2007年02月26日
「同質的国家」発言を断固支持する
「同質的国家」発言を支持する!
「日本は同質的な国」「人権メタボ」と文科相発言
伊吹文部科学相は25日、長崎県長与町で開かれた自民党長与支部大会で、「大和民族が日本の国を統治してきたことは歴史的に間違いない事実。極めて同質的な国」と発言した。「教育再生の現状と展望」と題して約600人を前に講演し、昨年12月に改正された教育基本法に触れて「悠久の歴史の中で、日本は日本人がずっと治めてきた」とも語った。
同法の前文に「公共の精神を尊び」という文言が加わったことについては、「日本がこれまで個人の立場を重視しすぎたため」と説明。人権をバターに例えて「栄養がある大切な食べ物だが、食べ過ぎれば日本社会は『人権メタボリック症候群』になる」と述べた。
2007年2月25日(日)21:23
今朝のテレビ朝日のスーパーモーニングを見ていたら、このことに関して朝日新聞のキャスターが、「問題発言である」と述べていた。何が問題なのか?
1.同質性ということについて、問題があると語っていたが、明確に同質性については触れなかった。
2.人権をバターに例えて説明していることが人権軽視ということらしい。またバターを食べている人に失礼ではないか―そう言うことも述べていた。
この二つの点をしゃべっていたが、これでは何が問題なのか、さっぱり分からない。共同通信が配信したのだろう、地方紙にも記事が載っていた。
日本民族が極めて同質性の強い、まとまった民族であることは「単一民族国家」と称されることでも明らかである。最近、この「単一民族国家」という言葉も使えなくなってきた。
政治家がこのような言葉を使うと必ずマスメディアが問題にする。この件についてはこれまで何度か触れてきたので今回は触れない。今回はこの「同質性」という言葉について考えてみたい。
今回改めて同質性という言葉をネットで検索して見ました。そうしたら次のような文章が見られました。
「ベトナムは、人口7千万を擁する大国だ。そして、9割以上を同一の民族で占める、世界でも稀な同質性の高い国である。��人口5千万人以上で、最もホモジニアスな単一民族国家は、世界の中でも韓国と日本だけで、これは経済成長に都合がいい�瓩蛤監�誠三郎教授が述べていた。ベトナムもこれに近いものがある。
同質性の高さは重要だ。道を歩いていても、安心感がある。治安の面で絶対的に有利だ。違う言語を話していたり、肌の色が違ったりすると、それだけで不安だし、偏見から犯罪も起こりやすい 」
誰が書いたものかまでは調べられなかったが、極めて常識的な正論ではないか。この文の中に紹介されている佐藤誠三郎先生は、東大の学生時代はマルキストで、後は保守派の論客として有名な方である。
「同質性」が高いということは現実を正確に言い表わしているわけで、これは何の問題もない言葉である。世界の多くの国でもそれは認めており、逆に何故にこの「同質性」という言葉を問題にするのか質問したい。
次にバターに例えた話についてです。人権を過度に主張して、そればかりを重要視してしまうと、メタボリック症になるという例えは間違ってはいないでしょう。
正常な身体を異常にしてしまう病気として、メタボリック症ということが最近話題になっています。過剰な栄養摂取が原因ということになりますが、人権も必要以上に社会が許容することになれば、正常な社会が崩れることになります。
個人主義の横行に歯止めをかけ、自由放任な社会に規律を作って行くことは必要でしょう。そのことに言及することの何が問題なのか。マスコミは国民の連帯を破壊しようとしているとしか思えない。
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「二・二六事件」について
二・二六事件の青年将校の心情を今に継ぐ!
祖国再興への誓いとは
二・二六事件の今日的意義を考える!
