死刑制度と反対する政治家
死刑制度と同制度反対政治家
福島瑞穂・亀井静香に問う
<死刑>確定者が急増 近く100人に達する勢い
25日に4人の死刑が執行されたことで、収容中の死刑囚は94人になった。厳罰化の流れの中で死刑囚の数は増え続けており、近く100人に達する勢いだ。
最近の死刑確定者の数を見ると、03年までは年間2〜7人程度だったが、04年14人、05年11人と急増。今年は既に、連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚、オウム真理教の松本智津夫死刑囚、奈良女児誘拐殺害事件の小林薫死刑囚ら19人の死刑が確定した。
12月25日配信 毎日新聞
「クリスマスの執行残念」=死刑廃止議連が会見−東京
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「死刑廃止を推進する議員連盟」の福島瑞穂社民党党首らは25日、東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、「クリスマスに死刑が執行されたのは残念だ。年末のばたばたの中で執行するやり方は改善されるべきだ」と訴えた。
12月25日 時事通信社
この二つのニュースについて考えてみたい。先ず今回刑が執行された死刑囚についてですが、3人についは事件発生が78年、75年、81年といずれも25年以上も前の事件です。
判決が下されてから20年以上経過しているのではないでしょうか。もう国民の記憶から消えてしまっています。疑問に思うのはなぜこのように刑の執行が行われないのかです。
法務大臣に就任した人が署名を拒んできたので、このような結果になったという意見もあります。このようなことを放置していたら国家の根幹をなす司法制度そのものが形骸化して、やがては瓦解してしまうのではないでしょうか。
死刑制度というものがある以上、死刑の判決を受けた者に対しては、本人が再審を申し立てていない場合は、速やかにこれを行なわなければならない。それが当然のことであると思います。
さて、「死刑制度を廃止する議員連盟」というものがあるらしい。誰が参加しているかはよく知りませんが、有名な方として国民新党の亀井静香先生と社民党の党首である福島瑞穂先生のお二人がおられる。
社民党の福島氏は弁護士なのである意味納得はするが、犯罪を取り締まる側にいた亀井氏が死刑廃止論者というのは不思議な気もしました。
このお二人に是非問いたいことがある。それは二つのケースについてです。このような場合も死刑を宣告されても執行せずにそれを生かしておく理由とは何か?
一つは外国人による日本人殺害犯についてです。
国家は日本人の領土を守るために自衛隊(国軍)を保持しています。また、国内においては国民の生命と安全を守るために司法制度(警察・検察・裁判)が機能しています。
今回の刑の執行では96年に起きた4人の女性を殺害した死刑囚も含まれていました。しかし、これより4年前に起きた92年の中国人によるパチンコ強盗殺人事件はまだ刑が執行されていません。
この二人の中国人はパチンコ店を襲い、日本人従業員三名をナイフで刺し殺し、日本人以外としては初めて死刑の判決を受けた第1号です。この中国人がまだ拘置所で生きていることに怒りを禁じ得ません。
これを単なる刑事事件と捉えてはなりません。明らかに異民族による侵略的行為に他なりません。もし、この中国人に対する刑が執行されないなら、国民の生命と安全は常に異民族によって危険に晒されることにもなります。
もう一つのことは、国家転覆を狙ったテロ行為の犯人達とその首謀者であるオウム真理教の麻原彰晃などに対するものです。亀井・福島両氏はこのような輩に対する死刑も反対するのでしょうか?
もし反対するなら、二人が議会制度や民主主義、そのようなものについて、それを死守するという覚悟はないのでしょうか。人道という見地からの反対と言いますが、人道によって民主主義が危機に晒されても構わないと思っているのでしょうか。
最期に一言
死刑制度を廃止したら凶悪犯罪が減少するとでも言うのか?
それならそのデータを示して欲しい。でなければ、この「死刑制度」に我々は反対することなど出来ない。 |
侍蟻ブログでも詳しくやっています。
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9条・国軍
今日は構造主義言語学の話をしようと思う。 言語学? 「政治と言語学と何の関
ソシュール言語学&構造主義天皇論【Empire of the Sun太陽の帝国】at 2006年12月26日 16:20
>>なっとくさん
冤罪は一考すべき問題でしょうが、冤罪の例として痴漢を挙げるのは不適切かと思います。
痴漢は現状、かなり特殊な犯罪で、司法の大原則である「疑わしきは罰せず」が無視されるのが現状です。
「疑わしきは罰せず」の原則通りならば、被害女性が加害男性の犯罪(痴漢)の証拠を挙げるべきであり、証拠が挙がらなければ加害男性は無罪です。
しかし、現在の日本の痴漢という犯罪は、加害男性が「やってない証拠」を挙げなければいけません(何の法的根拠も無い、日本の未熟なフェミニズム意識によるものです)。
勿論、過去に免田事件なども起こっているのですが。。。
「日本の母親」さんのご意見に賛成です。
私も同じ気持ちです。
冤罪の解決が、冤罪被害者にとって並大抵でないことの認識も必要です。
犯罪捜査、裁判が公正であると考えるのは、愚かしいことです。所詮、人間のすること!
