会で全く不遇な時代を過ごさざる得ませんでした。
つまり全く理解されることなく来たという事です。
私は不遇の時代にあって理解されなかったことと、そのものが持つ価値とは関係ないと考えるものです。
そもそも経済とは国民の幸せのためにあるべきもので、一部の選ばれた者のためにあるのではない。
国家社会主義者の役割とは今日の資本主義に対して、常に反省と示唆を与え続けるものである。
つまり、資本主義の市場経済の行き過ぎに対する最終的な歯止めとしての役割です。
 
>三郎さんへ
 
民主主義を否定したり軽視する立場ではありません。現状における国家を運営する最良の手段として評価します。
しかし、将来もそうあるべきとは思いません。賢者のことですが、民主的手続きによって選ばれし人のことを指しています。
 
>三郎さんへ
 
私は国家主義者ですから、まずは国家ありきです。
三郎さんはこの国家が公共性の名の下に、自立した個人を押さえつけるような社会を嫌っているように感じました。
また目覚めた民衆による一層の政治への参加が、成熟した民主主義国家においては最善であるとの主張と思います。
さて、昨夜の続きですが、しからば国家とは何かということです。
その定義から入りたいと思います、互いの国家観はかなりの部分で違うでしょうが、三郎さんと相通ずる所があるかも知れません。
国家とそこにある国民との関係は一言ではいえないが、簡単に要約して短い文章で表すなら次のように私は定義します。
 
人間は一人では生きられない、集団を形成するものです。
集団は内部の平穏と秩序を保つ必要性から、権力の発生を必然としました。
それが長い歳月の経過と共に歴史的な存在としての共同体すなわち国家の誕生を見ました。
この国家に生まれた者は国家の一員となり、国家の一員として生きることを運命付けられます。
国家の基礎が堅固であり、国民の自覚が明確で、国家に対する忠誠が強い国家ほど、国家の集合体である国際社会において主要な地位を築くことが出来た。
また、これと正反対に国家に対する忠誠心が薄く、国家を蔑ろにした時、国家意識が希薄になった国家は衰退しやがて滅亡した。
 
             国家は「運命共同体」
 
>みなさんへ
 
この社会の中で一人で生きることは出来ない。誰もが人の助けによって生きている。社会から逃避した浮浪者であっても、残飯をすてる社会があってこそ生きていけるのでしょう。
この当たり前の社会の鉄則が我々は忘れかけているのではないか。
現代社会に欠けているものは「共同体意識」です。民族としての一体性も希薄になりかけています。
では何故こうなったかと言えば、それは個人主義への偏重と地域社会の崩壊が挙げられます。
民主主義は個人の人権を必要以上に大切にしてきました。
人類の普遍的な価値とされ、「共同体思想」はないがしろにされてきました。
 
※この辺りのことについてさらに興味のある方は、私のサイトに「現代の視点」をお読み下さい
 
 
 
 
 
 
  
Posted by the_radical_right at 07:40 │ mixiチェック

2005年07月11日

極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (8 )

憂国系の掲示板などで、思想的な論争はあっても、経済的な問題で真剣に語りあうことなどは余り例がない。しかし、この2ちゃんねるにおける論争は思想だけに留まらず、経済問題などでも白熱した論争が繰り広げられた。
 
>タコツボさんへ
 
留守になるとのことですが、問題提起に対して私なりの考えを述べて見ます。
この問題については各人もそれぞれの意見を述べ合い、この停滞している経済状況から如何に脱すべきかを皆さんで考えてみたいと思います。
 
