2008年12月17日

小野田寛郎さんの精神に学ぶ

小野田寛郎さんの精神に学ぶ

正しい歴史を語り継ぐ、その気概に感動

 昨日、国の将来を憂い活動をしている方々の、昼食を共にしての会合がありました。そこにお招きを受けて出席させて頂きましたが、そこで小野田寛郎元陸軍少尉とお会いしました。

 私は小野田さんとお会いするのは初めてでした。ネットで検索したら今年86歳になられたという記述があったので、私の父と同年代でした。見るからにお元気そうで、農業を毎日している私の父よりはつらつとしているように見えました。

 私は小野田さんがフィリピンのルバング島で発見され、日本に帰国したときのことは鮮明に覚えています。帰国されたのが昭和49年とありますから、当時の私は22歳の若者でした。

 小野田さんがかつての日本兵の服装で、敬礼をしている姿には驚きと同時に、日本人としての誇り高き精神を見る思いでした。凛々しい顔というか、その眼光の鋭さにも惹き付けられるものがありました。

 小野田さんはお話が上手で色々なことを語っておられましたが、「侵略戦争を美化した」として勝手に映像を撮られ放映されたことに対しては酷く憤慨されたことを話されました。

 靖国神社を参拝した時に「侵略戦争を美化するのですか」と何度も訊かれたので、「開戦の詔勅を読め」と言い放ったら、その部分のみを強調して流されたと述べておられた。

 先の大戦の「開戦の詔勅」を読めば、そこには侵略の意思を持って戦争を行なったなどとはどこにも書いていない。そのように我々にも話をしてくれました。

 この考えというのは、実は小野田さんだけではなく、私の父や母も同じように言います。父は海軍に徴用され乗っていた艦船はミッドウェー海戦で沈んだと言います。

 母は八王子の爆弾製造工場で働くために、姉と一緒に福島から上京しました。その当時のことや戦争のことに関して、昔はよく話を聞きました。

 父も母も「日本は何も悪いことをしたとは思っていない。もしあの時戦争をしなければ、もっと酷い目にあっていたかも知れない。国がなくなっていたかも知れない」と言っていました。

 現在、侵略戦争をして悪いことをしたということばかりが強調されていますが、父は「それは戦争に負けたからで、勝っていれば何も言われなかった」と、戦争の善悪とは勝敗によって左右されたとも言っている。

 実際に戦争を経験した年代の人はもう80代の半ばを過ぎようとしています。そのような人達がだんだん少なくなっていく今日、この戦争をどのように捉えていくのかの大切さというか困難さを改めて思い知りました。

 戦後半世紀以上に渡って、わが国を侵略戦争史観で埋め尽くしてきたこの現状をどのように打破していけば良いのか?

 今年は田母神空幕長による「日本は侵略国家ではなかった」という発言もありました。現役の自衛隊最高幹部による発言が、村山談話に反するとして批判され罷免もされました。

 安倍元内閣の時代に、防衛省への昇格、教育基本法の改正、国民投票法の制定などと矢継ぎ早に「戦後体制を変える」流れが加速しました。

 この時に保守主義を任ずる言論人は妙にハッスルして、自分たちの時代がやって来たかのようにはしゃいだ。しかし、今日の姿を見るとそれが一体何であったのか? 余りにも虚し過ぎる結果となりました。

 保守言論人やその取り巻きが、いかにもそれらしきことを言っても、実際に体を張って戦ってきたその歴史の検証を疎かにしてきたことの、ツケが今日重くのしかかって来ているのではないでしょうか。

 憲法問題・教育問題も大切ですが、今となっては「河野談話」の白紙撤回や「村山談話」の政府見解説の否定のほうが先ではなかったかと思います。

 正しい歴史観を綴る戦いという、本来の使命を忘れ、一時の「戦後レジームからの脱却」などに酔った保守言論界に猛省を促したい。参院選挙後は保守の敗北の連続であり、この動きには当分歯止めはかからないでしょう。

 であるならば、何が当面一番有効な手段になりえるのか?

 小野田さんの言葉で、最後に印象に残ったというか、衝撃的な言葉があった。

 「侵略戦争を美化するのか?」などと言った人間に対して、またそれを支援した人達に対する小野田さんの言葉は強烈だった。

 「私はそれが許されるなら、相手に決闘を申し入れたかった」

 日本の法律というか現代社会では、そのような命を賭けた決闘などは勿論許されない。しかし、靖国の英霊を冒涜する輩に対しては、それだけの覚悟を持って臨まねばならない。

 そのことを教えて頂いたと思いました。短い時間でしたが、とても有意義な時間を過ごさせて頂いたことを感謝申し上げます。

ブログランキング 

↑↑
ブログランキング応援クリックお願いします!

