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《極右》の台頭を恐れる日本の極左集団
昨日、『極左評論』を紹介させて頂いたが、物足りなさを感じた方も多かったに違いない。そこで本物の『極左団体』と言っては何だが、中核派の牙城とも言える千葉動労のHPを見ながら、彼らの情勢判断と考えなりを分析してみることにしよう。
http://www.doro-chiba.org/nikkan_dc/n2005_01_06/n6064.htm (千葉動労)
排外主義、国家主義―戦争の扇動を許すな
墨で書かれた虚言は、血で書かれた真実を隠すことはできない
国家主義の台頭
排外主義、国家主義が洪水のように煽られ、急速に台頭している。
都立高校における「日の丸・君が代」の強制と処分、「拉致問題」を理由とした北朝鮮への経済制裁の事実上の発動、靖国参拝の度重なる強行、釣魚台(「尖閣列島」)、独島(「竹島」)問題での挑発的対応、侵略戦争の翼賛で満たされた「つくる会」教科書の検定合格、千葉県知事選で、ファシスト-石原の意を受けた森田が6千票まで迫る事態等、これまでは社会の片隅に潜んでいた極右勢力が公然と市民権をえて、国会やマスコミなど社会の中枢に登場している。一夜にして情勢が変わり戦争が現実となる過程が目の前で進行している。
相変わらず勇ましい文章ではあるが、彼ら極左が現在焦燥感に襲われている様が手に取るようにわかる。もはや彼らの真の敵が自民党や財界ではなく、「これまで社会の片隅に潜んでいた極右勢力」であることを、ハッキリと自覚するに至ったようだ。
だが、彼らはまだ本質を見ていない。極右が国会やマスコミなどの社会の中枢にはまだ登場していない。極右が今登場しているのはこのインターネットという戦場においてである。彼らも馬鹿ではないから、その辺りは十分承知しているはずだ。
しかし、危機感を持っているのは、インターネットという言論戦の場において、主導的な地位を占めつつあるのが《極右》であるという事実であろう。もはや新聞もテレビも信用されない。少なくとも新聞社の社説を信じる人など存在しない。
確かにインターネットは仮想空間であるとの説も一方ではある。しかし、やがてそれは現実の世界に舞い降りる。その時こそ。《極右》は強大なる力を持つのだ。
<一夜にして情勢が変わり戦争が現実となる過程が目の前で進行している>
彼ら<極左>と我々《極右》は上の文章では、確かに情勢分析では一致している。では彼らはどのような時に戦争が現実のものになると考えているのだろうか。我々《極右》は東シナ海は既に一触即発、偶発的戦争の危機に突入したと主張してきた。
極左は忍び寄る戦争の影に怯え、極右は非常時の到来を国家再興の絶好の機会として捉え、これを歓迎する。
いまこそ岐路だ!
中国や韓国の労働者・民衆の闘いは、新たな抗日運動である。
かつて韓国の労働者・民衆は日本帝国主義の支配下で「3・1独立運動」に決起し、中国では、山東半島の権益返還を要求して歴史的な「5・4運動」が闘われた。この闘いが反帝国主義・民族解放闘争の出発点となったのである。
だが、日本の労働者階級は、この中国・朝鮮人民の闘いに連帯して、日本帝国主義の侵略戦争を阻止することができなかった。その結果が日中全面戦争から太平洋戦争への破滅の道だったのである。
いまこそ岐路だ。われわれは歴史を学びながら「いつだったら戦争を防ぐことができたのか」「どうしたら戦争を防ぐことができたのか」と繰り返し問い続けてきた。それが今なのだ。
確かに五年か十年後に過去を振り返った時、ターニングポイントとなるだろう。前原誠司民主党代表は「中国は現実的な脅威となった」と述べ、麻生外務大臣、安倍官房長官もそれに続いた。
今まさに岐路である。この点だけは見解に相違はない。ただしその岐路とは中国や韓国からいつも押し付けられてきた戦争責任論に対して、明確な返答と行動を伴って、自らの意思をハッキリと明示したという点においてである。
この日本の意思表示に対して「中・韓との友好を損ねる」として批判を口にするマスコミや政治家もいる。しかし、彼らの批判など一切無視すべきである。彼らは日本の国益より「中・韓」の利益を優先するまさに売国奴であるからだ。
