核ミサイルを大量保有する仮想敵国に如何に対処するのか?
我が国の“防衛”は仮想敵国を設定するという立場を取ってこなかった。冷戦時代、野党である社・共は国会において、自衛隊は「何処の国の侵略を想定しているのか?」と質問したが、政府・自民党は決して「それはソ連です。」とは答えなかった。
現在においてもその基本的な考えに変化はない。しかし、仮想敵国が共産中国と北朝鮮であることは説明を要しないだろう。また我が国の“防衛”とは、そのような仮想敵国から自力で守る体制が整っていない。
仮想敵国から侵略を受けた場合、米軍の軍事力や国連の調停を頼みとして、平和的に解決出来るまでの期間を、少なくとも守り防ぐことを念頭に置いてきた。つまり、最初から侵略を撥ね退けるだけの体制を構築できないできた。
また、侵略は突然起きるものではない。それまでは限りなく戦争状態に等しい緊張関係が続くことになる。ましてや核ミサイルがいつ発射されるかという恐怖の時間である。こうした状況を果たして想定して防衛体制が練られているとは思えない。
核戦争の時代に突入した今日、ボタンのスイッチが押されてしまってからでは遅い。侵略しようと考えている者らに、侵略したら大変なことになると考えさせ、そのような狙いを躊躇させる必要がある。
日本を侵略しようと考えている者らに、それを思い止まらせるには、その行為が相当の犠牲を伴うものであることを認識させなければならない。核兵器を自らが持たないことを国是としてきた日本が、この点を相手に認識させるには、日米同盟の堅持しかない。
ところで、我が国には日本が米国の言いなりになり過ぎているというポチ論を展開する御仁も見受けられる。そのような御仁は日本の“防衛”についてどう考えるのか?例えば日本単独で侵略から自国を守るとしたら<核武装論>は避けられない。
しかし、ポチ論を唱える御仁から<核武装論>は聞かれない。米国の核兵器と共産中国の核兵器が共に抑止効果となって均衡しているから、見せかけの平和が保たれ、かろうじて日本が侵略されないで済んでいるのだ。
核兵器は日本にとって必要なのか?
―そう問われた時、我々<極右>は躊躇することなく答える。
「核兵器を保有するという選択肢は、もはや非現実的なものではなくなった。日本国家生存のためにはそれは避けられない道となってきた」
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