2005年09月05日

青年に告ぐ!今、若者に芽吹きつつある<極右>への目覚め!

ffc021cd.jpg
 『日本の回復』を志向する若い
 
精神こそ《極右》である。
 
政治を新しく変えるとか、政権交代とか、今回の選挙において、各政党が同じように時代の変革を訴えている。互いに相手を時代の流れに逆行した守旧派と攻撃している。
 
いったい、これははどのようなことなのか。
 
既成の政党が歴史の捉え方や政治に対する考え方を根本的に変革して生まれ変わり、日本の将来に向かって果敢に挑戦して行くというなら、そういう言葉を並べることに値するかもしれない。
 
しかし、現状はどうであろう。戦後一貫してこの国の政治を司ってきた自由民主党は本当に生まれ変わったのか。確かに小泉マジックで生まれ変わったように見せかけてはいるが、根っこの部分で何が変わったのか?
 
官僚政治の打破を叫んでいても、その実相は官僚制度の上に胡座をかき、大企業優先の経済政策を取り続けている。新階層社会の出現によって貧富の差は増々拡大し、膨大な借金によって国家財政は破綻寸前となった。
 
もう、何を言っても信じられないという不信の声が挙がっている。これをマスメディアを総動員した劇場型選挙で乗り切ろうとしているが、それは大衆欺瞞でしかない。“猫騙し解散”は民主党の非力にも助けられ、延命を図るかもしれないが、いずれ奈落の淵へと落ちる運命は免れない。
 
民主党はわれこそが政権をとれば、と考えているようだが、国民の方はそうは考えていない。そもそも民主党とは何なのか?自民党の亜流的性格から脱していない。中には市民主義とか言って国家を敵視する考えを持つ者まで存在する。
 
公明党は宗派性を潜在させて、そこから抜け出る気もなければ、抜け出せる訳もない。共産党はいまでも階級闘争だのプロレタリア独裁だのと、19世紀的次元の政治思想の虜になったままだ。
 
これらの政党のいったいどこに時代の流れを変える可能性があるというのだ。
 
では、新しい政治の変革を目指すにはどうしたら良いのか。
 
それは何も新しい政党を意味しない。既成の政党の自己変革でもない。
自民党が既得権益から離れることはない。便宜主義的な野合政党が改革ができる筈もなかろう。
 
日本の国民大衆は現在の既成政党に、心からの信頼を託してはいない。
気がつかないのは現在の政党とそれに群がる連中だけである。ここに日本の政治が抱える危機がある。
 
私が期待するのは若い世代である。彼等の持つエネルギーこそが、この日本国家を変える。どのように変えるのか、それは周辺国家から侮られないような“強い国家”へである。
 
若者一人一人のエネルギーが新国家創造運動の大衆的なエネルギーになり得るまでには若干の時は必要である。若い世代は体制内変革では納得できない、革命(維新)を志向する。
 
今若い世代はこの日本という国家に目覚めた。新しい芽生えが起きている。徐々にではあるが、その新しい萌芽が、国の至るところで、芽吹きつつある。
 
私はこの芽吹きを<極右>として結集する歴史的な国家的使命を担ったと自覚している。若者に期待してやまない。来たれ若人!
 
 
ブログランキング   ←若者のエネルギーを<極右>へ!
  

Posted by the_radical_right at 09:41 │ mixiチェック │青年に告ぐ! 

2005年09月03日

歴史を築き守った神々に殉じた若者

14bac5b5.jpg
憂国の志士、決起する!
          from京都・西本願寺
 
 人は生きている限り絶対的な存在にはなり得ない。
 いかに富や名声を得ようとも、また、いかに学問や思想、哲学を習得しようとも人は神ならぬ身なのである。
 もし我々が絶対的崇拝の対象を求めようとすれば、それは現世に存在するものではなく、何者にも侵されることのない空想空間にその対象を築く以外にないが、生命体の最高単位として、我々が住む地球とりわけ「日本」という国家・民族が究極的かつ現実的に“最高の価値観”として位置付けられるのではないか。その国家・民族の歴史を築き、守るために他国との戦いに殉じ、奉られる御霊を崇拝することは、歴史というものを通じ、自らの生命との間に連続性が感じられる以上、至極当然であろう。
 しかし、今、中国や韓国などの外圧、または内外からの圧力によってその絶対的な崇拝対象が侵され、穢(けが)されようとしている。そのような時、その国家・民族に生を受けた者として、その責務を履行しようとする者が現れたとしても不思議はない。たとえ、それが法という人為的な裁きを受ける結果になろうとも。
 
