2006年05月04日

「大東亜宣言」はアジア解放の理念を世界に示した

064eaa4e.jpeg昭和天皇と大東亜戦争 (3)

 昭和16年12月8日、日本は米英両国に宣戦布告をしましたが、12月12日の閣議で戦争の名称は「大東亜戦争」と決定しました。更に 昭和17年1月21日、東条首相は議会で大東亜共栄圏建設の指導方針を表明し、これは大東亜宣言と称され戦争の目的はアジア諸国の植民地からの解放と民族の独立であると規定されたのです。

 しかし、宣戦の詔勅にも示されているように大東亜戦争は日本がやむなく自存自衛の戦争に決起したとされ、これが一番の戦争の動機ではあるが、目的とは合致しなかった。そこで戦後まで考えて重光外相が提言し、東条首相がこれの具体化を指示。大川周明博士などの手によってその骨格が作られた。

 戦争が始まるや、日本軍は破竹の勢いで西欧列強軍を打ち破って進軍した。この戦果は長く欧米の植民地支配に苦しめられてきたアジアの人々を勇気づけたのです。

 日本軍は捕虜となったイギリス軍のインド人兵士を解放。彼らはインド国民軍を結成し、日本軍と協力してインドに向けて進撃した。インドネシアやビルマでも日本の援助で軍隊組織が創られていった。

 日本の指導者の中には、戦争遂行のためには占領した地域を日本の軍政下に置いておくほうが良いという考えも強かった。しかし、これらの地域の人々が日本に寄せる期待に応えるために、日本は1943(昭和18)年、ビルマ、フィリピンを独立させ、また、自由インド仮政府を承認した。

 さらに日本はこれらのアジア各地域に戦争への協力を求め、併せてその結束を示すため1943年11月、この地域の代表を東京に集めて大東亜会議を開催した。会議では各国の自主独立、各国の提携による経済発展、人種差別撤廃を謳う大東亜共同宣言が発せられ、この戦争の理念が明らかにされた。

 この大東亜会議の出席者は、東条首相をホストとして、満州国・張景恵総理、中華民国・汪精衛院長、タイ国・ワンワイタヤコーン殿下、フィリピンのホセ・ペ・ラウレル大統領、ビルマのウー・バー・モゥ首相、自由インド仮政府首班としてチャンドラ・ボース氏が加わった。

 戦後米国占領軍は「大東亜戦争」という呼び名を禁止し「太平洋戦争」と呼ぶことを強制しましたが、それはこの戦争が紛れもなく日本が盟主となって西欧列強に挑んだ聖戦の事実を覆い隠すためでした。

 現在においてもマスコミの報道や日本の学校教育においては、この「大東亜戦争」という呼称を使用していません。その意味は占領米軍と同様の発想から来ているのでしょう。

 昭和18年11月6日に大東亜共同宣言が発せられました。これは西欧列強の植民地からの独立解放闘争に当時決起していた、そのアジア諸国の独立運動家や兵士に宛てられた宣言文です。

 この大東亜共同宣言に署名した国は日本を入れて6ヶ国で、日本、タイ、フィリピン、ビルマなどの当時の首相や大統領、更にはタイ国は国王殿下の名前も見られます。先ずはこの宣言文を紹介しましょう。

大東亜共同宣言

 抑々世界各国が各其の所を得、相扶けて万邦共榮の樂を偕にするは世界平和確立の根本要義なり。

 然るに米英は自國の繁榮の爲には他國家他民族を抑壓し特に大東亞に對しては飽くなき侵略搾取を行い大東亞隷屬化の野望を逞うし遂には大東亞の安定を根柢より覆さんとせり大東亞戰爭ノ原因茲に存す

 大東亞各國は相提携して大東亞戰爭を完遂し大東亞を米英の桎梏より解放して其ノ自存自衞を全うし左の綱領に基き大東亞ヲ建設し以って世界平和の確立に寄與せんことを期す

一、大東亞各國ハ協同シテ大東亞ノ安定ヲ確保シ道義ニ基ク共存共  榮ノ秩ヲ  建設ス
一、大東亞各國ハ相互ニ自主獨立ヲ尊重シ互助敦睦ノ實ヲ擧ゲ大東 亞ノ親和ヲ確立ス
一、大東亞各國ハ相互ニ其ノ傳統ヲ尊重シ各民族ノ創造性ヲ伸暢シ大東亞ノ文化ヲ昂揚ス
一、大東亞各國ハ互惠ノ下緊密ニ提携シ其ノ經濟發展ヲ圖リ大東亞ノ繁榮ヲ�畤淵�
一、大東亞各國ハ萬邦トノ交誼ヲ篤ウシ人種的差別ヲ撤廢シ普ク文 化ヲ交流シ進ンデ資源ヲ開放シ以テ世界ノ進運ス


 日本 内閣総理大臣                 東条英機
 中華民国 国民政府行政院長               汪兆銘
 タイ国  ビブン首相代理    ワンワイタヤーコーン殿下
 満州国 国務総理大臣                 張景恵
 フィリピン共和国大統領             ホセ・ラウレル
 ビルマ国首相                   エヌ・バーモウ

                            昭和18年11月6日

朝日新聞社よ!真実を国民に伝えよ!侵略戦争としているのは、アジアでは共産中国、韓国、北朝鮮だけである!