〜新風連ブログ〜
新風連 


右派SNS「国民の総意」
    



Posted by the_radical_right at 08:40│ mixiチェック │教育・日本人精神 
この記事へのコメント
海軍軍令部総長の永野修身提督の言葉を思い出しました。
「ただいまの御発言を聴くと、戦っても滅び、戦わずとも滅びる。いずれにしても日本は滅びる。だが、世界史を見るに、戦って敗れても国は再起する。だが、戦わずして滅びた国は再起できない。私たちは将来の民族と国家の再起を信じて戦おうではないか」
対米開戦を決める最終御前会議で、企画院総裁が、戦力の基礎となる数字を正確に列挙して、戦争遂行の不可なるゆえんと、また開戦せずともアメリカの経済封鎖で日本が早晩(1〜2年後)立ち行かなくなる旨を報告し、会議を包んだ暗く重い空気を破るかのように発言した永野提督の言葉です。

結果的には予想通り、わが国は破れ、そして再起しました。しかし、散華された英霊の皆様方に思いを致しますと、私たちは「どうかご安心を。見事に皆様の想いを受け継ぎ、立派にやっております」と胸を張って靖国神社にお参りすることができるでしょうか・・・。

「私たちは将来の民族と国家の再起を信じて戦おうではないか」
この想いを、私ども戦後現代を生かしていただいている日本国民大衆はしっかりと受け継いでいきたいものです。
Posted by せと弘幸blog「日本よ何処へ」読書会 at 2008年12月17日 23:39
経団連が進める解雇、寮追い出しは1千万人移民受け入れの下準備です。
来年4月には大量に中国から入れるつもりでしょう。
三峡ダムが崩壊するのは時間の問題ですし、あらゆる面で危険水域に達していますから、共産党一族は日本へ逃げ出したいのです。
嘗て始皇帝の一族郎党が10万人で避難してきました。
今内から手引きする反日の人々はその末裔です。
この様にDNAとは何千年でも変わらないものなのです。
彼らに天皇への敬慕の情など始めから有りません。

2000年間は混血の歴史です。もう区別も出来ません。
ただ表に表れた言動によってのみ判断するのです。

しかし彼等の思う通りには成りません。
世界経済は100年に一度の危機
などと、甘い甘い。
全ては偶然でも、誰かが考えた事でもなく、
分からなければ、分かるまで、災難は矢継ぎ早に来ます。
日本人は農に帰りなさい。
芋でも、雑穀でもできる物を作りなさい。
Posted by 鈴音 at 2008年12月17日 23:00
真面目な黒猫さんとこに、割り込むようで悪いけど、
日本国の大企業 社長は朝鮮人 従業員は 少数の日本人社員と
多数の日本人派遣労働者。
但し、株主の大部分は日本人で、中には派遣労働者も含まれる…

まあ、この先有り得るけど、あんまし良くない構図ではある。
現実に、こうなって欲しくないけどね。
Posted by 慶互 at 2008年12月17日 21:46
4
田母神さんが本当にくるんですね!?
釣りじゃないですよね!
ぜったい彼に会いに行きます。
26日は遊びまくりますwww
22日ですよね。
如月県知事より(爆
Posted by 如月魅音 at 2008年12月17日 21:41
Posted by 私も失業者ですが at 2008年12月17日 17:18さんへ

自民党の支持母体の経団連と公明党の支持母体の創価学会の共通のキーワードが「外国人の移民政策」である事はここのコメント欄に書かれている方々であるならば皆さん知っておられる事だとは思いますが一日本人の私としては派遣労働者の問題がここまで騒がれ連日のようにマスコミで大騒ぎしていると言うのにこの自公連立政権とは何を考えてこのような外国人移民政策を提案しているのか?  カルト宗教創価学会と売国奴経団連の悪事を国民は逐一監視して行かなければ何をされるか分からない状態であると言わざるをえませんね 「日本を滅亡にする教育も日教組」と「将来 社長はほとんど 中国人、朝鮮人で日本人はその従業員あるいは奴隷」と言われる貴方の未来予想の言葉を一日も早く多くの国民に気が付いてもらわなければならないと本心で私は感じております

