2006年02月23日

「反日新聞社」の定義とは

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「反日マスコミ」の定義と

「非国民」について



 昨夜投稿した「朝日新聞の常套手段」について愛国学生さんより、以下のような質問を頂いたので、皆さんにも見て頂きたく、本文にて返答させてもらいます。

 
「反日の定義などあったら教えて下さい。また、それらにつながる人達についてもお願いします」

 私などはあまりそのようなことを考えずに書いていますが、確かに「反日」とはどのような定義づけをすれば良いのか。その辺りは今後のこともあり、明確に規定するべきであると考えます。
 反日とは日本国家に反対するものの略称です。この反日新聞社の定義についてはこのように考えます。
「日本国民の精神を劣化させ、共同体意識を破壊し、国家的アイデンティティを喪失させ、自立した国家としての存在を危険に晒し、やがては国家を滅亡させる行為であり、それを行なう新聞社とする」

 
それらに繋がる反日文化人や評論家については次のように定義します。
「反日を目的として商業マスメディアに寄生して反日的言辞を以って国家と国民の離反を図る者」
「国家機関に所属していながら、或いは国家から禄を食みながら国家を冒涜して憚らぬ者」

 
どうも、最近この反日勢力の暗躍跋扈が目立ち過ぎて困ります。監視を強めていかなくてはなりません。どのような些細なことでも結構です。このような反日的な動きが見られた時は情報をお寄せ頂きたいと思います。
 
この「反日」という言葉について、左翼は猛反発をしてきた。そのようなレッテル貼りは独善的でファシズムであると言う。しかし、彼ら左翼も我々≪極右≫に対しては常に排外主義とか排他主義者とレッテル貼りを行っており、これは政治闘争においてはお互い様でしょう。
 
かつて左翼は「非国民」と呼ばれたことがあり、それを今でも被害妄想的に喚き散らす。現在この「非国民」という言葉は死語になりつつありますが、これだって意味のある言葉でした。
 
戦前日本共産党員は「非国民」と呼ばれました。それは日本国民が一丸となって戦っていた時代に、ソビエト共産党の手先となって国内で革命を起こそうと企てていたからです。
 戦後になってもこの「非国民」という言葉はなくなりませんでした。何故ならば日本が東京大空襲や原爆投下で敗れた時に、万歳三唱を繰り返しマッカーサーの占領軍を、これを解放軍だと称して赤旗と星条旗を振って歓迎したのです。
 「反日分子」にあえて「反日」のレッテルを貼らなくても、日本国家にとって一番危険で脅威な存在であることは間違いないことなのです。

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2006年02月22日

朝日の常套手段に惑わされるな!

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使い古された手法

 昨今の反日・侮日マスコミの傾向を探って行くと、どうもかつて同じような現象が起きているように思えてならなかった。そこで資料を整理して行くと驚くべき事に19年前にも同じような手法で日本叩きが行なわれていたことが判明した。

 日本の教科書で「進出」を「侵略」と書き直したという誤報を意図的に流し、中共政府にご注進して騒ぎを煽り立てた。これは反日マスコミの常套手段であるが、今回の靖国神社参拝問題などでは、中韓だけが批判しているとの指摘を誤魔化すために、シンガポールも反対しているとか、米国左派のリベラル紙の『ニューヨークタイムズ』や『ボストン紙』などにも働きかけをして、日本叩き記事を書かせている。

 シンガポールと言っても、それは中華圏に入る小さな国であり、所詮は中共政府の影響下にあるような国である。何故わざわざこのような国の政治家の発言を、さも重みをつけて報じるのか、全くもって反日新聞社の主張は許し難いものがある。

 ボストン紙の「靖国神社にはA級戦犯が埋まっている」の発言は既にお伝えしたが、ニューヨークタイムズも酷かった。とても日米同盟を締結している友好国のメディアとは思えない悪意に満ちた感情丸出しの記事であった。

「軍国主義者が祀られる神社への小泉首相の参拝と、より力強い軍事政策の小泉首相の支持はアジアの世論全体を警戒させることになる」

「小泉首相は日本軍国主義の最悪な伝統をあえて公式に擁護してみせた。靖国は日本の250万人の単なる慰霊の場ではない。20世紀前半の数十年の日本による虐殺にまみれた朝鮮、そして中国と東南アジアの大部分での凶行暴行行為への悔いない見解を促進している。神として追悼され、崇拝される霊には裁判で有罪とされたA級戦犯14人も含まれているのだ」

