フィリピン・非常事態宣言について
フィリピン 非常事態宣言を発令
軍部のクーデター計画が発覚
【マニラ24日時事】フィリピンのアロヨ大統領は24日、相次ぐ反政府活動の摘発をめぐりテレビとラジオを通じて演説し、全土に非常事態宣言を発令したと発表した。大統領の強硬な対応に野党勢力が反発することは必至。25日の「ピープルパワー革命」20年を前に、フィリピン情勢は緊迫の度を強めている。
大統領は演説で、右翼と共産主義勢力の間に「戦術的連携」があるなどと述べ、非常事態を宣言。「政府は不法な行動を粉砕した。わたしは最高司令官として状況を掌握している」と強調した。さらに非常事態宣言の発令に伴い、軍と警察に幅広い権限を付与したことを明らかにした。警察当局はマニラ市内での街頭集会を禁止し、反政府デモを展開していた数千人の群衆を排除した。
このニュースを取り上げたのは、実は自らの不勉強を改めて知らされたからでもある。なぜならば我々は現在、近未来において共産中国軍が日本侵攻を開始する、その時に備え日本は大丈夫か。それを想定して戦略と戦術を構築すべきであると訴えている。
ゆえに我々は共産中国は当然のことながら、その他の周辺のアジア諸国の動向にも目を配らねばならぬことは言うまでもないことだ。しかし、このフィリピンの動向に対して最近は全く無関心であった。
どうも日本人はフィリピンという国を単なる労働力の供給国か手ごろな観光国としてしか考えてこなかった。考えてみれば、もしもこの国で共産主義革命でも起きて親中国寄りの政権が誕生したら、それこそ日本は窮地に追いやられてしまう。
アロヨ大統領の「右翼と共産主義勢力の間における戦略的提携」とは、果して如何なるものなのか?そこに今回の軍部のクーデター計画はどのように関係しているのか。正直言って情報も知識も持ち合わせていなかった。
このブログを愛読している方で詳しい人がいるならば、是非とも情報を教えて頂きたい。我々の先輩は「大東亜共栄」の理想を掲げ、欧米列強からのアジアの解放と民族の独立を訴えて戦った。あの先人の思いを受け継がなければならない我々が、いかに日常的においては、それを忘却しているか。このような時に思い知らされてしまうとは…かかる不勉強に自責の念に駆られる。
フィリピン共和国は1960年代当時はアジアでも有数の経済力を誇ったが、それからは経済は下降するばかりでなかなか浮上できないで来た。貧困からの脱出へ向けて試行錯誤が続き、これまでも何度かクーデター騒動を起こしている。
私の部下がかつてフィリピンとの友好関係を築くためにマニラに長く滞在していたが、たまたまフィリピンを訪れた時にクーデターに遭遇したことがあった(1989年11月30日)。そのようなこともあり、今回の事件には衝撃を受けています。
フィリピン共和国と日本はどのように接して行けば良いのか、この事件の背景などを見て行きながら引き続き皆さんと共に議論を深めて行きたいと考えております。
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Posted by the_radical_right at 22:41│
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瀬戸さん
大変ではありますが検証は必要かと思いますね。あれは5・15事件からの流れの中で起きた事件であります。貧しさの内に湧き上がるナショナリズムが如何に危険なものであるか改めて考えることだと思います。一審、即決、非公開の軍事法廷で死刑になった若者達…。その鎮魂のためにも振り返りたいですね。あの雪の朝私も東京の渋谷にいました。五歳でしたがあの雪は記憶にあります。
