2006年04月26日
盧武鉉の屁理屈 「日露戦争は韓国への侵略戦争!」
歴史を捏造する韓国・盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領
世界史の偉業を全否定(日露戦争)
今回の韓国・盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の談話の中で、一際異彩を放ったのは次の言葉だった。
「日露戦争は韓国に対する侵略戦争だった」
彼の詳しい国民に対する説明など聞きたくもないが、日露戦争を遂行するにあたって竹島を日本軍が侵略し占拠したからだと言うのだ。その内容を紹介しておきます。
尊敬する国民のみなさん。
独島はわれわれの領土です。ただわれわれの領土というだけでなく、特別な
歴史的意味を持つわれわれの領土です。 独島は日本の朝鮮半島侵奪過程で最も先に併呑(へいどん)された歴史の地です。 日本が日露戦争中に戦争遂行を目的に編入し占領した領土です。
日露戦争は帝国主義日本が韓国に対する支配権を確保するために起こした
朝鮮半島侵略戦争です。 日本は日露戦争を口実に韓国に軍隊を上陸させ、朝鮮半島を占領しました。 軍隊を動員し、宮廷を包囲し、皇室と政府を脅迫し、韓日議定書を強制的に締結し、 土地と韓国人を思うままに徴発し、軍事施設を設置しました。わが国土で一方的に軍政を実施し、後には財政権と外交権すらはく奪し、われわれの主権を蹂躙しました。
日本はこうした中で独島を自国領土に編入し、防塁と電線を架設し、戦争に利用した のです。そして朝鮮半島に対する軍事的占領状態を継続しながら、国権をはく奪し植民地支配権を確保しました。
この日露戦争を引き合いに出しての「日本侵略史観」は彼なりに練りに練ったものなのだろう。古く歴史を遡っても竹島の自国領土を実証する手立てに乏しい。また、日韓併合後や日本の敗戦後の実効支配についても、理に適った主張が展開できない。
となればと思いついたのが、「日露戦争は韓国に対する侵略戦争だった」という論法である。確かにこれなら大国ロシアも味方につけられるかも知れない―と思ったのだろう。
しかし、これはあまりにも軽薄な思いつきで、彼は思わぬ陥穽へ足を滑らしてしまった。日本がロシアを相手にして戦った日露戦争は世界史的にも偉業として、世界の多くの国々がこれを正しく評価している。
それらの国に対してまで、韓国は自ら評価を落とす愚挙を犯してしまったのである。これはもう取り返しのつかない国辱的発言として、後世の歴史家から物笑いの種にされることだろう。
ロシアの植民地や侵略の脅威にあった北欧諸国やトルコなどの国においては、日露戦争における日本の勝利は高く評価されているのです。東洋の小さな国が白人の大国を打ち負かしたという偉業は、一人日本だけでなく世界中の人から讃えられたことでした。
中国の近代化についても日本の日露戦争における勝利が大きな影響を与えた。日清戦争後より中国人留学生や独立活動家が日本に亡命した。その数は日本が日露戦争に勝利するや1万名を突破した。
その中心となったのは中国革命の父と云われた孫文であり、彼は日本がロシアとの日本海海戦に勝利したと聞くや、直ちに中国からの留学生を集めて「中国革命同盟会」を結成、支那大陸へと渡航して革命に決起した。
日本が大国ロシアに勝利し、満州の権益を譲り受け、朝鮮半島における日本の優越権を認めさせた。確かにこの後、韓国は日本に併合されることとなる。
だから、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は「日露戦争は韓国に対する侵略戦争だった」と国民に向けて断じたのである。日露が戦うことになったのは、義和団事件に乗じてロシア軍が満州に侵攻、その後居座り続けたために、日本はロシアの更なる南下を食い止めるために戦ったのである。
もし、当時の韓国がこのロシアの侵略を食い止めることが出来たならば、日本はロシアと戦う必要はなかった。もう、韓国の歴史認識は日本と180度も違う。
共通の歴史認識を共に作ろうなどと呼びかけてきた日本の識者は、今回のこの「日露戦争は韓国への侵略戦争」史観に何と答えるのか?
今すぐにでも答えて頂かなくてはなるまい。偽善者は常に歴史の前に敗北する。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の更なる悪あがきを楽しみの待ちたい。
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私の弟子が「極右」の活動家になった当時の経緯を書いています。興味のある方は応援してやって下さい。今はNPO団体などで頑張っています。
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/50381630.html
2006年04月25日
真っ青・中川政調会長、面子丸潰れ!
