2024年02月12日
自叙伝 福島では最大の勢力
福島では最大の勢力
単独では街宣車7台、会員が60人
福島県では街宣車7台を持つ勢力の憂国同志会として活動をしていた。
勿論、他には国粋系の団体、大日本愛国党などの全国組織もあった。よってこれは単独でと言う話です。

ヒトラー思想のススメ―自然と人類を救済するナチス・ヒトラー世界観
篠原 節 (著), 瀬戸 弘幸 (著), 世界戦略研究所 (編集)
話しは後で記述しますが。私は他の右翼の連合隊に所属したことはない。
強いて言えば篠原節会長の縁で青年思想研究会とは付き合いがあった。
全愛会議、事対協などにも入らず、全くの一本独鈷でした。
勿論東京に行ってもどこの任侠団体の下に入ったこともない。
街宣車7台で東京にも何度も出かけたが他の団体も非常に不可解な団体とみえたでしょう。なぜ、これだけの組織ができたのか?
それは福島時代、竹内陽一氏、熊久保勅夫氏、古市滝之助氏、この三人が私を応援してくれたからでした。応援と言うよりは右翼を自分の為に利用したからでした。
竹内氏、熊久保氏の二人は東北の長者番付に載るほどのカネを持ち、古市氏は棚倉町の酒造株式会社の社長でした。
2024年02月11日
崩れる日本社会
崩れる日本社会
産経新聞が伝える
日本の危機
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今日の一面は「性自認は女性」
昨夜の一面は「外国人育成就労に転換」
タイトルだけで、中身を読まなくともわかる。
つまり日本社会が崩壊していくことを嘆いての記事です。
だから私は産経新聞を購読しています。当然のことです。
今朝の産経新聞を参考に考えてみます。
戸籍上は男性でも自分は女性だと自認しているいわゆるトランスジェンダーの生徒をめぐり入学を認める学校が増えつつあると言うのです。
これは政府が決定したことでそれは増進される。保護者の同意は難しいとも書いています。しかし、反対する保護者には差別主義者のレッテルが貼られ、ヘイトやめろの声が渦巻く。
この事を恐れたのが百田先生であり、日本保守党の立ち上げに繋がった。
本当に日本社会は根底から崩れ去ろうとしています。
来る選挙では日本保守党にぜひ勝利してもらいたい。
産経新聞が伝える
日本の危機
今日の一面は「性自認は女性」
昨夜の一面は「外国人育成就労に転換」
タイトルだけで、中身を読まなくともわかる。
つまり日本社会が崩壊していくことを嘆いての記事です。
だから私は産経新聞を購読しています。当然のことです。
今朝の産経新聞を参考に考えてみます。
戸籍上は男性でも自分は女性だと自認しているいわゆるトランスジェンダーの生徒をめぐり入学を認める学校が増えつつあると言うのです。
これは政府が決定したことでそれは増進される。保護者の同意は難しいとも書いています。しかし、反対する保護者には差別主義者のレッテルが貼られ、ヘイトやめろの声が渦巻く。
この事を恐れたのが百田先生であり、日本保守党の立ち上げに繋がった。
本当に日本社会は根底から崩れ去ろうとしています。
来る選挙では日本保守党にぜひ勝利してもらいたい。
2024年02月10日
自叙伝を考える
自叙伝を考える。
どこまで正直に書けば良いのか
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昨夜色々考えていたら寝坊してしまいました。
もうお亡くなりになった人もいれば存命中の人もいます。
私がやって来たことと言えばこブログを書き続けてきたくらいです。
確かにそれは自慢という事はないが、この長年続けてこれたのは正直言って驚いています。
まだアクセスする人がいることは本当に感謝します。
私が書き始めた時から今もって知っている人は少ない。
実際にお会いした人もいる。
その多くが、私が新風から参院選挙に出馬した時に知り合った人です。
そういえば新風の候補者であった柘植まさじさんは、今は日本国民党に移られ元気に活躍されておりブログも書いている。
新風の関係者は今でも連絡が取れる人も何人かおります。
行動する保守運動や在特会では桜井さんや何人かの人もおります。
主権回復の会の西村修平さんとは最近、川崎で一度お会いしたが、現在は鈴木さんの日本国民党におると聞いた。
そういえば村田春樹さんとも電話で最近お話した。
消えていった人も多い、最初から熱心だと長続きしないとは誰かが言っていた。
大阪遠征、川崎での戦い、この辺りになるともう多くの人が知っているので避けたいと思うが、記録として残す必要はあると思います。
さて本日はまだ福島時代の話です。丁度右翼団体を作り華々しく活動していたの頃です。
福島では3人の傑物と知りあい良く面倒をみて頂いた。
古市滝之助、熊久保勅夫(ときお)、竹内陽一氏の三名です。
熊久保さんは那須サファリパーク、東北サファリパーク、岩手サファリパークなど三つのサファリパークを経営し、『俺の人生三百年 600円を150億にした男』(市井社)などの著書もある。
所得番付にも載り、竹内氏と共に東北一となった。
古市(東駒酒造4代目)氏は逆で、老舗の酒造株式会社を倒産させ、その会社東駒の社長に私が就任、30歳代で銀座のビルを所有することなり、東京進出を果たした。
今は皆さんお亡くなりになりましたが、関係者はまだ生きているので取材したい。
どこまで正直に書けば良いのか
昨夜色々考えていたら寝坊してしまいました。
もうお亡くなりになった人もいれば存命中の人もいます。
私がやって来たことと言えばこブログを書き続けてきたくらいです。
確かにそれは自慢という事はないが、この長年続けてこれたのは正直言って驚いています。
まだアクセスする人がいることは本当に感謝します。
私が書き始めた時から今もって知っている人は少ない。
実際にお会いした人もいる。
その多くが、私が新風から参院選挙に出馬した時に知り合った人です。
そういえば新風の候補者であった柘植まさじさんは、今は日本国民党に移られ元気に活躍されておりブログも書いている。
新風の関係者は今でも連絡が取れる人も何人かおります。
行動する保守運動や在特会では桜井さんや何人かの人もおります。
主権回復の会の西村修平さんとは最近、川崎で一度お会いしたが、現在は鈴木さんの日本国民党におると聞いた。
そういえば村田春樹さんとも電話で最近お話した。
消えていった人も多い、最初から熱心だと長続きしないとは誰かが言っていた。
大阪遠征、川崎での戦い、この辺りになるともう多くの人が知っているので避けたいと思うが、記録として残す必要はあると思います。
さて本日はまだ福島時代の話です。丁度右翼団体を作り華々しく活動していたの頃です。
福島では3人の傑物と知りあい良く面倒をみて頂いた。
古市滝之助、熊久保勅夫(ときお)、竹内陽一氏の三名です。
熊久保さんは那須サファリパーク、東北サファリパーク、岩手サファリパークなど三つのサファリパークを経営し、『俺の人生三百年 600円を150億にした男』(市井社)などの著書もある。
所得番付にも載り、竹内氏と共に東北一となった。
古市(東駒酒造4代目)氏は逆で、老舗の酒造株式会社を倒産させ、その会社東駒の社長に私が就任、30歳代で銀座のビルを所有することなり、東京進出を果たした。
今は皆さんお亡くなりになりましたが、関係者はまだ生きているので取材したい。
