国家意識喪失の時代へ
国籍法の改悪・二重国籍私案・移民受け入れ
このような一連の流れを見ていくと、日本という国家はやがてこの地球上から消えうせてしまうのではないか? そのような感を残念ながら抱かざるを得ない。
インターネットなどで政治ブログを必ず目にしている人には、国家意識が欠けているなどとは思わないが、世間一般的に見るならばどうなのでしょう。
今回の国籍法案に関して言うならば、これがどれほどヤバイ法案なのかについて、マスメディアなどは知っている筈なのに、これをまともに報じた所があったのでしょうか?
更に言うならば、法案を審議して正否を述べる国会議員にあたっても、このような法案が準備されこれが成立するように仕組まれていたことすらも知らない議員が圧倒的だと言われています。
日本という国家の中で、何か歯車が狂い出している。多くの心ある若者がそのように感じているのではないか。一体これはどうしたことなのでしょう。
前になりますが、私はこのような国家意識が薄れていく現象に警鐘を鳴らす意味において二人の言葉を紹介しました。一つはある著名な評論家の言葉です。
そして、もう一つはまったく一般の人ですが、イラク湾岸戦争で人質となった日本人被害者の言葉でした。そこにはまったく共通した同じ考えがあったのです。
それは「日本よ、国家たれ」という言葉です。
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/51121717.html
この中で強調したかったことは何点かあります。これは清水幾太郎先生の著を紹介したものですが、元々は左翼陣営の方がこのような本を出されたことで非常に驚きの目で見られたものでした。
この『日本よ 国家たれ―核の選択』は、日本の軍事力の大幅な増強が焦眉の急務であることを説いた書物ですが、「日本は国家ではない、その証拠に日本は国家を守る術を持っていない」と書いています。
実はこれは防衛上のことだけではなく、あらゆる面において、現在「日本人は国家を守る術を失ってしまった」のではないでしょうか。最近そのように思えてなりません。
もう一つ紹介したのは、湾岸戦争で人質とされた日本人が帰国した際に成田空港で述べた言葉でした。
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50483811.html
日本社会における「スパイ天国」を批判するエントリーの中で紹介したものですが、人質とされた日本人の多くがそのような境遇の中において「本当に日本は国家なのか?」と疑いを持ったことを正直に吐露されています。
日本は国家なのか?
我々は常にこのことを肝に銘じていかねばならないと思います。我々がその言葉を忘れてしまったが故に、国家を蔑ろにするような風潮が蔓延しているのだと思います。
本日の「行動する保守運動」は、八王子駅北口で午前11時半より行ないます。
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