恥を晒した外務省と中川秀直政調会長
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は25日、韓日関係に対する特別談話文を発表し、日本が独島に対する権利を主張しているのは帝国主義侵略戦争による占領地の権利、ひいては過去の植民地領土権を主張するものだと強く批判した。
また、国民にとっては独島が完全な主権回復の象徴であり、日本が歴史を美化しそれに基づいて権利を主張する限り、韓日間の友好関係は決して成立しないと指摘し、どのような経済的な利害関係も、文化的交流もこの壁を溶かすことはできないと強調した。
先の独島周辺海域での日本の海洋調査と関係しては、排他的水域の境界が合意されていない状態で、日本が韓国側海域の海底地名を不当に先占しているもので、これを正していこうとするのは韓国の当然な権利だと主張した。
その上で、独島問題もこれ以上「静かな対応」で管理することはできない問題になったと述べ、物理的な挑発に対しては、強力かつ断固とした対応していくとの考えを鮮明に打ち出した。
また、そのためにはどのような費用、犠牲を伴ったとしても、決してあきらめたり妥協することはできないと述べた。
他のブログでも取り上げているが、ここまで言われたら、この問題をまた取り上げない訳にはいかないだろう。この問題で外務省の役人は次のように答えていた。
「日韓両国が領有権を主張する竹島周辺の海底地形の名称について共同調査して情報も共有し、名前を両方で話し合って国際的に確立するのが望ましい」と共通名称の提案を検討する考えを示していた。
自民党の中川秀直政調会長に至っては、23日の民放テレビ番組で、竹島周辺海域の海洋調査を めぐり、日韓が対立した問題に関連し「海底地形の命名問題から今回の騒ぎが始まっているが、共同で研究して、一つのチームとして命名作業をする発想があってもいいのではないか」と述べ「海底地形を日韓が共同で命名することを検討すべきだ」との認識を示した。
日韓両国が外務次官の会談により、最悪の事態を回避したことについては「話し合いで意見の相違を乗り越えたのは、災い転じて福だと思う」とも評価していた。
今、この盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領のテレビでの特別談話を聞いても、なお「共通名称」に拘るとしたら、日本の外務省や中川政調会長には何と申し上げたら良いのか、その言葉さえも浮かんでこない。
この中川政調会長だが、在日のパチンコ富豪の結婚式にノコノコ出て行くような人物で、とかく在日の人脈とは係わり合いが深い。 盧武鉉大統領の演説を改めて読み直すと、この人物の思慮のなさがうかがい知れて、気の毒に思える程だ。
今回、盧武鉉大統領は在日社会を代弁するような政治家の面子を丸潰しにしてしまったのだから、これはある意味で痛快なのかも知れない。
世界中の何処の国の政治家に、自国の領土を相手方と一緒になって名前をつけるなどという馬鹿げた話をする人がいるだろうか?聞いたことがない。もう、そのような発言自体が相手をつけ上がらせるだけだという事が理解できなかったのだろうか。
中川政調会長には在日との関連で様々な疑惑が囁かれてきた。これまでも在日韓国人系信組「近畿産業信組」が、中川秀直議員パーティー券を大量に販売代行していた事実が判明している。なぜ、これ程までに中川議員を組織的に応援したのか?買わされた一部の人の間では「仲間だから…」との意味不明な説明があったと云われる。
在日朝鮮人人脈と密接な関係にある自民党の代議士は勿論彼だけではない。選挙期間中に「朝鮮人だ!」などという怪文書を撒かれた人もいた。実に日本の政界は魑魅魍魎として不可解千万である。
http://blog.livedoor.jp/central_press/archives/50010080.html
この亀岡偉民氏が設立した「アジア刑政財団」には法曹関係者がキラ星のようにいるが、なぜか胡散臭い在日の実業家も多い。また二階堂ドットコムは次のように指摘していた。
「私が注目するのは、財団の評議員に名前を連ねる男だ。「大阪経済法科大学」の教授であり(この大学の幹部は工作員)左巻きの朝鮮人でNHK上がりの売国奴である吉田康彦である。」
http://blog.livedoor.jp/central_press/archives/50308390.html
ライブドアも在日とは深い関係があり、闇マネーが流れていた。
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支那と朝鮮から退け「新戦略を求めて」��
アジア外交戦略はいかにあるべきか!?