 神道思想行動団体『豊秋津島皇心会』の北崎勝史会長は9月2日、京都府京都市下京区の西本願寺阿弥陀堂(写真)に包丁や小型ガスボンベ、ライターなどを携行して突入!
「靖国神社参拝に反対する態度を糾弾する」として堂内に灯油を撒き散らすという行動に出た!

 間もなく駆けつけた七条警察署の署員に銃刀法違反などの現行犯で逮捕されたわけが、西本願寺を本山とする浄土真宗本願寺派は小泉純一郎首相に靖国神社への参拝中止を求める立場で、今年7月には真宗教団連合の一員として小泉純一郎首相の靖国神社参拝に反対する要請文を出ししており、北崎会長の行動はこれらの動きに対する抗議行動だった。
 北崎会長は同派への批判を記した声明文も持参しており、我々としても今回の義挙を全面的に支持したい!
 
 なお、新聞報道によると北崎会長は「自称右翼」などとされているが、関西の連合団体にも幹部として長らく名を連ねている。筆者も大阪にてお会いさせて頂いたことがあるが、やはり日本人としての気骨が感じられたものだ。(あり)        『世界戦研』提供
 
靖国参拝を支持する方は
ブログランキングへの応援クリックを!
  
Posted by the_radical_right at 20:47 │ mixiチェック │検証・歴史的大事件 

極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (16)

cd924d3d.jpg
国家社会主義とマルクス社会主義
 
>三郎さんへ
>旧ソ連の社会主義は「国家社会主義」ではなかったのか?
 
これは明らかに間違った認識です。旧ソ連はマルクスの唱えた社会主義から共産主義社会への移行を目指しました。これは国家社会主義の路線とは全く違ったものです。国家社会主義とは全く関係がなく、これは学説的にも論理的にも正しく、彼等が国家社会主義を主張したことは一度もない筈です。
 
彼等は国家の枠を越えた国際主義(インターナショナリズム)を理想としていましたが、彼等は最も強烈な国家至上主義者でした。この点をさして彼等を国家社会主義者と断じておられるならそれは間違いです。
 
国家社会主義者の主張するものは、マルクス社会主義者のような階級本位及び個人本位の国家思想を排し、国家と国民の共同体社会を重要視する思想です。国家なくして我々の生活はない。生活がないくらいだから、自由も幸福もないという考えであり、国家とは運命共同体であり、生死と共に国家の外に国民は存在しないというものです。
 
では、本来は国家の枠を否定していた筈のマルクス社会主義が国家至上主義になって行ったのか。それを国家社会主義と混同して論じることは間違いです。なぜならば、最初の出発点からして違っているし、国民を階級に分けて考える思想そのものが全く違うのです。
 
戦前のわが国の国家社会主義者も資本主義の矛盾を克服する手段として、国家社会主義を資本主義に対峙させました。しかし、この点に関しては否定まではしませんが、この考えは間違いであったと戦後の国家社会主義者は主張します。資本主義の矛盾というよりは産業主義そのものの矛盾と考えるべきではなかったかと思います。
 
更に<極右>の政治思想「国家社会主義」について勉強したい人は続きを見てください。
 
その前に、ブログランキングをクリック願います。
  続きを読む
Posted by the_radical_right at 16:15 │ mixiチェック │極右2ちゃんねる論争 

2005年09月02日

極東アジアの「深刻な事態」を歓待しよう!

