2006年04月04日
金丸顕彰碑に反吐がでる!
金丸顕彰碑で思わず反吐が出た。
国民は北朝鮮問題を忘れてはいないぞ!
昨日、東京新聞を読んだらムカつくような記事を目にした。かつて自民党竹下派の会長だった故金丸信自民党副総裁の顕彰碑の除幕式が2日、山梨県の南アルプスで開催されたという小さな記事だ。
金丸信といえば、ゼネコンからの巨額ヤミ献金と脱税で逮捕され起訴されたわけだが、何といっても1990年9月北朝鮮に社会党の田辺誠副委員長と一緒に訪問し、金日成と会談。よりもよって「戦後の両国関係に関する補償と謝罪」という常識では考えられないことを口走ってしまったことを忘れる事ができない。
この金丸の一言で調印された自民、旧社会、朝鮮労働党の3党共同宣言で、日本政府の想定していなかった「戦後45年間の償い」が盛り込まれ、これが政府間交渉の障害となり続けた。
北朝鮮は力のない社会党や外務省より、自民党の実力者と話をした方が早いと考えたのだろう。権限も資格もない政治家が勝手に約束し、外務省は交渉に枠をはめられてしまった。
今更死んでしまった人間を批判しても仕方がないと思うが、そのような経緯を知っていながら、顕彰碑を建てるとは考えられないことだ。これから行動右翼に赤いペンキでもかけられないようにしっかり警固しなければなるまい。
さて、この式典に日歯連から橋本元首相に渡った一億円小切手事件の席にいた青木幹雄参議院会長と引退した野中広務元幹事長が出席した。現在、青木・野中両氏は犬猿の間柄となっている。
野中氏は挨拶の中で「狂ったような首相の下ではバッチをつけているのも恥ずかしいので外した」と現在も現職の青木氏に当て付ける言葉を吐いた。かつては鉄の団結と言われた旧竹下派ももう見る影もない。
しかし、共産中国にしてもこの北朝鮮にしても、つけ上らせてしまったのは、田中−竹下−橋本の流れであった。このような政治家は今責任を取ることもなく、このような恥ずべき行為を行っている。まったく許せないことだ。
野中氏のインタビューで忘れることができないシーンがある。小泉訪朝で初めて北朝鮮の指導者が日本人拉致を認めた直後のテレビでのインタビューである。
質問者
「野中さん達は北朝鮮に行かれた時に、この日本人拉致問題を話ししなかったのですか?」
野中
「やりましたよ、互いに机を叩き合うほどの議論をしました」
皆さん、笑いましたよね。では、何故そのことを黙っていたのか?
相手が認めてから、初めて お話するって…何かへんですよね。
この橋本、青木、野中の三名を一日も早く日歯疑惑で証人喚問に引き出すべきだ。
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2006年04月03日
SONYよ、日本に帰れ!
ソニー中国工場の日本人社員が淫行写真で晒し者
『2ちゃんねる』などでは以前から話題になっていた、SONY(ソニー)の中国駐在社員が、カラオケで中国人女性と淫行三昧という写真掲載問題がある。
これは全裸の中国人女性と中国工場に勤めるソニーの日本人社員が、カラオケで乱交まがいのことをしていると名指しで中国の掲示板に晒されている。今でもこのサイトは閉鎖されてはおらず、見る事はできる。
ただ、この『極右評論』には、これまで中学生や高校生という青少年もコメントを寄せたことがあるので、この卑猥な写真が掲載されたサイトのアドレスはここで紹介しません。
盗み撮りされたような写真であることは違いない。
この問題を取り上げたのは、真意のほどはともかくとしても、これが日本の一流企業のサラリーマンの姿として、ネット上に長い期間に渡って放置されていることだ。反日感情を煽る目的でなされているのだろうが、中国当局もこれを取り締まらない現実がある。
この写真は日本企業のイメージを著しく損ねてはいるが、中国にとっても恥ずべき国辱写真だろう。全裸の二人の女性が半分裸の日本人とされる男性の股間に手をやって弄ぶ姿は、どう見ても女性の側から積極的にしているとしか見えないからだ。
このソニーが現在中国で起こしている問題があり、これに関連しているのかもしれない。
http://stock.searchina.ne.jp/news/disp.cgi?y=2005&d=1219&f=business_1219_004.shtml&type=news
さて、今回はこのくだらないハレンチな事件を紹介するためにわざわざ書き始めたわけではない。
私はかつてソニーという企業に戦いを挑んだことがある。―と言っても商売上のことではなく、ソニーが進めてきた「無国籍化」という企業戦略に対する糾弾であった。
私はジャーナリストとして、また国家社会主義思想家として、一企業の利益とは国益のキャパシティを超えてはならない、という思想・信念を持っていた。対してソニーなる会社は、「それなら日本を捨てる」と最初に言った会社である。
昭和60年代の初め、急成長を遂げたソニーは急速な円高などに対処するために、海外に出て国を離れると表明した。盛田昭夫会長や大賀典雄社長(当時)はそう言って憚らなかった。