Posted by kuroneko at 2008年12月17日 19:13
何でも鑑定団ではないが、古物から最新のものまで全て揃っている国はそうざらに無い。
国自体がタイムカプセルであり正倉院だ。
今日本人が無意識に変化に気付き左翼、創価、特亜に反対の声を上げ始めたのは、誰かが言っていましたが無意識のうちに国体天皇を守ろうとする民族本能の体現であると思う。
日本人にも何故そうしなければならないのかと言った事は、しかと解らないと思うが、民族の中に古来から刷り込まれた何かなのだろう。
意味があって天皇が居り、守り続けてきた王統がイスラエルと繋がっているとすれば世界的なセンセーショナルになるだろう。
何故天皇を潰したがるのか?天皇とは何なのか?
昔先生に聞いたことがある天皇とは何か?と答えは、日本人の知恵だといわれた。中学の私には理解できなかった。
今わいわい騒いでる内容は究極のところで国体天皇に直結する問題です。
歴代の武士集団も天皇に手をつけなかった。権威と言っても普通理解しがたいこである。そこまでして2700年近くも残して来た皇統は日本人にとって何を意味するのか?真剣に考えてもいいのではないか?
Posted by いくぜ!まだまだ at 2008年12月17日 17:33
移民政策を議員連盟で進めてるみたいだし自民党はもう保守政党ではないよ。民主党が駄なのは認めるけど政権交代しないと冗談抜きで移民だらけになるよ。

民主党も移民提案してるって人に反論しとくと民主党の移民政策は下っ端が騒いでるだけですよ。小沢は移民を否定しているし。自民党は最大派閥のナンバー2の中川(カバ)と議員連盟が進めてる。どちらが実現確率高いでしょうかね。ちなみに安倍に期待しても無駄だと思うよ。
Posted by 自明党 at 2008年12月17日 17:33
kuroneko さん

私も零細企業の二代目の次男で解雇され、失業しました。まあ うちの会社の経営能力が無く、仕方がないと思っております。

ただ いつも思う疑問はあらゆる所に中国人従業員がいることです。

その反面 ハローワークには日本の若い世代(私は還暦過ぎました)がたくさんいます。

以前から若い人(日本人)はつらい仕事を敬遠し、すぐやめるので外国人を雇うのは、同業がやってきたのも事実です。

日本を滅亡にする教育も日教組だけでなく、マスコミ、政治等 戦後の日本を駄目にする意図があってでした。

その元はGHQで、今まさしく達成された。

私は孫もいますが、孫のため(将来 社長はほとんど 中国人、朝鮮人で日本人はその従業員あるいは奴隷にならないように)にも頑張りたい。
Posted by 私も失業者ですが at 2008年12月17日 17:18
瀬戸先生

是非 小野田少尉との対談を実現してほしいです。

後世にその記録を残してください!

小野田少尉に大変失礼ですが、もう時間があまりありません(ごめんなさい)

それを是非 ネットで放送してください。お願い申し上げます。
Posted by 私も失業者ですが at 2008年12月17日 16:58
小野田さんは、1974年に帰国した際、政府から見舞金として100万円を贈呈されるが、拒否し、それでも見舞金を渡されたので、見舞金と方々から寄せられた義援金の全てを、靖国神社に寄付しています。
その小野田さんの人物が理解できないマスコミは「軍人精神の権化」「軍国主義の亡霊」などのレッテルを張り批判しています。(結局マスコミはこの当時も今もたいして変わってないですね)
その後小野田さんもすっかり左傾化した日本とマスコミにウンザリされたのかブラジルに移住されたのが残念です。
その後日本を守る国民会議、日本会議代表委員等を歴任。社団法人日本緑十字社理事にも就任して日本を憂う気持ちは衰えてないみたいですね。
慰安婦問題の真偽に対しては正論に「私が見た従軍慰安婦の正体 」を書き日本の責任を否定しています。
Posted by 銀時 at 2008年12月17日 16:37
Posted by 日本が無くなる。 at 2008年12月17日 14:54さんへ

これだけ日本社会で派遣労働が問題に成っている最中なのになぜ外国人の移民受け入れなのか?   本当は外国人の受け入れは必要ではないのではないのか?  外国人移民を受け入れて日本人の仕事は奪われ失業者が社会に溢れ出る危険性に経団連はどのような方策を持っているのか?  何から何まで分からない事ばかりです
Posted by kuroneko at 2008年12月17日 15:14
Posted by kuroneko at 2008年12月17日 14:01
日本経団連タイムス http://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2008/1215/07.html

