2006年07月25日

詐術手法で捏造された手帳

反撃!元長官メモ事件その��

詐術的手法によって事実は捏造された!

 日本経済新聞社が7月20日の朝刊でスクープした「昭和天皇が不快感」「参拝中止・それが私の心だ」は、これを最大限まで威に利用して、靖国神社を攻撃しようとした朝日新聞社によって、その信憑性に疑問符が投げかけられた。

 何という、皮肉なことであろうか。

 本来はこのスクープ報道を最も悦びご満悦なはずの朝日新聞社が自社発行の週刊『アエラ』で、それを全面否定するような記事を掲載したのだ。

 朝日新聞社も日本経済新聞社も共に報道機関である。一旦活字となって発行された新聞記事や雑誌の記事が、今更マチガイでしたなどと言い訳をすることは許されない。

 誤字、脱字というレベルの話ではない。これはこの「富田メモ」の最も重要な部分であり、まさに根っこの部分である。この根底の部分において両者の報道は全く異なる。

 再度検証して見ましょう。日本経済新聞の7月20日には確かに次のような記事が見られる。

「靖国神社についての発言メモは88年4月28日付けで、手帳に張り付けてあった」

 これに対して朝日新聞社のアエラの記事は次のように書かれてあった。

「昨年秋ごろ、日経新聞記者が久しぶりにやって来た。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだ事がない『輪ゴムのメモ』を手渡したという。今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」

 これは富田氏の奥様へのインタビュー記事である。これが事実であれば、日経の記者がこのメモ用紙を日記に張り付けたことになる。では、なぜ日経の記者はこのように自ら張り付けておきながら、新聞紙上では「張り付けられてあった」と嘘を書いたのか―?

 これは「富田メモ」が天皇陛下の「御言葉」であることの根拠として、その裏付けにしたいがためである。メモに書かれた「私」は=「天皇陛下」でなければ絶対にいけなかった。

 そこには一点の曇りも許されない。そうしなければ、この報道の意味は全くなさなくなる。そのために全ては仕組まれたと考えられる。単なる走り書きのメモ用紙が輪ゴムをかけられて発見されたとしても、それはあまり価値がないと見なされる。

 先帝陛下の側近であった富田氏が残した40冊〜50冊の手帳の中に張り付けてあったからこそ、それが「天皇陛下の発言を書き留めてあった文書が発見された」(日経紙面)と報道出来たのである。

 これが詐術である。
 …人を騙す謀(はかりごと)。偽りの狡猾な手段。

 次になぜ、このメモが88年(昭和63年)だったのかという理由である。

 これを日経新聞の記事から見ていくことにしましょう。

「この張り付けられた前半部分は天皇誕生日に先立って行なわれた記者会見で、戦争に対する考えを質問されたことへの感想も記されていた」

 つまり記者会見では述べられなかった、天皇陛下の本音がこのメモに記されていたかのように、その印象操作を狙ったものである。

 この報道は捏造である。本来は手帳とメモは別個のものとして存在していた。それをあたかも一体のものであるかのように装って偽ったのである。

 仮に手帳とメモが本物であったとしても、これを事実とは異なる形態を作り出して報道した。これは報道機関としては許されない行為であり、まさに報道機関としての自殺行為に等しい。

 日経新聞はこの「メモが張り付けてあった」というデッチ上げ報道と日付を88年4月28日としたことによって墓穴を掘りつつある。これを専門家の手に委ね、しっかりした検証を行なってから公表すれば、この資料は歴史的にも貴重な資料となり得たかも知れない。

 しかし、今回の汚い手法によって、それは何の価値も見い出せない単なるメモ用紙として、歴史の舞台から消え去る運命を免れない。私が最初にこの「富田メモ」報道で衝撃を受けたのは、「史的事実としての存在」を感じたからだった。

 だが、日経新聞社の恣意的な詐術が加わったことで、その「史的事実の存在価値」は消えた。形だけの天皇陛下の「御言葉」に敬意を抱く者などおるまい。

 我々《極右》は今回の「富田メモ」事件を、先帝陛下が遣わされた不可視の召集令状であると考える。憂国のインターネットは戦場である。我々《極右》は喜んでその戦場へと向かう!