 この記事を朝日新聞は鬼の首でも取ったかのように狂喜乱舞して、「どうだ!」と言わんばかりに「米国マスメディアも小泉外交を批判」と大々的に報じた。このニューヨークタイムズに真正面から批判を加えたのは産経新聞社だけであったのではないか。

 さて、今から19年ほど前にタイムスリップして見よう。
 時は日本経済が絶好調でバブル期であった。日本人は自信にみなぎり、新しいナショナリズムが台頭しかけた時代でもあった。このニュー・ナショナリズム論が論壇などでもしきりに語られていた時に、突然、朝日新聞社は日本の新国家主義は戦前の軍国主義の再来に繋がるなどとキャンペーンを始めた。

 すると、たちまち中共や韓国もその主張に同調して「日本軍国主義復活」批判を始めたのである。まるで日本の朝日新聞社に背を押される形での猛批判であった。この時も実はシンガポールが登場していた。
 この昭和62年8月4日に、朝日新聞はシンガポール紙東京特派員である陸培春の「日本の新国家主義は歴史健忘症」なるタイトルで日本が戦争で与えた被害は大きいとして批判記事を掲載した。

 陸氏は中国系の人間でシンガポールで発行されている漢字の『南洋・星州聯合早報』で、日本にニュー・ナショナリズムが台頭しているとして、日本は経済面でズバ抜けた優等生。それで自信をつけるのは良いが、その一方で戦争の加害者だった記憶を少しずつ薄めたいと思っている傾向が見られる…などと書いていた。

 これをネタ元として『ニューヨークタイムズ』と『ニューズウィーク』も日本の新国家主義への批判記事を掲載した。

【ニューヨークタイムズ】
「日本の民族感情は振り子のように、西欧模倣から容易に転換するかも知れない」と書き、正月の宮中参賀に訪れた人々が日の丸の小旗を振る写真を掲載して「異様な光景だ」とした。

【ニューズウィーク】は「日本は第2次世界大戦における反省を忘れている」と書き「真珠湾攻撃のやましさ今日ほとんど見当たらない」とした。

 仕上げは左翼文芸評論家の加藤典洋氏を登場させ、「新国家主義は強まるか」と題して、またもや戦前とか軍国主義の言葉を羅列して=戦前とは異なる道筋=を書き連ねた。


「いうまでもなくぼくは、戦前に日本が国家主義化・軍国主義化することによって実現した国内的な自由の抑圧、他国侵略・戦争が今後生じないと言っているのではない。
 それらは、ことによれば戦前とは異なる道筋を通って、全く異なるものとして実施されるのではないか…」

 どうも、今回も使い古された手法によって、日本を貶める策謀が練られていたようだ。国内外の日本を敵視する“反日ネットワーク”は常に日本をターゲットとして暗躍している。これをどうやって打ち破っていくのか、我々は真剣に考えていかねばならないでしょう。

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Posted by the_radical_right at 22:53 │ mixiチェック │偏向報道・反日マスコミ 

[竹島領有権問題]日本人の怖さを思い知らせてやれ!

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「竹島の日」で式典開催 韓国男性が抗議も
 ソウルの日本大使館近くで開かれた「竹島の日」に抗議する集会で、日の丸を燃やす市民団体のメンバーら=22日午前(共同)
 日韓両国が領有権を主張している竹島(韓国名・独島)をめぐり、島根県は22日、昨年3月に条例で制定した「竹島の日」を初めて迎え、松江市の県民会館で式典「竹島の日の集い」が開かれた。
 式典で澄田信義知事は「条例で国民世論の喚起という意味では大きな成果が得られた。国に対して解決に向けた粘り強い交渉を求めていく」などとあいさつした。
 一方、島根県警は250人態勢で県民会館などを警備。「竹島の日」条例に反対するため韓国から来日していた男性が、県庁舎の近くで「独島は韓国領土」などと書いたポスターを掲げ抗議した。
(共同通信) - 2月22日14時9分更新

 先ず条例によって「竹島の日」を制定させた県議会ならびに民間有志をはじめ島根県の方々の尽力に心より敬意を表したい

外国の反日屋を日本で跋扈させてはならない!
 