今日は2月26日です。私はこの日はどうしてもニ・二六事件を思い出してしまう。今日のエントリーは維新政党・新風とは関係がありません。また「新風連」の仲間の考えとも違うでしょう。
これは『極右評論』の意見として読んで頂きたいと思います。
最近「低学歴批判」「前科前歴批判」など、私に関する批判が2ちゃんねるなどで相次ぎました。
中には維新政党・新風もそうであるかのような書き込みがあって、ご迷惑をかけてしまっています。前回の参院選に出馬した新風の方々の学歴は東大、同志社大、防衛大、早稲田などそうそうたる高学歴の方々でした。
ましてや、私のように若い頃のこととはいえ、司直の手を煩わせるような方はおりません。私が応援することで逆に迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないと思います。
本日書くエントリーについても、2ちゃんねるなどでは、相当な批判の声があがるのではないかと覚悟しています。しかし、私はこの2月26日は、どのような批判を受けようとも、この問題を避けることはありません。
それは自分たちの思想信条として、国家社会主義を掲げ戦後における、その正統なる後継者であることを宣言している“異端の右翼”である以上、これに触れないわけには行きません。
多くの国民は明治維新を日本の近代化の幕開けを告げたものとして高く評価しています。その点は国民共通の認識ではないでしょうか。しかし、明治維新は評価しても昭和維新を評価する人は極めて少数です。
我々は現在“平成維新”をネット上で呼びかけていますが、私の頭の中では明治維新−昭和維新−平成維新とは一本に繋がるもので、決して分断されたものではありません。
明治維新のことには触れないで、まず昭和維新について考えてみます。実はこの昭和維新の前に“大正維新”という名称がありました。明治維新はそれで終わったわけではなく、第二維新を求める声はその後も続きました。
明治維新を未完成と捉え、あるいはこれを中途の挫折として、更なる運動によって、これを完成させようとの考えが第二維新の道でした。これを理論的に主張したのが国家社会主義者達であったのです。
大川周明博士はこの第二維新を「興民討閥」の中で次のように述べていた。
「明治維新の破壊的一面は『倒幕』の一語に尽き、その建設的なる一面は『勤皇』の一語に尽きた。大正維新においては倒さなければならないものは、黄金を中心とする財閥であり、興すべきものは国民である。すなわち『興民討閥』でなければならない」
この論理は大川博士だけではなく、在野の革命家・北一輝や多くの国家社会主義者共通の認識となり、その思想的影響は当時強力な力を持ちつつあった軍部の青年将校に浸透して行ったのです。
これから先は昨年の2月26日のエントリーとダブりますが、まだ見ていなかった方はお読みください(肩書等は当時のもの)。
今から70年前の祖国日本において、陸軍の青年将校らによる軍事クーデター事件が起きた。彼らは「昭和維新」「尊皇討奸」をスローガンに蹶起し重臣を殺害、首都の中枢部を4日間に渡って占拠した。
雪が降りしきる中、首相官邸、警視庁、朝日新聞社などが次々に襲撃された。当時の国民に大きな衝撃を与えたであろうこの事件は、首謀者達が「逆賊」とされ叛乱は鎮圧された。
後に2月26日に起きたことから「二・二六事件」と呼ばれるようになったが、この青年将校らの蹶起は国家革新を求めての行動であった。当時の我が国の社会情勢はこのブログの『反中国講座』で書いている満州問題が深刻さを増して行く頃であった。
この事件の約一年半後には日中戦争から日米決戦に至る戦争のきっかけにもなった「廬溝橋事件」が起きた。日本史の中ではこの事件は暗い軍国主義の幕開けとなった事件であり、戦前・戦後を通じてこれを肯定的に捉える人は皆無に等しい。
現代社会においてこの二・二六事件をどのような視点で見ていけば良いのか?その意義を今日的に評価する意味があるのか?確かに民主主義や平和主義が国家の基本理念とされている中で、この暴力的手段を行使した国家革新の叫びは肯定し難いものがある。
自由があり豊かさを全ての国民が享受できている中で、このような急進的な考えは国民の理解を得られるものではないだろう。しかし、多くの国民がそのように考えている中でも、我々はこの青年将校については過去のブログにおいて、その心情に理解を示してきた。
例えば民主党の前原党首が「中国脅威論」を唱えたり、野田国対委員長が「A級戦犯存在せず」と語ったことに対して、旧社会党の横路元北海道知事が「彼らはまるで青年将校のようだ」と批判した事がある。
我々はこの時、「我々《極右》は�狆赦属歐鍬瓩魴任欧瞳莎�した青年将校を評価する」と題して次のように書いた。
そもそも昭和維新とは何であったのか?