祖国の未来を信じて、靖国の英霊と―子孫らの為に戦う!

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Posted by the_radical_right at 19:56 │ mixiチェック │「富田メモ」事件 

朝日が捏造を証明か?

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反撃!元長官メモ事件その��

 メモは「張り付けてあった」のでは

なく、自分達(日本経済新聞社)が

「張り付けた」ことを、朝日新聞社

が証明してくれた―!

 現在、ネットでは『富田メモ』の真贋を巡って様々な情報が飛び交っていますが、私は新聞・雑誌などを丹念に読みながら、この真相に少しでも迫ろうと努力しています。

 コメントに対して返答も出来ない日々が続いていますが、ご容赦ください。ところで今回、朝日新聞社発行の『AERA』を読んでいると、今回の日本経済新聞社の報道と明らかに矛盾する箇所を発見しました。

 もし、このAERAの記事が正しければ、この手帳にメモを�狹修衂佞韻伸瓩里脇�経新聞社の記者ということになります。

 まずAERAの記事を紹介しましょう。富田メモを家族が発見した経過を次のように伝えてあります。

「富田氏が03年11月13日に亡くなった後、ベットでふさがれた戸棚の中に、40冊から50冊の日記やメモが残されていたのを妻が見つけた。一部は一周忌の際に故人をしのぶCD‐ROMに収めて知人等に配ったが、戸棚に立ててあった日記帳の上に輪ゴムでまとめて載せてあったメモについて妻は言った」

「『何が書いてあるかわからないから、そのCD‐ROMには入れなかった』
 
昨年秋ごろ、日経新聞の記者が久しぶりに自宅にやってきた。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだことのない『輪ゴムのメモ』を手渡したという」

「今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」

※ここまでがアエラの記事からの紹介です

 これは富田氏の妻の証言である。最も注目すべき箇所は、このメモが手帳とは別個に輪ゴムでまとめてあったと証言していることだ。

 どう考えても「先帝陛下」のお言葉を輪ゴムでまとめて載せておくなど信じられない。故富田氏は「臣下」であることを誰よりも自覚していたはずだ。

 日記は既に知人等に配られており、そこにはそのような記述はなかった。あればその時点で大騒ぎになっていただろう。

 さて、このメモについて日本経済新聞社の7月20日のスクープ記事では次のように書かれてあった。

「靖国神社についての発言メモは88年4月28日付けで、手帳に張り付けてあった」

 このように書かれた後に「私は、或る時に、A級戦犯が合祀され…」と続いたのである。

 日経新聞社は輪ゴムでまとめてあったはずのメモを、なぜそこに張り付いていたと報道したのか―。先帝陛下のお言葉が紹介される、その前文の文章だけに気になる。

 日本経済新聞社は先ずこの疑惑に

 答えなくてはなるまい!

※昨日は7,500人を超える応援クリックがありました。期待の高まりを感じます。現在夜中の2時半です。徹夜で検証作業を続けています。共にこの陰謀を必ずや打ち破りましょう。

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Posted by the_radical_right at 02:22 │ mixiチェック │「富田メモ」事件 

2006年07月24日

「奥野発言」を思い出し、再び闘う気概を高めています

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日本変革への願い 第二章

謝罪外交��

 現在『富田メモ事件』でネットで突然、藤尾正行元文部大臣や元奥野誠亮(せいすけ)法務大臣の二人の名前が登場しました。私は旧くから活動をしているので、この方々とは面識がありました。

 昭和63年5月15日号の機関紙に当時、奥野発言を取り上げていますので、これを紹介してみたいと思います。今更改めて言うまでもなく、この奥野先生の発言は、全くの正論でした。

 奥野先生は先の大戦について「侵略戦争ではなかった」と発言したために、これを暴言を吐いたと批判され、マスコミによって一方的に断罪された。

 中韓が日本の侵略戦争として批判する戦争については、自存自衛の戦い―、共産主義との戦い―、アジア解放・民族独立を掲げての戦い―という3つの側面がありました。

 戦争という国家の利害が相反する行為について、それぞれに言い分が異なるのは当たり前ではないでしょうか。それを一方的に日本だけが悪いなどと考える方が間違いなのです。

 中韓が、自分達が被害者の立場であるとして自国民に教えるのは勝手ですが、日本人にまでその通りに子供達に教えろなどと言うのは、ほとんど言いがかりというものでしょう。

 ところが、この時代は実はそのような事(中韓の主張)が正論で、現在我々が主張しているようなことは、とんでもないこととして糾弾されていたのです。残念ながら奥野法務大臣も辞めざるを得ませんでした。