要するに、経団連も在日カルト集団の支配下に置かれてしまっているということですね。一日も早く「在日カルト集団」を撲滅しなければ、日本が「在日国」になってしまいますね。
Posted by 日本が無くなる。 at 2008年12月17日 14:54
【移民】 移民受け入れと定住化は不可避 自民党外国人材交流推進議連に“移民政策”に関する考えを日本経団連が説明


 日本経団連の村岡富美雄経済政策委員会企画部会長は3日、自民党外国人材交流推進議員連盟
(会長=中川秀直衆議院議員)の会合において、日本経団連が先般取りまとめた提言
「人口減少に対応した経済社会のあり方」について、外国人材の受け入れや定着のあり方を中心に説明し、意見交換を行った。
会合には中川会長をはじめ、衆参約20名の国会議員が出席した。

 はじめに、村岡部会長が、人口減少が本格化する中、中長期的に国の活力を維持していくために、迅速かつ同時並行で
着手すべき課題として、「成長力の強化」「未来世代の育成」「経済社会システムの維持に必要な人材の活用と確保」の3点を指摘。
とりわけ、高度人材、留学生をはじめ、海外から幅広い人材を受け入れ、定住化を進めていくことが不可避の課題であり、
日本語教育や雇用、就労のあり方の見直しを含め、総合的な日本型移民政策を検討すべき時期にきていると問題提起した。
その上で、優先的に取り組むべき課題として、担当大臣の設置を含む行政面の体制整備、外国人材の積極的な受け入れと
円滑な定着を図っていくための基本計画の策定を要望した。

日本経団連タイムス http://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2008/1215/07.html
Posted by kuroneko at 2008年12月17日 14:01
428 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2008/12/14(日) 21:41:37 ID:6It6pExC0
http://www.city.shimada.shizuoka.jp/simin/ryoken01/shinseikohu1.jsp

↑ある自治体の「パスポート取得奨励事業」とかいう、バカげた事業です。
パスポート申請したら、金券(2000円)配布だそうです。
国籍法関連として、旅券法改正もジワジワと恐ろしいことになっています。
日本国籍の目に見える一番の証、パスポート。
偽造してでも手に入れたい日本国パスポートが、なんと住民票でも取るかのように、
簡単に取れるようになってきています。
しかも、必要のない日本人にまでどんどん発行することが奨励されています!
何ですか一体!
パスポートの申請チェックは東京都など、民間企業に委託されています。

もう偽造する必要もないんですよ、簡単に「本物の」日本のパスポートが手に入るんですから。
日本政府が自ら自国の国籍を大安売りしてるんです。
いえ、大安売りどころか、お金をかけて、他国人に貰って頂いてるかのような現況です。
ものすごい危機感を感じています。どうすればいいのか・・・
Posted by nasi at 2008年12月17日 13:56
古賀氏に抗議へ=自民福島県連

 自民党福島県連は17日午前の役員会で、次期衆院選比例代表での公明党との選挙協力見直しに言及した古賀誠選対委員長に抗議することを決めた。佐藤憲保県連幹事長らが18日に党本部で古賀氏に会い、「発言は遺憾だ」とし、選挙協力を進めるよう口頭で申し入れる。(了)
佐藤憲保(さとう・のりやす)
(2008/12/17-12:58)


自公、結束を確認=古賀氏の選挙協力見直し発言で
12月17日12時50分配信 時事通信


 自民、公明両党の幹事長、国対委員長らは17日午前、都内のホテルで会談し、選挙協力を含め両党の結束を確認した。次期衆院選比例代表での公明党との選挙協力見直しに言及した自民党の古賀誠選対委員長の発言をめぐり、ぎくしゃくした両党の関係修復を図るのが狙い。
 この中で、自民党の細田博之幹事長は「古賀氏から『お騒がせして申し訳ない』との話があった。本意は報道されているようなことではない」と説明。公明党の北側一雄幹事長は「その通りだ」と了承した。