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2006年05月03日

昭和天皇に感謝していたインド、インドネシアなどのアジア諸国

18762041.jpeg昭和天皇と大東亜戦争(2)

 大東亜戦争勃発後、我が日本軍はイギリスの植民地であったインド、そしてオランダの植民地であったインドネシア、同じくフランスや米国の植民地であったベトナム、フィリピンにおいて西欧列強軍に戦いを挑んだ。

 アジアの解放と民族の独立を掲げた聖戦であり、日本軍は勇敢に戦い現地の人達から熱烈な歓迎を受けた。日本が敗戦後も彼らは現地に残り、各国の独立軍に参加して戦った。インド、インドネシア、ビルマ、ベトナムなどにおいて残って戦った日本兵の正確な数字は分からないが、数千人という説もあるくらいだ。

 インドのラダ・クリシュナン大統領は1958年に来日した時に次のように述べています。

「インドが今日独立できたのは日本のおかげであり、それは一人インドだけでなく、ベトナムであれ、カンボジアであれ、ビルマであれ、インドネシアであれ、当時植民地であった諸国は、日本人が払った大きな犠牲によって独立できたのです」

 昭和天皇崩御の際にインドやインドネシアが素早く対応したのはそのためであり、また以上のような歴史的な背景があったからこそ、当時英国やオランダでは逆に昭和天皇の大喪の礼に王室は出席すべきでないとの議論が起きたのである。

 我が国の「反日・朝日新聞社」などはインドやインドネシアのことは一切報道しないで、英国やオランダのニュースばかりを垂れ流し続けた。

 我々の先輩は何故戦い、傷つき死んでいったのか?その大義を我々は絶対に忘れてはいけない。左翼反日分子が言うようなアジアへの侵略戦争などではなかったのだ。

 明日はこのアジア解放・民族独立を掲げた聖戦の大義である「大東亜共同宣言」をとりあげます。この宣言には日本、中華民国、タイ国、満州国、フィリピン共和国、ビルマ国のそれぞれの国の総理大臣や大統領が署名しています。決して日本一国だけで西欧列強に挑んだのではなかったのです。

 今日の「憲法記念日」における朝日新聞社の特集も左翼体質丸出しの恣意的な記事のオンパレードだった。憲法9条に固執して改正に異を唱えている。

 その他にも「小泉時代」や「萎縮の構図」など、これでもかとばかりに扇動記事の特集だ。社説も「軍事が突出する危うさ」と、おなじみの反米と反戦平和論である。

 いつも取り上げてきた「赤報隊事件」は消えた。絶対に忘れないと言っていたはずだったが、どうしたのか。この事件については朝日が書いたら触れようと思っていたが、次回に譲ることにしよう。

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Posted by the_radical_right at 19:31 │ mixiチェック

「反日史観」の狙いと昭和天皇の功績

2cd2370b.jpeg「反日史観」は日本弱体化が狙い!

昭和天皇とアジアの独立(1)

 朝日新聞などの「反日分子」や左翼勢力、それに国籍不明の文化人や評論家らは60年前の戦争を侵略戦争だと言い、今なおその「侵略史観」に縛り付け、自由を奪い、過去の戦争責任を追及しようとしています。

 これはたぶんに彼らが意図的に仕組んでいることなのです。つまり、彼らは同じイデオロギーの立場に位置する共産中国、北朝鮮、ノ・ムヒョン韓国左派政権と連携しながら、日本をそれらの国々に屈服させ、植民地同然に属国化しようと企んでいるのです。

 朝日新聞社は昨日の社説で、昭和天皇の戦争責任を追及するかのような記述を載せましたが、これは日本国民だけでなく昭和天皇を高く評価し慕ってきた多くの世界の人々に対する「宣戦布告」であると考えます。

 昭和天皇が崩御されたのは昭和64年1月7日6時33分でしたが、世界の中で一番早く大喪の礼に、国家を代表して大統領の参列を発表したのはインドネシアでした。各国の首脳が参列を検討中とか、参列の可能性が大などと報道されていた中での異例の早さで翌日の朝には発表されたのです。