「資本主義の富は一部に偏り、全国民に公平に分配されず、一方に黄金大名的な財閥の存在があるかと思えば、地方においてはその日の生活に困る農民、労働者があった。農民の子女は遊郭に売られ社会にはそれを糺す道理がない」
だからこそ、彼らはその不条理に憤激し毅然として起ったのである。
今日の日本と、昭和初期の経済人の心の荒廃にどれほどの質的違いがあるのか…と我々は問いたい。中国人民解放軍に無人ヘリを輸出したヤマハ発動機のような利己的な経済人を見ると、その思いは強まるばかりです。
我々に対する批判が強まる中で、それに迎合する右翼陣営からの批判も出始めた。「しょせんはネット右翼に過ぎない、あいつらには何もできない」というものだ。右翼もまた我々《極右》を好意的には見ていない。
しかし、我々はこのような声を一切無視する。国家社会主義思想や《極右》というものは打算的な思想ではない。そこには思想的純粋性を秘めている。
我々《極右》が現在、参院選挙において、新風を応援するのもそのためである。純粋に国家を思うが故に我々は応援しています。選挙で我々の力を示して行きたい。
今、日本に極右が抬頭することを示すことが、どれほど反日勢力に威圧となるかは歴然としています。極右抬頭の空気は必ずや彼ら売国奴に威圧感を与え、財界やマスコミなどにも強い警告となるのです。
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2007年02月25日
「従軍慰安婦米議会」問題
捏造・
従軍慰安婦問題
産経WEBの記事を全文紹介します。私も農作業に出る前にフジテレビの『報道2001』を見ました。日系何世かは知りませんが、非常に腹立たしく思った。しかし、このホンダ議員が何度も口にした「日本はこれを認め謝罪したではないか」という言葉にこの問題の深刻さを痛感した。
【ワシントン=古森義久】米国の議会の活動を研究する民間機関の代表が、下院に提出されたいわゆる従軍慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議案に対し、米国の傲慢(ごうまん)さを示すばかげた試みであり、そもそも米国側に日本政府を断罪する管轄権はないとして、同決議案の趣旨と提案者の議員を批判する論文をこのほど発表した。
1977年に設立されて以来、草の根の保守主義運動と結びついて連邦議会の動向を研究しているシンクタンクの「自由議会財団」のマリオン・ハリソン所長は20日、同財団のウェブサイトに「愚かさは議会の責務か」と題する論文を発表し、議会下院にカリフォルニア州選出のマイク・ホンダ議員が中心となって提出した「日本軍が第二次大戦中、若い女性を性的奴隷へと強制したことに対し現在の日本政府がそれを認め、謝り、歴史的な責任を受け入れることを求める」とする決議案を「宣伝を狙った米国の傲慢さの無意味な示威だ」と批判した。
同論文は同決議案がばかげている理由として(1)米国の政府も議会も日本政府への管轄権を持っていない(2)日米関係への悪影響(3)米国議会は税制、移民、ミサイル防衛、社会福祉など、その管轄下の取り組むべき重要課題があまりに多い(4)同趣旨の決議案は議会の前会期に失敗している(5)日本の首相が2001年に慰安婦問題で謝罪の書簡を出している−などという諸点をあげた。
同論文は背景として「人類2000年以上の歴史で政府や軍隊は数え切れないほどの悪事を働いてきたが、そのうちの特定のいくつかだけを取り出して糾弾することは他の悪事の重みを軽くするという危険につながる」と述べる一方、日本のいわゆる慰安婦も悪事だったとはいえ、「その計画を実際に進めた当事者たちはいまもう生存していない」と論評した。