Posted by kuroneko at 2008年12月17日 13:55
離党すれば「刺客」=自民幹事長

 自民党の細田博之幹事長は17日午前、都内で開かれた同党衆院議員の会合であいさつし、「反麻生」で新党結成や政界再編をうかがう渡辺喜美元行政改革担当相や加藤紘一元幹事長らを念頭に「『党から離れたい』と言ったり、『自民党の使命が終わった』という大物がいる。この人たちは自分の選挙で当選したい。今から次の選挙で自民党から離れても『刺客』を送られるだけ。民主党も迎えてくれない」と強くけん制した。 (了)
(2008/12/17-12:52)
Posted by kuroneko at 2008年12月17日 13:50
自民党変更の起爆剤 (水間政憲) 2008-12-17 01:14:50
皆様、古賀選挙対策委員長の「公明党との選挙協力見直し」発言は、FAXとメール要請が自民党国会議員に衝撃的な影響を与えたことの結果です。古賀選挙対策委員長の発言は、公明党の推進する法案に、今後付き合わないとの強力なメッセージです。今回のFAXとメール要請は、自民党中間派に取って衝撃的だったとのことです。また、自民党幹部も初体験だったのです。それが、自民党を目覚めさせたのです。今回の皆様の行動は、すでに歴史に刻まれました。この後は、第二ステージに入ってます。公明党とマスメディアを「真っ青」にさせるには、100万通の麻生内閣総理大臣への請願書を実現することです。これは、公開情報で活動してますので 、それが実現すると、公明党は解党的出直しを求められる。そのとき、次の選挙は、「国籍法」が選挙の争点に浮上します。公明党・千葉景子・塩崎恭久(河野太郎)達国籍法改正推進派が、否定しようがしまいが、その先にある日本の中に「皇室」がなくなっているのです。現在の皆さんの行動は、無意識に「皇室」を護るために立ち上がったのだと思ってます。ネットだけ自由に広めて下さい。クリスマスカードだけは、それぞれ代議士の机の上に大事に載せてありました。ネットだけ転載フリー。
Posted by 水間政憲案です at 2008年12月17日 13:42
雑誌WILLの花田編集長が書いておられたのですが。或る時小野田さんのお話を伺う事になり、その前にカセットの電池交換をしていたら、途中でどれが古いのか、新しいのか分らなくなったそうです。すると側で見ていた小野田さんが、これが新しくて、これが古いです。と教えてくれたそうです。

又小野田さんはあまりトイレに行かれないそうですが。それはジャングルで用をたすと、匂いで敵に見つかるので我慢することが多かったので、今でも一日に一回でもいいくらいだ。と言われたそうです。


Posted by 読者 at 2008年12月17日 13:13
日本には、古事記、日本書記、イスラエルには、旧約聖書、新約聖書
共に2冊づつ有るのも偶然か?三種の神器も両国共に話としてある。日本書記に出てくる一書に曰くとは、聖書の事ではないのか?イスラエルには神殿があったが、日本の神社には本殿しかない。伊勢神宮でもそうでしょう?でも謎を含んでいます。
大分県の宇佐神宮もアークらしき本神輿の話があり、東大寺大仏開眼のとき出向き一端は帰ったが、その後行方がわからなくなっている話がある。
日本は、映画インディージョーンズの世界を体現するよな話がある。
今後が楽しみです。日本人に生まれて良かった。
Posted by いくぜ!まだまだ at 2008年12月17日 13:11
主題とは少しずれると思いますが・・・
世間一般に知られていないだけで、瀬戸さん達「行動する保守」は既にその保守言論人を乗り越えています。 ただ、TV等で発信力のある保守言論人達が、日本人のある部分を目覚めさせ、空気と云うか雰囲気を変えた事も事実です。ご多分に漏れず、左巻き思想だった私は、感謝の念だけは忘れまいと思っています。
しかし、瀬戸さん達が表面に登場した時、彼等はどんな反応を起こすのでしょう? そんな時こそ人間の器の大小が出るもので、「俺の体を乗り越えて行け!」と言える度量のある方は誰でしょう? 左ばかりの現状だからこそ希少価値があるわけで、‘商売上がったり‘と、難癖をつけたり、揚げ足を取ったり、それこそ足を引っ張る側に回る御仁がほとんどかも知れません。
されど、そんな場面をこの目で見てみたいものですし、いつの日にかは、大量の若者の怒涛の勢いが、瀬戸さん達をも乗り越えて行く事を夢見ています。
Posted by 絵堂の戦い at 2008年12月17日 13:03
小野田さんが、ルパング島から生還されたとき、羽田空港で、直立不動、不精ひげ姿で、除隊命令を受けられた姿を、思い出します。敗色濃厚な大戦末期にジャングルに逃げ込み、「軍人として直属上官の命令以外は従えない」という日本軍人の軍律を守って、ジャングル生活を戦後の49年までされた、一瞬足りととも注意怠りなく、孤独なジャングル生活を30年、その気の遠くなるような忍耐力、大変な驚きでした。

