再び「国策捜査・陰謀論」に反駁す��
反体制派が利用し始めた「国策捜査陰謀論」と検察庁批判
宮崎学氏や二木啓孝氏が中心となって開催された緊急シンポジウム
「青年将校化する東京地検特捜部〜小沢第一秘書逮捕にみる検察の暴走〜」が 15日に都内で開かれ、会場には立ち見客を含む約400人集まった。
集会には、体調不良で参加できなかった永野義一氏の代役として、 聴衆として会場にきていた元検察官で現在桐蔭横浜大学法科大学院の 郷原信郎氏が参加する一幕もあった。郷原氏は今回の事件について 「検察にとってのガダルカナル戦だ」と指摘、検察は今回の強引な捜査を いったいどこで終結させればいいのかわからなくなっているように見えるという。
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/03/post_233.html
今回の小沢一郎民主党代表の秘書が逮捕された件を、民主党は「国策捜査」などと批判したが、これに早速飛びついたのが左翼などの反体制派である。或いは反体制を売り物にしているジャーナリストの一団といったところでしょうか。
麻生政権が政敵を葬るために検察庁に命じて、今回の捜査を行なったというのは、これは余りにも酷い主張で誰も相手にしなくなっています。しかし、これを軽々しく口にしたことは、今後の日本の政治状況の中で大きな禍根を残す結果となりました。
わが国の民主主義の根幹である三権分立が、このように意図も簡単に壊されてしまうという議論が、次期政権を獲得するであろうと見られてきた野党の党首や幹部が口を揃えて発言したのです。政治に寄せてきた国民の信頼は完全に消し飛んだということが言えるのではないでしょうか。
今回紹介するのは、麻生政権の政敵つぶしに検察が手を貸したという議論ではなく、麻生政権など最初から関係がなくて、検察庁そのものが小沢つぶしの陰謀の主役を演じているという、これまた乱暴な議論であるが、左翼や反体制派はこぞってこの議論に味方するようです。
しかし、必ずしもこの「検察庁の青年将校化」にも与しない人もいるようです。以前に紹介したこともある左翼系ブログの「世に倦む日日」もその一人です。このブロガーの意見も取り混ぜながら紹介することにしましょう。
このブログには佐藤優氏の次のような言葉が紹介されています。
佐藤優が「青年将校クーデター」説を唱えたのは、小沢一郎の秘書が逮捕された翌日の3/3で、捜査着手一報後の最も早い時点である。新聞の談話で佐藤優は次のように言っている。「官邸が指示した国策捜査というよりは、現場の検察官の本性が出たように見える。彼らは青年将校のように、民主党に権力が移って政治が混乱するのは国益を害すると信じて一生懸命捜査したのだろう。だが内閣支持率が10%前後まで落ちたこの時期に手を付ければ『検察は政治的だ』と必ず言われる。逮捕容疑が事実なら、半年待って総選挙後に淡々と立件すればいい。そう言って止めるのが検察幹部の仕事なのに、統率力が落ちたのではないか」(3/4 共同通信)。
これは共同通信からの引用を基に書いている記事のようです。『世に倦む日日』のブロガーはこの佐藤氏の意見に対して次のように反論しています。
佐藤優の説明で腑に落ちないのは、検察内部の青年将校が、民主党に権力が渡れば国益を害すると判断したと言っているところで、どこからこのような認識が生じるのか理解に苦しむ。事態を青年将校のクーデターに擬えるのなら、論理的には全く逆であり、現体制を転覆して権力を新しい体制に移行させるのが青年将校のクーデターであり、多少の混乱を生じさせても、敢えて(彼らが信じる)理想と国益のために権力に銃を向けて反逆するラディカルな政治的性格を持つものだ。(ここまでが引用)
先ず、佐藤優氏の意見についてだが、小沢一郎があくどい資金集めをしており、許せないという気持ちが現場の検事にあったとしても、今回の逮捕劇を青年将校気取りで行なうなどということは絶対にあり得ない。
