2006年04月17日

小沢と創価学会の関係

4aa8cd6d.jpeg小沢民主代表、創価学会会長と都内で会談

ポスト小泉の政界再編を睨む

 民主党の小沢一郎代表が11日夕、創価学会の秋谷栄之助会長と東京都内で会談していたことが、15日分かった。複数の関係者が明らかにした。与党・公明党の支持母体である創価学会と小沢氏との会談は、小泉純一郎首相が退陣する今秋以降の政界再編をにらんだ動きとの憶測も呼びそうだ。
 会談は小沢氏が持ちかけた。関係者によると、小沢氏が11日夕、学会本部に「これから伺いたい」と電話し、居合わせた秋谷氏が本部近くの別の学会施設で対応したという。代表就任のあいさつ回りの名目で、選挙協力などの話は一切していないという。   
毎日新聞提供

 この小沢代表の動きに小泉首相は「小沢氏に聞いてくれ」と不快感をにじませて語ったと報道された。このところの小沢氏の動向は秋の自民党総裁選、その後の国会における首班指名投票を意識してのものとなっている。

 自民党の総裁選挙においては安倍晋三官房長官が圧勝しても、国会議員による選挙においては、しこりが残り簡単には一本化は出来ないと見ているようだ。

 そこで自民党の内紛に介入して、政界再編を仕掛けようと考えてのことだろう。安倍官房長官は中国には毅然とした態度を取っている。靖国参拝を外交カードに使う中国に対しては、内政干渉であると強く批判している。

 これに対して公明党は親中・媚中を鮮明にしている。特に池田大作創価学会名誉会長が中国に傾斜を深めている。ここは池田大作氏の一言で全てが決定しまう、恐るべき非近代性を持つ宗教政党である。

 この辺りを小沢氏は読んで動いているのだろう。しかし、この小沢氏の暗躍には警戒感が必要だ。魑魅魍魎の輩が蠢く政界にあっては、このような権謀術数に長けた政治家が意外に力を発揮する。

 特に小沢氏は自民党・腐敗の象徴だった故金丸信自民党幹事長の子飼いでありながら、政治改革を唱えて自民党を飛び出し細川連立内閣を作った功労者であった。

 なぜ、今回創価学会はこの微妙な時期に小沢氏と会談したのか、それはかつての借りがあるので、会わない訳にはいかなったのだろう。

 平成3年の統一地方選挙において、社会党は歴史的な惨敗を帰した。東京都においては自民・公明が推した磯村尚徳元NHK解説委員は鈴木俊一知事に大敗した。

 この磯村尚徳ニュースキャスターを担ぎ出したのは公明党であった。自民党は鈴木俊一前知事を担いでいたが、公明党が強引に自民党執後部にねじ込み、当時の小沢自民党幹事長が強引な鈴木降ろしをしたが、鈴木氏がこれに反発、自民党の東京都連は鈴木氏を推して激しい分裂選挙となった。

 この時なぜ磯村氏に公明党がご熱心だったかといえば、池田大作氏が磯村氏にぞっこんだったと云われた。池田大作氏の私党である公明党が本気だったのは当然だった。

 この選挙の敗北の責任を取って小沢氏は幹事長を辞任した。そのような経緯があるから、公明党・創価学会は小沢氏を無視する訳には行かないのである。

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Posted by the_radical_right at 18:44 │ mixiチェック │公明党 カルト宗教 

対中ODA打ち切りと減額分はインドへ

22acfbfe.jpeg対中ODA、無償資金協力も打ち切りへ
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 政府は16日、中国に対する政府開発援助(ODA)について、返済が不要な無償資金協力を打ち切る方針を固めた。今年夏にも正式決定する。中国が経済発展に伴い、無償資金協力の対象国としてはすでに不適当だとの認識に加え、歴史認識、東シナ海の石油ガス田開発問題をめぐる中国の対応に対し、国内から強い批判が出ていることを踏まえ、判断した。

