天安門広場6・4流血の惨事から20年
シナ・中国は本当に変わったのか?
天安門事件の元学生リーダー、「ネットが中国に変化もたらす」
[ワシントン 2日 ロイター] 今月4日の天安門事件20周年を前に、当時の民主化運動の学生リーダーだった王丹氏(40)が2日、当地でロイターのインタビューに答え、インターネットが中国に民主化への変革をもたらすなどと語った。
現在、ロサンゼルスで亡命生活を送る王氏は、MSN、スカイプ、ツイッター、フェースブックといったインターネットサービスを利用しているおかげで、「中国本土にいる多くの人とコンタクトでき、亡命中だという気がしない」と言う。
王氏は、自分が亡命した1998年に比べ、現在の中国がはるかに豊かで影響力を持つ国になったことを認めながらも、共産党の一党独裁が依然続いていることから、「政府の基本的な特質は変わっていない」とみる。
しかし、インターネットが国と社会とのあつれきにおいて重要な武器になるとの見方を示し、「政府はインターネット上の市民社会の活動をコントロールできなくなっている」と指摘。インターネットやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)によって「厳しい検閲があったとしても、ますます多くの若い世代が真実を発見することができる」と語った。
国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が同日発表した報告によると、中国のすべてのメディアとインターネットで、天安門事件の情報について報道管制が行われているという。
また王氏は、オバマ米政権を含む多くの西側政府が、経済と政治両面の影響力から中国を容認しているように見えることに失望しているとした上で、「西側政府は中国の未来である市民社会にもっと注意を払ってほしい」と訴えた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090603-00000757-reu-int
この天安門での大虐殺から20年を経て、本当にシナ・中国は何かが変わったのか? この問いに対する答えは下記の言葉が示していると思う。
天安門事件のかつてのリーダーが「基本的な特質は何も変わっていない」と述べているが、まさにその通りだ。共産党の一党独裁体制が変わらない限りにおいては、何も変わるはずもないのです。
全世界を震撼させたこの天安門事件の背景とその真相については、これまで多くの識者が追究してきました。様々なことが書かれてはきましたが、端的に要点だけをまとめてみましょう。
1 「経済的には資本主義」で「政治的には共産主義」という矛盾
2 「社会主義思想」或いは「共産主義思想」の残虐性と暴力性
3 人民には銃を向けないという「解放軍神話」の崩壊
4 国際社会を敵に回しても貫徹するという中共脳
まだまだ挙げることが出来ますが、実はここに挙げた4点だって現在も同じであり、このような上にシナ・中国という国家が成り立っているということです。
経済の開放政策という厚化粧の下には、このような老醜の素肌が隠されているのです。つまり、シナの国家の内実とはいつまた天安門事件が起きても不思議ではない状態に押し込められたままだということです。
あの天安門事件での人民の要求は、現実に即しても正当なものであった。経済の近代化路線とは政治の「自由化要求」へと結びつくものであった筈です。
しかし、それはシナ共産党の一党独裁支配体制の終焉を意味するからこそ、彼らは人民に銃を向けデモ隊を戦車のキャタピラで踏み潰すという暴挙をためらわなかった。
国際社会がどのように反応するかなど全く意に介さずにそれをやり遂げることが出来るのは、まさにシナ・中共脳がいかに近代国家からかけ離れたものであるかの証左でもありました。
シナ・中国が何も変わらないということと、実はこの事件を目の辺りにしても何も変わらないのは日本も同じであった。つまり、中共脳も日本の指導的立場の脳もほぼ同じと言っても言い過ぎではないようだ。
1 このような国に「軍国主義の復活」の危険性があるなどと内政干渉を今も受けているのに反駁しない
2 対シナ・中国コンプレックス払拭の格好の機会であったのに、今尚「中国・被害者」「加害者・日本」論が横行している
この事件で国際的に孤立したシナ・中国共産党をいち早く助けたのは日本だった。それでいながらシナ共産党幹部から感謝されてもいない。日本の政治指導部が、加害者・被害者論に振り回されている内は何をやってもダメなのです。
日本経済界のお偉方はこの時に「中国批判は慎重に…」と説いて回った。日本の経済界こそシナ・中国の主張する「被害者論」に巧みに同調することで、政府にODAを継続させそこに群がった。
この天安門の事件から垣間見えたのは、実はこのようなことではなかったか。
「人民解放軍が国を左右する」シナ・中国
「財界(経団連)が国を左右する」日本
☆デモ行進のお知らせ
PeeVee.TV版
http://peevee.tv/v?5jj2d0
YouTube版
http://www.youtube.com/watch?v=xSheEA4TdgI
警察官よ! 凶悪支那人への発砲を恐れるな!
<国民は警察官の発砲を断固支持する>
凶悪犯罪者から訴えられる警察官を守れ!
【日時】
平成21年6月7日(日) 13:30集合 14:00出発
【場所】
渋谷・宮下公園
警察官の携帯する拳銃は、国民の生命・財産・安全を守るため、さらには自らを凶悪犯から守るために国民から貸与されている。然るべき状況において、躊躇なく発砲してこそ貸与されている意義を全うするのである。
今、この警察官の発砲が犯罪をしでかした当の凶悪犯によって訴えられ、裁きの場へ引きずり出される異常事態が起きている。
◆平成18年、栃木県警の警察官は不法滞在支那人が抵抗するのでこれに発砲、この支那人が死亡した。今、この警察官は民事では完全勝訴したが、不審判という刑事事件でもって法廷に引きずり出されている。原告は犯罪支那人の家族。
◆平成16年、急発進を繰り返す車がパトカーに衝突させるなど激しく抵抗。これに対し、神奈川県警の警官が発砲、犯人は右脇腹に弾丸を受け下半身不随となった。これを犯人側は裁判に訴え、判決は犯人側が一千百五十万円の勝訴となった等々…。
国民の生命・財産・安全を守り、警察官の使命を全うした警官が表彰されるどころか、犯罪者から逆に裁きの場へ引きずり出され、罪人に仕立て上げられる奇怪極まる異常事態と言わざるを得ない。
この異常は即、職務遂行にかける警察官の士気を萎縮させると共に、治安を根底から破壊する恐るべき事態へ進行する。
警察官が体を張って国民の生命・財産・安全を守るからこそ、我々国民は警察官を信頼する。その信頼関係の上に世界に誇る日本の治安が維持されているのだ。発砲警察官の職務を断固として守ることは国民に課せられた義務でもある。
【呼び掛け】
主権回復を目指す会 NPO外国人犯罪追放運動 せと弘幸Blog『日本よ何処へ』 在日特権を許さない市民の会 外国人参政権に反対する会・東京 ほか市民団体および有志一同
※雨天決行、プラカードの持参歓迎
【連絡】
西村修平(090−2756−8794)
有門大輔(090−4439−6570)
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