 奥野発言は全くの正論なのに、それを発言できない。そのような雰囲気が作られていたのです。野党は道徳性や倫理性に欠けるなどと批判していましたが、日本人が敵対した国の倫理に従って、自己批判しなければならない「倫理上」の責任などあるわけないでしょう。

 互いに歴史に対する評価が違って、何の不思議があるでしょう。

 奥野大臣の率直な一言を、この時も鬼の首でも取ったかのように大騒ぎして、中韓に御注進し、外圧という虎の威を借りて殊更に「問題発言」にでっち上げてしまう。

 内憂外患という言葉はありますが、幾ら外に患い事があろうが、内が一致団結して事にあたれば道は自ずから開ける。しかし内憂ばかりは如何ともし難く、それこそ亡国の道に通ずる。

 今から約二十年も前のことですが、当時のことを思い出します。この頃は自分達の主張をどのように展開するか、その方法が分からずに迷っていました。当時、今のように自分の主張が展開できるなどとは正直言って思いもよりませんでした。

 現在は多くの方々の支援でこのような活動を展開できる事を心より感謝する毎日です。これまでの経験を少しでも生かしながら闘って行きたいと思っています。皆さん共に頑張りましょう。

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Posted by the_radical_right at 19:09 │ mixiチェック │日本の新戦略 

ネットVS新聞の様相を呈する『富田メモ事件』

反撃!元長官メモ事件その��

ネットが真相を暴くか!

 このキャンペーンも6回目を迎えた―。これまではこの「富田メモ」が本物、つまり先帝陛下が発せられた「肉声」をメモしたものであるとの前提で論じて来ました。

 最初にこの記事を見た時に、長い間先帝陛下のお側にあって、その「御言葉」をメモしてきた、その手帳の中に書かれてあるというので、私は大きな衝撃を受け、正直動揺を隠せませんでした。

 もし、これが事実であればその「御言葉」については、これを厳粛に受け止めていかなければいけない―、それが私の立場であると書きました。ただし、なぜ今この時期にこのような「御言葉」が唐突に明らかとなったのか?

 その背景だけはしっかりと押さえ、先帝陛下の政治的利用に対しては、それを徹底的に阻止していかなければならない。なぜならば、本来メモは公表されるべきものではなかったと思ったからです。

 昨日の『報道2001』(フジテレビ系)でも、靖国神社の元宮司さんが、私と同じような文面を寄せておられました。
 「厳粛に受け止めたい」というその文章には「臣民は天皇陛下の赤子である」との考えに基づく信念があり、私はそれを今後も貫き通します。

 さて、それと同時に、この報道にはある種の胡散臭さが付き纏っていました。それはこの「御言葉」が本当に先帝陛下が話されたものなのか。彼らマスコミは参拝・中止「それが私の心だ」と一斉に報道してきましたが、どうしてもそこに疑問が湧いていました。

 一番引っかかっていたのは、「富田メモ」の文面は、そこだけが1枚貼り付けられた状態で、断片的にしかその部分を提示していない事でした。文章であれば流れがあります。メモというものは、その流れを遮断してしまい、メモだけでは本当の御意志は伝わらないのではと考えてきました。

 この全体の構図を示さないで、そこだけ強調する報道手法には、何か隠された他の意図があるのではと疑って来ました。そこでこれを「元長官メモ事件」とあえて事件性が感じられるものであるとして、キャンペーンを行って来たところです。

 多くの方々から寄せられた情報を整理して、今週中には日本経済新聞社に「公開質問状」を提出します。また報道を追随した各マスメディアについても、同じ「質問状」を出します。これからが本格的な戦いの始まりです。

 この「富田メモ」は先帝陛下の「御言葉」ではないとの指摘が相次いでおります。ご紹介頂いた方に感謝します。

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1715328

http://sarah.iza.ne.jp/blog/entry/17140/

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Posted by the_radical_right at 06:58 │ mixiチェック │「富田メモ」事件 

2006年07月23日

反撃!元長官メモ事件 �ァ 嵜嘆次徃�言の意味を考える

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反撃!元長官メモ事件

その��

 岡崎久彦先生の「臣下」発言に注視せよ!

