祝 建国記念の日
本日2月11日は建国記念の日です。
このブログを読んでいる方なら、わざわざそう書かなくとも皆さんご存知なのですが、一般の人の認識としてはどうなのでしょう?
新聞社も最近は社説でも取り上げないし、読者の声の欄にもありません。テレビなどもまったくと言って良いほどに取り上げることはありません。
2月11日が、わが国の歴史を語る上で非常に重要な日であるのに、それをマスメディアがまったく伝えずに、そして学校の教育の中でも真剣に教えることをしなくなった。
だから、この日の本当の意味というものを多くの若者が理解することが出来なくなってしまった。年々そのような傾向にあるのではないでしょうか。
今日の祝日を戦前は「紀元節」と呼びましたが、一旦廃止されたこの日がまた復活したのには、多くの日本人による戦いがあったことも忘れてはならない重要な点なのです。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
制定後から「建国記念の日」に変わるまで
紀元節には、宮中皇霊殿で天皇親祭の祭儀が行われ、各地で神武天皇陵の遙拝式も行われた。1889年(明治22年)には、この日を期して大日本帝国憲法が発布され、これ以降、憲法発布を記念する日にもなった。
1891年(明治24年)には小学校祝日大祭儀式規程(明治24年6月17日文部省令第4号)が定められ、天皇皇后の御真影(写真)に対する最敬礼と万歳奉祝、校長による教育勅語の奉読などからなる儀式を小学校で行うことになった。1914年(大正3年)からは全国の神社で紀元節祭を行うこととなった。1926年(大正15年)からは青年団や在郷軍人会などを中心とした建国祭の式典が各地で開催されるようになった。
第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)、片山哲内閣により、日本国憲法にふさわしい祝日の法案に紀元節が「建国の日」として盛り込まれていたが、連合国軍最高司令官総司令部により削除され、法は1948年(昭和23年)7月に施行された。日本独立の1952年(昭和27年)から復活運動がおき、1958年(昭和33年)に国会への議案提出があり、1966年(昭和41年)に祝日法が改正され、さらに佐藤栄作内閣により建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)として再制定され、1967年(昭和42年)2月11日建国記念の日として実施された。
(引用終わり)
このように米国占領軍により、わが国の建国を祝う日は廃止されたのです。この廃止された「紀元節の日」を再び復活させるには、多くの愛国的な国民の広範囲な運動が提起されました。
将に言辞につくせない苦難の連続の中で、国民の各層に広く浸透し、そして支援を受けながら大きな輪となってこの紀元節復活は成し得たのです。
確かに戦前の名称である「紀元節の日」としての完全復活とはいきませんでしたが、「建国記念の日」としてその戦いは実を結んだのです。この「建国記念日」が復活したということは本来は日本の国体の復活の兆しとならなければなりませんでした。
敗戦・占領という未曾有の歴史的体験の中で、日本の国体そのものが否定されてきたのを、再びそこに回帰させたわけです。この運動というものは真の意味で、日本人が再び自信を取り戻すためのきっかけとならねばなりませんでした。
しかし、今日残念ながらその気運は感じられません。
2月11日に我々が追憶すべきことは、太古の神話の世界に想いを馳せながら、実はそう遠くない時代におけるこの紀元節復活の国民的な戦いであり、その勝ち取った成果ではないでしょうか。
これを受け継ぎ、更に前進させることが出来るのかどうかが問われていると感じています。
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昨日は今年最高のアクセス数がありましたが、人気ブログ・ランキングの順位には反映されなかったようです。見た人は多いが支持する人はいなかったということなのかも知れません。
メールなどでも『WiLL』との問題で支持者を減らすのではないかと心配する声がたくさん寄せられていますが、ランキングの順位が問題ではありません。
我々の「行動する保守運動」に敵対し謀略を仕掛ける者は、例え著名な保守系雑誌であろうが、保守言論人であろうが、これからは堂々と批判をしていきます。
その結果、支持者が離れることがあってもやむを得ないと思っています。著名だから批判できないなどという弱腰では、これからの日本の難局を乗り越えていくことなど出来ないと思っています。
仕掛けられた罠、もしくはデッチ挙げられた攻撃を迎え撃つのは当然であり、先に仕掛けてきたのはどちらかを読者の皆様にはご判断をして頂きたいと思います。
今日から名古屋に参ります。また、仕事で大阪まで足を伸ばすので、東京での運動には参加できませんが、皆さんよろしくお願い申し上げます。
名古屋における「政治と宗教を考えるシンポジウム」開催のお知らせ
と き 平成21年2月14日(土)午後1時〜4時
ところ 名古屋市公会堂 第七集会室(定員150名)
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司 会 『日本よ何処へ』BLOG主宰者 瀬戸弘幸
特別講演 元民社党委員長 塚本三郎氏
パネリスト 東村山市会議員 朝木直子氏
パネリスト 東村山市会議員 矢野穂積氏
パネリスト 豊橋市会議員 寺本泰之氏
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この問題はこの辺にして今日はこれまで頂いた書籍に対する御礼とその紹介をさせて頂きたいと思います。