2005年07月24日

現代社会の病理、拝金思想を生み出している背景。

      拝金思想が蔓延る現代の日本社会
 
七夕の日にたまたま飾られた竹に結ばれた短冊を見た。
一人一人がそれぞれの思いを短い文にしたためていた。
居酒屋の客待ちの長椅子の前にそれはあった。
そこに座ればどうしてもその短冊が目に入ってしまう。
若い人達の様々な願い事が書かれてある。
読んで行くうちにとても嫌な気分になって読むのを止めてしまった。
短冊の三つに一つは「大金持ちになりたい。」とあった。
確かに貧乏よりは、お金持ちの方が良いだろう。
しかし、よりによってお金にこれほど執着する、この現代における拝金思想は何なのだろう。
 
旧き日本人は「成り金」を嘲笑うことはあっても、けっして貧乏人を馬鹿にすることはなかったし、その貧しさを分かち合うことによって国家がまとまっていた。
 
そこには隣人が新車を買えば我が家もといった、経済力を尺度にした見栄の張り合いもなかった。
貧しいが故に助け合う精神があったのだ。
多くの人々は貧しくはなくとも、それなりの生活を享受できている。
ある者だけが抜きん出て巨万の富を得ても、それが素晴らしいことと果たしてもろ手を挙げて賛同できることなのか?
これが外国との関係になれば、ある国が抜きん出て富める繁栄国となれば、その貿易黒字国になるには、そのことに対して犠牲となった国があると批判されてきたのだ。
この問題は国内においても同じであろう。例え運がよく人より努力して稼いで富裕となっても、それが人生の幸せとは言えない。
拝金思想に毒された現代社会において、青年が何をなすべきかを考えて欲しい。
 
青年は金儲けしか眼中にない大人に、軽蔑の言葉を浴びせることから始めるべきだ。
 
不法ではないが、不当にお金を得ているような輩を崇めてヒーローにしてはいけない。
 
マスメディアが作り出すお金儲け絶対主義は、マスコミが商業主義に立っているからだ。
資本主義は欲望と消費の制度であるから、彼らは人間の欲望を駆り立てて消費に走らせている。
このような悪しき流れに抗して生きるのも、日本人としての誇り高き道でもあるのだ。
 
 
 
 
 


Posted by the_radical_right at 23:02│ mixiチェック │青年に告ぐ!