2007年04月29日
昭和維新とは何であったのか
祝 昭和の日
昭和維新の背景と農本的蹶起
昭和の時代は、戦前の戦争の時代と、戦後の平和な時代とに大別できます。私は戦後の平和な社会の中で生まれ育ち、有り余る自由の中で豊かさを満喫して生きて来ました。
昭和初期、戦争の時代を経験した人からすれば、何不自由のない社会の中で、生きてこられた戦後生まれの日本人は羨ましくもあり、また幸せであると思っているかも知れません。
今日は「昭和の日」でもありますので、昭和の幕開けと昭和維新について簡単に触れてみたいと思います。明治維新は書物や映画・テレビなどで取上げられ、多くの人が知っていますが、昭和維新については殆どの人が知りません。
明治維新は西欧列強のアジア侵略と植民地化の動きの中で、幕府が西欧列強に対して弱腰となって屈辱的な通商条約を結んだために、若き志士達が祖国の将来を憂い、「尊皇攘夷」を掲げ立ち上がったものです。
では、昭和維新とはどのような背景から現われたものであったのでしょうか。
この昭和初期には、わが国では議会制民主主義が曲がりなりにも機能し始めていました。政党政治は普通選挙を勝ち取ったのです。
しかし、その政党は混雑と腐敗ぶりが激しく、民衆は期待を持つどころか、疑惑の目で見ていました。当時の左翼運動もコミンテルン(モスクワ共産党司令部)から流入する資金によって活発となるばかりでした。
当時、最大の力を持っていたのは軍部でありましたが、まだ軍部が政治に直接関与する状況にはありませんでした。若い兵士の間には、このような左翼活動の激化、政党の腐敗と堕落を憂いる者が多かった。
昭和元年は年末わずか6日間で昭和2年となり、途端に3月の金融恐慌を迎えたのです。政府要人の軽率な発言が取り付け騒ぎを誘発、東京渡辺銀行が破綻しました。
たちまちの内に全国に波及―、大不況の時代がやってきました。この頃から日本政界の混迷が始まりました。満州に進出した日本軍は膠着状態にあり、国際的にも孤立感を深めていった。
ロンドン条約が昭和4年に始まり、日本は明らかに日本に不利な状況で調印され、また西欧列強諸国に対する反発が強まりました。このような中で右翼陣営も活発に動き出したのです。
しかし、所謂右翼と称された人々もまとまりに欠け、軍部と必ずしも癒着状態にあったわけではなく、その組織体としては左翼や軍部と比較すれば弱小の状態でした。
右翼は草莽崛起のかたちで問題提起を行なっていましたが、それはバラバラで国民に呼びかけるほどの力にはなってはいませんでした。昭和維新とはこのような組織体が明確にならなかったことも、後に正しく伝わらなかった原因とも思います。
しかし、この右翼の掲げた昭和維新に共鳴する軍部の若手将校の動きが活発化する事件が起きました。事件というよりは天災です。昭和6年になると東北地方は大飢饉に見舞われたのです。
農村は窮迫し、餓えて死ぬ人が出ました。農村の娘は遊郭へと売られていった。悲惨な状況の中で、昭和9年にもまたしても大冷害に襲われました。政府の対策はなきに等しく、政党や政治家もなす術がなかった。
その窮迫農民の子弟たちが兵士の中にたくさんいました。自分の親が餓えて死に、妹達は娼婦として売られていく。その嘆き、憤りは次第に、その社会体制を変えようとする維新を求める声となっていきました。
昭和維新とは窮迫した農村出身者の若き兵士達が、当時の特権階層、既成政党、財閥、官僚を倒して、農民労働者国民の蹶起によって新しい国を創ろうとしたものでした。
その思想の中心には農本主義があり、多くの青年兵士はそのことに維新の夢を賭けていたのです。中心となった三上卓、黒岩勇、山岸宏らは首相・犬養毅を暗殺したが、犬養は明治以来、玄洋社浪人系の愛国者志士とつながりの深い人物だった。
その犬養が真っ先に殺されたという背景は、この昭和維新を見る上で象徴的ではなかろうか。憂國至情の草莽者たちによる昭和維新の夢は潰え否定された。しかし、農村の疲弊を正そうとした、その精神までもが否定されたわけではない。
そして今日、我々は平成維新の旗を掲げました。明治維新のように刀で斬りあうこともしません。昭和維新のように銃口から火を吐くこともありません。我々は一台のパソコンによって日本の維新を勝ち取るのです。
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2007年04月28日
日米・北朝鮮追加制裁へ
日米、対北朝鮮で追加制裁へ!