大昔まだ私が若者だった頃、ちょっとした援助団体のお手伝いにて大学の夏休みの間、ルソン島某所に滞在して様々な雑用をしていた事がありますが、その時ある専門家先生から聞いた「スペインとアメリカの場当たり的なあまりにもいい加減な統治の結果フィリピンの農村は帝政ロシア末期以下の最悪かつ複雑な階級制度のモデルのようになってしまった、これを本当に変革するのは不可能であろう」と言う言葉を思い出しました。
あきらさんへ
明日は2・26事件について書こうかと思っていました。
でも難しいですね。どうしても軍国主義への暗い歴史と結びつけられてしまっているじけんですから。その歴史を再検証する、今日的意義が果たしてあるのか?なかなか答えがみつかりません。
フィリピン緊迫してますね。日本で言う戒厳令ですな。そう言えば明日は2・26事件から70年ですね。最近特番もやらなくなりましたね。いろいろ考えさせられる事件でした。
続きです。
昨日も書きましたが、1989年11月30日、私は「日比統合愛国運動」を現地で行っていた勝又洋とマニラでこの事件に遭遇したことがあった。
決起軍は本来はまずは軍事的な拠点や政府の施設、ならびに放送局などを押さえるものだが、この時はマカティ商業地区にある高層建築物が次々に占拠して支配下においた。
商業地区は本来なら後回しにされるのに、なぜ一番最初に狙われたのか?この作戦はホテルなどをいち早く接収することにおいて、国際世論に直接訴える目的があったわけです。
実際に各国の報道機関は、自国民の安否を心配してクーデターの行方に注目し続けた。決起軍はホテルに立てこもり、人質を取った形で比較的有利に戦いを進められる。
今回はこれほどの計画性は今のところ感じられない。あるいはその前に発覚して封じ込められてしまったのか、いずれにしても今後の成り行きが注目されます。
未定さんへ
この私のブログは実に様々な人が読まれているなぁ〜と正直思いました。私もある程度フィリピンについては知っていると思っていましたが、未定さんはさすがにお詳しいですね。
皆さんへ
今朝、ブログに投稿しようと思い書いた記事を掲載しておきます。
フィリピンに非常事態宣言が出されてからも、マニラの首都圏ではアロヨ大統領の退陣を求める集会が散発的に繰り返されているようだ。前アキノ大統領なども「民主主義は奪われてはならない」と集会で大統領退陣を強く訴えており、政変へ向けた動きが加速されるのか、予断を許さない混沌とした状況となってきた。
アロヨ大統領は女性ながら強権的な政治手法が目立ち、国民の間からも今回のすばやい措置には、周到に準備されたアロヨ政権の基盤強化が狙いとの批判の声も上がっています。
まあ、お茶目なフィリピン人には憎めない側面があるのが救いですが、もうピープルパワーなんか見たくないというのが私の本音です。とほほ。
瀬戸さん、コメントバックありがとうございます。
全くおっしゃるとおりです。フィリピンの場合、ピリピノ語の上位に更にスペイン語がありますよね。フィリピン国内ではタガログ語さえ通じない地方出身者が非常に多く、「母国語=共通語」の図式が当てはまらないのには驚きました。フィリピンの国語政策は、広大なインドネシアにも劣っているのが現実です。
フィリピーナにはまった日本人が口をそろえて言う「フィリピンは英語が通じるから優秀」という文句は、2つの意味で間違っていますね。まず、フィリピンで英語が良く通じるという間違い。外国人相手の水商売のお姉ちゃんや、マニラやゼブといった観光地では英語が通じる確率は跳ね上がりますが、一般のフィリピン人は英語なんか全然です。そして、英語が通じると優秀という論理的間違い。管理人さん御指摘の通り、母国語がどうかというのが優秀さの大前提ですよね。
未定さんへ
フィリピンの国内事情にかなり精通されておりますね。私もそのように感じております。フィリピン人は、とかく自国の文化を軽視しているように思いました。
例えば、この国の共通語はタガログ語を基本にしたピリピーノ語と英語ですが、どちらかといえば、英語はフォーマル、ピリピーノ語はインフォーマルという使い分けがなされています。つまり英語を話すことが上品とされています。これはフィリピンに長く住んだ日本人から聞いた話ですが、ピリピーノ語には日本語と同じように敬語の表現があるそうです。