8b40c296.jpeg
 かつて中国共産党の首脳(周恩来だったか?)が「日本の左翼勢力には注目していないが、右翼勢力の動向には注目している」と語ったことがあった。
 事実、数十万のデモ隊を動員して国会を取り巻いた我が国の左翼勢力は国家体制を転覆して共産主義政権を樹立させることは叶わなかったし、社共両党の今日の凋落ぶりからもその夢は、夢のさらに夢として遠のくばかりであることは言うまでもない。
 一方の右翼勢力はどうか。そもそも周恩来が指した「右翼勢力」とはどのようなものか。
 昨今、石原慎太郎東京都知事の発言がさらに注目を集め、より影響力を増すほどに我が国の内外は危機的な状況を呈している。保守的または国粋的な傾向が国民の間に強まっているわけだが、もしかすると数十年前の時点で、周恩来はやがて始まるであろう中国の事力増強と覇権主義が日本に「反中」を軸とした世論硬化なる反応を引き起こし、我が国に国民意識を鼓舞・扇動するオルガナイザーが出現する今日の状況を予見していたのかも知れない。そして、さらにその先をも…。
 
 このほど『新華社ネット』のニュースAFP通信は「日本の極右分子の石原慎太郎は、未来30年アジアのの中で眠る巨人は日本であり中国ではないことを述べた」と報道じた。
 かように中国共産党は石原都知事の一語一句に神経を過剰なまでに尖らせている。それほどにまで石原発言とその背後にある世論の支持は脅威であるという証左だ。
 さて、新華社ネットの記事を『マジックフィールドの日記』が「日本の極右分子の石原慎太郎氏の物議発言」と題して日本語訳を掲載していたので、ここに御紹介しよう。
 
 この地区で眠れる獅子は日本で、中国ではない。
 中国と朝鮮の核武装の脅威は日本に再びその軍事の実力を獲得するように強制するかも知れない。
 中国と朝鮮の脅威によりこの地区に緊迫(緊張)と不安定が出現し最後に日本に少しも望まないが受動的にをそびえ立つような軍事力を促すかも知れない。1つの犠牲的強大な国家になる。
 日本が再度、武士道の気骨を明らかに示す時、この地区の力のバランスは徹底的に変える。日本のこのような気骨はかつて世界で非白人の国家の近代化を実現したことに見事に現されている。
(石原慎太郎東京都知事) 
 
◇◆◇石原知事の発言を支持する方は応援クリックを◆◇◆
 
外交の基本に立ち返れ!
 他国との関わり、とりわけ外国による侵略の脅威によって変革を促されてきたのが我が国の歴史であり、それが国家存亡の摂理だ。中国と南北朝鮮による内政干渉、恫喝により我が国の民族意識が高揚するのは必然であり、むしろ民族意識とはそのように隆盛するものである以上、我々はかの国々が常々主張する「深刻な事態」というのを大いに期待してやまない。我が国が主権国家として当然の意志を貫こうとする時、中国や南北朝鮮は「東アジアの平穏を脅かす」ものとして批難する。ここで我々は“右手で握手を交わし、左手で殴り合う”という外交の基本に立ち返る必要があろう。ひたすら恒久平和と極東の安定を祈念・提唱しつつ、その一方で集団的自衛権の行使や憲法の改正など国家として当然の措置を講じたところで、それは中国や南北朝鮮から何ら批難される謂れはないはずだ。
 
 
  
Posted by the_radical_right at 16:00 │ mixiチェック │特定アジア(中国・領土) 

《極右》と右翼の相違点とその簡単な定義について。

9e9bbd62.jpeg
         朝日新聞が最も嫌い怯えるのが《極右》
 
「右翼と極右とは何がどう違うのか?教えて下さい。」最近このような問い合わせが多くなった。右翼と極右とは似ているが、その目指す方向や主義・主張にはかなりの隔たりがある。
 
今日でこそ極右という言葉はよく見かけるようになった。ネットでは右翼という言葉より極右という言葉の方がより多く使われている。特に若者は自らを極右と呼んでいる場合が多い。
 
右翼と検索すると野球やイチロウに関する記事を表示する。最近ネット右翼という言葉も目につくが、この場合はネット極右と表示しないのは、何らかの意味があるのか?よく分からない。
 
