2006年08月21日
加藤紘一の詭弁を許すな!
加藤紘一氏の詭弁を許すな!
昨日、加藤氏はフジテレビとテレビ朝日に出演して、媚中発言と安倍批判を展開した。これまでの主張と大差はないが、今度はかつての盟友ではなく、ターゲットを次期首相の安倍官房長官に絞ったようだ。
先ず昨日の発言の中で明らかに偏った発言を検証することにしよう。彼は今回の小泉首相の靖国参拝について、中国側の反応は極めて自制的で大人の対応だった、としている。
これは次期政権を睨みポスト小泉を考えての行動だとして、その証拠に「8月15日には王毅駐日大使は中国に帰国していた」と語った。しかし、これは正確には小泉首相の靖国参拝阻止工作に失敗して、本国に呼び戻されていたという事ではなかったのか。
「靖国・中国・朝鮮半島」(道出版)という今年4月に出版された本があるが、ここに興味深い記事が掲載されている。
王毅・駐日大使が親しい日本人記者に困惑顔で言ったそうです。「小泉首相が今年の早い時期、つまり8月15日以前に靖国神社に参拝したら、中国人民の世論の矛先が胡錦濤国家主席の方に向かうだろう。これを何とか防がねばならない」
―ということは、もう目的を達したから帰国していたのかも知れない。
既に8月15日はかなり早い段階から折込済みで、中国にしてみれば国内事情で早い段階の方が嫌だったとも考えられる。前回の『加藤氏の舌禍を見逃すな!』でも紹介したように、中国の靖国批判は彼らの国の国内事情でもあるわけだ。
中国共産党は自らの一党独裁を人民に強いるには、どうしても大義名分が必要となる。それが「抗日戦争」であり、その勝利こそが最大の謳い文句となる。
共産主義に不満を抱く民衆を抑えるための方便として、靖国参拝を言っているに過ぎない。そのことを誰よりも熟知しているはずの加藤氏は、そのことにはフタをして、ひたすら「靖国参拝反対」だけを主張している。
加藤氏は安倍官房長官が東京裁判の評価について「後世の歴史に委ねるべきだ」と著書で述べていることに対して「根底に東京裁判否定がある」とこれを激しく攻撃した。
同じく番組に出ていた谷垣氏は冷静に「事後法で裁かれたので問題はある」と弁護士らしく答えたが「これを受け入れ、戦後社会に復帰した」とも語った。
東京裁判において裁かれたのは戦争行為そのものだったのか?戦前、全ての国家には交戦権が認められており、そこには侵略戦争を裁くなどという国際法は存在しなかった。
日本だけが悪者にされたが、原爆投下やソ連軍の60万人ものシベリア抑留・強制労働は何故に問題とされなかったのか?これは勝者による復讐劇以外の何ものでもなかった。
この東京裁判史観を正しいとして、一方的に国民に強要する傍ら次のように語っている。
「一方的な考えが主流になり、極めてナショナリスティックな方向になりつつある」
これは自民党の雰囲気を述べたものだが、自分の思う方向が出来ないと、直ぐにこれを民族主義のせいにしてしまう。
またこんな発言もあった。
「そう、安全保障から見れば日米同盟だというのはバカでも分かる」
しかし、それでは何故イラク派兵に反対したと自慢げに語るのか?
イラク派兵こそは日米同盟を堅固なものにするために、日本が苦渋の中で決断したことではなかったのか。
夢のような奇麗事を言って何が良くなるというのか。このような偽善者がテロ事件の被害者として、民主主義の守護者のように取り扱われる風潮こそ危険であると我々は指摘しておこう。
彼はテレビで犯人について「精神に不安定があったのではないか」と発言している。思想犯として認めたくない意図を感じた。それはそう発言することによって、自らの思想に問題がないことを暗に国民に分からせようとしている。
私はこの態度が許せないと思った。「発言を変えない」などと言うのであれば、このように相手を精神病者扱いするようなことは止めて、正々堂々と「右翼の暴力には絶対屈しない」くらいの事を言ったら良いだろう。そうすれば、右翼の暴力を糾弾している人達からも拍手喝采を受けるであろうに…。
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在日と右翼・民族派
在日と右翼・民族派
その実態と思想を考察する
今回の加藤紘一氏の生家に対する放火容疑で『大日本同胞社』という右翼団体が捜査の対象になったということで、幾つかのメールを頂きました。
似たような内容なので要約しますと、所謂同胞という文字を使用している点や事務所の住所が、朝総連関連施設と同住所であるから、在日朝鮮人ではないのか?