日本人なら敬語を使うような時にも、それを使わず英語が使われているとか。米国が植民地にしていた時に、徹底した英語教育が行われた結果だそうです。
れっきとした母国語があるのに、他国語を自国語の上に置く国民の意識にはがっかりしたと語っていたのを思い出しました。
金 国鎮 さんへ
フィリピン政府はいつ頃だったか、日本に出稼ぎにくる女性に対するビザを厳しく制限したことがあります。この時は全国の都市にあるスナックやバーで働いていたフィリピン女性の姿が消えました。しかし、現在どうなのでしょう?まだかなり目につくようになっていますね。「人身売買」で連れて来られたとして、救済を申立てていますが、これは受け入れる国と送り出す国の双方に責任があると思います。
政府は看護士などに限って、フィリピン人の受け入れを検討し始めているようです。フィリピン人だけというわけにもいかないでしょう。歯止めをどうするのか、現時点では我々は反対という立場です。
2ちゃんネラーさんへ
ありがとう御座います。確かに日本ではいまいち関心が薄いようです。中共、朝鮮半島から見れば、ニュース価値は下がるのかも知れません。しかし、彼の国がどうなるかは無関心であってはならないと思います。本当に右翼(軍部の過激派を指すのでしょう。)と共産主義者の「戦略的」な提携があるのか?そこに中国共産党、あるいは米国がどう関係しているのか?これから実相が見えてくるでしょう。
怒る市民さんへ
私も10年ほど前までは、それなりにフィリピンの状況は把握しておりました。当時の機関紙『世界戦略』にはモロ解放戦線の現地レポートを掲載しました。機会がありましたら紹介します。古い話ですが、彼らの生活や考え方には余りその後も変化がないように思っています。
PS 金 国鎮さん↑
フィリピンはいわゆる「リピーター組」を除いては候補地として機能していません。実数で移住者が多いのはタイのチェンマイとマレーシアのペナンです。それに次ぐのがバンコク、プーケット、パタヤ、バリ、コタキナバル。それに続くのがセブぐらいでしょう。タイやマレーシアに比べると、ASEANの先輩国のはずのフィリピンやインドネシアは政治的不安定が際立ってきています。
↑続きです。
労働意欲の低さ、生産を上回る旺盛な消費意欲、カネをくれるところになびく乞食根性、米国を基準にしたために起こった民主主義の誤解、標準的な教育レベルと道徳レベルの低さ...フィリピン人メイドや看護士の質の高さは認めますが、これでは新入りのミャンマーにさえ追い抜かれるのは時間の問題でしょう。
「ピープルパワー」での大統領降ろし
これは、ただのお祭りです。国際レベルであまり騒ぐ必要はないと思います。それより土砂崩れ災害への援助のほうがよっぽど大事です。
フィリピンに関して。
フィリピン人のメンタリティは、極めてラテンアメリカ的な楽天主義に満ちています。口は「米国譲りの民主主義」を標榜しますが、発言の自由度を測り間違えて命を落とした政治記者は数知れず。「殺っちまえ」度は、同じASEAN域内の見習い国カンボジアとそう大差はありません。そもそもフィリピン国民が民主主義を曲解しているのが致命的です。要するに「ピープルパワー」は法律に優先すると思い込み、非常に安易に「ピープルパワー」を叫ぶわけです。エストラーダを選んだのも、アロヨを選んだのも自分たちであるという反省のかけらもない国民なんです。こういうことだからASEAN域内での地位も下がる一方だし、経済も華僑に支配されるわけです。
フィリピンはタイと同じように日本に対して看護・福祉系の労働者の受け入れを中東諸国の出稼ぎと同じように近年日本に求めていますがそれに対して日本は前向きに対応しています。
日本に新たに外国人労働者を受け入れて彼等の仕送りによりフィリピン経済が潤うという発想ですが受け入れるのは日本の社会と日本人です。