1 600兆円の借金返済と選挙における争点について。
 
どうしてこうなってしまったのか、為政者でさえも困惑しているのではないか。バブル時代日本の将来はばら色に見えた。誰が今日の惨状を予想しえたか。未来の子供達に莫大な借金を負わせながら、まだ浮上のきっかけさえ掴めていない。
先ず最初に対策を講じる前に、何故こうなってしまったかを検証すべきでしょう。
バブルは急激なインフレだった。しかし、一般の日用品が高騰した訳ではなかったので、そのインフレに対する認識がやや薄れていた。
このインフレは株や土地というものに限定されていたので、持てる者は金持ちになったと錯覚してしまった。
異常に気付いた日銀や大蔵省は、金利政策によってこの資産インフレを止めようとしたが間にあわなかった。
バブルが永遠に続くはずはなく、やがて極限まで膨らんだ風船は爆発した。
投資した金額を大幅に下回る結果となった。
これらの原因をかんがえるなら、これは明らかに政策的な失敗であり、その責任を明確にすることから始めるべきです。
解決策として土地の流動性を図るとか、調整インフレの必要性が言われています。
この件については弱者に対する保護が完璧に成されるなら容認します。
いずれにしても、一旦破裂したものを元に戻すことは難しい。
どの政党も有効な対策案を提示しきれていないのではないでしょうか。
 
2 年金、社会保険はすべて一本化すべきです。
 
その方が効率もよく、運営上のロスも少なくてすむ筈です。余計な天下り先も少なくなるでしょう。
 
>みなさんへ
 
せっかく経済問題を提起して頂いたので、それから話しを始めたいと思います。本当に2ちゃんねるに集う人達に政治だけでなく経済問題もお詳しい。
政治と経済は両輪の筈なのに、憂国系の掲示板などでは経済問題をまともに論じられる右翼人とは会った事がない。
勉強不足と言ってしまえばそれまでですが、そのような意味では現状の右と称される人達の層が余りにも薄いのは残念です。
さて、私は昨日バブルとは急激な資産インフレであり、それを過度な対策で押さえ込んでしまった事に問題があったと指摘しました。
簡単に言ってしまえば、目一杯膨らんだ風船に、いきなり針を立てたようなものでした。これではパンクするのは当たり前です。
 
>かいとさんへ
 
バブルと土地の関係、その対策を述べようとしたら先を越されてしまいました。
銀行は争って不動産を担保に融資しました。これが今後開発される土地ならいざしらず、そこでこれからも商売を営むような商店の土地にまで融資したのです。
本来土地はそれ自体ではお金は生み出しません。それを承知で貸したということは、銀行が土地の値上がりを見越して貸したということに他なりません。
まさにあのバブル時代、最大にして最強の投資家は銀行でした。
バブル崩壊で最大の被害を受けたのは銀行でした。
この銀行を助けなければならない立場になったのが政府です。
貸付金は債権買い取り機構に移管して、多額の公的資金が回されています。
この不良債権化した不動産処理には、抵当権の証券化とその販売市場の育成しかないのですが、これは外資まかせです。
 
>かいとさんへ
 
土地の流動化を進める案は今日の不良債権を一掃し、金融機関の健全化を早めるためには、仕方のない窮余の策として賛同します。
ただし私の立場からすれば、土地を価値を生み出すものとしてとらえることには本来は反対です。
土地は公共性の強いものであり、それが生まれながらにして持てる者と、持たざる者に分けられ、その土地からの不労所得が得られるという不平等さは好ましくはありません。
富の集中は資本主義のもっとも悪い部分であり、情報化社会の到来は、一部の人への更なる情報(富)の集中をもたらします。
恐慌とは乱暴な言い方をすれば、不公平な富の集中を暴力的に公正化する市場の機能とも考えられます。
しかし、これに頼ることはできないので、富の公平な分配を図る経済システムが必要です。
その時に考え付くのが政治なのです。政治こそ不公平なシステムを変えることが可能な手段となるのです。
 