帰国後、戦後社会にどう適応されるのか心配したのは、余計な御世話でした。小野田さんは、間もなく、ブラジルに人生の再出発の活動を求めて、僅か数年にして、大農場主に変身されたのでしたね。そして、今は、石川県だったか、確か、日本の子供達の鍛練塾を主宰されているということを何年か前にテレビでみました。
日本軍将校の精神力にただ感嘆するのみです。
小野田さんのご実家は、和歌山か三重か、関西の方だったと思いますが、ご兄弟、ご両親も教育ある立派な方だったと思います。
Posted by 正義 at 2008年12月17日 12:45
日本とイスラエルは余りにも偶然が重なりすぎる程似ています。
位置的にもアジアの東と西に合わせ鏡のようである。
歴史的にもなぜか戦争当時でも日本はユダヤ人を助けユダヤ人は、リーマンの前身ロエブ シフ商会から高橋是清が金を借りて日露戦争に勝利した。これらは、一例でしかない。戦後復興の裏でも協力を得ている。
学校の歴史では、教えないけどかなり歴史の裏側では、密着度が高い。
当然古代史もその影響があり、知らないのは偶然だけを見ている一般日本人だけです。
これほどあからさまになってるにもかかわらず日本人のルーツが解らないのも可笑しな話である。
歴史の見方が近視眼的で東アジアしか見ていないから
支那、日本の資料に引きずり回されて袋小路の中です。
旧約聖書と古事記、日本書記の資料でかなりの事が解るんじゃないでしょうか。日本人がユダヤの系統であると、私は、余り本を読みすぎたせか違和感無く受け入れられるし辻褄の合う話です。経年変化もすんなりいきます。
Posted by いくぜ!まだまだ at 2008年12月17日 12:36
小野田さんまだお元気ですか、それは素晴らしい。

日本に帰還された当時は幼少で覚えてませんが、その後映像を何回か見ましたが、あの凛とした表情と姿勢に「これが昔の日本人の姿なのだな」と感慨を覚えました。

近年のシナ・朝鮮の度重なる舌禍で日本はすっかり自信を失くし、中韓とアメリカを顔色ばかりうかがう国になってしまいました。何とかその風潮を改めたいものです。
Posted by 憂国 at 2008年12月17日 11:53

追記:

私はイスラエル人のとっている国策(過剰防衛)を
全面的に支持はしませんが、彼らの悲惨な歴史と
建国の気概には、心打たれるものがあります。

日本もユダヤも、世界帝国との戦いを同じ方法で戦いました。
イスラエルはローマ帝国と、日本はアメリカと…
奇跡的な勝利&玉砕戦等、非常に酷似しています。

しかし、今や両者の違いはあまりにも『鮮明』です。
イスラエルは、中東唯一の民主主義国家であると同時に
中東最大の軍事大国です。

かたや日本は、自らの玉砕を“国防否定”と“絶対平和を盲信”し、
「いつか危機的状況は回避されるもの」という思い込みで、
本気で国防に対する危機感が持てないでいるのです。

イスラエル人曰く
『国家とは、国民がそれを守る気概を持った時のみ、
生き延びれることができる存在である』




Posted by 桜 at 2008年12月17日 11:52
ロシア、中国から朝鮮を保護し、張作霖武装馬賊を追放して満州国を建国させ、東南アジア解放に立ち上がった先人の高潔な精神に敬意を表わします。
小野田寛郎元少尉は生きた歴史の証人です。
いつまでも、お元気で居て下さい。
Posted by 彩 at 2008年12月17日 11:32
小野田さんは、生きて帰ってこられた『英霊』です。

当時あの戦争を戦い抜かなければ、
日本という国家は消滅してしまっていたでしょう。

『国家が亡くなる』とどうなるのか?