280e8520.jpeg そして同じ日、これまた異例の速さで国民に対して「昭和天皇の崩御を悼み、国家として7日から9日まで喪に服する」ことを呼びかけた国がありました。わが国でさえもこのような声明は出しておりません。

 この国はインドですが、インドはお隣りのパク大統領が暗殺された時は、国家として1日喪に服しましたが、これまで3日というのはなかったのです。

 朝日新聞や左翼が主張するように、侵略だけが目的の戦争であったなら、これらの国々がこのような素早い反応を示すでしょうか。この事実を一つ取ってみても、彼ら朝日と左翼の主張は破綻しているのです。

 今朝もこれから、農作業なので短い文になり申し訳ありません。夜にまた続きを入れさせて頂きます。

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2006年05月02日

昭和天皇の戦争責任追及を示唆、朝日新聞赤色言論テロリズム

0b5027d1.jpeg赤色言論テロリズム!「朝日新聞社」

昭和天皇の戦争責任追及を示唆

 朝日新聞社の気合の入れ方はかなりのものだ。新企画『歴史と向き合う』の3日目は、一面、社説と両面ぶち抜きの計4面も使って「東京裁判」の特集だ。取りあえず社説だけを紹介しておこう。

 開廷60年 東京裁判を知ってますか

 日本の戦争指導者を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷してから、3日でちょうど60年になる。 米国などの連合国が日本の侵略戦争を断罪し、政治家や軍部の責任を問うたこの裁判は、2年半に及んだ末、25人が有罪とされ、東条英機元首相ら7人が絞首刑になった。

 この7人に加え、判決前の病死や服役中の獄死を含め、14人がのちに戦死者とともに靖国神社に合祀(ごうし)された。小泉首相の靖国参拝で議論になるA級戦犯とは、この裁判で裁かれた指導者のことだ。

 ここ数年、首相の靖国参拝と絡めて裁判の正当性を問い直す声が出ている。

 東京裁判に批判があるのは事実だ。後からつくられた「平和に対する罪」や「人道に対する罪」で裁くのはおかしいという指摘がある。原爆投下など連合国側の行為は問われず、判事団は連合国側だけで構成された。被告の選定基準はあいまいで恣意(しい)的だった。

 一方、評価もある。日本軍による虐殺や関東軍の謀略などが裁判で初めて明るみに出た。ナチスを裁いたニュルンベルク裁判とともに、戦争というものを裁く国際法の流れの先駆けともなった。

 こうした否定、肯定の評価が入り交じった東京裁判をどう受け止めるべきなのか。戦後に生きるわれわれにとって難しい問題であるのは間違いない。はっきりしているのは、政治の場で裁判の正当性を問い、決着を蒸し返すことの現実感のなさである。

 あの裁判は、戦後日本にとって二つの意味で線を引く政治決着だった。

 国際的には、51年のサンフランシスコ平和条約で日本は東京裁判を受諾し、国際社会に復帰を果たした。平和条約は締約国の対日賠償を基本的に放棄することもうたい、それとセットで日本は連合国側の戦後処理を受け入れたのだ。

 国内的には、A級戦犯に戦争責任を負わせることで、他の人を免責した。その中には、昭和天皇も含まれていた。 裁判は不当だという立場を貫くなら、あの戦後処理をやり直せと主張するに等しい。講和を再交渉し、米国をはじめ世界の国々との関係も土台から作り直す。そして戦争犯罪は自らの手で裁き直す。

 こんなことが果たして可能なのだろうか。裁判の限界を歴史の問題として論じることはいい。だが、言葉をもてあそび、現実の政治と混同するのは責任ある政治家の態度とは思えない。裁判を否定したところで、日本の過去が免責されるわけでもない。

 朝日新聞の最近の世論調査で、驚くような結果が出た。聞かれた人の7割、とくに20代の9割が東京裁判の内容を知らなかった。そして、東京裁判や戦争についての知識の少ない人ほど、今の靖国神社のあり方を是認する傾向がある。

 歴史を知らずして、過去を判断はできない。まずは歴史と向き合うこと。東京裁判60年を機会に、改めてその重要性を考えたい。

2cd2370b.jpeg どうしても、靖国神社へのA級戦犯合祀が朝日には気に入らないようだ。その意味では共産中国の主張と重なり合う。もう特段目新しい主張はないが、ただ気になるのは次の箇所だ。

「国内的には、A級戦犯に戦争責任を負わせることで、他の人を免責した。その中には、昭和天皇も含まれていた。 裁判は不当だという立場を貫くなら、あの戦後処理をやり直せと主張するに等しい」

 なるほど、これも共産中国の次なる段階への誘導、シグナルだろう。  
 A級戦犯の問題で譲歩しないなら、次は昭和天皇の戦争責任を追及するぞ―という彼らなりの脅しのつもりなのだろう。

