大日本帝国のシナ征伐のスローガン
暴支膺懲(ぼうしようちょう)ーこのような旗を揚げて集会やデモに参加した男性がいた。私が行動する保守運動として参加し始めた16年も前のことです。
今はお姿を見ることはなくなったが、丁度現在の私のように頭髪が真っ白な方でした。私が50歳代の時に60代後半くらいだったかもしれない。
この旗を見るたびに勇気が湧いてきたことを思い出す。まさに今こそこの旗を掲げる時ではなかろうか?
12月5日はウイグル人や香港の人達のデモと勘違いしてその場所に向かった。
12月5日(日)の北京五輪ボイコットデモの
詳細をお送りします。
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北京五輪反対大行進
【日時】
令和3年12月5日(日)
11時30分 集合
12時00分 行進出発
【集合場所】
常盤公園(東京都中央区日本橋本石町4-4-3)
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https://00m.in/gmpmE
【中共打倒委員会】
右翼民族派のデモでした。知っている人もいたが、前から参加するとも言っていないので、デモを中継するツイキャスに参加して激励の言葉を残した。来年からはブログの表題も『極右評論』に変える。
極右とは保守でもなく、右翼でもない文字通りの極右だ。当面は誰にも相手にされないかもしれないが、現在その極右勢力の台頭というか、その萌芽を示さねばならないと考えた。
以前はいつもこのように書いていた。
狂瀾怒濤迫りくる戦争の危機に‼備えよ。
もう戦争の準備というか、流れで進みだしている
米英仏独は東シナ海からこの極東海域に戦艦や空母を派遣し訓練を始めた、中露は日本列島近海に戦艦を出して津島海域を通過している。更には中露は戦闘爆撃機は日本側の防空識別圏内に現れ日本はスクランブル体制に追われている。
シナ中共は日本に核ミサイルを向け、北方領土にもミサイル基地を作り出した。全世界の大国はこの日本海周辺においての戦争はもはや避けられないと感じての行動でしかない。
私が今から16年前に極右評論で論じてきたことが現実となった
自衛隊はどうするのか?答えは一つだ、西側諸国と連帯して戦争に参加せざるを得ない。それしか、シナやロシアの侵攻から守る道はない。
私は今後激烈なる言葉を発し続けます。
2009年2月の具ログ記
若者に日本の未来を託す
若者の雄叫びこそが日本を救う
わが国の政治・経済・社会全てに渡って混迷の度を深めているようにしか見えない。そしてこの混迷状態から脱すべき確かな道が示されていないことが、より一層国民の苛立ちになって現れ始めた。
あらゆる面における低迷した状態を打破する道が、おとなしい話し合い路線であると信じている人も中にはいるでしょう。しかし、若い世代においては、もうそのような話し合いの時代は既に過ぎ去ったと考えているのではないか?
最近、特にもっとも若い世代の10代の高校生からのメールなどでそれを感じています。若い世代から見たら現在の日本など唾棄すべき存在以外の何者でもないのかも知れません。
私は「2020年プログラム」というものをかなり前から訴えてきました。このブログにおいても書いています。
2020年と言えばもう残りは11年であり、現在中学生くらいの若者が、その時には20代の前半となります。
現在の中学生から高校生が日本の現状をどのように考えているのか? そのことを考えてみた時に、現在の社会に対する極度なまでの不信感と未来への大きな不安にとり憑かれているのではないか。
そのような不安を払拭させられるだけの、確かな指針を示すものが何一つ提示されていない。そこが問題なのではないでしょうか。
我々は戦前派世代とか戦中派世代と読んできましたが、戦後派世代もまた後からの世代によって、愛想をつかされてしまうのでしょう。
先の大東亜戦争を一つの境目とした戦後体制なる言葉もまた何の意味も持たないものとなりつつあるのかも知れません。我々が呼び続けてきた戦後体制なるものもやがては終焉となるかも知れません。
しかし、残念ながらそれは我々の努力や戦いの結果ではなく、時代の変遷という荒波にもまれて消え去るという意味でしかないのです。
さて、今日は短くまとめたいと思います。
退かなければならない運命に立った私がが、若い世代に何を示していけるのかです?
いかなる歴史を紐解いて見た時も、大変革・革命(維新)は、その国に住む民族の特性を担い、その時の周辺の情勢に敏感に反応してきたことは自明の理です。
変革者の立場に立つのか、或いは反変革者の立場に立つのかを別にしても、そこには大きな歴史の潮流には絶対に逆らえぬ運命的な必然の中にあることも事実なのです。
日本国という長い歴史の中で見れば、いくら60数年というものであっても、それはほんの一瞬に過ぎなかった。大東亜戦争に敗れて、その結果出来上がった国家体制など所詮は虚妄に過ぎなかったと知る日はそう遠くはない。
反戦を唱えていれば平和な社会体制を護持できるという考えが、やがて周辺国の状況変化によって、単なる戯言にしか過ぎなかったと知らされることになる。
我々はこの日本を大変革すべき、その主体となるべきものを創出する作業を怠り、或いは回避してきた。故に我々が主体となることなど出来ない。
しかし、「御用済みを宣言」を下されたも同然の私だが、大変革を前にして自らを未来へのつなぎの世代であることを、ここであらためて再認識し踏ん張っていくことで残りの人生の責任を果たしたい。
若者に伝えたいのは現在の我々の姿ではない。我々のために戦った世代の“魂”です。
http://nandakorea.sakura.ne.jp/media/sinjituwadokoni.swf
↑をコメント欄に紹介してくれた人、ありがとう。
昨夜は5回も見ました。この若者の魂こそ未来につなげたい。
私の思いはそれだけです。