残念ながら戦後の日本には具体的に外国人労働者に対応できる人材が極めて不足しています。
他方、高齢化した日本人が海外で引退生活を過ごすという発想が民間レヴェルから芽生えていますがその候補地のひとつがフィリッピンです。
外国人労働者を受け入れて彼等の居留地を日本にを作るか或いは日本人の居留地を海外に作りその国の経済の安定に寄与するという発想を日本はいずれ迫られるのがフィリピンでしょう。
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
残念ながら小生もフィリピンについての知識は甚だ心許なく、このブログを拝見して漸く知った次第です。80年代後半、マルコス失脚のクーデターよりもう大分経ちますが、他のラテン民族に支配された旧植民地と同じくこの国の政情も安定しませんね。またフィリピン南部には分離独立を狙うモロイスラム解放戦線が蟠踞しており、数年前、政府軍との一進一退の攻防を繰り返しておったそうですが、あれからどうなったやら・・・。ご多分に漏れずこの国も、他の東アジア諸国と同じく華僑が経済を握り、スペイン系の子孫たちと勢力を二分しておるそうです。記憶が定かではありませんが大統領のアロヨ女史も華僑系であるやに聞いた覚えがあります。我が国のシーレーン防衛上、重要な位置を扼しておる国だけに、敵性国家の影響下に入るのだけは何としてでも阻止せねばならないでしょう。
>アロヨ大統領の「右翼と共産主義勢力の間における戦略的提携」とは、果して如何なるものなのか?そこに今回の軍部のクーデター計画はどのように関係しているのか。
あまり詳しい情報は持ってはいませんが、2003年7月にフィリピン首都圏のマカティ市で発生した国軍将校反乱未遂事件で、中心的役割を果たした4人の将校が拘置施設から脱走しました。4人は地元メディアにあてた声明で、現政権を「偽りの政権」と非難、新政権の樹立を訴えましたが。その時に
脱走した反乱将校たちと共産勢力が共闘している可能性も指摘されていました。
全く事実無根というよりは、一部にそのような動きがあっても不思議ではありません。
日本人は今回のフィリピンの戒厳令やクーデター騒動について、あまり関心がないようですよ。2ちゃんねるに管理人が書き込んだのを見てきましたが、それ以後さっぱりスレッドが伸びていません。
kokoro さんへ
早速ありがとうございました。
>これは私の推測ですが、軍内部にも親中国と親米国の争いがあるように思われます。
↑もし、親中国派が存在し、実権を握ると大変なことになってしまいます。
我々も現在情報を集めているところです。
フィリピンでのクーデターは軍部や政治家が裏に必ずおりますが、民衆が決起しなければ成功しません。1986年に、マルコス独裁政権を退陣に追い込んだ民衆蜂起「ピープル・パワー」と呼ばれました。
2001年にも、腐敗や失政で批判が集まっていたエストラダ政権の崩壊につながった大規模な街頭活動が行われました。
フィリピンのマニラ首都圏に、「EDSA(エドサ)」と呼ばれる大通りがありますが、86年の民衆蜂起を「エドサ1」、01年の民衆蜂起を「エドサ2」と呼ぶこともあります。。その歴史的舞台が今、再び民衆蜂起の場と化す可能性が出ています。
フィリピン軍ですが、経済状況の悪化でかなりひどい状態にあるそうです。
予算不足から、陸軍の兵士が自前で拳銃の調達を行わなければならなかったり、空軍では予算と老朽化で戦闘機がゼロの状態になっています。(2005年10月時点)
また、フィリピン共産党系の新人民軍と国軍との衝突が相次ぎ、昨年の「内戦」による死者は過去最高数という記事も見ました。
これは私の推測ですが、軍内部にも親中国と親米国の争いがあるように思われます。
マニラ新聞:
http://www.nikkanberita.com/index.cgi?cat=source&id=200504191554182