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政治的イスラムの攻撃性を甘く見てはいけない!
『三輪のレッドアラート』というブログで「極右評論」で取り上げた風刺漫画問題について批判的に批評している。誤解に基づく箇所もあるが、考え方に相違があるようだ。ここで再度我々の見解を述べることにしたい。
「信教の自由」は人間の普遍的な権利であり、これを否定するつもりはない。また「表現の自由」と「報道の自由」も民主主義社会では重要である。ここで節度を求められるのは「表現の自由」である。
「表現の自由」は相手を中傷、冒涜するものであってはならない。ここで風刺漫画には、どこまで表現の自由が許されているのか?正直言って西欧社会では大統領や英国の王室も風刺漫画にされているので、その善悪の判断は難しい。
しかし、「言論・報道の自由」は全く別である。私は「言論・報道の自由」を論じている。風刺漫画で書かれたことで憤慨し、暴力的な破壊活動に発展した場合、それは報道する事が新聞社としての責務である。
西欧諸国の多くの新聞社がそれを報じたが、それは当然であった。もしそのことが混乱に拍車をかける行為で間違いだとするなら、それはイスラム教の暴力に屈することになる。
さて、産経新聞は「宗教戦争にしてはならない」と社説で述べた。これがイデオロギー間の闘争であったら、同じように注意を促がしていただろうか。左右が激しくイデオロギーで衝突しても、同じような主張にはならないだろう。
なぜ、このようなことを書くのかと言えば、西欧社会にはイスラム過激派や原理主義を宗教とは見ずに、イデオロギー集団であるとする見解が広まっているからだ。
9・11を起こしたイスラム過激派の犯人等はヨーロッパに住んでいた。彼らは自らの役割を西欧と近代一般への反抗にあると自覚した宗教的な人間集団を基礎とする一つのイデオロギーであるとの指摘だ。
政治、文化、経済の全てにおける西欧の圧倒的な優位と、それとは逆なムスリム社会の停滞、そこから全ての西欧の価値を憎悪して破壊するイデオロギーが生まれたとの説だ。
フランスの移民暴動、英国における地下鉄爆破事件、スペインの列車爆破事件を目の辺りにしてきた西欧人が、大切にしてきた人権思想とリベラルな価値観が、この新しいイデオロギーによって挑戦を受けていると考えたとすれば、今回の騒動は理解できる。
イデオロギーは経済やテクノロジーの変化にも対応する。イスラムがもはや敬虔な信仰者でないと、西欧社会が感じ始めた時、彼ら西欧人が考えるのは自分達の価値観を守る戦いである。
今日の危機を招いているのはムスリムのルサンチマン(被支配者あるいは弱者が、支配者や強者への憎悪やねたみを内心にため込んでいること)である。イスラム教の指導者は、信徒を暴動に導くのではなく、そのことへの解消に努力しなければならない。
我々《極右》はテリトリーこそ守らねばならないと考える。イスラムは西欧社会においては、西欧の価値の中でこそ生きるべきであると考える。日本社会においてもそれは同様に守ってもらわなければいけない。
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Posted by the_radical_right at 20:13│
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ネット・ブログ
怒る市民さんへ
ブログの性格上、余り論争はしないほうが良いと考え、この辺りで矛は収めるつもりです。日本人の中には西欧とイスラムの対決では、イスラムに同情的な方がたまに見受けられますが、テロ事件の続発で西欧社会では危機感が漂っています。確かに全てのイスラム信者が過激思想の持ち主ではないが、攻撃性を持つ宗教であることには間違いないでしょう。
今後も注意深く見守ってまいりたいと思います。
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
三輪さんとの論戦、興味深く拝見しておりました。各々の主張を伺うと、賛同できる点、疑問を抱く点ありましたが、極論を言えば、尊いと感じている対象が踏み躙られた場合の行動は、どこまでが容認し得るものなのか、という線引きの問題だったと解釈しています。どちらが正しいと結論がだせませんが、小生の個人的な見解としては、瀬戸さんの主張に理があるように思います。
仮に自文化への甚だしい侮辱があったにせよ、暴力に訴える方法論は誤りです。単なる野蛮な復讐に過ぎない。三輪さんはその暴力までをも容認してしまっている。それは、朝鮮人が日本を憂さ晴らしの種にしていることを、擁護するに等しい論法ではないでしょうか。
百弐さん、鳥海さんへ
反共産主義というのは、我々《極右》の掲げる基本です。欧州の極右も反共、反移民、反ユダヤを掲げています。反ユダヤというのは1930年代の反ユダヤではなく、ユダヤ金融資本が進めるグローバル経済市場主義という意味です。
私は共産主義思想(マルクス・レーニン)は地上から消えるべきとの考えです。
三輪の何某 さんへ
ブログは自らの考えを広め理解を得るために始めました。論争を行うなら掲示板においてなら、いくらでも応じますが、お互いにそれは有益なこととは思いません。私としてはこれ以上この問題で議論を進める必要性を感じてはおりません。
ただ、別な問題に関してはまだ論じ合うこともあるでしょう。その時はよろしく
お願いします。
とおるさんへ
イスラムの問題は、日本においては余り深刻には捉えられてはいません。またイスラムの方もそれほど日本を意識していないでしょう。やはり歴史的な関わりが少ないからでしょう。これは日本にとっては幸いなことと思います。
なっとくさんへ
例え話に思わず納得(なっとく)してしまいました。ありがとう御座います。
坂 眞 さんへ
ありがとう御座います。いつもブログは見させて頂いております。現在の共産中国はいずれ崩壊すると思います。しかし、その崩壊が現実のものとなった時、危険な状況となることが心配です。旧ソビエトもクーデターやバルト三国(リトアニアだったかな)への軍事行動などがありました。周りに迷惑をかけずに自滅してくれるのが一番なのですが。
>三輪の何某さま
共産主義が民主主義の一派ですか?
