2006年05月05日

[連載��]強者こそが担うべき国家の責務!

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写真:戸塚宏校長/収監前の平成14年、東京都港区内での講演にて

戸塚ヨットに学ぶ大人の責任

似て非なる�狢糧貝瓩繁醜圓琉磴�
肝心なのは�猯廊瓩寮気靴せ箸な�

 戸塚宏校長曰く「役人どもは体罰禁止などと言うが、体罰の意味を知らない」
 戸塚ヨットにおける事故ならぬ�犹�件�瓩留加罅�検察庁は体罰と暴行を同列に論じた。
 力こそは正義である。しかし、使い方がまずい場合も往々にしてある。その力の使い方を間違った場合を「暴力」と言う。正しく使った場合は飽くまでも「力」なのだ。

 体罰と暴力は有形力の行使、目に見える形では同じでも、その本質はまったく違う。
 「暴行」とは力の行使によって自らが利益を得ようとする場合を指す。
 「体罰」を使って自らに利益はまったくない。体罰で利益を得るのは子供だからだ。
 殴られるのは痛い―、嫌だ―、その不快感が子供を行動に至らしめる。行動するから進化もする。
「体罰とは子供を進歩を目的とした力の行使で、これは正義です。この違いをしっかりと分けないといけない」(戸塚校長)

 十数年前になるだろうか―、神戸の学校でのこと。朝八時に校門を閉めることが校則になっているから、その校則に従って教諭が鉄製の門を閉めていたところ、登校時間のギリギリに駆け込んだ女子生徒が扉に挟まれて死亡したという��事故�瓩�あった―。
 教諭には生徒を殺そうという犯意がなかったため、これは事故と言うべきである。
 しかし、朝日新聞は事故発生の当初から「殺人である」として報じた。
 当時、同じく事故、過失によって生徒を亡くした経験を持つ戸塚校長らは朝日新聞が必ず言い出すであろうと待ち構える。―案の定、三日後のことであった…。
朝日新聞の紙面には「だから校則はいけない」と―。

 これはまったく理論になっていない。どうして校則が悪いと言えるのか。
戸塚校長が指摘する。
「校則は生徒を殺すことを目的とはしていません。だから校則が悪いはずがない。問題はその�犹箸な��瓩任后�
 校門を閉めた先生がボンヤリした人だったのでしょう。運用の仕方が悪かったんです。
 ハードとソフトだとしたら、これはソフトの問題でありハードの問題ではない。その両方をごちゃ混ぜにするのがマスコミのやり方です。
 体罰をした→怪我をした→だから体罰は悪い、というような言い方ですよ。
 これは体罰が悪いのではなく、体罰の�爐笋衒��瓩�悪かったのです」

 戦後の日本社会はこのソフトとハードを取り違え、多くのものを壊してきた。
 愛国心が悪かったのではない。もし、問題があったとすれば愛国心の用い方や捉え方に問題があったのではないか。戦争が悪いのではない。自存自衛の為には戦うのは当然だ。そうしなければ座して死を待つのみだろう。戦争の�爐笋衒��瓩北簑蠅�あったのである。
 警察官による発砲は市民の生命と財産を守る為の正当な職務遂行に過ぎない。凶悪犯による発砲とは明らかに本質が違う。
 それをごちゃ混ぜにしてきたところに今日の混乱がある。

 我々極右は中国のように反日を軸に用い方を誤まった愛国心こそ排外主義を煽るものであり、自存自衛を目的とはしておらず、中国共産党独裁政権の維持が目的でしかない侵略的覇権主義・軍備拡張こそ危険極まりないと断言するものだ!

