2008年11月02日

採用内定取り消し相次ぐ

若者たちの行方 その��

若者たちを突然襲った悲運と衝撃

大学生の就職内定取り消し相次ぐ 「業績悪化」理由に

   来春、就職予定の大学4年生が、内定を取り消されるケースが相次いでいる。業績悪化や業務縮小、倒産などが理由で、景気悪化の影響が新卒の就職にまで及んできた。大学では「企業の業績悪化が今後、深刻化して、内定取り消しがさらに増えるのでは」と不安の声が上がっている。

 首都圏の大学では7月以降、内定を取り消された学生からの相談が寄せられている。取り消した企業の業種は、不動産をはじめ、生保、ホテル、IT、専門商社など多岐にわたる。

 明治大では8〜10月に、4人が内定を取り消された。就職担当職員は「就職活動を支援しているが、3人は就職が決まっていない」と話す。

 駒沢大では9〜10月に、学生2人が不動産関連2社から内定を取り消された。帝京大にも9月下旬、不動産会社1社から、1人の内定取り消しを通知する文書が届いた。企業から「初任給1カ月分程度の金額を学生に支払う」と説明を受けたという。

 東京都内の女子大では7〜8月、地方の専門商社2社から学生2人が内定を取り消された。うち1社は4月上旬に内定を通知、学生は誓約書も提出していたが、7月に「内定取り消しの説明会を開くので来てほしい」と文書が届いた。大学側が問い合わせると「中国との事業を無期延期することになり、業務を縮小する」と答えたという。

 「内定辞退」を促す企業もある。東日本の国立大の女子学生4人には10月、家具販売会社から勤務地の変更を告げる文書が届いた。4人は地元勤務の条件で、一般職として入社を決めたが「出店計画が中止になり、勤務地は他県になる」との通告だった。文書には「内定辞退されても、弊社は一切、不服申し立てしません」と書かれていた。

 日本労働弁護団の小川英郎弁護士は、「労働契約は、内定を通知した段階で成立する。内定の取り消しは、客観的に見てやむを得ない事情がある場合に許され、内定後に会社の業績が悪化したからといって、簡単に取り消せるわけではない」と指摘する。

2008年11月1日 朝日新聞ニュースより引用

「採用内定は取り消しとなりました」

 このような通知を企業から頂きました―という学生からのメールをもらいました。

 「貴殿は当社の社員としてこのほど採用を決定していましたが、誠に勝手ながら、諸般の事情により採用は取り消しとさせて頂きます。
 突然の不採用の通知にご心痛のほどを察する次第であります。

 わずかとは思いますが、慰謝料を送らせていただきます。以上をもってなにとぞご了承頂きたようお願い申しあげます。」

 このような文面であったと言います。採用内定の通知が届いたのは、6月頃であったと言いますから、4ヵ月後にはこのような悲報が届いたことになります。

 これは世界的な金融恐慌とその後に現れた急速な円高によって、多くの日本企業が当初予想していた利益の下方修正を余儀なくされたことでも分かるように苦境に立たされました。

 新聞報道でも明らかなように、大学卒業を来年に控えた前途有望な若者の幾人かの頭上に叩きつけられているのです。私にも来年春に大学を卒業する息子がいるので、これはどうしても他人事とは思えず、身近なものとして感じた次第です。

 このような事実が現在起きていることについて、どのように考えるべきなのか? 今朝はそのことに関してこれを若者の立場から考えてみることにしたいと思います。

 金曜日の夕方、飯田橋駅にて知り合いの方との待ち合わせ時間を過ごしていたら、全学連と書かれた旗ざおを持った十人ほどの一団が現れた。

 演説を始めたので、暫しの間でしたが聴くことになりました。11月2日に予定している日比谷での集会の呼びかけでした。

 「資本家はいまや我々労働者階級の怒りの声に怯えながらも、麻生反動政権と一緒になって政治的な弾圧を強め…」

 どこか懐かしい演説でしたが、この後に採用決定を取り消された話などにも触れていたようです。時間があまりなく詳しくは覚えていません。

 確かに今回の内定取り消しは、一つの労使関係の現象として捉えることは可能だし、傍観視することも許されないことです。問題はこの憂き目に遭った若者たちのその後です。

 確かにこれまでの日本経済は順調でした。円高問題、バブル崩壊など色々あったにせよ、それを乗り越えてきました。
 これまでだったら、大企業に入社するということは、ある意味で人生が保証されることでもあったのです。

 一望千里と言うか、安泰した人生が誰の脳裡にも絵巻ごとを読むように知ることが出来た。そのためか、そのような単調な人生を否定して「脱サラ」などの言葉がもてはやされたりもしたのです。

 したがって、それが忽然と消えてしまったような現在の環境とは、これは非常に若者にとっては酷な状況だと言えるのです。若者を突然にして襲った悲運と、その衝撃の深さというものを我々は真剣に考えてみなければなりません。

 また、それは若者自身にとっても、どのようなことなのか? それを若者の立場から考えてみることも必要ではないかと考えています(後日に続く)。

 この続きはまた明日にでも書きます。本日は農作業などで忙しいので、中途半端な文章になって申し訳ありません。

 このような環境にあっても経団連などは、1000万人移民受け入れ計画を撤回するとは言っていません。日本の前途有望なる若者に苦しみを強いながら、安い外国人労働者を雇用して利益追求しか考えていない、その財界の姿勢に多くの若者も絶望し始めていることでしょう。

☆映像の紹介 経団連抗議行動!