あらゆる理不尽に見回れた“ユダヤ人”がいい例だと思います。
国の無い民=ユダヤ人達は

�ヾ�度もの追放を経験し
�▲殴奪函爾悗竜鐔擦魘�いられ
��事あるごとの大虐殺!
�ぅ撻好箸�流行れば、ユダヤ人のせい
�ダ鐐茲防蕕韻拭▲罐瀬篆佑里擦�
�Ψ从僂�立ち行かない、ユダヤ人のせい
エトセトラ、エトセトラ、
そしてついには、『ホロコースト(民族皆殺し)』
↑
これらは全て、『彼らに国家が無かった』からです!

だからこそ、イスラエルは国家の生存を脅かすものは、
徹底的に排除します。

イスラエルが、イラクのオシラク原子力発電所を爆撃したとき
国際世論からは非難轟々でしたが、
彼らはいささかも動じずに

『大国の意向?国際世論の動向?それで国が守れるか?
ホロコーストを阻止できたか?』
『これが我々の国防だ、躊躇はしない!!』と、
彼らは、いかなる非難も介しません。

結果的には、あれだけイスラエルを非難していた国際世論も
湾岸戦争のときには、イスラエルの功績を称えています
『彼らが、イラクの原子力発電所を破壊していなければ、
サダムは原爆を持っていただろう、それを思うと身震いする!』

今の平和ボケ日本人には理解できないかもしれないけれど、
彼らの国防意識こそ『常識』だと思います。

★それに対して、日本にはそういう“意識”が皆無です。
『二度の被爆体験を持っているにも拘らず…』です。


Posted by 桜 at 2008年12月17日 11:31
5
ネット世論調査「内閣支持率調査 2008/12/16」結果
http://blog.goo.ne.jp/madder0128/e/531486c54bcac61496ffff4cb3a44608

麻生内閣:支持率激減、21% 失言、政策迷走で−−毎日新聞世論調査
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20081208ddm001010057000c.html

ニコニコ動画のアンケートによってマスゴミの捏造があらわになってます。
Posted by aaa at 2008年12月17日 11:20
小野田さん  この人は世界に向かって日本人の素晴らしさを発信してくれた人ですね。「開戦の詔勅」は知りませんでした。勉強になりました。
当時の人達は大東亜の夢に向かっていたのですね誇り高き日本人に父母・ご先祖様に感謝です
Posted by みち at 2008年12月17日 11:06
5

「靖国への帰還」内田康夫 薯 講談社

散華した当時の日本兵達が、出撃を前にいかに靖国を心の拠り所にしていたか、
また祖国を守るため愛するものを守るため、文字通り身を呈して戦った姿を
ロマンティックな人間模様とSF的要素を取り入れ、現代風な観点から描いている
とても面白い小説でした。小野田さんの帰還で思い出しました。

こちらにお出での、特に若い人たちにお奨めします。
Posted by きたろう at 2008年12月17日 11:05
小野田さん、心から尊敬しております。

私も瀬戸さんと小野田さんの対談、あるいは講演会の機会があれば
是非拝聴したいです
Posted by tasog at 2008年12月17日 10:46
日本人の気質や人柄的に考えると、戦争なんてものは望まない民族であることがわかります。

しかし、日本国の未来、アジア全域の未来を考えるとやるしかなかったと思います。

普段は大人しい日本人、されど自分の身内などに被害が及ぶと命を賭けて悪と戦う精神に、欧米列強は恐れていました。

そんな武士道を貫いていた先人や靖国に奉られている英霊たちを本当に尊敬しています。

正しい日本を取り戻そう。
Posted by OGF at 2008年12月17日 10:40
5
今回は特に拍手をしたかったのですが、拍手機能なくなってしまったんですね・・・
Posted by 通りすガリ at 2008年12月17日 10:33
5
せと弘幸様

はじめまして。
いつも貴ブログを拝読させて頂いております。
毎日ブログランキング応援クリックと拍手だけ参加しておりましたが、
拍手機能はなくなってしまったのでしょうか?