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Posted by the_radical_right at 19:50│ mixiチェック │教育・日本人精神 
この記事へのコメント
>SIGさま
一頃、かの高橋尚子選手を指導した小出監督の「褒めて伸ばす」指導法が注目を集めました。戸塚校長とて、この「褒めて伸ばす」指導法を否定しているわけではないようです。ただ、厳しくしごいて鍛える時期と、褒めて伸ばす時期があるということではないでしょうか?
高橋選手はマラソン選手として既に�犂粟��瓩琉茲砲△蝓⊂床実悉里僚寮犬蕕盍�に武士社会(農民出身者もおりましたが)で相応の倫理観を身につけていたように思います。
最初から躾も何も備わっていない者と、既に完成されつつある者に何かを指導する方法もまた異なってくるのでは?
Posted by 極右評論管理者 at 2006年05月08日 17:15
名無し@ただの読者さま
当エントリーにおける記事は戸塚校長の講演をもとに作成したものでしたが、校門圧死に関して断定的な表現があったかも知れません。
しかし、当エントリーにおける校門圧死に関する記述は「だから校則をなくせ」という論法にすり替える朝日新聞など偏向メディアと、問題点を履き違えがちな社会に疑念を呈する意味から記したものであるとご理解下さい。
Posted by 極右評論管理者 at 2006年05月08日 17:07
名無し@ただの読者 さんへ
事故か事件か、それは見る立場や現場の微妙な位相から若干違って来るのではないでしょうか。あまり事情に詳しくもない我々が断定的に物事を論じたとしたら間違っていたのかもしれません。しかし、規則がある以上、それを厳守することも時として大切であることは言うまでもありません。犠牲になられた方のご冥福を御祈り致します。
SIGさんへ
この企画は改めて進めて見たいと思います。また、そちらの方にコメントください。私もかつて娘が登校拒否をしたこともありました。確かに子どもの教育は学校任せでは失敗しますね。
Posted by �鷂郵姐� at 2006年05月06日 22:10
それでは、如何にすればこの事態を改善できるのか?
北朝鮮の様に、完璧に人権を無視してでも特定の価値観を教育する。
もしくは、完全に自由を与える。
例えば、運転免許の交通法規の様に、受けたい授業を受けたい時に受け、
何回でも受験が出来て、指定された得点を得れば合格でき、年少でも大学に進学が出来る。
一方で、運動能力の高い子供には、より高い運動能力を獲得できる指導する。
吉田松陰は、周り人々を師と仰でいました。
教師がアドバイザーになった時、真の教師となれるのではないでしょうか?
Posted by SIG at 2006年05月06日 20:19
病気を治すには、病名を突き止め、病気に合った治療が必要です。
しかるに、戸塚ヨットスクールの教育は、一辺倒な教育で有ったと思われます。
では何故に戸塚ヨットスクールの存在が必要となったのかです。
それは、吉田松陰ほどの教師は、ほとんど居ないからです。
それどころか、子供にストレスを加える教師がいるからです。
中途半端な、自由と個人主義を学んだ鋭い感性を持った子供達は、
利己主義な教師や普段の言行と異なる社会習慣の強制に対して、
不登校と言う反抗手段で抵抗しているものと思われます。
(つづく)
Posted by SIG at 2006年05月06日 20:18
瀬戸先生はじめまして、一ヶ月ほど前から毎日ご意見を拝聴しております。

松下村塾での吉田松陰は、門下生に体罰は使いませんでした。
しかし、時代を動かし歴史に名を残す偉人を多数産出しました。
吉田松陰の偉さは、個人の長所を引き出す能力と思われます。
(つづく)
Posted by SIG at 2006年05月06日 20:17
体罰や年長者としての威厳は必要だと思う一方、学生時代に見た、生徒のあまりにも正しい意見に逆上して暴力を振るう醜悪な教師に対しては嫌悪感を持ちます。
私が先生に求めていたのは尊敬できるおとなからのアドバイスだったように思いますが、尊敬できる方は数えるほどでした。
尊敬できる方の言葉は、そのとき理解できなくても、いつか理解できるときが来ると納得することが出来ます。
Posted by J at 2006年05月06日 11:59

(最後)
事件(事故)に対して客観的に教育的見地から見たさまざまな意見ある事は理解できますが。
女子高生の親御さんの気持ちを思い、人の親としての感想を書きました。
エントリーを本編を読んで、感じた事は、
戸塚校長の"体罰"必要論には大人(指導者)が子供に教え諭す"時"。
"力"を行使する"時"には"愛情"はあるのでしょうか?
あえてその様な物は必要ないのでしょうか?

戸塚校長の"体罰"必要論には嫌悪感を感じますが、現在の"甘い過ぎる"
教育環境にはもっと"嫌悪感"を感じている自分がいますが。
これからの教育のありかたには答えはまだ出ていません。
ですが、"男"たるもの軍隊的規律の中に若いうちに身を置き修練する事
には根本的に大賛成です。
Posted by 名無し@ただの読者 at 2006年05月06日 02:15
1.当日は雪が降っていたか、雪が積もっていた、その為に遅刻者が多くいた。
2.当日は試験の日で遅刻をしたくないと言う心理が被害者にはあった。
ので急いで校門に走りこんで行った。
3.教諭(判決が確定しているので加害者です)の言動に、”今日こそは校門を
閉めてやる!”的な物があった。
(1〜3の発言をフォローできる材料が見つかりませんでしたが、
無限回廊さんの"女子高生校門圧死事件"、当事者の書籍を読んだ方の感想(AMAZON)は読みました。)

当時の報道には、メディア特有の脚色がされていた様には思いますが。
事件の時に当事者の教諭に教育者としての資質が備わっていたのか甚だ疑問です。
"懲らしめてやる"的な感情は感じましたが。
そこに指導と言う事に必要な"愛情"はあったのでしょうか?
(さらにつづく)
Posted by 名無し@ただの読者 at 2006年05月06日 02:14
瀬戸先生、お弟子さん いつも拝読させていただいています。

"女子高生校門圧死事件"について、"事故"として強調してエントリーの中に紹介してある事に、
女子高生の親御さんの気持ちを思うときに違和感を感じ、感想を書かせていただきます。