さて、日本では極右という言葉は西欧の極右政党を指す言葉として一般化しており、日本では自らを極右と名乗る右翼団体はなかった。私にしても最初は右翼、それから新右翼、そして極右と始めて正式に名乗ったのは平成4年からだった。
 
この頃私は二つの政治団体に呼びかけ、国家社会主義者同盟を結成し、不法滞在者追放の運動を始めた。東京の上野公園、新宿公園にはイラン人がテントを張って住み着き、日本人との間でトラブルが絶えなかった。このイラン人追放運動がマスコミで大きく取り上げられ、全国に放映されて極右として認知されたのである。
 
それまで日本の新聞(マスコミ)は極右と右翼という言葉を使い分けていた。例えば平成4年頃、オーストリアでナチスを擁護したとしてイスラエルなどが強く反発したハイダー党首率いる自由党の連立政権問題ではそれが顕著に示された。
 
読売新聞 「極右連立政権を承認」 毎日新聞 「極右連立内閣発足」
産経新聞 「右派連立政権誕生」 ※ただし、本文の中で自由党は「極右政党」として批判されたとの記述あり。
これらに対して天下の朝日新聞だけは「右翼・保守連立政権」と報じて、極右との記述は一切なしだった。
 
この時朝日新聞だけは極右との言葉を一切使用せず、意図的とも思えるほど右翼という文字を連ねていた。「右翼の影、募る危機感」とか「右翼連立政権への不安」というように、極右という文字は見当たらない。
 
日本では右翼といえば右翼団体を誰しもが連想する。そしてその大半は暴力団の配下もしくは影響下にある。右翼とはイメージ的には悪であり暴力団と同義語でもある。
 
つまり朝日新聞としては、オーストリアでは悪い暴力団のようなものが出て来たと言いたかったのだろう。オーストリアの自由党は右翼ではなく極右政党である。これは西欧社会では常識であり、朝日新聞以外がそう呼んでいたのが正しい名称の使い方だ。
 
ヨーロッパにも右翼は存在する。伝統的な国粋主義者で彼らは極右とは違う。オーストリアの選挙において保守党もそれなりの得票を得た。保守党は自由主義と市場経済の守る立場にある。
 
極右の自由党はこのような保守政党の支持基盤をほとんど脅かしていない。労働者階層の48パーセントの支持を得て躍進した。従来これを支持基盤としてきたのは社会民主主義者であり、それを打ち破った結果であった。
 
保守派は議席を若干減らしたもののそれ程大幅ではなかった。よって連立の相手となった。つまり極右とは伝統的な保守派とは、その支持層が全く異なっているのだ。
 
日本において保守派を代表すると自任している産経新聞が「右派連立」とタイトルの中で極右という文字を避けたのは興味深かった。朝日とは違った意味で極右の台頭を心から歓迎できない心境が垣間見えた。
 
極右とは革新的で革命を目指す勢力である。単に伝統文化を擁護するものとは違う。これまでは左翼を支持してきた人達を飲み込んで大きくなっていくのである。
 
これはかってのドイツのナチスやイタリアのファシズムとそっくりである。これまでの右翼・保守派とは明らかに違う存在であるからこそ、世界は衝撃を受けハイダー党首の政権入りに圧力をかけ潰したのである。
 
日本には真の意味での極右政党や団体は存在しない。ただネット上で自らを極右と名乗る若者が急速に増加している事実がある。私も極右団体を結成するのは時期尚早と考えている。自らを極右と思う人達に呼びかけることから始めたい。緩やかなる個人の連帯である。私のブログは個人・個人を繋ぐ役割を担って行きたい。
 
日本に<極右>の台頭を恐れる朝日新聞は「極右」を意図的に隠し、極右と右翼の相違点をわざと伏せて、ヨーロッパに何か悪い風潮が広まっているかのような、誤った認識を植えつけるのに必死だった。
 
そこには新国家創造運動を唱える<極右>台頭への朝日新聞の怯えが隠されている。その怯えを現実のものとすべく我々<極右>は闘う!
 
ブログランキング   ←朝日新聞を恐怖させるクイックをどうぞ!
  
Posted by the_radical_right at 08:04 │ mixiチェック │我々の闘いの軌跡