 今朝は朝早くから農作業の手伝いだったので、フジ系の『報道2001』しか見れませんでした。洪水のような新聞における「元長官メモ事件」報道に対して保守派のコメンテイターが、どのような反論を行うかに注目しています。

 岡崎久彦先生は先帝陛下の靖国参拝中止を、以前からの三木内閣時代の公的・私的参拝騒動の結果であるという自説を変える事はなかった。ただ、メモに関してはそれは富田元宮内庁長官のものであるという点には疑問は抱いていないようだった。

 では、なぜそのようなメモを残したかについては、「臣下は天皇陛下について、何らかのメモを残す場合は嘘を書く場合も許される」とした。  
 少々難しいが「臣下」は天皇陛下を傷つけてはいけない。守るためには嘘を書いても良いのだという。

 岡崎先生に言わせればメモの内容が必ずしも本当であるとは限らないそうだ。将来―、誰かの目に触れても天皇陛下が傷つかないように書き残すと説明した。

 例えば陛下が「中国は嫌いだ」と言っても、そうは絶対書かない。その反対の事を書くのだそうだ。それは平和を愛する陛下のイメージを守るためだそうです。では、今回このメモは何のために残されたのか?

 それは良く聞き取れなかったが、小泉総理の靖国参拝などその時々の政治情勢に翻弄される靖国神社問題で、元宮内庁長官として危機感を抱き、そのようなメモ書きを残したと受け止められる説明だった。

 これはどのようなことなのだろう。先帝陛下は靖国神社を戦後参拝していたが、三木首相の参拝が公的参拝か、私的参拝かで国会で問題となった頃から参拝を控えた。

 宮内庁はこの政争に天皇陛下が巻き込まれることを嫌い、天皇陛下の参拝を取りやめた。これは宮内庁が対内的に自らを守るという姿勢を示した決断だった。

 その後、中曽根首相は靖国参拝を続けたが、共産中国からの内政干渉によって靖国参拝断念に追い込まれた。しかし、小泉首相はまた靖国参拝を復活させた。これまでの積年の悪弊を除去する方向に日本は踏み出した。

 これによって中国や韓国との外交的な摩擦を生じさせたのは事実であった。しかし、国民は小泉首相を評価、靖国参拝を圧倒的に支持した。こうなると、やがて国民の間から天皇陛下の参拝を願う声が盛り上がって来るかも知れない。

 宮内庁長官として天皇陛下を守るために靖国参拝中止を決めたはずだったが、やがて天皇陛下の靖国参拝をお願いする声が強まることを当然予測したはずだ。対内的だけではなく対外的にもそれは避けられないものになるだろう。

 一枚だけ、そこに後から書かれたかのように貼り付けられていた意味をそこに見て取れるのではないか。つまり、内務官僚の「臣下」としての最後の仕事をしたのである。これまで参拝を取りやめてきた理由を嘘でも書いておかねばならなかった。

 おそらく2003年11月に死去する直前に富田氏はメモを書いて、いかにもその時点に書いたかのごとく手帳に貼り付けた。そうすることが彼としては「臣下」としての最後の奉公とでも考えたのかも知れない。

 しかし、残念ながらその「臣下」の最後の奉公は、全く違った形で世に出てしまった。まさに死人に口なしでは真相を聞くことは出来ない。しかし、内務官僚はその実相を知っているはずだ。

 内務官僚達は今回の騒動をどのように考えているのか―。政治家も評論家の多くもマスコミに抗し切れない情況の中で、彼らが今後どのような対応を最後に選択するのか?

 我々≪極右≫はそこに最大の関心を持って注視している。それによっては旧体制の崩壊は早まるだろうからである。

※ これは今朝の岡崎先生の話を聞いての推測記事です。現在のところは全ての可能性を考えていますが、私としては日経記者の意図的な捏造報道の疑いを強めています。

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Posted by the_radical_right at 18:39 │ mixiチェック │「富田メモ」事件