平成20年10月28日 日本経団連前街宣【有門・瀬戸編】
ドガログ版
http://dogalog.excite.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48051149/48051149peevee216661.flv
YouTube版
http://jp.youtube.com/watch?v=frQtl0mEwmw

平成20年10月28日 日本経団連前街宣【飯ヶ谷裕司編】
ドガログ版
http://dogalog.excite.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48051149/48051149peevee216662.flv
YouTube版
http://jp.youtube.com/watch?v=hdgk4v5ylMQ

平成20年10月28日 日本経団連前街宣【西村修平編】
ドガログ版
http://dogalog.excite.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48051149/48051149peevee216663.flv
YouTube版
http://jp.youtube.com/watch?v=s3FYzMFDHhI


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2008年11月01日

田母神俊雄空幕長論文��

日本は侵略国家であったのか��

                                田母神俊雄

 アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。二国間で合意された条約に基づいているからである。我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。

 日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。

 これに対し、圧力をかけて約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

  この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、とても許容できるものではない。

 これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石に裏切られるのである。実は蒋介石はコミンテルンに動かされていた。1936年の第2次国共合作によりコミンテルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが国民党内に多数入り込んでいた。

  コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937年8月15 日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻ぼうれいを膺懲ようちょうし以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。

 1928年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ( 誰も知らなかった毛沢東)( ユン・チアン、講談社)」、「黄文雄の大東亜戦争肯定論( 黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け( 櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて力になってきている。

 日中戦争の開始直前の1937年7月7日の廬溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争( 岩間弘、岩間書店)」。

 もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

 我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。満州帝國は、成立当初の1932年1月には3 千万人の人口であったが、毎年100万人以上も人口が増え続け、1945 年の終戦時には5千万人に増加していたのである。

 満州の人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。

 朝鮮半島も日本統治下の35年間で1 千3百万人の人口が2 千5百万人と約2倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。戦後の日本においては、満州や朝鮮半島の平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われている。しかし実際には日本政府と日本軍の努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。

 我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残している。また1924年には朝鮮に京城帝国大学、1928年には台湾に台北帝国大学を設立した。日本政府は明治維新以降9 つの帝国大学を設立したが、京城帝国大学は6 番目、台北帝国大学は7 番目に造られた。

 その後8 番目が1931年の大阪帝国大学、9 番目が1939年の名古屋帝国大学という順である。なんと日本政府は大阪や名古屋よりも先に朝鮮や台湾に帝国大学を造っているのだ。また日本政府は朝鮮人も中国人も陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判で死刑になった朝鮮出身の洪思翊ホンサイクという陸軍中将がいる。この人は陸軍士官学校2 6 期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。

 朝鮮名のままで帝国陸軍の中将に栄進した人である。またその1 期後輩には金キン錫源ソグォン大佐がいる。日中戦争の時、中国で大隊長であった。日本兵約1千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国の中国軍を蹴散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。

 もちろん創氏改名などしていない。中国では蒋介石も日本の陸軍士官学校を卒業し新潟の高田の連隊で隊付き教育を受けている。1 期後輩で蒋介石の参謀で何応欽カオウキンもいる。李王朝の最後の殿下である李垠イウン殿下も陸軍士官学校の2 9 期の卒業生である。李垠イウン殿下は日本に対する人質のような形で1 0 歳の時に日本に来られることになった。しかし日本政府は殿下を王族として丁重に遇し、殿下は学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。

 陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠イウン殿下のお妃となられたのが日本の梨本宮方子まさこ妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠イウン殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。因みに宮内省はお二人のために1930年に新居を建設した。

 現在の赤坂プリンスホテル別館である。また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥儀フギ殿下の弟君である溥フ傑ケツ殿下のもとに嫁がれたのは、日本の華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。

 これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは、列強の植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダ、フランス、アメリカなどの国々でも同じことである。

 一方日本は第2 次大戦前から5族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。第1 次大戦後のパリ講和会議において、日本が人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスやアメリカから一笑に付されたのである。現在の世界を見れば当時日本が主張していたとおりの世界になっている。

 続く

<戦争に至った正しい歴史認識> 
…かなり長いので覚悟して読んでください。

http://www.flavour-house.com/honky/message/index2.html


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田母神発言を断固支持する!