同論文はまた「憲法上の議会の役割は自国のための立法措置であり、上下両院いずれも外国の主権国家に対して歴史上のミスを公式にどう償うかについて意見を押しつける立場にはない」と主張し、さらに「だれも祖先の間違った行動に対して責任をとらされることはない。そうした責任を求めての謝罪要求は愚かであり、とくに友好的な外国の政府に向かって歴史上のミスに関しての謝罪方法を教えるというのは愚かを越えている」と述べた。
同論文はまた同決議案を提出したホンダ議員について「外交問題での体験がなく、軍務に服したこともない」などと批判した。
筆者のハリソン氏は1960年ごろからワシントンを拠点として活動してきたベテラン弁護士で、議会ウオッチも過去通算30年ほど、続けてきた なお下院外交委員会のアジア太平洋小委員会は日本非難のこの慰安婦問題決議を審議するための公聴会を2月15日に開いた。
(2007/02/25 00:28)
http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070225/usa070225000.htm
MIXIのマイミクであり、私の主宰する「コミュニティー・匿名保護」の副管理人でもあるしきしまさんが、今朝の報道2001の様子をUPしています。長くなりますが紹介します。
本日のフジテレビ「報道2001」で、あの米下院での従軍慰安婦決議案の元凶、日系三世マイケル・ホンダ氏が生放送で問答していました。
米下院の従軍慰安婦問題の決議案で日本政府に対して
・事実の認知と謝罪
・首相の公式謝罪声明
・若い世代への教育など
を求めている。
麻生外相の国会での答弁「客観的な事実に基づいておりませんので、はなはだ遺憾に思っております」
1996年以降8回米下院に提出されたが全て廃案になって来たが、今回は決議されそう?
「以下、フジテレビとマイケルホンダ氏の問答」
マイケル・ホンダ:(決議案の動機について)反日の決議案ではない。あくまでも和解、平和という事を意識した決議案という事を強調させて下さい。
日本の首相に対して謝罪という事ではなく、政府を代表して謝って欲しいという事です。 これまで個々の総理大臣、個人レベルでは遺憾の表明をして、それはすばらしい、只、日本政府が皆日本のプレスを通じてきちんと陳謝して欲しい。それを私は狙っている訳です。
フジ:「河野談話(1993年)
(いわゆる従軍慰安婦の方々に対して)
心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。」 と、はっきりと言った。その後も総理もこの談話を踏襲して、ことある事に反省とお詫びの気持ちを言っているがこれではダメなのか?
ホンダ:日本政府のプロセスとして正式にきちんと陳謝する、このプロセスが重要であると思っています。 総理大臣だけでなく、国会を通じて、そして総理大臣を通じてというプロセスが重要であると考えています。 総理大臣のこの陳謝云々というよりも、もっと重要なのは、少し発言させて下さい。
河野当時官房長官が確かに、このお詫びという気持ちを伝えてくれました。 しかしそれ以後、議員の方々はその声明の内容を変えようとしている。 どうしてその様な行為をしているのか分かりません。 本当の意味で心から謝っていないのではないかと、私は考えています。
日系人として、例えば私はアメリカ大統領からきちんと強制収用所に関して謝ってもらいました。 その様な事を我々は期待しているのです。
フジ:さらに日本は95年にアジア女性基金を設立して元慰安婦の方々への償いを着手しています。 これでも認められないという事なのでしょうか?
ホンダ:アジア女性基金、この償いという事ですが、そういうものがあるにもかかわらず、この問題が起こった事がないという発言が、今でも聞かれるのでしょうか?