 我が国の敗戦直後より韓国が依然として実効支配を続ける竹島については今さら云々するまでもないだろう。
 この竹島にせよ、北方四島にせよ、奪還に向けては世論の高揚と政府による真摯な取り組みが欠かせないことは言うまでもない。ご存知の通り、韓国では竹島の領有権を声高に主張する反日行動が毎度のごとく行なわれている。日の丸を燃やすのは勿論、指の切断やら焼身自殺や切腹のパフォーマンスはもはや「芸当」の域に達しており、こうした「反日屋」が稼業として成り立つほどだ。愛国心の熱烈さゆえか、自らの飯の種ゆえか、自らの身体を傷付けることさえ厭わない反日行動には腹立たしさを通り越して、ある種の感慨深さを覚えてしまう。

 断言すると自分の国で何を主張しようと勝手である。相手国とは国益が必ずしも一致しない以上、対立点が生じるのは必然だ。それにしても日韓併合以前に日本国領土として編入されたはずの竹島について、日韓併合に関連付けてしまう韓国人の歴史認識は不可思議だし、日の丸という相手国の国旗を燃やすような行動は民度の低さを示すものでさえあり、断固慎むべきだろう。

怒りの拳を突き上げよう!

 問題は日本国内において韓国人の傍若無人を許してはならないということである。

 昨年8月15日、靖国神社内にて日本人の靖国神社参拝について大声で異議を唱える一人の白人男性を見かけた。
「アナタ達ハ狂ッテイル!悪魔ガ祀ラレタ神社デス!コンナ神社ヲ参拝スルノハ、オカシイ!」
 この白人男性の周りにたちまち人だかりができ、あわや騒乱状態になったことは言うまでもない。
右翼や一般の参拝客までが一体となって日本人としての主張を繰り返し諭すように述べる。中には今にも掴みかからんとした者もいた。
 大勢を前に、たった一人で異なる意見を主張するには相当の勇気がいる。この白人男性を讃えたいとも思うところだが、逆に言えば日本人が舐められていることを意味するのではないか。
 韓国や中国で行なわれている反日デモの群集の前に立ちはだかって、一人の日本人が日本側の主張を声高に主張しようものなら、瞬く間に叩きのめされるに違いない。どんなに喧嘩の猛者であろうと、あの群集を前にしては手も足も出ないだろう。
 これは何も韓国や中国に限ったことではない。ナチス・ドイツのカギ十字がプリントされたシャツを着てイスラエルに入国でもしようものなら、ユダヤ人の群集から袋叩きの目に遭わされることは容易に想像がつく。
 しかし、日本人なら大人しくて手出しはしないことを熟知した上で、件の白人男性はわざと騒ぎを起こしたとも受け取れる。事実、手出しをした日本人はおらず、制止に入った警察官らによって白人男性は人だかりの中から引き離された。
 
 日本人が外国で同様のことを行なえば間違いなく半殺しの目には遭わされるのだから、日本でも同様に反日屋を跳梁跋扈させてはならない。
 本日、「竹島の日」が制定されて初めて迎える2月22日には島根県をはじめ様々な式典が行なわれたが、韓国の民族主義団体が来日した上に会場前や県庁前にて大胆不敵にも抗議行動を行なった。以前は自身の手を切るためにカッターを持参した政治家までいたが、日本でそのような行動を行なえば「生きては帰れない」ことを思い知らせなければならない。
 国家・民族のプライドを傷付けられたりした時は怒っても良いこと、いや怒るのが普通であることを先ず知ろう。時として暴力に訴えることも民族感情としては当然であることを先ず知らねばならない。むしろ、それが普通であることを知るだけで良いのだ。
 もし、この論を「乱暴」とするなら、まず竹島を取り返すことは永遠に不可能だと考えた方がいいだろう。

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Posted by the_radical_right at 17:30 │ mixiチェック │特定アジア(韓国) 

