文科省前で左翼と対決(4)
真実への検証・曾野綾子・テイケイ高花会長
沖縄県における集団自決に本当に日本軍の強制・命令があったのか、なかったのか?
この問題の最終エントリーでそのことについて考えてみます。
曾野綾子女史の言葉
当然これはなかった訳ですが、それを作家・曾野綾子女史の文章などを紹介しながら検証しましょう。私の手元に「ペるそ〜な」という小雑誌があります。
発行人は浜田麻記子女史です。浜田女史と言えば浜田卓二郎元代議士の奥様として知られていますが、才色兼備の素晴らしい女性です。私も何度かお目にかかったこともあります。
この浜田さんの発行されている雑誌に曾野綾子さんが「それでも『命令』の実証なし」という文を寄稿されています。
これは産経新聞10月23日付よりとなっていますので、そこからの引用ということかも知れません。
私はこの記事を見逃したので、ここで紹介することにします。この中で曾野女史は次のように書かれています。
大江氏の「沖縄ノート」に疑問を抱いた彼女はノンフィクションを手がける場合の原則として3点を挙げて取材に臨んだと明らかにしています。
1,愚直なまでに現場に当たって関係者から直接談話を聴き、その通り書くこと。その場合、矛盾した供述であっても、話の辻褄を合わせない。
2,取材者を怯えさせないため、また発言と思考の自由を確保するため、出来るだけ一人づつ会う機会をつくること。
3,報告書の真実を確保するために、取材の費用はすべて自費。
このように書かれています。そして、当時のことを振り返りながら今日はその結果だけを述べるとして、その後に記事が続いています。長くなりますが引用します。
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●私は当時実際に、赤松元隊長と接触のあった村長、駐在巡査、島民、沖縄県人の副官、赤松隊員たちから、赤松元隊長が出したと世間が言う自決命令なるものを、書き付けの形であれ、口頭であれ、見た、読んだ、聞いた、伝えた、という人に一人も会わなかった。
●そもそも人生では「こうであった」という証明を出すことは比較的簡単である。しかし、そのことがなかったと証明することは非常に難しい。しかし、この場合は、隊長から自決命令を聞いたと言った人は一人もいなかった。
そして、この調査を発表した後のことを地元記者のやり取りを紹介しながら次のように述べています。
●たまたま私を探して来た地元の記者は「赤松が自決命令を出したという神話は、これで否定されたことになりますが」と言った。私は「そんなことはないでしょう。今にも新しい資料が出てくるかも知れませんよ。しかし、今日まで赤松が自決命令を出したという証拠がなかったということです。私たちは現世で、曖昧さに冷静に耐えなきゃならないんです」と答えた。この答えは今もまったく変わっていない。
皆自決を覚悟していた
●戦争中の日本の空気を私はよく覚えている。私は13歳で軍需工場の女子工員として働いた。(中略)幼い私も、本土決戦になれば、国土防衛を担う国民の一人として、2発の手榴弾を配られれば、1発を先ず敵に向かって投げ、残りの1発で自決するというシナリオを納得していた。
私は母の言葉を思い出しました。私の今年81歳になる母も軍需工場で働き、竹槍で突く練習を重ね米軍人を刺して死ぬつもりで皆いたと話しています。
曾野女史は次の言葉で締めています。
「政治家も教科書会社も、戦争責任を感じるなら、現実を冷静に受け止める最低の義務がある」
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テイケイ(株)・高花会長の言葉
沖縄教科書検定撤回県民大会11万人の嘘を暴いたテイケイ株式会社の高花豊会長が国際新聞(11月30日)に「うろたえるな!渡海大臣・集団自決の軍命令はなかった」を寄稿しています。
今度はこちらから引用しましょう。
●座間味村では、村の助役の指示に従って「住民は隊長の命令で自決した」と嘘の証言をしていた。元女子青年団長(宮城初枝さん)が良心の呵責に耐えかね、事実は梅沢隊長のもとに自決用の弾薬をもらいに行ったが追い払われたと告白した。
●実際に自決命令を出したのは村の助役だった。渡嘉敷島の隊長・赤松大尉は「何と早まったことをしてくれたんだ」と嘆き悔やんだ。しかし、戦後村長に懇願されて自決命令を出したとするニセの証書を厚生省に提出した。年金受給のためである。
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結論(事実の検証)
当時、軍隊とは別に住民による防衛隊が組織されており、その組織に住民は属していた。つまり住民を指揮する権限を持っていたのは村長・助役であり、仮に手榴弾が軍から村長に配られても、それは軍の責任ではなかった。
左翼はこれまでは「軍の強制・命令による自決」と言っていたが、最近は「軍による自決への関与」と言い改めてきた。その証拠として手流弾が軍から支給されたと宣伝しています。
しかし、当時の状況を考えれば曾野女史の話や私の母の話を聞いても、それは自爆用と攻撃用として配られても不思議ではない状況下にあったことは事実でした。
当時の状況を考えれば、これは日本軍の命令がなくとも、そのような悲劇が起こる可能性は十分に考えられた訳です。旧軍属だけに責任をなすりつけることは、卑怯なことであり絶対に許されないことであると思います。
政治家・教科書会社・文科省はそのことを再度認識すべきと思うのです。左翼はこれを自らの勢力拡大に利用しようとしているだけで、決して真実を求めているわけでないことは、もう既に明らかとなったのではないでしょうか。
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