■ぼくは痴漢じゃない!―冤罪事件643日の記録 (文庫)
犯罪原因は、病気、遺伝子欠陥、薬(酒、麻薬中毒、鬱病薬)など多岐にわたり、犯罪者本人に責任能力がない場合が多い。(すべての犯罪者も同様?)
彼らに必要なのは、治療です。
もちろん、被害者の心痛は、容易に癒えることはありません。被害者へのケア、補償も重要です。
「神ならぬ人が人を裁けるか」というご意見は哲学としては永遠のテーマであっても、社会秩序を維持し人々の安寧な暮らしを保つためには司法の存在は不可欠でしょう。
冤罪を防ぐため、司法の基本理念として「疑わしきは罰せず」があり、量刑決定にあたっては被告人の情状酌量の余地が考慮され、そして制度として三審制そして再審への門戸も開かれています。
また国家が犯罪者を裁き処刑するという制度は、それによって私刑を禁止するという重要な側面があります。
そういう意味では私は裁判員制度(2009年導入が濃厚)についても大いに疑問を持っています、裁判の一貫性や公平性を妨げ、裁判員の人選によっては私刑をも助長しかねないという意味で。
アメリカ人やイギリス人他、先進国の外人の日本での犯罪なんて滅多にありませんから。
日本の母親さんがおっしゃる「自分の大切な人が殺人を犯してしまったら死刑廃止を望む、
だからこそ国に裁いてもらうしかないのです。」
が、一般的な日本人の謙虚な感覚ではないでしょうか。
罪人本人がそういう反省と自らの罪を省みる気持ちになれば十分情状酌量余地もあり
死刑判決などないでしょう。
よって、死刑執行される罪人は執行を自ら望んだものであるとなんらの同情も持ちえません。
神様が罪を裁くのなら殺人犯も窃盗犯も同じ量刑になります。また、普通に暮らしている
人々の些細な過ちもみな同じ罪になります。
人間はそれほど寛容ではありません。
ルールを犯した者は死刑云々以前に人間の決めたルールによって裁かれるのが当然です。
長勢甚遠法相の判断は当然のことをしたまでです。
気になるのは凶悪犯罪を犯す犯人の生い立ちです。
凶悪犯にはあまりにも中国人、在日、帰化人、カルトに侵された人が多い。
自分が人害、国害に合っているのも気づかず罪を犯しています。
今回のブラジル人親子殺害事件でも起こるべくして起きたことだと感じます。
根本は自分の家庭や国がしっかりしてないからでしょう。
死刑囚のエサ代は死刑執行に署名しない大臣・死刑反対者が負担すべき。
前に、強姦犯が社会に復帰して、被害者の女性の前に現れ、女性を殺してしまったという事件がありました。更生どころか、復讐心を育てていたわけです。
それ以来、刑は厳しくしてほしいというのが私の考えです。
万が一、自分の大切な人が殺人を犯してしまったら、死刑廃止を望むでしょう。勝手なものです。だからこそ、国に裁いてもらうしかないのです。
殺された人は二度と帰って来ません。殺された人は人生をやり直せません。
私はもし、自分の大切な人が殺されたりしたら、または、自分が殺されて人生を断たれてしまい、家族が悲しむことを思うと、殺人犯に良い人間になってやり直してもらいたいなどとは到底思えません。
犯人が死刑執行されても苦しみは癒えないでしょう。
人が罪を犯す前に、それを抑制させる強力な何かがなければなりません。その最大のものが死刑という罰だと思います。
なぜ人を殺してはいけないのかというのを説明するのは難しい事です。
だからこそ、罰を先に決めておいてそれに従うようにしておかなければならない部分もあるでしょう。
悪いことをしたら相応の嫌な事が自分に返ってくる――子供のしつけと同じ事です。
歴代の阿呆な法無大臣のお陰で、死刑確定者が100人近くもいるのですか?願わくば是非私に一日法務大臣をさせて欲しい!徹夜してでも一日で全部の署名をしてあげるのに。
そうですよね。人を殺したから死刑になるんですよね…
私もそれは死んでしか償えないなと考えたりもしました
でも償うってどういうことだろうとふと思ったんです
間違いを犯したことに気付いて、ごめんなさいっていう気持ちがもしあるなら
それよりは
更正して正しい道を進んでほしいと思うのですが…
一度間違いを犯した人間はやり直すことはできないんでしょうか…?