 政府は対中ODAの減額分をインドに振り向ける方針で、ODAの面でもインド重視の姿勢を鮮明にする。

 政府は対中ODAのうち、円借款の新規供与を平成20年の北京五輪前までに打ち切ることを決めており、これに続いて無償資金協力も全面的にストップすることになる。停止年限を定め無償資金協力を一気に打ち切るか、あるいは供与額を漸減させていき最終的にゼロにするかは今後、検討する。ただ、省エネや環境対策などを中心とする技術協力は当面、継続する方針だ。(産経新聞ニュースより引用)

 「遅きに失した」とはいえ、先ずは政府の英断を支持したい。おそらく自民党の親中派、あるいは民主党の新執行部あたりが、これから文句を言ってくるのではないか。

 その時は我々も親中・媚中派どもに対して、皆さんと徹底的な批判を加えましょう。今回、非常にバランサーに富んだ戦略性を感じさせるのはODAの減額分をインドに振り向けるということだろう。

 これは国内向きにも理解が得られ易いし、また共産中国にとっては打撃となるであろうことは間違いない。ただ単に中国に対するODAを打ち切るのではなく、中国にとっては一番嫌な国であるインドに与えるとした事が、実にバランス感覚に優れている。

 やられてばかりの日中関係において、久しぶりに日本側が放った、胸のすくような決定だ。しかし、喜んでばかりはいられない。無償ODAはとりあえず廃止となるが、円借款は北京オリンピックまで続くし、環境対策は今後も継続される。

 本来、環境汚染対策は中国自身が行なわなければならないものだ。しかし、日本にも影響があるということで援助を行なうなど、これほどの愚考はない。

 我が国土の自然環境の検査を実施する調査機関によれば、年々農薬に含まれる有害化学物質が増加しつつあるというのだ。日本では厳しく制限され全く使用されなくなったり、激減した化学物質が増えているのは、支那大陸から飛んでくるのだそうだ。

 中国では日本輸出する野菜などには大量の農薬が使われ、中国人はそれを口にする時は、洗剤で何回も洗うそうだが、そんな危ない中国野菜が日本の市場に氾濫している。

 政府に要望したいことがある。それはこれまでどれだけ巨額な金が中国に支払われたのか?それを明らかにしてインターネットで公開して欲しい。

 総額にして7〜10兆円を超すと思われる天文学的な金額が無償援助されたと云われるが、その実態の全容は分からない。国民がその事実を知る事が如何に大切かは、今後の日中関係を考えて行く上で重要となると思うからだ。

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Posted by the_radical_right at 09:18 │ mixiチェック │特定アジア(中国・領土) 

2006年04月16日

『極右』をマンガ(笑)と茶化す「マチコさん」って、何者!?

「農業日記」

 今日は朝から実家で農作業の手伝いでした。稲の種蒔きですが、昔とは違ってだいぶ楽になりました。現在は機械植えなので、直接直播して水田で育てることはしません。育苗器に入れて芽が出たらビニールハウスに移し、田植えをするまで、そこで育てます。温度の管理や通風などに気をつけて育てます。

 この稲作については、今後、その都度紹介していきます。また、農業を通して日本の将来を語りたいと思います。それから現在ではすっかり忘れられてしまった、農本主義についても書いて見たいと思っています。

 本日もたくさんのコメントありがとう御座います。早速皆さんへご返事を書こうと思って見ていくと、TBがあることに気がつきました。

【マチコに日記】が挑発!?

写真:ブログ『マチコの日記』より8ea6bc68.jpeg
 「極右評論」というブログがある。今、人気ブログランキングの二位にいる。別にそんなことはどうでもいいけど、チラッと覗いてみたら、石原慎太郎について書いているのだが、それが笑っちゃうような記事。 なんと今頃、「石原慎太郎待望論」だもの。この人、石原慎太郎とい…(後略)
★いまだに「石原慎太郎待望論」なんてホザいている「極右」なんて・・・(笑)。【マチコの日記】

 悪口と批判、一見同じようにも見えるが、この人の書き方は単なる悪口。でも、この方(女性となっているが、女性とは思わない)、本当は冷静な分析や批判も出来る方なのだろう。