>三郎さんへ
 
現在の資本主義社会においては、「市場の声」は天の声となっています。
しかしどうでしょうか、この「市場の声」さえも操るほどの巨大な力が働いているとしたら。
よく内閣が新しくなると市場がどう反応したかといった報道がなされます。
これではまるで市場が政権の命運を握っているかのようです。
余りにも「市場の声」に振り回されています。「市場の声」を厳しく峻別することこそ、あなたの言われる「第三の道」になるのではないでしょうか。
 
 
 
  
Posted by the_radical_right at 19:51 │ mixiチェック

2005年07月06日

極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (7 )

fd134f0b.jpg
この『21世紀の日本はどうなる?ディスカッションフォーラム』は今から6年程前の2ちゃんねるの『政治思想』板の論戦をまとめたものである
 
>皆さんへ
私はかつては反米主義者であった。我が国の政治思想上の反米論は二つあると思います。一つは左翼勢力の反米論。左翼共産主義者は赤化戦略の中心に日米の離反をすえていました。
もう一つの反米論は国粋主義から来るもので、これすなわち民族主義の観点から、我が国の独自性を強調する余り、戦後の対米従属を悪ときめ、それからの脱脚を主張するものです。
この国粋主義的な反米論は左翼の反米論よりは心情的には日本人には受け入れ易い面を持っていた。
事実80年代後半から90年代の始めにかけて、日本の経済が好調期には自信を持った経済人からまで、大いにこの反米的な気運が持ち上がった。
しかし、日本経済がバブルを経て失速すると経済人も自信喪失になる。強引なまでの米国進出には、同じ日本人として眉を顰めざるを得なかったのは遠い昔のようだ。
さて、将来の日本を考え議論する時、自国の置かれた状況を正しく理解することこそ肝要ではないのか。つまり、もう感情的な反米論はもう終わりにする時がきているのではないか。
日本は先の大戦で米国と戦い敗れた。無条件降伏でその誇りをズタズタニされ占領下で憲法も押し付けられた。
これらの事実からどうしても感情的には米国を恨み反米論者になるのも理解はできる。しかし、これを乗り越えて克服することこそが21世紀に向けた日本の国家戦略ではないのか。
 
※この頃私は思想的には転向を図った。それまでの反米論者から日米による『共同覇権』主義者へと転向したのであった。
当時の私の論文『戦後民主主義』と『反米』を掲載させて頂きます。
 
戦後民主主義を批判する者はそれに代わる案を国民に提示しなくてはならない。
実は私などもこの「戦後民主主義批判」を盛んにぶっていた時がある。戦後民主主義批判は反米でもあった。
私は「日米友好時代は終った」の自著の中でも戦後民主主義と反米を同列に論じていた。
敗戦によって米国から押し付けられたのが「戦後民主主義」で悪いものだと声高に叫んでいた。
しかし、日本は敗戦する前から「議会制民主主義」は機能していたのであり、この点を勘違いしてはいけない。
私が「日米友好時代は終った」を発行した当時は、日本の経済は元気一杯であり、日本企業は世界中を席捲していた。
対して米国は日本に対して明らかに焦燥・嫉妬と思われる感情があり、日米間にはただならぬ緊張感が漂っていた。
当時は反米論ものは日本人の共感を得やすく、私の本も予想に反して売れた。しかし、今日私はこの反米論の誤りを厳しく自己総括している。
これからの日本の基本的な国家戦略は日米の協調路線しか有り得ず、それ以外の選択は亡国の道となる。
この実に簡単明瞭な国際情勢の進展が、当時いくら若いからといえ、見えてこなかった自分が何とも恥ずかしい。
「戦後民主主義批判」と「反米」を唱える者は、それに対する代案を出すべきである。
私はこのサイトで反米か親米かの論争をしたい。
私は現実を直視しないで、そこから逃げながら観念的な「反米」を唱えていたと思う。現実を踏まえた上でそれでも敢えて「反米」を唱えることは、目に見える外部の敵よりも、我が内なる敵の存在がより有毒と考える昨今である。
  
Posted by the_radical_right at 19:17 │ mixiチェック