私は、校門で圧死させられた、女子高生の遠い縁者です。
あえて”圧死させられた”と書きました。が縁者故の感情により、
書いたのではありません。
事件(事故)の当時は、縁者では無かったのですが、
その当時から縁者になっった現在でも考えは同じ”圧死させられた事件”です。
当時のテレビ、新聞等で報道される情報を断片的に見聞きして、教諭の方が”悪”、
女子高生の方が”被害者”と言う見方をしておりました。
その様に判断した背景には以下の要素があったと思います。
(つづく)
Posted by 名無し@ただの読者 at 2006年05月06日 02:12
お弟子さんへ。
この件に関しては各々意見がわかれ、噛み合うことはないと思います。戸塚ヨットスクールのスパルタ教育に対しての是非もありましょう。マスコミが功罪の“罪”の部分のみを殊更あげつらい、センセーショナルに報じる報道姿勢には小生も苦々しい思いを抱いております。また、小生とて戸塚校長の人間性は兎も角、その教育方針の実践に一定の効果を認めるは吝かではない。しかしながら、戸塚式の教育を施され更生した子もおれば、猶更、症状が悪化した子もおるのこと。二名が死亡、二名が行方不明と云う不幸な結末を考え合わせても、戸塚校長の教育方法はユニークかつ画期なものではありましょうが、礼賛をする気にはどうしてもなれぬのです。瀬戸さん、お弟子さんには戸塚氏への特別な思い入れがおありだとは思うが、不肖小生にも、小生なりの観点よりの思いもある。そこのところを酌んで戴きたい。
Posted by 怒る小市民 at 2006年05月06日 00:04
怒る小市民さま こんにちは。
戸塚ヨットスクールにおける事故で生徒が落命した件について、自責の念や事故に対する認識は当人らにしか分かり得ない部分もあると思われ、ここに触れることには私自身、躊躇いがあります。されど戸塚ヨット式のスパルタ教育によって立ち直った生徒も事実として多数いるわけですから、不幸な事故はあったけれど、何ら自説と信念を曲げることなく、これまで通り青少年の更正・教育に携わっていくことこそ、故人に対する供養なのではないかと私などは見ている側として思うわけです。
当ブログの瀬戸主宰も戸塚校長を高く評価・支持していますが、実は私は、瀬戸主宰こそ戸塚校長の心境を分かり得るのではないかと思いますね。かつて瀬戸主宰も、ご自身が関わったことではありませんが、不幸な形で大切な部下を亡くしているからです。
Posted by 極右評論管理者 at 2006年05月05日 23:21
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
そも体罰とは如何なる目的にて行使されるものか。ズバリ子供の性質の矯正です。しかしながら、その対象たる子供が落命せし時、それは全く本末転倒と申せましょう。戸塚ヨットスクールに愛する子供を預けし親は、如何なる意図を持って預託したのでありましょうか。子供を死なす為?。いや、安くはない費用を工面しても立ち直って欲しいとの願いがあったればこそ。親にしてみても、子供に過酷な試練が与えられるのは折り込み済みであったでしょうが、まさか冷たい骸となりて再び相まみえようとは予想だにしなかったのでは?。もの言わぬ我が子を前に、親の胸に去来せし想いは如何なるものであったでしょうや。戸塚校長の教育に対する信念、囂々の非難を受けながら節を枉(ま)げぬ態度は、まあ、立派なのでしょう。なれど、結果的に己が判断の甘さより夭折させてしまった命に対する冷淡さは、全く戴けない。
Posted by 怒る小市民 at 2006年05月05日 22:36
農民さんへ
この連載は弟子に任せているので、私の投稿文ではありませんが、私も当然戸塚氏を高く評価しています。ただ言われるような事故を起こしたその責任はあるのは当然ですね。
農作業ですが、毎日疲れます。連休あと2日頑張ります。田植の準備をしています。田植は20、21日のどちらかを予定しています。実家は昔からリンゴを作っているので、今はリンゴの花摘みの作業です。それから実選り作業、6月末で続きます。
畜産も大変でしょう。私は高校は園芸科でしたが、家畜の世話も随分やりました。と言っても大昔ですが。
日本の農業問題については、今猛勉強中です。暫く時間を頂いて、それから投稿します。その時は一緒に議論しましょう。いつもありがとう御座います。
Posted by �鷂郵姐� at 2006年05月05日 20:54
こんばんわ。
まさしくその通りだと思います。
しかし、戸塚校長は事故を防げなかったという『失敗』を犯したのは紛れもない事実ですから、それを反省してこれからに活かしてもらいたいですね。

蛇足ですが農作業ご苦労様です、もう田植えですかね?
実は僕は畜産をやってて周りも畑中心なんで稲作はよくわからないんですよね(笑)
Posted by 農民 at 2006年05月05日 20:19