米国・北朝鮮融和路線を転換
日米の首脳会談では、日米は連携して北朝鮮に対して核放棄に向けた6者協議の合意を迫り、それを北朝鮮が受け入れなければ新たな追加制裁を加えることが発表されました。
昨日の朝にブログで書いたことが的を射ていたようです。つまり、対北朝鮮外交で妥協派と強硬派がせめぎあっていた米国において、日本の安倍総理が絶対に妥協をしないと宣言して乗り込んだことが、米国の対北朝鮮外交を変えたのです。
ブッシュ大統領は次のように述べました。
「北朝鮮が約束を守らないなら、制裁措置を行なう能力がある。忍耐力は無限ではない」
かねてより、経済制裁は宣戦布告と見なすと脅しをかけていた北朝鮮に対して、その経済制裁措置を行なう能力があると述べたのは、これはイラクへの派兵があっても、北朝鮮との戦争遂行能力があると宣言したのも同然です。
安倍総理も「厳しい対応を取る」と答えており、日米両国は暴虐な共産主義独裁国家に対する締め付けを強めることで合意した。これは米国の政権中枢における北朝鮮融和路線が後退したことを意味します。
ブッシュ大統領は昨年4月、日本人拉致被害者・横田めぐみさんの母である横田早紀江さんと面会した。その時「自分の人生でこれほど心が張り裂ける思いは初めてだった」と、その心情を吐露していました。
安倍総理はブッシュ大統領のその心情に働きかけました。ブッシュ大統領の拉致被害者に対する思いやりは、他のどの国の指導者よりも強いものでした。
「時間がたっても娘に対する母親の愛情は薄れることはない。彼女の悲しみは本物であり、私は彼女のホワイトハウス訪問によってそれを知った」
この時の面会でブッシュ大統領は、北朝鮮の金正日を厳しく批判しました。
「指導者が拉致を奨励するとは人間としての心を持ち合わせていない」
いかにブッシュ大統領が横田さんとの面会に感動を受けたかは、昨年11月の記者会見でも明らかにしていました。
「私の大統領としての、最も意義深い瞬間のひとつ」と、この時のことを回想したのです。
安倍総理が毅然たる姿勢を貫き、北朝鮮への批判を強めているからこそ、同盟国である米国の大統領はその姿勢に心を打たれたのであると思います。
さて、同時に安倍総理は慰安婦問題で次のように述べ謝罪しました。
「慰安婦の方々にとって非常に困難な状況の中、辛酸(しんさん)をなめられたことに対し、人間として首相として心から同情している。そういう状況に置かれたことに対し申し訳ない思いです」
これに対してブッシュ大統領は次のように言葉を返しています。
「首相の謝罪を受け入れる。大変思いやりのある率直な声明だ。過去からの教訓を得て国を導くのが我々の仕事だ」
安倍総理の発言に対して、国内においては不満も出ると思います。しかし、米国マスメディアや議会における、この問題への批判を沈静化させるための発言であれば、これはやむを得ないものであると思います。
私はガチガチの保守派とは違います。この問題では今回の安倍総理と同じ見解を、このブログの中でも書いてきました。日本人であれ、朝鮮人であれ、女性がそのような境遇の中で生きなければならなかったことを批判するつもりはありません。
戦前は娼婦制度は認められていました。現在も売春防止法があっても、事実上のそのような商売はあります。そこで働く女性を一方的に私は批判しません。
この点については、かなり厳しい批判もあるかも知れません。しかし、私はそのような境遇の中で生きている女性に対する思いやり、それもまた人間として持たねばならないものであると信じる一人です。
その意味から私は「辛酸をなめられたことに対して、人間として首相として、心から同情する」とした言葉に共感しました。これは私の思いであって、国益を損ねたとか、国民の誇りを傷付けたという議論とは違う観点から申し上げています。
さて、慰安婦問題などで西尾幹二先生の産経新聞での文章が話題になっているようです。このことについては2ちゃんねるでも、私に対してどのように思うのか―という書き込みがありました。
ここでも紹介させて頂き、私の考えも述べさせて頂きます。
905 名前:右や左の名無し様 :2007/04/27(金) 14:37:40 ID:Ozxn1RZr
【正論】評論家・西尾幹二 慰安婦問題謝罪は安倍政権に致命傷
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/070427/srn070427000.htm
保守の本当の声を結集できる胆力を持った首相の出現を待つ。
906 名前:せと弘幸 :2007/04/27(金) 19:23:07 ID:vCSFU70L
西尾幹二先生は私も尊敬しております。特に「戦略的鎖国論」は素晴らしいと思います。
今回の安倍総理への批判ですが、今回ばかりは失望しました。何に失望したかと言えば、この問題を安倍総理一人の責任問題としている点です。
もし、西尾先生も愛国者を任ずるならば、評論家としての立場からの声ではなく 、共にこの国難を乗り切ろうとする気概を見せて欲しかった。
私は維新政党・新風を支持していますが、同時に安倍総理が掲げた戦後レジームからの脱却にも共感を持つものです。新風が自民党ほどに急成長することは、容易ではありません。ならば、ここは安倍総理にも一つ頑張って頂きたい。
熱いエールを送ることこそ必要なのではないでしょうか。
このコメントに補足させて頂きます。メールでも頂きましたが、安倍総理を支持することと、維新政党・新風を支持することに矛盾はないのか―との質問について、私はそのようには思いません。