 品がない言葉で申し訳ないが、「上等だ!」とだけ言っておこう。朝日は本気で「反日宣言」したようだ。朝日のいう戦後処理のやり直し、とは何を意味するのか、これからゆっくりと伺うことにしよう。

 朝日新聞にばかり付き合ってはいられないので、ここからは我々の歴史観から見た東京裁判について考えて行くことにしましょう。勿論、短い文章ではそれを語り切れないので、こちらも長期戦でやることにします。

今回は短く「東京裁判」の狙いだけを挙げておきます。

 1、日本の歴史を断絶する狙い。

 2、日本人に罪悪感を植え付ける狙い

 3、日本人に復讐する狙い。

 これまでの日本の近代化の歴史は全て野蛮で愚劣なものであり、日本の近代化への努力を全て悪と見なした。日本の歴史神話の否定、家族制度の破壊を占領期間中に進めたが、そのためにも「東京裁判」という儀式が必要であった。

 日本国民が、その誤謬に満ちた勝者が敗者に一方的に科した裁判を認めることは、これは靖国に眠る英霊に対する侮辱であり、日本の歴史に対する冒涜以外の何ものでもない。

 この戦いはこれから長く苦しいものになるだろう。しかし、我々には靖国の英霊が見守ってくれている。絶対に負ける訳がない。皆さん、共に頑張って赤色言論テロリズムを打倒しましょう。

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Posted by the_radical_right at 19:52 │ mixiチェック

2006年05月01日

朝日電波男のデタラメ記事と総裁選

「朝日電波男・若宮啓文論説主幹」

デタラメ記事に隠された福田支援の思惑

 2チャンネラー風に言えば「朝日の電波男」こと論説主幹の若宮啓文がまたやらかした。今朝の朝日新聞の『風考計』の記事の中で、デタラメな記事を平気で書いている。

 まず、そのデタラメな箇所を指摘する前に、この「総裁選とアジア」 「『角福』以来、波乱の予感」と題された記事の狙いを考えて見ましょう。

「人気で先行するのは官房長官の安倍晋三氏だが、敵将が小沢氏となれば、若い安部氏で大丈夫だろうか。そんな党内の不安を察して重い腰を上げたのかもしれない。あるいは小沢氏に父のライバルの影を見て、戦闘意欲をかき立てられたのか…」

 どうしても、朝日は安倍官房長官では嫌らしい。民主党が小沢党首になったことで福田氏の出番だとでも言いたそうだ。

「いや、かねて『私は出ない』と言ってきたこの慎重居士を揺さぶっているのは、悲劇的なアジア外交へのいらだちに違いない」

 「悲劇的なアジア外交」?
 
これまでの「アジア外交の停滞」という言葉を一歩格上げしたような「悲劇的な」という表現には驚かざるを得ない。何が悲劇的なのだろうか。

 無償ODAを廃止したことか?東シナ海における中共のガス田盗掘に日本側が抗議しているからか?日本の領土である竹島近海で測量を始めようとしたからなのか?

 「悲劇的なアジア外交」とは一体何を指すのか?靖国問題で首脳会談が開けないことを指すのなら、それを「悲劇的」とまで言い切る朝日新聞社はまさに自ら「反日宣言」をしたも同然である。

 靖国問題を中韓が問題にするのは、彼らの国内政治状況からくる戦略的な内政干渉であり、それを受け入れることこそ日本を悲劇的状態に追い込むことになるのだ。もう国民の多くが朝日の狙いはお見通しである。

 さて、冒頭のデタラメな記事について見て行くことにしよう。

「74年1月に田中首相が東南アジアを訪れた際、タイとインドネシアで手荒らな反日暴動に迎えられた。群衆は大使館の国旗を焼き、日本車を次々にひっくり返したり火をつけたり。著しい経済進出で傲慢に見えた日本への反感が田中首相にぶつけられたのだ」

 この反日暴動が田中角栄が訪問した時に起きた事実はあるが、それが日本の著しい経済進出とする考えは一方的で真実ではない。

 田中角栄は72年に日中国交回復を行なったが、この時、東南アジア諸国に大きな不安と不信感を植え付けた。当時の東南アジアは中共が指導する共産ゲリラの脅威に晒されていた。

 田中角栄が訪問する直前の73年には、インドネシアにおいては大規模な「反華」「排華」暴動が発生していた。その「排華」の気運がまだ収まらない時期に田中が「日中国交回復」の弁明のために訪問したので、強い反発を受けたのであった。

 東南アジアにおいて、一番嫌われているのは漢人であり、インドネシアやタイにおいては経済を牛耳る華僑が常に攻撃対象となってきた。そのことに一切触れずに「日本人悪玉論」を展開する、朝日新聞・若宮記者に怒りを禁じ得ない。

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