田母神空幕長の発言を断固支持する!

国家防衛の最前線に立つその覚悟を示した!

航空幕僚長を更迭…論文で「わが国が侵略国家は濡れ衣」

 政府は31日深夜、持ち回り閣議で、航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長(60)を更迭し、航空幕僚監部付とする人事を了承した。

 田母神氏が、昭和戦争などに関し「我が国が侵略国家だったなどというのは濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)だ」などと主張する論文を発表していたことが分かったためだ。

 過去の植民地支配と侵略への「深い反省」を表明した1995年の村山首相談話に反する内容で、田母神氏が防衛省の内規に反し、論文発表について事前の届け出をしていなかったため、浜田防衛相が更迭を決断した。

 論文は、田母神氏が、ホテル・マンション経営のアパグループ(本社・東京都港区)の懸賞論文に応募したもので、賞金300万円の最優秀賞を受賞。11月5日発売の同グループが発行する月刊誌に掲載される予定だ。

 「日本は侵略国家であったのか」と題した論文は「今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐え難い苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし、私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある」と主張。また日中戦争について「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」、日米戦争についても「日本を戦争に引きずり込むためアメリカによって慎重に仕掛けられたワナだったことが判明している」などと指摘した。

 麻生首相は31日夜、首相官邸で「(論文を)個人的に出したとしても、立場が立場だから、適切でない」と記者団に述べた。

 田母神氏は防衛大学校15期生で、1971年に航空自衛隊に入隊。航空総隊司令官などを経て2007年3月に空幕長に就任した。  
 
読売新聞社ニュースより引用


 我々は田母神空幕長の発言を断固支持します。

 大日本帝国の終焉からもう半世紀も過ぎ去るというのに、日本はいまだに侵略史観に囚われ、言いたいことも言えない。

 何という情けない国家なのか。先人たちが開戦に踏み切った、その歴史的意義を日本国民は忘れてはいない筈です。まだ、忘れるほどの時間は経っていない。

 まだ、あの大東亜戦争を戦った人たちが生きている。私の父なども86歳でまだ元気に働いています。もう一度、その経験を持つ人たちに真実を語って頂かねばならないと思う。

 欧米列強の独善と欺瞞、横暴を排し、過酷な植民地支配に苦しむアジア諸民族の解放と独立を掲げて我々の先人は戦ったのです。

 今、日本の一方的な侵略史観だけが戦後社会を支配してしまっていますが、本当に日本だけが悪かったのか? 戦勝国と言われる国々には何らの責任はないのか。

 日本だけがその汚名を着せられ、100年後も、200年後も侵略国家として生き続けなければならないのか? そのことに疑問を抱かない人間がいるとするならば、それは左翼や反日主義者しかいないだろう。

 この問題についてはこれまで何度も書いてきましたが、この連休中におさらいの意味でまた書きたいと思っています。正しい民族の歴史の検証をしなければ、いつまで経ってもこのような問題に日本は振り回されます。

 さて、今回の田母神空幕長の発言に、日本を守る軍人としての、その気概と威厳を感じました。国家を守る為に戦うということは、当然その国家を愛し、その国家に誇りを持っていなければできないことです。

 北朝鮮がある日、突然核ミサイルの小型化に成功したと発表し、東京を火の海にしてやると宣言した時に、一体誰が日本という国家を守る為に最前線に立つのか。

 それは紛れもなく航空自衛隊に他ならない。米国が何もしなければ、日本は独自で北朝鮮の核ミサイル基地に先制攻撃を加えなければなりません。

 日本は専守防衛体制の中で、飛行距離が制限された攻撃戦闘機しか所有していません。北朝鮮を空爆しても日本に戻って来れない。かつて米艦隊に突撃した神風特攻隊と同じです。

 生きて帰って来れない―、その攻撃を部下に命じなければならない立場の最高責任者が、しっかりとした国家観と歴史観を持っていなければ、そこまでの決断などは出来ません。

 そして、部下も自らの命をかけることなど出来ない。

 田母神空幕長の発言を多くの航空自衛隊の隊員が支持していると確信しています。そして、自衛隊員の皆さん、我々もまた今回の発言を断固支持するものです。

 現在、平和で豊かな社会に住む日本人にとっては、戦争に行って死ぬなどということは、およそ実感としては湧いてこないのも確かです。

 しかし、そのために日夜厳しい訓練を積んでいる自衛隊員の人たちもいます。その人たちの士気が落ちるようなことがあってはならない。その為にも、我々は今回の問題を深刻に受け止め戦っていきたいと思っています。

 <戦争に至った正しい歴史認識> 
…か
なり長いので覚悟して読んでください。

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