日米関係は従属関係にあります。この点は正していかなくてはならない。しかし、それを焦って行なうことは国益に照らし、必ずしも得策ではありません。
我々は国力をもっと強くする必要があります。団結し国民の意思を統合するための努力をしていかねばなりません。それは簡単なことではないでしょう。
だからこそ、我々は大変革を求める維新の旗を掲げることにしました。この維新運動によって日本の政治を変えていきます。私は評論家ではありません。在野の憂国の士として、この戦いに参加しています。
戦後レジームからの脱却を唱える安倍総理を孤立させてはいけません。勿論、新風を応援するものとして、自民党を支持してはいませんが、安倍総理の目指す、戦後体制(レジーム)からの脱却は、我々の目指す政治方向と重なるものであると思っています。
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2007年04月27日
パチンコ大手が600億円の負債で倒産
パチンコ業界の闇 ��
広がる国民のパチンコ離れ
パチンコダイエー破たん 東北など43店、負債600億
パチンコ業界大手のダイエー(福島県会津若松市)は27日、民事再生法手続きの開始を東京地裁に申し立てた。帝国データバンク仙台支店によると、負債額は約600億円になるとみられる。東北の企業倒産としては、2003年の不動産業関兵精麦(仙台市)の674億円に次ぐ過去4番目の規模で、パチンコ業界では東北で最大。
同社は1965年の創業。福島を中心に宮城、山形、栃木などでパチンコ店41店、カラオケ店2店を経営。宮城県内には仙台市泉区と名取市にパチンコ店がある。
06年3月期には、業界で全国6位の2221億7700万円の売り上げを計上した。
しかし、首都圏への積極進出が裏目に出て、過剰投資で借入金が増加した上、既存店の売り上げも振るわず、資金繰りが悪化した。
同社によると、営業は今後も継続するという。パートも含めた約1500人の従業員には、「これから説明する」という。
このニュースには驚きました。私がかつて福島に戻っていた時に遊びで行った店が、このダイエー・グループだったのです。実はこのパチンコ企業は、福島では一番活発な動きを見せていました。
栃木、埼玉、群馬、茨城などの首都圏では「福島勢」と言われる3つのパチンコ店企業が進出し、地元業界からは脅威の目で見られていたのです。
最大のパチンコ店が、このダイエー企業グループでした。まだ、HPは閉じられてはいないようです。
http://p-daiei.com/
次に大きかったはニ楽グループ(本社・福島県郡山)
http://www.niraku.co.jp/
三番目が吉原産業グループ(本社・会津若松)
http://www.p-jumbo.net/pc.html
アドレスを紹介したからといって、別に宣伝しているわけではないので、誤解をなさらないで下さい。この福島勢は3羽ガラスと言われ、パチンコ業界では元気なほうだと思われてきました。
この3グループは、かつてはいずれも北朝鮮系でした。ダイエーの経営者に関しては日本人に帰化しています。その理由ですが株式上場を目指して、社債を発行した際に、オーナーが日本人でないとマズいということで帰化したと言われました。
ダイエー・グループ以外の2つについては、現在も北朝鮮籍なのかは分かりませんが、ダイエーに関しては、「もう北朝鮮とは関係ない」と本人が語っていたと聞いていました。
拡大路線を突っ走ってきたのは、とにかく売り上げを伸ばして、株式上場を狙っていたわけですが、前にもお知らせしたようにナスダック市場はパチンコ店の上場に関しては時期尚早として、これを当分の間、凍結するとしたので影響があったのかも知れません。
日銭が入るパチンコ業などは倒産することはない―とこれまで見られて来ましたが、余程資金繰りに困ったのでしょう。地元のパチンコ企業の倒産だけに驚きました。
パチンコ産業は30兆円という巨大な市場に成長して来ましたが、全国的に見れば、マルハン・グループ(本社・京都)、ダイナム・グループ(本社・東京)などのグループの寡占化が進んでいると言われています。
ダイエー・グループなども何故か、このマルハン・グループとは折り合いが悪かったようで、出店地の近くには必ずと言って良いほどマルハンの店がありました。互いに競っていたようですが、やはり1兆円企業のマルハンには及ばなかったようです。
無理な拡大路線もさることながら、最近はお客が急速に減っていたと言われていました。北朝鮮の拉致問題やミサイル・核問題などで、その資金源となるパチンコに批判が出てきたのではないでしょうか。
民事再生を申請したそうですが、このような違法賭博を行なう企業に、そのような裁判所の指導管轄が及ぶのか、それが注目されます。民事再生とは一般の債権者が合意すれば、裁判所は管財人を指名して、営業を再開させます。
管財人は弁護士の時もあれば、税理士、あるいは再建に名乗りを上げた企業家でも構わないと思いましたが、今後このような事態は続くと思われるので、注目していきたいと思います。
潰してしまうのか、それともまた朝鮮系の企業によって営業が再開されるのか。もしくは政府や自治体が買い取って国営、或いは公営としてやっていく道も模索すべきかも知れません。
「舞鶴稲荷神社」乗っ取り事件・現地レポート
http://www.youtube.com/watch?v=XQQRo44IbBk
在日朝鮮人パチンコオーナーによって乗っ取られた破壊された稲荷神社
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