麻生外相の「天皇陛下靖国参拝」発言は
正直に日本人の心情を吐露したものだ
麻生太郎外務大臣の「天皇陛下の靖国神社参拝」発言に対して、中国共産党の新華社通信は29日「外相の発言は日本の極右勢力の立場を代表した」と厳しく批判した。報道は「日本の外相が何と天皇参拝を鼓吹」の見出しで、いつものように「日本の指導者が戦争の歴史に正しく向き合っていないことを反映したものだ」と決めつけた。
30日の朝日新聞の社説では「麻生太郎外相は公明党参議院の後援者らの会合で、小泉首相の靖国神社参拝を聞かれこう答えた」とある。
「英霊は天皇陛下万歳と言ったのであって、総理大臣万歳と言った人はゼロだった。だったら天皇の参拝なんだと思うね。それが一番」
外相が国会答弁の中で、正式に天皇陛下の靖国参拝について述べたのであれば、「日本の極右勢力の立場を〜とか。日本の指導者が戦争の歴史に正しく向き合ってこない〜」の発言は、相手の立場からすれば批判もあるだろう。
しかし、公明党の一参議院の後援者らの会合で、自らの政治信条を吐露したとして一体何が問題と言うのだろうか。それは言論の自由が認められている日本であれば当然であり、何ら問題にされる謂れはないはずだ。
このように書くと、必ず外務大臣としての立場をわきまえない軽率な物言いだとの批判が挙がるだろう。しかし、どうだろうか?私は次期総裁選出馬の意欲も示している麻生大臣が自らの「心情を正直に吐露した」発言としてこれを高く評価したい。
昭和天皇は敗戦から8回靖国神社を参拝なされた。参拝を中止したのはA級戦犯合祀とは何ら関係ない。三木内閣の時に私的参拝と公的参拝の区別の問題が持ち上がり、その決着がつかずに言わば時の政治権力の都合で休止してきたに過ぎない。
私の父は84歳になった今も元気で田舎で農業をやっている。朝早く起きて夕方遅くまで働く毎日である。赤紙一枚で戦争に徴集され海軍に配属された。私は幼い頃から、よく海軍時代の話を聞かされた。
アルバムを見たこともある靖国神社で皆が座り込んで映っている写真である。親父は航空母艦に配属され翔鶴(しょうかく) や 瑞鶴(ずいかく)に乗り両艦とも撃沈されたが、親父は海に投げ出され助かったという。
航空母艦には特別攻撃隊の若者も多数いたそうだ。出撃の時、全員が甲板に整列して一人一人が盃を交わし、最後に『天皇陛下万歳!』と叫んで飛んで行ったという。生きては二度と帰ることのない別れの時に、その『天皇陛下万歳!』の響きは胸を強く打ったと聞かされた。
もし、『天皇陛下万歳!』がなかったら、震えも止まらなかったろうし、流れる涙も止まらなかったはずだと親父は言っていた。では何故『天皇陛下万歳!』だったのか?死を明日に控えた夜に戦友は酒を飲んで歌を唄ったそうである。最後に全員が口を揃えて唄う歌は童謡の故郷(ふるさと)であったという。
♪
1 うさぎ追(お)いし かの山(やま)
小(こ)ぶなつりし かの川(かわ)
夢(ゆめ)はいまも めぐりて
忘(わす)れがたき ふるさと
♪
2 いかにいます 父(ちち) 母(はは)
つつがなしや 友(とも)がき
雨(あめ)に風(かぜ)に つけても
思(おも)いいずる ふるさと
♪
3 こころざしを はたして
いつの日(ひ)にか 帰(かえ)らん
山はあおき ふるさと
水(みず)は清(きよ)き ふるさと
私は親父の歌はただの一回しか聞いた事がない。子供の頃の町内会のバス旅行の中で唄った歌だ。勿論、この故郷(ふるさと)である。
我々<極右>は麻生太郎外務大臣の「天皇陛下靖国参拝」発言を断固支持する。
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