検察は組織の存亡をかけて取り組んだと見て間違いない。
その理由はただ一つだと私は思う。
それこそ小沢が政治権力を握ってしまったら、指揮権発動などによって捜査は完全に出来なくなると踏んだからでしょう。
※「指揮権の発動」と言う時は、政府の権力の中枢に捜査の手が伸びようとした際、時の法務大臣がそれを中止させることを言います。
今回の検察の捜査は麻生政権が仕組んだ「国策捜査」ではなく、小沢政権が誕生した後ではゼネコン疑獄事件が永遠に闇に葬られてしまうと危惧したからこそ動き出したものと思います。
まったく逆に考えるべきです。小沢が総理の座に着けば「国策優先」ということで、小沢が行なってきた犯罪は全て闇に消されてしまうからこそ、今立ち上がったと考えるべきです。
「世に倦む日日」ブログは青年将校の当時のクーデターに関して的を得た見解を表明していると思います。しかし、次に紹介する文章には賛同できない。何故ならば今回の捜査を現体制を守るために行なわれた陰謀としているからです。
であるとすれば、今度の捜査はまさに麻生政権の現体制を守るべく強行されたものであり、「青年将校のクーデター」とは論理的に矛盾する。もしも本当に検察内部に「青年将校」の存在があり、彼らが蹶起をしたのであれば、クーデターの標的は麻生政権でなければならず、「国益」や「政治の混乱」の判断基準も自公政権の現状に対してアンチの立場に立ったものでなくてはならないはずである。政権交代で政策の刷新を図ろうとする野党の党首を追い落とす行為は、それはクーデターとは言えない。
選挙での政権交代を阻止するための政治目的の特捜部の捜査を、「青年将校のクーデター」の表象で形容するのは不自然であり、現下の問題を解説する言葉として不適当である。百歩譲ってそれが検察権力内部のクーデターであり、検察上層部に対する若手検事の反乱劇であったとすれば、すぐに上層部が鎮圧のカウンターに出るか、あるいはクーデターが成功して検察上層部に失脚とか異同とかの人事の動きがあるだろう。少なくとも、検察上層部が「皇道派」と「統制派」の二派に分かれて内紛を起こしていなくてはならない。現在のところ、そのような動向は微塵もない。すなわち、青年将校クーデター論は戯言であり、何の根拠も意味もない「ネタ」レベルの憶測である。佐藤優以外の誰かの発言であったなら、誰も見向きもしなかっただろう。(この部分までが引用)
今回の検察庁の捜査を「青年将校の決起」などと見るのは不見識である。当時の青年将校の決起は悪政に対して、これを改めさせるための蜂起でした。
今回の捜査はそのような民衆の蜂起などではない。正義を貫こうとした至純なものであるという共通点はあるかも知れませんが、それは比較対象とはならない。
今回の逮捕は悪党を逮捕して法の処罰を受けさせるためのものであって、世直しとか政変・革命などとはまったく無縁である。検察は与えられた職務を忠実に果たしただけである。
検察官は逮捕して取り調べをするだけの容疑があったからこそ、逮捕に踏み切ったものであり、それを陰謀・謀略更にはクーデター論まで持ち出して、それほどまでに小沢一郎とは擁護すべき人間なのか?
反体制派が小沢に一体何を期待しているのか。
政界で一番汚れた資金集めで30億円とも言われる巨額な不正蓄財をなしてきた。そのような金権腐敗の権化のような政治家を祭り上げるのも良いが、本人が最後まで戦わずに降参したらどうなるか。
本人は最初は戦う姿勢を強く見せてはいたが、私は最後までそれを貫き通せるとは思っていない。
親分の田中角栄は最後まで戦い続けたが、小沢の落城は意外にも早いと私は思います。
その時、持ち上げた反体制派の人達は一体どうなるのでしょう。最後まで逃げ出さないように願いたいものです。
〜新風連ブログ〜