Posted by ミドラ at 2008年12月17日 10:15
私としては小野田寛郎さんと瀬戸さんとの対談もしくは瀬戸さんが行われているシンポジウムなどでの小野田寛郎さんの講演なども是非とも実現していただきたいと願っておりますがね
Posted by kuroneko at 2008年12月17日 10:11
ジンとくるエントリーでした。
確かに戦争をしなければ国はなくなっていたでしょうね。
大東亜でも日露でも。
今頃自分の名もマカリャノフとかなってたかもしれません。
軍港になっていたでしょう日本は。

戦争美化なんて言ってるやつは他の国へ帰化すりゃいいのです。
戦争に負けるとはそういうことですから。

帰化ができないのになんで日本にいるってのは暮らしやすいからでしょう。
楽して平和活動ができるわけですから。
日本にお世話になってるのにそれがわからない連中は甘ったれてます。
だから僕は日本の左翼やリベラルをまったく支持しないのです。
Posted by やれやれ at 2008年12月17日 10:04
戦に敗れることがどういう事か、その名誉を回復する事がどれだけ困難な事か。安倍首相の辞任から田母神空幕長更迭までの流れからよくわかる事ですね。
Posted by 三河農士 at 2008年12月17日 10:04
お元気でしたか!なまら嬉しいですね。小野田少尉が命令解除に伴い帰国された時、少尉は52歳、私は19歳でした。その時の感動は今でも昨日のことのように思い出されます。いつまでもお元気でいてください。
<53歳 道産子 現在苦しい失業中 今回のエントリーで元気が出てきました。
Posted by 道産子 at 2008年12月17日 10:02
風評被害で行く先々の人を工作に加担させるのはやめましょう。罪深いですよ。同じ人の態度が急変するのが集スト被害者によくある風景です。
もしかして恥を得意げに思えるチンな工作員は先回りできることを誇示したい訳?じゃぁ・・・へ〜凄いねぇさすが犯罪ネットワーク 先回りできるなんて凄いねぇ〜徹底してるわ これでいいでしょ。もうやめてください。
・・・って言っても粘着には無理な話でしたね。粘着粘着繰り返す♪
Posted by 集スト加害者はどこまでも先回り at 2008年12月17日 09:49
まんたろうさんへ
ありがとうございます。
小野田少尉と訂正させていただきました。
Posted by せと弘幸 at 2008年12月17日 09:47
小野田氏は日本人の鑑です。因みに元少尉でいらっしゃいますね。
お手本にさせていただきたい国士でいらっしゃいますね。
当時小野田元少尉の発見のニュースにいたく感動していたことを思い出しました。
Posted by まんたろう at 2008年12月17日 09:39
日本が裁かれている時、彼らは何をしていたのか:イザ!
http://webtoy.iza.ne.jp/blog/entry/835853/
に、日本が東京裁判で裁かれている時に、戦勝国が正義面・善人面をして何をしていたかを載せていますので、以下に引用します。

■オランダ
インドネシアへ再侵略戦争(インドネシア独立戦争)
1945年 から1949年
80万人が犠牲になった。

■フランス
仏印へ再侵略戦争(第一次インドシナ戦争)
1946年〜1954年

■中国共産党
国共内戦 1949年まで

■台湾国民党
二・二八事件 1947年2月27日から
約28,000人が殺害・処刑
その後40年の戒厳令

■イギリス
香港を再占領、再植民化 1997年まで
インド領有を継続しようとするが、反乱や暴動が続き独立承認 1947年

■アメリカ
フィリピンを再領有 1945年
フィリピンの独立承認 1946年
パラオを信託統治下におく 1947年
グアムを再領有 1945年
グアムを準州に 1950年

※米西戦争でスペインからフィリピン・グアムなどを奪ったのは1898年、つまり日本の台湾統治の三年後、朝鮮併合の12年前。

もちろんフィリピン・グアムなどの住民の意思は一顧だにされず、逆らったフィリピン人80万人をアメリカは殺戮して制圧した。

■ソビエト連邦
シベリア強制連行と強制労働 1945年から
北方領土占領 1945年から
ドイツ、ポーランド、チェコスロバキアから領土を獲得 1945年から
バルト三国支配復活 1945年から
獲得領土から住民を強制移住させる 1945年から
Posted by 民す党 at 2008年12月17日 09:33
開戦の詔書(口語訳)
http://hiton.seesaa.net/article/40230467.html
Posted by 参考記事 at 2008年12月17日 09:30
現在、何も感じずに「民族自決」・「自由」・「民主主義」を享受していますが、大東亜戦争(太平洋戦争、第二次世界大戦)で日本軍・日本が戦わなかったら、日本も植民地化されて得ることはできなかったでしょう。
彼らの血の代償として、今では当然となっている「民族自決」・「自由」・「民主主義」を感謝もせずに、悪・戦争犯罪と言っている連中は、当時の状況が残るチベット・東トルキスタンに移住し、生活を体験すべし。
Posted by 民す党 at 2008年12月17日 09:28