山崎・朝日の売国提携

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靖国と日本の歴史に挑戦する

「国立追悼施設を考える会」

【国立追悼施設議連】  講師に若宮論説主幹

超党派の国会議員による「国立追悼施設を考える会」は21日、朝日新聞社の若宮啓文論説主幹を講師に招き勉強会を開いた。若宮主幹は朝日新聞の世論調査では追悼施設建設への賛成が反対の倍近くなっている。一方、小泉首相の靖国神社参拝には賛否が分かれていることに触れ、「首相は『施設にはまだ国民の理解が得られていない』と言うが、参拝の方が理解されていない」と述べた。若宮主幹はさらにシンガポールのゴー・チョクトン上級相、台湾の馬英九(マー・インチュウ)国民党主席が参拝に批判していることに触れ、「アジアで反対しているのは決して中国と韓国だけではない」と指摘した。

 今朝の朝日新聞の4面下に小さく何故か遠慮がちに書かれた記事だ。本音としたら一面でやりたかっただろう。
 「国立追悼施設を考える会」は反小泉首相に舵を切った山崎拓元副総裁が、小泉後の政局の主導権を握ろうとして、公明党や自民党内の親中・媚中派を結集して設立したものだ。

 反日・侮日新聞社の頭目でもある、その朝日新聞社の論説委員を招いての勉強会とは恐れ入った。これで「国立追悼施設を考える会」の性格がはっきり国民の前に示されたと言えるのではないか。

 朝日新聞社などの言論は戦後一貫して社会主義・共産主義を賛美するもので、旧ソ連や中共、北朝鮮などの独裁国家を理想の国家と崇めてきた。その意味では「マルクス・レーニン教」という擬似宗教の絶対的信者でもあった。

 このような朝日新聞社と連携してまで政局の主導権を握り、その政治的野望を果たそうとする、これら山崎拓と公明党らの輩には、これまで以上の強い国民の監視の目が必要となってきた。

<追悼施設>議連、通常国会終了時をめどに中間報告

自民、民主、公明3党による議員連盟「国立追悼施設を考える会」が21日、国会内で会合を開き、6月の通常国会終了時をめどに施設建設に関する中間報告をまとめる方針を確認した。終了後、山崎氏は記者団に「これまでの講師のほとんどが靖国神社のあり方に疑問を持ち、追悼施設建設を是としている」と語った。         (毎日新聞) - 2月21日20時40分更新

 靖国神社に反対しているような人物ばかりに話をさせておいて「これまでの講師のほとんどが靖国神社のあり方に疑問を持ち、追悼施設建設を是としている」とは、全く国民を小馬鹿にした発言である。

 もう、このような輩には何も言うまい。我々はこのような売国的策動については世論に訴えながら、これを阻止するために共に協力して立ち上がろう。

 「靖じて君国に献ずる精神」を我々は引き継がねばならない。先の戦争で祖国のために尊い生命を国家に捧げた兵士は、階級やその上下に関係なく全て「忠君愛国」の四文字を胸に刻み散っていったのである。

 死―、これを好んで欲するものなど、いかなる時代においてもいなかったであろう。しかしながら、自分の死によって自分の本分(己の尽くすべき義務)が完全に果たし終えるものなら、死地に飛び込んでゆく。半世紀前の日本人には、そのような勇気を持った若者達が溢れていたのです。それは本当に日本人として素晴らしい姿ではありませんか?何時如何なるを問わず、笑ってその死地に奔つて顧みることがなかった勇敢さに、私たちは胸を打たれるのです。

 それから60年後の今日、これほどの国賊や売国奴どもが英霊を罵倒し続け、共産主義者らの言いなりとなって、英霊を辱め国家を貶めようとばかりする。中韓などは「首相の靖国参拝は戦争を美化する」と反対するが、それは言い掛かりであり内政干渉である。

 小泉首相は繰り返し戦争への反省と不戦の誓いをしてきた。それを諸外国からの圧力によって靖国神社を蔑ろにする「国立追悼施設建設計画」など、明らかな日本の歴史に対する冒涜以外何ものでもない。

 今朝は書くことが多すぎたので迷いましたが、この問題を取り上げました。理由は一番心が傷つけられたからです。

竹島の日、二階経産相の訪中、政調会長訪中に中国反発、国連改革で日独・米連携強化。いずれもが重要な案件なので午後からまた投稿します。

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Posted by the_radical_right at 08:43 │ mixiチェック │政局・動向 