 「ホザいてる」などという乱暴な言葉を最初に使い、「それが笑っちゃうような記事」「この人、石原慎太郎という人間の何を、今まで見てきたのかしら。まさかプロマイドでも毎日眺めて、興奮しているんじゃないの」「相変わらずみっともない男だわよ。その女々しい男に期待する『極右』なんて。マンガ(笑)?」と貶(けな)しまくる。

 この方は本当はインテリで常に人を見下しているのだろう。まともに相手にしたくはないと思うから、あえて乱暴な言葉や小馬鹿にした言葉を書き連ねるのだろう。

 この方はランキング1位の「依存症の独り事」さんのブログも取り上げて、「バカ丸出し」とこちらも貶しています。

 非常に興味のそそられる方だ。どんな方なのか?この「マチコ」と名乗る方の推理をしてみよう。と言っても、私は本日初めて見たので、その印象だけを述べてみたい。またしつこく来るなら、お相手するしかないだろう。

脾肉の嘆

《「蜀志」先主伝・注から》
功名を立てたり手腕を発揮したりする機会のないのを嘆くこと。蜀(しよく)の劉備(りゆうび)が、平穏な日々が続き、馬に乗って戦場に行くことがなかったため、内ももの肉が肥え太ってしまったのを嘆いたという故事による。

 自分は他人よりも能力があっても、機会(運)に恵まれずに能力を発揮できない事を逆恨みして、他人を貶しては喜んでいる。
 私は自分の素性を晒してブログを書いています。学歴も高卒であることを別に隠してもいません。昨日のブログでも団塊の世代の人から批判のコメントを頂きましたが、自らの配慮が足りなかった点は即謝罪しています。
 私がこのブログを始めるにあたって、一番気をつけていることは、「誠実な対応」ということです。批判もしっかり受け止め誠実にお答えすると決めています。
 しかし、単なる悪口、茶化し、貶しには、また別な対応を考えます。このブログは、皆さんと真面目な議論をするために行なっています。とりあえずその事だけは言っておきます。

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Posted by the_radical_right at 17:46 │ mixiチェック │市民団体・極左動向 

2006年04月15日

石原先生をヒトラー呼ばわり、菅直人

[菅 直人氏]石原都知事は「ヒトラーのよう」
講演で批判

 民主党の菅直人代表代行は15日、仙台市で講演し、東京都の石原慎太郎知事について「石原氏の目指す政治は、もしかしたらヒトラーのような自分の理想を権力で実現したい政治だ。権力を持つほど使い方を考えるのが(政治の)原点だ」と述べ、政治姿勢を批判した。石原氏は民主党の小沢一郎代表について「私は彼を評価しません」と述べ、菅氏についても「薄い感じがした」と酷評しており、菅氏が反撃した形だ。  毎日新聞【須藤孝】
 
 この人はやっぱり都知事に色気があるのかも知れませんね。
 
 
09d9a69c.jpeg 現在、日本で誰が一番宰相に相応しいのか?私は石原慎太郎東京都知事をいの一番に挙げる。石原先生こそ日本のリーダーとして任せられる政治家だ。

 私はかつてテレビでの石原先生の発言に胸がすっきりしたのを今でも忘れない。
 
 日曜の朝、田原総一朗の司会で放映されている『サンデー・プロジェクト』で、『憂国の志士・石原慎太郎VSリベラルの旗手・菅直人』の討論が行なわれたことがある。
 
 石原先生は民主党を「吹き溜まりの政党で論評にも値しない」とばっさり切って捨てた。そして「菅君にとって国家とは何か!?」とその国家観を問いただした。
 
 これは菅直人民主党代表(当時)が常々市民派の代表として、国家を蔑ろにしていると石原先生は苦々しく思っていたからだろう。この突然の石原先生の挑戦に、菅代表はしどろもどろで何も答えられない。
 
 司会の田原氏が見かねて「私達の戦前の時代には国家に対する忠誠が求められた。その結果が戦争・敗戦ということで、国家の価値がまったく一変してしまい…」などと国家の尊厳を傷つけるような話をはじめた。
 