そのような指摘です。これに対して私は何の情報も集めていませんし、現在知る立場にはありません。また、この犯人の名前が公表されないことや、マスコミの中には団体名を公表しない所もあるので、何か裏に謀略的な動きがあるのではとの質問もありました。
これについてはそのような謀略の可能性は薄いと思います。その理由はマスコミは右翼の事件については、売名行為や団体の示威行為になるとして、個人名や団体名を公表しないケースはこれまでもありました。
ただ、今回のケースは個人名は公表されるでしょう。しかし、まだ本人の供述がとれないので、逮捕状が裁判所に請求されていない状況なのではないでしょうか。いずれ明らかとなるでしょう。最後まで公表されないとなれば、精神異常者(加藤氏が主張していますね)として措置されることになると考えられます。
これは考えられないことではありません。加藤氏としては相手が思想犯でなく、精神異常の暴漢にやられたという方が都合が良いからです。しかし、思想的背景がないとは思えない事件です。
さて、ここまでは一般の人でも分かる事ですが、もう少し踏み込んだ質問もあったので、今日はそれに答えたいと思います。この点に関してはやはり私のように長く右翼活動に携わって来た者でないと分からないと思います。
「右翼団体の7割は在日朝鮮人ということをネットで見ました。彼らは日本の民族派団体の中で活動をしていて、自分達の祖国への愛国心と矛盾しないのでしょうか?」
この右翼団体の中に占める在日朝鮮人が7割というのは、英国BBC放送が伝えたものらしいのですが、これは誤報と思います。私の知る限りではそんなに在日の人が多いとは思いません。
では、なぜそのような誤報となってしまったのか、それを考察するとその誤報の背景が浮かんできます。現在右翼といっても数多くありますが、中でも“行動右翼”と呼ばれる大きな街宣車で活動している団体の多くが、組織暴力団と何らかの関係にあります。
それは最高顧問や相談役という立場に組織暴力団の幹部を頂いている関係から、公安当局などはそのような団体を系列組織と見なしています。では、その団体の構成員がすべて組織暴力団員であるかといえばそうとは限りません。しかし、組織系列的には暴力団の配下であることになります。
そして、実は日本の暴力団社会の構成が、特に幹部とされる人達に占める在日の割合が極度に高いという現実はあります。おそらく7割前後ではないでしょうか。
つまり、英国BBC放送は行動右翼と暴力団の関係、そしてその上部団体の暴力団社会の幹部に占める「在日朝鮮人」の割合から、その数字を出したのであると想像します。
さて、次の質問です。在日なのに何故日の丸を掲げ、天皇陛下万歳なのか―という問題ですね。
正直言って私も当初そのことに対しては理解できないものもありました。しかし、彼らの中にもまた様々なケースが見られました。在日問題で多くの方の批判が寄せられた中で、私が最後まで皆さん方に理解を求めたのは、彼らの苦悩を私が実際に聞いたからでした。
例えば、自分がこれまで日本人とばかり思っていたのに、ある日突然自分が朝鮮人と教えられたケース。日本人と同じく日本の学校で学び、日本人の友達ばかりなのに、それを知らされた時のショックは想像を絶するものがあったでしょう。
しかし、自分は日本に生まれ、日本で育ち、この日本の土にしか還るところがないとの決意でいる人もいました。この人達にしてみれば、国籍は確かに朝鮮かも知れませんが、その心は我々日本人と何ら変わるものはありませんでした。
日本人でありながら朝鮮籍となった人については、以前お話をしています。朝鮮人の父と日本人の母の場合、本来は日本国籍も有しているはずなのに、父が日本国籍を返上した場合、大人になっても日本国籍を回復する事は出来ませんでした。
現在帰化条件が緩やかになりましたが、かつてこのような人達が日本人に帰化する道は事実上閉ざされていました。彼らは日本人以上に日本に対する愛国心に燃えていました。
それはそのような状況下にあったからこそ、余計に日本に対する愛国心に目覚めていたのであると思います。私は10年前にこのような行動右翼と呼ばれた人達との交際が途絶えているので現在の状況は分かりません。
また、現在と違うのは、彼らを排斥しないで受け入れるということに当時は抵抗感がなかったのも事実です。現在のように嫌韓という流れもなく、反共というスローガンの下では同志であったことは言うまでもありません。
さて、では現在ではどうなのか?