2006年02月21日

大陸に夢を見た若武者たち

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「反中国講座」��

 今回は満州の野を駈けた日本人について述べて見たい。

 大正14年日本で発売されていた『日本少年』という雑誌に「馬賊の唄」という小説が連載されていた。支那大陸は当時の日本の若者にとっては夢の大陸でもあった。支那の広大な大陸に渡った主人公「山内日出男」少年が白馬に跨って悪を懲らしめ大陸を疾駆する熱血冒険小説である。

 このような小説が大いに若者の心を捉えたのは、当時の国力膨張期における日本人一般のメンタリティーの顕現でもあった。馬賊の唄には有名な「海のかなたにゃ支那がある〜♪」一節がある。これを以ってして、当時の日本が支那大陸に攻め込むつもりだったと早とちりしないで欲しい。これはあくまでも冒険小説の中での話である。

 しかし、このような小説に憧れ多くの日本の若者が満州の地に渡った。そして彼らの中には満州で群雄割拠していた馬賊の頭領にまで登りつめた人がいたのである。また、このように満州に渡った多くの日本人は“満州浪人”と呼ばれ、現地の人達に溶け込みリーダー的な存在となった。

 もし現在、共産中国が言っているように、侵略者の手先として満州に渡っていたなら、彼らがそれだけの地位に就き尊敬を集めることなどなかったはずだ。数奇な運命を生きた彼らについて見ていくことにしよう。

 では、そもそも馬賊とは何であったのか?ネットのフリー百科から取り出して見る。
馬賊(ばぞく)とは、騎馬の機動力を生かして荒しまわる賊。 清末から満州国期に中国東北部(満州周辺)で活動していた、いわゆる満州馬賊が有名。

 馬賊というと「盗賊団」的なイメージが強いが、元々は自衛組織(土匪・匪賊)の中の遊撃隊的な組織であった。 というのも、当時の満州では清朝の衰退によって治安が悪化しており、盗賊がはびこっていた。 これに対抗するため民衆は自衛組織を作り、盗賊に対抗していたのである。 但し、満州内の混乱が進むにつれ、力を持った馬賊が本来の「自衛」を越えて盗賊的な行為も行なう場合があった。

 馬賊の頭目にまでなった日本人の中でも伊達順之助、小日向白朗、薄益三の三名は特に有名である。伊達順之助は伝説で語られるほどの活躍を見せた。日本での出自はあの「独眼流」伊達政宗公の子孫というから物語としては最高である。馬賊の頭領となり後は関東軍に協力して敗戦の日に国民党政府工作員に捕まり銃殺されている。

 小日向白朗は16歳で単身支那に渡り、陸軍密偵として蒙古潜入中に馬賊に捕われたが、才気と度胸で満州馬賊を束ねる大頭目にのし上がり、満州民衆の伝説的ヒーローになったという。小日向白朗は抗日運動に参加した馬賊に協力した。日本敗戦の日に逮捕されたが後釈放され北京で余生を送ったとされる。

 薄益三も満蒙独立を掲げる馬賊や志士らを組織して、独立義勇軍を決起させるが、日本軍はこれを無視して彼は憲兵隊に捕まり国外退去となる。しかし日本で収監されるが、また満州に渡った。これら三名以外にも頭角を現わした人物はたくさんいるが、根本豪もその一人である。国民党軍に対抗して馬賊を組織して暴れまくった。

 彼らの所属した馬賊とは統制の取れた戦闘集団で、一つの組織には少なくとも2000人以上がいたとされている。彼らは日本人でありながら中国名を名乗り、支那の土地に自らの骨を埋めようと決意した者達であった。彼らは満州の人達から「兄弟」と呼ばれていた。

 このように馬賊に身を投じた日本人を日本軍の手先とする論がまかり通ってきたが、それは間違いである。彼らは軍部の手先などではなく、ただ夢と浪漫を求めて満州に渡ったのである。日本軍と蒋介石軍との戦争に巻き込まれ、ある者は皇軍に協力する道を選び、またある者は日本人でありながら自分の夢に投じたのである。

 馬賊は日本の敗戦とそれに続く中華人民共和国の成立とともに終焉を遂げた。明治以来、青少年の血を湧かせた馬賊も、過去を舞台にした小説は別として、最早、青少年の血を沸かすことはない。しかし、我々は彼らが「侵略」的な意思を持ち合わせていなかった事実だけは確認しておきたい。

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