2005年12月13日

極右とは何か〜懐かしの2ちゃんねる大論争  (32)

f60ae5a6.jpeg極右とは何か〜2ちゃんねる大論争
「文明の衝突」その��


投稿者 三郎 2000 2・21  

 瀬戸先生へ、(10年ほど前になりますが、ご著書を拝読したことがあります)

 ソ連もインドネシアも「帝国」でした。帝国の解体に伴って「戦争」が起きているのだと思います。ソ連の場合、帝国崩壊に伴って起きた紛争は、むしろ想像以上に少なかったのではないでしょうか。

 冷戦の終結は、地域紛争の減少に作用していると思います。冷戦時代の米ソのように、それぞれの陣取りゲームのために世界の片隅の小さな紛争の一方の当事者に武器援助することもなくなってきました。

 ミニ紛争の一方の当事者が、本当は関係ないのに「これはイスラム対キリスト教の戦いだ」などと宣伝して、支持や援助を動員し、紛争を拡大するメカニズムをハンチントンは分析していました。

 コソボ空爆の際は、ロシアがセルビアを支持しました(いずれもキリスト教の東方教会です)。そしてコソボのアルバニア人をイスラム諸国が支持しましたが、最も強力な支援は、キリスト教のウエスタン文明(NATO軍)でした。

 このコソボ紛争におけるNATO軍の空爆事件は、けっして純然たる「文明の衝突」とは言えないと思います。これからも紛争はあると思います。しかし、それが明確な形で「文明の衝突」という性格を持って起きることは少ないと判断しますがどうでしょう?

 大量破壊兵器の拡散防止、通常兵器の貿易制限の拡大、先進国による選択的な援助などもあいまって、全体として地域紛争は今後減っていくと思います。当面は、中華帝国の崩壊が平和裡に進むかどうかです。共産中国の崩壊は東アジアだけでなく、インド、パキスタンの安定と平和のためにもどうしても必要です。

投稿者 瀬戸弘幸  2000 2・21

>三郎さんへ

 これまで6冊ほどの単行本を出版しました。このサイトでも私のことを知っている人が意外に多いのに驚かされています。

 あなたとの主張と世界情勢の分析は大変勉強になります。「文明の衝突」はある種の予言の書であると思っています。私は「文明の衝突」は起きると考えています。このことをこのディスカッションで述べてみたいと思います。

 私は「文明の衝突」を最小限の規模で封じ込めることこそ、我々日本人の果たすべきことではないか、と考えるものです。

投稿者  瀬戸弘幸  2000 2・21

 冷戦後の世界では異なった文明間の対立や紛争が、これまでのイデオロギーの対立軸に代わるという「文明の衝突」論は、最近のコソボやインドネシアの流血の惨事を見るにつけ、その指摘の正しさを証明しているように思える。

 その中で我々日本人の最大の関心事は独自の文明を持つとされた我が日本の行く末であろう。言ってみれば「日本文明」が、この文明間の抗争の中で、どれだけ独自性を失わずに生き延びることが出来るかであろう。

 日本の独自文明とは何か。日本が世界に対して果たすべき役割とは何か。

 その辺りを皆さんと討論していければと思っています。

※この後、このスレッドでは、残念ながら議論が横道に行ってしまい、肝心の「文明の衝突」については、活発な議論の展開は見られなかった。しかし、私はこの「文明の衝突」が現代社会に突きつけた課題を我々は何一つ克服し得ていないと感じているものです。克服するどころか、その危険性は益々高まりつつあるのではないでしょうか。

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Posted by the_radical_right at 10:07│ mixiチェック │極右2ちゃんねる論争 
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