私はむしろ強権秩序を確立する上で共産主義にシンパシーを感じたりします。
ドイツでは移民問題が深刻さを極めておりますが、むしろ統一前に外国人労働者を厳格に管理できていたのは東ドイツの方だったと言われます。
また、昨今の家庭教育の頽廃を見るに、子供を家庭から引き離し集団教育を施した共産主義国家の価値観を羨望の眼差しで見ております。実際、自分たちの手には負えないからと、いとも簡単に子供の教育を他者に委ねる傾向が昨今往々にして見られます(まぁ国家の最小単位である「家族」を破壊することには、さすがに賛成しかねますが)。しかし、不気味な現象です。
かつてわが国において国家社会主義理論を唱えた北一輝も元は共産主義者だったと言われます。その中心に天皇を戴いていれば捕まらなかった。同様に今は衰退著しい共産主義も再び息を吹き返す土壌は十分にあるわけですな。
>鳥海様
別にどう考えて下さっても結構ですよ。似非と思うならどうぞ御自由に。
私は共産主義のイデオロギーは憎んでいます。
けど、イデオロギーとは別に、共産主義が民主主義の一派だと言う主張を為そうと思っているだけです。
それで左翼を別に教化するつもりでもないのですし、右翼に考えて貰うつもりもありません。自己流の主張と言うだけです。
けれど、周囲を見回せば、マルクスの予言「資本主義の爛熟」がまさに今起きている・・・。
マルクスの予想と違う形で起きていると言う事を論じたいと思っているだけです。
私にとってはイデオロギーや経済運営など最後はどうでも良いのです。
社会善(皇室を中心とする文化と歴史)が守られ、民族と社会、国家が健全であれば方法等問わない、そう言う者であるだけです。
>瀬戸弘幸様
御丁寧にどうもありがとうございます。
お返事の代わりのエントリーを建てましたので、参考にして頂ければ幸いです。
今日もこれから外出ですので、更なるお返事があった場合、返答は夜中になると思います。その旨御了解願います。
確かに「三輪のレッドアラート」氏は共産主義の擁護をかなり熱心にやっていますね、共産主義を擁護しつつ「保守主義者」?「愛国者」?
この人、単なる似非右翼臭いような・・・・・・・・
「三輪のレッドアラート」は、チャンネル桜の掲示板でも度々目にしていましたが、愛国的なことを言うかと思えば、時々???と思えることを主張していたのを思い出しました。
非常に右傾していると言いながら「共産主義思想」の弁護をしています。
明らかに怪しい!!
私は、微力ながら瀬戸弘幸さんを応援します!!
しごく、まっとうな主張であると思います。
他ブログを批判するのであれば、直截コメント欄に己の意見を書き込むべきだと思います。
遠吠え的批判は、日本男児の潔さとは無縁です。
>政治、文化、経済の全てにおける西欧の圧倒的な優位と、それとは逆なムスリム社会の停滞、そこから全ての西欧の価値を憎悪して破壊するイデオロギーが生まれたとの説だ。
これは正しい。
サラセン帝国からオスマン帝国に至るまで、キリスト教圏よりイスラム教圏の方が優位でした。
それが産業革命以降、圧倒的にキリスト教圏(西欧)が優位になり、アラブは西欧列強によって分割統治される破目に陥ってしまいました。
そこから「ムスリム社会の停滞、そこから全ての西欧の価値を憎悪して破壊するイデオロギーが生まれた」のだと思います。
心理実験として電気椅子テストがある。電気椅子に座る人間と電気椅子に電気を流すスイッチを押す一般市民から選ばれた人間を用意する。何ボルト以上で人間が死ぬか教えられる。その電圧以上の電圧を指示されると正常な人はボタンを押せない。しかし、そばに、白衣を着た偉そうな人がうなずいているとかなりの人がボタンを押すのである。人は、権威ある存在に責任を譲渡するとどんなことも可能となる。神の権威を持つ宗教は、人々を容易に煽動できる怖さがある。イスラムの指導者は、信徒の暴動行為を防ぐ大きな責任がある。
> 西欧社会にはイスラム過激派や原理主義を宗教とは見ずに、イデオロギー集団であるとする見解が広まっているからだ。
この見方には、一理あるように思います。
穏健イスラム国家の首脳は、妥当なことを言っていますが、暴動が起こった地域を見ると反欧米の民衆が多くいる所です。
私は、次のように思います。
(1)暴動は、逆に暴動(暴力)を生むことになるので、控えるべき。
(2)預言者ムハマンドをアッラーの神と同様に描いてはいけないものとは、キリスト教と同じように、ムハマンド教にはなってしまってはいないのか。
(3)イスラムの停滞は、イスラムの内部問題では無いのか。(偉い人の言う言葉を批判的に見ずに信じきってしまう民衆。ユダヤ教のように聖典をいろいろに解釈する習慣が無く、書いてある文を一部だけ抜き取って信じてしまう習慣がありはしないか。)