そして私の地元・福島においてソニーのウォークマンを発明した黒木靖夫本部長の講演会が開かれた。その題名は何と「本当の国際化と無国籍化」となっていた。
利益を追求するためなら国をも捨てる―、この考えに多くの日本人は今でも疑問の声を持っているのではないか。私はソニーの会社で役員やこの黒木氏と面談して自説を述べた。
「これまで、あなた方が日本政府や通産省の庇護のもとで、どれだけ外国への輸出や輸入で便宜を与えられてきたのか。どれだけ外国からの攻勢から逃れ、国内での需要を伸ばすことが出来たと思うのか。現在、日本の国家のこれまでの保護政策が対日批判の原点になっていることを知らぬはずはあるまい」
「日本が国内企業を国策として育てて来たのに、自立した頃になって、国を捨てれば良いとは、国民の一人として許せない気持ちで一杯だ。個人は国家に帰属している。それは好き嫌いの感情や選択とは別次元の現実として受け入れなければならない」
「国家に帰属していたくないなら、速やかに脱国家=個人で言えば棄民への自覚的行動に移るべきであろう。企業ならば同じようにそれを宣言すべきである」
ソニーは一日も早く日本国家に対する「借り」を返して、脱国家宣言をせよ!と私は幾度もソニーに足を運び迫った。彼らの最後の言葉は私の怒りを静めるものであったことは言うもでもない。
ソニー社員は私にこう言った。
「瀬戸さん、私たちは日本人です。ソニーも日本の企業です。それを忘れることはありません」
今、私はソニーに言いたい。
「ソニーさんよ、日本に帰って来なさい。我々日本人はあなた方を温かく迎えますよ」
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2006年04月02日
橋龍の黒書 「変節の過程」
橋本龍太郎の汚れた政治経歴書
橋本龍太郎元首相の顔写真をもう一度出したくはなかったが、この男について再度触れないわけにはいかないだろう。多くのブログで今回の共産党の機関紙・人民日報に掲載された彼の共産中国ベッタリの発言が紹介されている。
そこでそれとは違った角度から論評しようと思う。
いつ頃からこの政治家が醜く変節し、国を平気で売るような腐った人間になってしまったのか…。かつては遺族会の会長も務めていたはずの男だったのに。私はどうしてもその点が気になって仕方がなかった。
そこでこれまで書き記してあるノートを見ながら、その変節に迫って見ることにした。時は平成6年4月に遡る。細川連立政権の崩壊で、羽田内閣が誕生したが、小沢氏の強引なやり方で社会党が離脱し一挙に流動的になった頃である。
平成6年5月、永野茂門法相の「南京大虐殺などなかった」発言が、社会党や当時の河野洋平自民党やマスコミの集中放火を浴び、ついに永野法相は辞任に追いこまれてしまう。
この時、水面下では自民党の野中広務や橋本龍太郎らが、社会党を抱き込んで政権返り咲きを画策していた。社会党は永野発言を捉え、ここぞとばかりに日本がアジアに与えた「侵略戦争被害」を調査する特別委員会の設置を自民党に呼びかけた。
この呼びかけに当時の自民党の橋本政調会長が乗ったのである。
「拒否する理由はない」というものだった。これまでの思想信条を全く放り投げたような発言に当時、私は非常に驚いたことを今でも忘れないで覚えている。
なぜ驚いたかと言えば、この「侵略戦争被害調査委員会」にはアジア諸国に与えた戦争被害だけでなく、西欧諸国や米国も含まれていたからだ。これには伏線があった。細川首相時代に英国のメージャー首相が来日。その時に連合国側の民間人補償問題が話し合われていたのだった。
少なくとも、日本は西欧列強のアジア侵略に立ち向かい、そのことで多くのアジアの植民地が解放された。このことを先の大戦の大義として掲げていたはずだった。収奪され独立心を奪われたアジアの民衆を覚醒した、その誇るべき功績を否定したのである。
オランダや英国はアジアを植民地としていた。そのために多くの西欧諸国の会社が存在したが、その民間会社の損害まで日本が補償するという驚くべき調査が正当化されようとしたのである。
橋本氏はこのような民間会社への補償を提起するような調査委員会に「問題ない」と発言した。これは自社連携への模索の中で行われたわけだが、この辺りから橋本氏は靖国神社の英霊に背を向け始めたのであった。
このような人間を中国共産党が放っておくはずがない。共産主義の女性工作員とねんごろになって、国家を売り渡してしまうのにそう時間はかからなかった。
侵略戦争なら、欧米こそが本家なのに、そのことも考えずに己の政治家としての野望から、全てをかなぐり捨てた男―、それが橋龍という男の正体なのです。一億円の小切手をもらっても覚えていないという男はどのような人間だったのか、再度検証してみました。
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