 石原先生は怒った顔で田原氏を睨みつけ「君、そんな自分の体験で国家を論じちゃダメだよ。国家とはそんなものじゃない」とぴしゃりと言った。いつもは傲慢無礼な語り口の田原氏も返す言葉がなかった。
 
 石原先生を批判しているサイトに、私も一緒に取り上げられています。私にとってこんな名誉なことはありません。
 
 
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Posted by the_radical_right at 22:13 │ mixiチェック │政局・動向 

「反日」と団塊の世代

314382fa.jpeg「反戦・平和」−「左翼」−「反日」−「団塊の世代」

 現在、新聞社における幹部記者の多くが、これら共通のキーワードに支配されて来たのではないか?どうもそう思えてならない。そこでネット百科で先ず団塊の世代を見てみることにした。

団塊の世代(だんかいのせだい)は第二次世界大戦直後の日本において1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)にかけての第一次ベビーブームに生まれた世代である。作家の堺屋太一が1976年に発表した小説『団塊の世代』によって登場した言葉である。団塊世代とも言われる。

団塊の世代は思春期に日米安全保障条約に反対する大人たちの闘争を見ており、また、戦争についても両親や周りの人間から悲惨さを語られ、戦争に関連することへ強烈な拒否反応を持つ傾向がある。そのためか、この世代の政治家・教育者などは、中国・韓国・北朝鮮に対して宥和的である。

都市部の若者はその強い影響と自己主張の強さから、大学改革やベトナム戦争反対の反体制活動を繰り広げ、一部は新左翼となって急進的な活動を行った。しかし、暴力行動に走ったあさま山荘事件などで反体制組織に対する世間の目が冷たくなると、急速に「しらけ」が進んだ。そういった反体制組織は市民運動や労働組合などを表向きの看板とし、現在に至ることとなる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

 もう、納得という他はない。ただ若干付け加えたいことがある。

 彼らは安保反対、ベトナム反戦などを通して反米志向が強い。ベトナム戦争における米国の敗退で歓喜して、日本における左翼革命の実現を信じた。

 しかし、その後の米中接近、中ソ対立、中国のベトナムへの軍事侵攻などによって、完全に共産主義の世界革命というものが幻想であったことを知らされた。

 大きな挫折感を味わって敗北主義者となり、その後は何かと「反体制」=「反日」だけが、彼らの拠り所となってしまった。

 昨日の毎日新聞夕刊に「この国はどこへ行こうとしているのか。団塊の世代から」との記事で、反戦フォーク歌手・新谷のり子さんの言葉が載っていた。

 「今はイラク戦争があっても、ベトナム反戦みたいにはならない。あのころは、大人がつくった価値観に対して、ぶっ壊すんだという文化や言葉、アートが力をもっていた。そういう広がりが今、どうもないような気がする」

 昔を懐かしむのは良いが、自分の価値観に拘るのは、これまでの社会の変遷を見ようとしない傲慢さを感じる。人間というものは若い時に経験したことが中々抜け切れないのは、次の言葉でも明らかだ。

 「相棒(4年前に結婚した旦那)から『社会党的なものの見方しかできないのか』って言われます。あの頃、インプットされたものが、抜け切れない。一番いけないのはヘルメットの色で人を選別してしまうこと」

 新谷のり子さんは1946年生まれ。まさに団塊の世代を代表する人だ。全共闘世代には反戦歌手の女王として絶大な支持を集めてきた。今でも反戦・平和を訴えている。

 この世代が2007年から2010年にかけて、第一線から引く退職時代を迎えている。これから時代が変わるだろう。もう少しの辛抱である。

※この文章は団塊の世代の全体を指すものではありません。あくまでも新聞社に勤務する左翼の記者を対象にしたものです。コメントで強い抗議を受けましたが、文の流れで配慮に欠いた点があり、申しわけありませんでした。一般の団塊の世代の皆様には謝罪致します。

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Posted by the_radical_right at 08:37 │ mixiチェック │市民団体・極左動向