靖国の英霊に「国を守る」決意と誓い
映像サイトは左の写真をクリックするとご覧になれます。桜井誠が新党設立宣言!反天連殲滅戦 8・15 反日勢力に怒りの鉄槌を!九段下於 平成28年8月15日
チャンネル: せと弘幸 公式チャンネル 「日本よ何処へ」
東京都知事選挙において忽然と立ち上がり多くの愛国者の心を揺さぶった桜井誠氏が、その興奮もまだ冷めやらぬ昨日新しい政党を立ち上げることを宣言した。(映像は上の映像チャンネルにおいてご覧ください。)
この日行われたデモで挨拶に立った私は東京都知事選挙の熱気を全国に拡大し、今こそ国民の結集を図らねばならないと訴えた。デモに参加する為に集まって来た人達には、これまでとは明らかに違う決意がみなぎっていた。
デモのスローガンやシュプレヒコールはとても良かった。
靖国神社で全国から集まった「行動する保守運動」メンバーの訴えが続いた。私は昨年もそうでしたが、この演説には加わらず旧友らとの再会に勤しんでいた。この日は全国から多くの人がやってくる。
年に一度この日しか会えない人も多い。後ろの方にいるとそのような人に声をかけられる。それが楽しみの一つでもある。今年一番驚いたのは「瀬戸さんですよね、私分かりますか?」と声をかけてきた男性だった。
私が東京に出て来た頃に私の隣の部屋に住んでいた、当時はどうみてもやんちゃな若者だった。30年目にしての再開だった。失礼ながら私は「どちら様でしたか?」と相手が名乗るまで思い出せなかった。
さて、そのような旧友との再会などを楽しみにして過ごしていると、突然桜井誠氏の演説が始まった。そして新党結成の宣言、多くの全国の同志がこの言葉を待っていたのではないか?
桜井誠とは今や特別な存在となった。

これに度肝を抜かれた人は多かった筈だ。都知事選挙最終日における秋葉原の光景である。この映像を載せたユーチューブの映像のコメント欄に次のように書いた人がいた。
これだけの人を集める事が出来るのは安倍首相くらいしかいないと思っていたが、一体どういう人なのですか?今何かが変わろうとしているのを肌で感じます。
そうです、今何かが変わろうとしている。否変わらねばならない時なのです。昨日もこんなことがあった。桜井誠氏の演説が終わった後に隣の老人が「あの演説を今した人は誰ですか?」と尋ねてきた。
私が「桜井誠という人です。」と答えると「何をしている人ですか?」と又訊き返してきた。
「我々と同じ普通の人ですよ」と再び答えると、驚いたような顔を見せた。「どう思いました」と今度は私が訊いた。この見知らぬ人は次のように答えた。
「感動した、今日靖国に参拝に来て本当に良かった。正しいことを言っている。」
初めてあった見知らぬ人ではあったが、通りすがりの参拝客にも大きな感動を沸き起こした一瞬だった。日の丸を上げて国を守ると言えば右翼と言われ、不良外国人は出て行けと言えば、差別主義者のレッテルを貼られる。
そんな社会を打破して新しい社会を作る為の運動がこれから始まる。帰りの新幹線の中でツイッターに書きました。
今は福島に戻る列車の中です。今日の靖国神社における桜井誠氏の新党結成宣言。
多くの聴衆に感動を呼びました。皆さんから問い合わせが多い。それだけ期待感が高まっていると思います。
正に今は国難の時です。狂瀾怒濤、迫りくる共産支那や北朝鮮との戦争の脅威に立ち向かう、本当の国民運動がこれから始まります。日本を守り抜く決意を英霊の御霊に誓った今日の宣言は、多くの愛国者の胸を撃つものでした。
国家の非常時には、英雄が出現した。これは古今東西の歴史がこれまで証明している。 今まさに国家の非常事態、桜井誠氏の決起(新党結成宣言)を断固支持する。
英霊の慟哭が聞こえてくるようだ。
我々の死を無駄にしてはならない。我々の遺志を継ぎ日本を守る為に立ち上がる時だ。まさに今が国難の時だ。軍靴は支那大陸と朝鮮半島からやって来る。
今のままでは日本は滅んでしまう。我々は何の為に戦い死んで行ったのか?今その事を考えて行動を直ぐに起こしてくれ。
桜井誠は英霊の御霊に誓った。この国を守る為に立ち上がることを。
東京都民の支持者は11万人を超える。そして全国の支持者は100万人を超えるだろう。新たなる同憂同士の結集を心から願う。
前に書いたブログ記事から一つのエントリーを紹介します。2009年2月6日のものです。
若者に日本の未来を託す
若者の雄叫びこそが日本を救う
わが国の政治・経済・社会全てに渡って混迷の度を深めているようにしか見えない。そしてこの混迷状態から脱すべき確かな道が示されていないことが、より一層国民の苛立ちになって現れ始めた。
あらゆる面における低迷した状態を打破する道が、おとなしい話し合い路線であると信じている人も中にはいるでしょう。しかし、若い世代においては、もうそのような話し合いの時代は既に過ぎ去ったと考えているのではないか?
