「反中国歴史講座」 �亜�
満州は中国に支配されている(遊就館)
先週テレビ朝日の『サンデープロジェクト』に出演した安倍官房長官に対して、コメンテーターの一人が靖国神社の遊就館について、次のような質問を浴びせた。
「遊就館は大東亜戦争を肯定しており、満州国は現在中国政府に支配されているとの主張がありますが、どう思われますか?」
安倍官房長官は「直接そのことには関しては知らないが、言葉の前後には天皇のお言葉があり…」と続けたら、その言葉が終らぬ内に、司会者の田原総一郎氏が「それじゃ、天皇陛下が最大の責任者」とか何とか発言してうやむやとなってしまった。
このことについて考えて見よう。満州は古来、漢民族の領土ではなく、漢人は万里の長城以北を「北秋」の地として蔑称していた。漢人にとって万里の長城以北の住人は蛮人であり、紛れもなく異民族であった。
よって、これを現在の漢人を主体とする共産党政権が支配していると書いても、それは何ら間違いではなく、正しい歴史認識に他ならない。逆にこの質問者に問いただしたいことがある。
例えばウイグル自治区やチベット自治区、更には内モンゴルは歴史上古来からの中国領土と言えるのか?もしそれらは侵略され支配されたとするなら、何故日本が建国に係わった満州国だけが例外となるのか、納得の行く説明が聞きたいものだ。
むろん、満州国を日本の「もの」であると主張するつもりはない。しかし、これまでの『反中国歴史講座』で幾度も述べてきたように、満州における日本の立場や権益は、日本人が満州の住民から奪い取ったものではない。
満州は義和団事件の発生後、ロシアの侵略を受け、事実上ロシアによって支配されて植民地状態にあった。それを日本が日露戦争に勝利して、その結果としてロシアから譲り受けたものであった。
そのような歴史的な経緯があったからこそ、孫文は内田良平ら支那革命を支持した日本の右翼(国士)に対して、日本との共同による新しい国創りを認めたのである。ここから大アジア主義理想は具体化して行った。
また、馬賊の張作霖は山本条太郎満鉄総裁に、蒋介石は田中義一首相に、それぞれ満州における日本の優先権を認めたのである。このような歴史の事実がある以上、満州国が日本の肝いりで建国されたとはいえ、そこには十分な理由が存在したのである。
今日からまた反中国歴史講座を再開します。
結果的に満州国の失敗は、その後の日本軍国主義の支那侵略の象徴として喧伝され定着してしまった。しかし、それは一方的に侵略などと批判されるものではなかった。
現在、我が国の伝統的な右翼の中には、米国との連携よりはアジア主義に則って中国との友好関係を樹立すべきと主張する人も見られる。であるなら、それは取りも直さず、アジア主義者が掲げた「理想の国家」=「満州建国」を正しく捉えなければならない。
侵略思想の結果としての満州建国ではなく、大アジア主義の構想としての満州国建国であったことを知らねばならない。そのような観点から今後書き進めていきたいと思います。特に石原莞爾の思想などについても考えてみることにします。
この企画はあくまでも歴史の検証であり、かつてのアジア主義を今日の東アジアへと回帰させる意味はまったくありません。私はもう日本は支那大陸には係わるべきではなく、米国や豪州との連携の中で東南アジアやインドとの友好関係を築くべきとの考えであります。
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これは全裸の中国人女性と中国工場に勤めるソニーの日本人社員が、カラオケで乱交まがいのことをしていると名指しで中国の掲示板に晒されている。今でもこのサイトは閉鎖されてはおらず、見る事はできる。
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