アジア女性基金は非常にすばらしと私は思います。非常にすばらしい行為だと思いますが、しかしこれはあくまでも民間のお金である訳ですね。 只、ここで重要なのは、お金そのものよりも正式な形で日本政府から被害者に対して、慰安婦に対してきちんと陳謝するという事だと思います。
フジ:慰安婦問題に対する事実の認識、日本政府の見解は「軍や官憲による、慰安婦の強制連行を直接示す様な、資料は見当たらない」
と言う事なのですが、日本政府がそういう事実そのものを認めていない状況の中で、アメリカ議会で決議して、日本でこれを「認めろ」とはどういう事ですか?
このあたりの気持ちはどういう事ですか?
ホンダ:日本政府が私に対して、日本のこの軍隊が慰安婦問題に関して、一切困った事がないと言っていると言う事を私に対して認めろと言う事ですか? 実際に女性を捕まえて、性的奴隷化しなかったと、という事を言っている訳ですか? もし、そうであるならば、どうでしょうか、実際犠牲者の方々が起こったといっているのですが。 それに対してはどうなんですか?
フジ:何が根拠にホンダさんは、そういう事実があったと言っているのですか?
日本政府は強制的に軍が女性を強制的に連行して来たと言う事実はいくら捜しても「ない」という事は、日本政府の見解として出ているのですね、そうじゃないという根拠はホンダさんは何でお持ちなのでしょうか?
ホンダ:歴史的事実に見ることが出来ると思います。 個人レベルでそういう事が起こらなかったと、そういう政策がなかったと言っているのにもかかわらず、しかし実際にはそういう事が起こったという事を被害者サイドは言っている訳ですね。 実際に償いと言う形で実際にアジア女性基金が起こっているという事。
実際に、声明と言う形で、談話と言う形で、コメントが出ているという事、そして首相が実際に謝っているという事は、実際に過去起こっていなければ、どうして、そういう事が起こっているのか。 私はそれが、それ自体が理解できません。
フジ:日本は慰安婦問題と言われる様なもの、慰安婦さんと言う人がいた、という事実だとか、中には働きたくはないけど、働いた人がいたと言う事実、そういう大きな意味での、広い意味での、そういう問題と言う事は、認めているけれども。
強制連行と言う、軍が直接的に女性を無理矢理引っ張って来て、「さあ、働け」と言った、こういう事実は認めていないという事なんですけども、どうしてホンダさんは強制連行はあったと、それは歴史的事実であったと言うのですか?
ホンダ:強制連行でなかったと言う事であれば、どうして過去に於いて、日本の首相が、本当に私共が尊敬できる人達が、教育を受けた人達が、心よりお詫びするという事を言ったんでしょうか?それが理解できません。
フジ:広い意味では認めている。そこに対してはお詫びするという事なんですけれども。
フジ(女性):直接強制的にやったと、直接の証拠は見出せなかったとしているのですけども、ホンダさんは例えば被害者側の意見を聞いたかも知れませんが、日本人の意見を聞いたりしたんですか?
ホンダ:私はサンフランシスコにいた総領事の方2人3人の方、ワシントンDCにいる大使の方から話を聞いた事があります。 懸念を表明していましたし、そして起こっていないという事は言っていませんでした。
フジ:麻生大臣の見解「客観的な事実に基づいておりませんので、はなはだ遺憾に思っております」
この見解についてはどういう風に受け止めてますか?
ホンダ:遺憾だと言った訳ですけど、日本政府としてのレスポンスとしては、私は受け止めていません。日本政府の方々と会った事もありますし、又私のスタッフも彼らと会った事もありますが、理解して頂きたい事は、今回の決議案は日米関係に対して、害になるものではないと考えています。
(・・・小休止・・・)
皆さんはどう思われたでしょうか。
私は一言「もういい加減にしてくれ!」とだけ叫びたい。でも、この問題は我々が日本で叫んでいるだけでは、駄目なようです。日本政府・外務省・憂國の政治家の奮起をお願いしたい。
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