最近、特にもっとも若い世代の10代の高校生からのメールなどでそれを感じています。若い世代から見たら現在の日本など唾棄すべき存在以外の何者でもないのかも知れません。
私は「2020年プログラム」というものをかなり前から訴えてきました。このブログにおいても書いています。
2020年と言えばもう残りは11年であり、現在中学生くらいの若者が、その時には20代の前半となります。
現在の中学生から高校生が日本の現状をどのように考えているのか? そのことを考えてみた時に、現在の社会に対する極度なまでの不信感と未来への大きな不安にとり憑かれているのではないか。
そのような不安を払拭させられるだけの、確かな指針を示すものが何一つ提示されていない。そこが問題なのではないでしょうか。
我々は戦前派世代とか戦中派世代と読んできましたが、戦後派世代もまた後からの世代によって、愛想をつかされてしまうのでしょう。
先の大東亜戦争を一つの境目とした戦後体制なる言葉もまた何の意味も持たないものとなりつつあるのかも知れません。我々が呼び続けてきた戦後体制なるものもやがては終焉となるかも知れません。
しかし、残念ながらそれは我々の努力や戦いの結果ではなく、時代の変遷という荒波にもまれて消え去るという意味でしかないのです。
さて、今日は短くまとめたいと思います。
退かなければならない運命に立った我々が、若い世代に何を示していけるのかです?
いかなる歴史を紐解いて見た時も、大変革・革命(維新)は、その国に住む民族の特性を担い、その時の周辺の情勢に敏感に反応してきたことは自明の理です。
変革者の立場に立つのか、或いは反変革者の立場に立つのかを別にしても、そこには大きな歴史の潮流には絶対に逆らえぬ運命的な必然の中にあることも事実なのです。
日本国という長い歴史の中で見れば、いくら60数年というものであっても、それはほんの一瞬に過ぎなかった。大東亜戦争に敗れて、その結果出来上がった国家体制など所詮は虚妄に過ぎなかったと知る日はそう遠くはない。
反戦を唱えていれば平和な社会体制を護持できるという考えが、やがて周辺国の状況変化によって、単なる戯言にしか過ぎなかったと知らされることになる。
我々はこの日本を大変革すべき、その主体となるべきものを創出する作業を怠り、或いは回避してきた。故に我々が主体となることなど出来ない。
しかし、「御用済みを宣言」を下されたも同然の我々だが、大変革を前にして自らを未来へのつなぎの世代であることを、ここであらためて再認識し踏ん張っていくことで残りの人生の責任を果たしたい。
若者に伝えたいのは現在の我々の姿ではない。我々のために戦った世代の“魂”です。
>2020年と言えばもう残りは11年であり
この時には11年あったが、もう4年しかない。この4年間で国会に進出できる真の保守政党を作り挙げたい。協力をお願い致します。
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