なんか生意気ですいません…どうぞ御指摘お願いします
>>じゅんさん
死刑囚というのは、「単純に殺してはいけない」人を単純に殺し、
「誰も権利を持っていない」はずの殺人を行っている人ですよ。
こういう言い方をすると多少反感を買うかもしれませんが、
刑罰を割り切って考えると、「その罰を受ければ、犯罪が許される」制度です。
命の値段なんてありませんから、労働(懲役)やお金(罰金)などで殺人が許されるはずもなく、命を奪ったのなら命で償うしかない、というのが僕の自論です。
死刑制度がなければ犯罪の抑止力がなくなるかもしれないし、税金の無駄とか遺族が報われないとかいろんな問題があるかもしれないけど
その前に単純に人を殺しちゃいけないと思います。
誰も人を殺す権利なんてない
ってのが私の考えなので議論にならないかもしれないですが
どんなに大きな罪を犯していても人は人です
それを神様でも何でもない人間が裁いていいものかどうか…
まだまだ未熟でこんな考え方しかできませんが…
死刑には、確かに冤罪の問題もあると思いますが、
終身刑には「脱走」の問題もあります。
凶悪な殺人犯が脱走したときのことを考えると
ちょっと恐ろしいですね。
それから
>どうしてここには死刑制度に反対の人が一人もいないんですか?
我が国の治安の悪化を憂いている人が
それだけ多いという事でしょう。
>じゅん様
個人的には死刑制度に反対している鈴木邦男氏の話なんかを読むとちょっと感じる所はありますね。
凶悪犯罪の発生や、死刑廃止を唱える人の中に反国家的な言動をしている人がいるのが、ここの方々が死刑を肯定する理由だと思います(勝手な推測ですが)。
ただ、冤罪の可能性や、抑止力の有無を考えると、果てしない議論です。
死刑を廃止するならば終身刑を設けないと保釈される可能性がありますから、単に死刑廃止を唱えるのは安直に過ぎるんでしょうね。
「冤罪」と「死刑」は分けて考える方が良いと思います。冤罪は
捜査段階できっちりと調べ上げ、疑わしきは罰せずを旨とする。
一方、酒鬼薔薇のように年若い人間でも犯人である事に間違いない場合は
少年法など廃止し、死刑を適用すれば良い。
冤罪は捜査、取調べの問題であって、死刑と切り離して考えて欲しい。
どうしてここには死刑制度に反対の人が一人もいないんですか?
私も死刑廃止には反対です。外国人(特に三国人)による犯罪が増えていますし、冤罪は勿論なくなるよう努力せねばなりませんが、証拠が十分で凶悪犯罪なら死刑にすべきです。日本は今まで必要以上に加害者保護をしてきました。
逆に被害者側に対する心のケアが日本はあまりに不十分ですよね。欧米では、大学でカウンセリングの専門家が育てられ、被害者保障制度もかなり充実しています。
日本はもっとボランティアによる被害者支援運動等を推進するような社会を作っていくべきだと思います。
瀬戸さんご指摘のとおり、外国人の場合は、日本での処罰が自国での処罰よりも明らかに軽い場合、「水低きに流れる」如くある種の裁定取引として、日本での実行を選択するケースが増加すると思います。
いや、既に増加していると言うべきでしょうね。
死刑廃止は断固反対です。死刑という制度があればこそ、凶悪犯罪の抑止力が
有るのです。最近の凶悪犯罪は外国人特に中国、朝鮮人、在日が多いと聞きます。徹底的な三国人対策が必要でしょう。又チャンコロ、チョンの実名報道が
絶対必要です。
国民の税金によって死刑囚に飯を食わせているわけですから、
全くもって無駄なことですよ。長らく生かせることによっての益はないでしょう。
それに日本で犯罪を犯した外国人も母国に逃げれば
中国や韓国以外では引渡しの条約すら日本は結んでいないわけですし、
この辺りの法律も充分な検討が必要ではないでしょうか?