北進論を捨て南進論に舵を切れ!
朝日新聞の「新戦略を求めて」によれば、近代日本の掲げた基本政策は明治維新以来の「富国強兵」であり、これは当時の国家目標とも国家戦略とも言えるものだったろう―としており、その背景には欧米列強の脅威があった―と述べている。
この点については全く異論がない。ところが、ここからはまるで180度違ってくる。すなわち「富国強兵」の政策で自ら列強の仲間入りを狙い、日清・日露戦争を経て、「国家目標」「国家戦略」を帝国主義、侵略戦争へと進めたと結論付けている。
日本が自ら西欧列強のように植民地を求めて、積極的に侵略戦争への道を突き進んだというのは、あまりにも一方的な主張であり、それはまさしく共産中国や韓国、北朝鮮の主張と重なるものだ。
西欧列強のアジアへの侵略・植民地化の中で、我が国だけがその手から免れた。しかし、そのような日本に対して西欧諸国は封じ込めの政策を採り出した。とりわけ米国は日本に対する圧力を強め、日本は民族の活路を南太平洋に求めて米国との戦争が不可避の状況へと追い込まれた。
また、支那大陸においてはロシアの共産主義革命により、強力な共産党独裁のソビエトが誕生。日本はこのソビエトの脅威に晒され、尚且つ毛沢東の共産軍や米国の支援を受けた蒋介石軍と戦わねばならなかった。
この大東亜戦争を一方的な日本の侵略戦争であり、その戦争が実は明治維新以来、日本が掲げた「富国強兵」という国家戦略であったとする考えには同意できない。そのような左翼デマゴーグの「侵略史観」に立つ限り、新戦略を求めたところで、雄偉なる戦略思考に到達することは出来ないだろう。
さて、ここまでは釈迦に説法なので、ここでは戦前に唱えられた北進論と南進論の戦略を考えながら、これを将来の日本に生かす一つの選択肢として検証を試みたい。
戦前の軍部には陸軍の唱えた北進論と海軍の唱えた南進論があり、この対立が後々まで響いて、それが日本の敗北になったという意見がある。確かに力を分散すればそれだけ弱点が現われるわけで、これは間違いとは言い切れない。
ところで、そのことは当然当時の軍部も分かっていたはずであり、では何故そうなってしまったのか?
陸軍、海軍の派閥対立だけでは説明がつかない。やはり、そこには日本にしっかりとした戦略的思考がなかったためではなかったのか。
戦後の日本社会に比べれば、戦前は国家目標が明確であり、戦略もあったと言われるが、実はそれは現在の日本と比較した時に言えることであって、それは一本化されたものではなく、バラバラであってとても「国民の総意」に基づく戦略とは言い切れなかった。
この南進論と北進論は日清・日露と密接に関わる。日清戦争の勝利で台湾の割譲を受け、日露戦争によって満州の権益を譲り受けた。また、日清戦争で敗れた清国は朝鮮半島(韓国)への宗主権をこの時、放棄している。
この二つの戦争の勝利によって日本は南と北への生存圏の拡大の道が開けたのであった。しかし、この二つを同時に抱え込んでしまったことで、戦略に迷いを生じることになった。
ある学者はどう見ても無謀なこの北進と南進を日本が同時に進めたのは、日本人のルーツにあると分析した。すなわち大陸から渡ってきたモンゴル系、或いは南洋から来たポリネシア系、この相反するルーツのおかげで深層心理の中に無意識に二つの選択をさせてしまったという説だ。
このような学説は信じても良いし信じなくても構わないと思いますが、現代においてもまた同じような選択を無意識にしているとなれば大きな問題です。政治的には支那大陸や朝鮮半島よりは南アジアや西アジアに既に関心が移っています。
しかし、左翼勢力や経済界は支那大陸や朝鮮半島にのめり込んでいる。かつて戦前に見られた北進論と南進論の同時進行の戦略が破綻したように、今、日本で起きている政治的関心(南進)と経済的野心(北進)が同時進行の状況を放置すれば、またもや日本の敗北は免れないと思うのです。
結論を申し上げれば、支那大陸と朝鮮半島への日本企業の経済進出を制限し、また人の出入りの制限も行なうべきで、日本は南進論に大きく舵を移す国家戦略を構築すべき時と思います。
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