亡国マスコミの犯罪性を斬る (第二弾!)
マスコミの罪科として昨日は愛国心の欠如を挙げた。今日は第二点目としてマスコミの通俗民主主義への信奉を考えて見たい。自らを「自由」を守る尖兵であると思い上がっている。それがはき違えた「自由」だから始末が悪い。
現在の新聞社(テレビメディアを含む)は文化はもとより、政治・経済の分野にまで、その低劣な意識を持って支配せんとしている。だが、マスコミは所詮非力な烏合の衆に過ぎない。
恥じ知らずの扇情的報道によりかきたてられた群衆心理をたくみに操り、自らを「世直し」の主役であるかのごとく振る舞っているだけのお粗末なのだ。
そして、民主主義の前には民族主義も国家主義もすべて悪であると決め付けて見せるのである。民主主義に敵対する訳でもなく、その中で競合を目指そうとする政治・思想全てをを否定する。
余りにもの民主主義絶対化を叫ぶ結果、社会の各所に無責任な権利主義を浸透させ、堕落文化の横行に一役買うものである。そして、無視できないことは、このような風潮の蔓延が、政治そのものへの不信と軽視をあおり、政治のレジャー化につながっていくということなのである。
古くは大阪の知事に当選した漫才師がいた。愛国心もなく政治についての知的レベルも低い者が、安易に政治に参画できるという事態が、民主主義の制度的貧困さを意味しているのに、それを警鐘するどころか、それを利用することしか考えていない。
テレビマスコミはその男が当選した後も、依然としてお笑い番組に出つづける事に何らの異議をはさむこともせずに「私はちゃんと仕事をしており、こうして番組を通して国民の皆さんと接している。」という開き直りを支持していた。
最近やたら増えた娯楽番組において、お笑いタレントが高飛車な態度で政治家に接し、敬語も使わずに呼び捨てにする時もある。政治家の方もただ笑って愛嬌をふりまいている。何と、恥知らずな政治家達であることか。
これらの事例はいずれもマスコミが政治を軽視している、すなわち政治を娯楽番組レベルに見下げる事によって、国民の政治への尊厳と期待の念を踏みにじっているのだ。
また売国的な朝日新聞や毎日新聞などは、共産中国の走狗となって代弁者の役割さえ担っている。政治の娯楽・レジャー化、国家の弱体化に増々拍車をかけている。このまま放置するならば、新聞社の犯罪行為は限りなく増幅されて、日本は亡び共産主義者の毒牙にかかり犠牲を被ることになるのではないか・・・・・
