2024年01月18日

自叙伝 大日本愛国党

自叙伝 大日本愛国党

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私が大日本愛国党に興味を持ち、入党を考えたのは事実でした。
しかし、当時の私は政治家になろうとしていたのも事実でそこまでの勇気はなかった。当時の私は自民党に席をおき、福島民主主義研究会と言う名で、活動していた。自民党会館で勉強会を開きそこで学んでいた。

メンバーは駐在員の国士舘を卒業したばかりで、それでも最年長、一人は地元国会議員の秘書、そして戦前の国柱会(法華宗系在家仏教団体)の信者の牧場経営者などでした。この宗教法人国柱会との関係はその後の私の人生に少しだが影響を与えた。

 この自民党にいたことで、私は愛国党とは違った右翼の道に進むことになる。自民党にいた時に糸山英太郎と言う人物が、参院の全国比例区に出馬した。

その時に私は一番若かったので、その選挙運動の手伝いをさせられた。選挙運動をする中で東京の右翼団体の人間と知りあった。それが民族思想研究会の篠原節と言う人物でした。

 この選挙で自民党は大敗をし、共産党が伸びた。私は危機感を抱き、この篠原会長の所に行きいろんな話を聞くようになる。

 数週間後、篠原会長から誘いがきた。東京で初めて勉強会に出た。小玉誉士夫という人物の話でした。その時にいたのが、時の大蔵大臣水田三喜男。時の大蔵大臣が
小玉誉士夫に頭を下げる光景に正直ショックを受けた。そこから、私の右翼活動が始まる。
  

Posted by the_radical_right at 18:49 │ mixiチェック