暴力団と一体と見做されている行動右翼はあまり変化がなさそうです。元々ヤクザ社会とはそのような朝鮮人差別がないところであり、現在においてもそう変化は見られないと言います。
竹島、日本人拉致問題にしても、日本国の立場と国益に沿った活動をしています。それが右翼としての正道であり、そこには個々の立場の入る余地はないからです。
相談役や顧問にそのような人がいても、いちいち運動に介入することはありません。これについては異論もあるかも知れません。逆なケースを指摘する人がいるかも知れませんが、それは極めて稀なケースでしょう。
ここまでの行動右翼に関しては、ある意味別世界の話です。では、純粋な思想右翼についてはどうなのでしょう。ここにはやはり変化が現れているようです。
ネットなどで嫌韓的な流れが出る中で、在日朝鮮人の右翼運動も明らかな変化が見られます。それは大アジア主義をより重視する考えです。特に李容九に対する歴史的評価がなされています。
http://seisantou-k.hp.infoseek.co.jp/
なお、紹介した上の大日本生産党は在日右翼ではありません。李容九という人物がどのような人か理解して頂くために紹介しました。
彼らは親日であり、そして反中です。その理由は大アジア主義に共感し、その理想であった満州国を讃えています。よって、その満州国を自分の手中に収めた中国共産党とは絶対に相容れないという訳です。
在日右翼は「反米反中」を掲げ、自らこそが日本右翼の正統なる後継者と任じているようです。「反米反中」は近年の保守思想を基盤としたネット右翼の考えにも共通しますが、彼らは徹底した嫌韓であり、両者が共闘することはないでしょう。
この問題については更なる考察が必要となります。我々《極右》は異端の右翼であり、また違った道を模索しています。しかし、このような右翼民族派全体の今後の動向には大きな関心を持って見守っているところです。
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2006年08月20日
徹底討論「靖国問題」
徹底討論「靖国問題」
小泉首相が靖国神社を参拝した翌日の産経新聞社を除く朝日・毎日・読売の各新聞、それから各テレビ局は一斉に小泉首相批判報道を展開した。
「浅慮な暴挙」(毎日)とか「支離滅裂で外交的挑発」(朝日)と最大の悪罵を投げつけ、扇動家とまで決めつけた。靖国参拝の意義よりも中韓の批判を優先させるいつもながらの報道ぶりだった。
いまやマスコミ界は完全に反日分子によって牛耳られてしまったようだ。彼らは常々「自らの過去を洗い出し、歴史を正しく学ぶ事だ」と国民に説教を垂れてきた。
そして「アジア諸国が今なお日本に疑いの目を向けるのは、自らの過去を忘れ対決してこなかったからだ」と決め付ける。もういい加減にして欲しいというのが、次代を担う若者の声だろう。
3日後に実施された共同通信社の世論調査で、小泉首相の靖国参拝を支持する国民は過半数を超えていた。更に当日(15日)、靖国神社には昨年を上回る25万人もの人が参拝に訪れた。
彼らマスコミは完全に国民の意志と反する行為を平然と行なっている。このような状況下において、今、我々は何を行なえば良いのか。その明確なる見取り図を共に描こうではありませんか。
今朝は多くのテレビ局が「小泉首相の靖国参拝」について、討論を行なうそうなので、それらの報道を見ながら進めたいと思います。是非とも皆さんの考えをコメントして下さい。
政治テロ容認発言言
今回の加藤紘一元自民党幹事長の実家が、右翼団体の構成員によって放火された事件に関して、多くの方々から賛否両論のご意見が寄せられました。
この問題をなぜ取り上げたかですが「卑劣なテロ・言論に対する重大な挑戦」などと言った主張が当然予想された中で、これをあえて取り上げた真意について申し上げます。
私の一番尊敬する石原慎太郎先生は、時には驚くような発言をして物議を醸してきました。例えば「北朝鮮のミサイルが落ちないと日本は変わらない」と著書の中で記しておられました。
勿論、ミサイルが落ちたら大変なことになりますが、このように表現することによって、国民に警鐘を鳴らしているわけです。石原先生は北朝鮮外交における外務省の姿勢を厳しく批判して次のように述べた。
「爆弾を仕掛けられて当たり前だ」
これは『建国義勇軍』というグループが、外務省の田中均外務審議官宅に不審物を仕掛けたことに関してのコメントでした。この「当たり前」発言が多くの人の度肝を抜きました。
この発言に対してコメントを求められた平沢勝栄代議士なども「テロを容認する」と断じて、公人として不適切と指弾したほどだった。この時も私は石原先生を支持して掲示板に次のように投稿した。
「外務省高官一人の生命をそれほど重要視するなら、彼ら外務省によって身の安全を放置されてきたに等しい拉致被害者の生命については何と心得ていたのか」
「国家は拉致被害者を救い出す義務と責任があったはずだが、その不履行の繰り返しによって新たな犠牲を生み出しかねない事態へと国民を追い込んでいる。その怒りの矛先が爆弾事件を誘発したとは考えられないか」
石原先生がテロを肯定ともとれる発言をしたのはこれが初めてではなかった。昭和35年の浅沼稲次郎社会党委員長暗殺事件に触れ「ああいう軽率な発言を繰り返す政治家はいつか刺されるだろうと思っていたら、その通りになった」とまで述べたことがあります。
また、月刊『世界』については「あんな雑誌は天誅ものだな」と切り捨てたこともある。この「当たり前」発言に対して、当然世論の受け止め方は厳しかった。
しかし、私はこの石原先生の勇気ある発言に感動すら覚えた。それは後に石原先生をよく知る人から次のように聞いたからでした。その発言の真意をこの時に知りました。
「政治とは生命を賭して行なうものであり、政治家はテロの標的になる宿命を背負っている事を、全ての政治家や官僚、そして国民に訴えたかった」
この裏を返せば、己の政治は、常に都民並びに国民の生命財産を守るために行なっており、決して己の生命に危険が“及ぶ事”はないとする自負の表れでもあったのです。
世論調査では70%以上の人がこの「当たり前」発言には批判的でした。しかし、だからと言って石原都知事自体が否定されたわけでもないのは当然でした。
今回、当ブログにも批判はありましたが、賛同するコメントも多くありました。「極右などいらない」という意見があったので、普段はコメントを入れないような方が、逆に積極的に支援してくれたようです。
数字がそれを如実に物語りました。
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これは私の主張を支持した数字ではなく、極右の存在を必要と思う人達の数字であったと思っています。つまり、現況の日本において、この「極右」の存在を皆さんが認めてくれたのではないかと思っています。
私はこのブログを始めるにあたって書きました。
「中国は日本の極右と言うが、日本に極右など存在しないも同じだ!しかし、そこまで極右というなら極右を本当に台頭させようではありませんか!」
最後に心配をして頂いた方に深く感謝申し上げます。
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