各位 コメントを有り難う御座いました。
冤罪などを理由に死刑制度に疑問を呈する向きも確かにあるでしょうが、死刑反対派は冤罪という事実を拡大解釈しているように思います。総体的な数字として表わすと冤罪発生率は1%にも満たないのではないでしょうか。
一生強制労働させるべき、という意見も一理あるでしょうが、現職の刑務官に言わせると「税金の無駄使いである」ようです。第一、刑務所で囚人に従事させる仕事は減少傾向にあると言われますしね。
今回の4人に対する死刑執行のみでも相当な抑止力となったように思います。
管理人様
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http://taikyu.blog53.fc2.com/blog-entry-101.html
死刑の是非は、死の理解なくしては、”償い”でなく”見せしめ”、”復讐”の意味しか有りません。
人は、誰でも夜眠り(死)、朝目覚め(誕生)ます。
もし、死が睡眠程度の意味しかなく、誕生が目覚め程度の意味しかなければ死刑は、刑罰でなく追放あるいは釈放の意味しかありません。
戦争で多量の人々が悲惨な死をとげた場合、不幸の後、新たに誕生した人々が数十年後に多量の暴力、テロ、戦争を行うとの説もあります。(輪廻が巡る)
死刑に見せしめとしての意味を持たせるならば、残虐な公開処刑とすべきでしょう。
ただ、個人的に死刑は、反対です。
冤罪、警察官の成果主義、口封じ、財産没収が目的などの死刑が蔓延しては、たまりません。
強制労働をさせながら長生きさせることこそ、最大の刑罰ではないでしょうか?
>くるくるさん
そうなんですよね〜。やっぱり。
刑務所、留置所、一杯だって話聞きますよね。増やすのも難しいだろうし。
しかし色々な凶悪犯罪の実刑年数が短いと思うし、凶悪犯罪に時効があるのも問題じゃないかなぁと思います。
死刑制度の是非を議論するのは非常に難解です。
基本的に死刑制度を容認する立場ではありますが、
冤罪の問題がからんでくるので・・・。
しかし、報復の機能は持ち合わせているわけで、仮に
死刑が廃止されれば私刑が行われないかと。
犯した罪に対する罰として死刑は必要であると思われます。
人を殺しておいて、その罰が死罪以外では法の下の平等という感覚においては到底納得出来るものではありません。
死んでお詫びする、死んで償う、自分の命と引き換えにあがなう、
そうする以外にない「罪」というものは、存在するのです。
「死刑」があるからといって、抑止力にならない、という人がいますが、
それがあっても罪を犯す人間は確かにいるのですが、抑止になっている人も多くいると思いますよ。その人達が犯罪をおかしていないから、
抑止力になったかどうか、確かめられていないだけで。
>>ねこぱんちさん
アメリカのような終身刑制度、実刑年数を加算式にするというのは、広大な土地や潤沢な税金があってのことです。
日本のように、刑務所がどこもいっぱい、財政は赤字続きでは、アメリカ式という訳にもいきませんよ。
高校時代、学校の図書館に「ヒトラーでも死刑にしないの?」という本があり、興味を持って読んでみると、「ヒトラーの例は極端な例だから考えないようにしている(うろ覚えですが^^;)」と書かれてあり、呆れた記憶がありますw
死刑廃止論者というのは、このような感じで思考停止しているんでしょうかね。
「死刑は人権侵害だ」と寝言をいまだに言っている人たちがいますが、被害者の人権を奪った者が自身の人権をもって償うのは至極当然のことです。加害者は被害者の人権のみならず、あらゆる権利を奪っているのですから。
むしろ、今の死刑の基準はあまりに甘すぎると思います。人を1人殺したら原則死刑、強姦(特に幼女)したら死刑、誘拐したら死刑にすべきです。
みなさんがおっしゃるとおり、冤罪はあってはなりませんので審査はきちんとするべきですが、動かし難い証拠がある場合は死刑を躊躇う必要はありません。
もちろん、拉致を指示した彼の国の指導者は当然死刑に処されるべきです。日本国内で起こった犯罪なのですから、日本国の法律で裁けるはずです。
職場の人に聞いたのですが、昔の刑務所はやくざでさえももう行きたくないと言ってたらしいですね。
やらねばこっちがやられていたとか、亭主が働かず万引きでもしなければ子供を食わせられなかった等の同情する余地のある犯罪もあるでしょうが、せめて一つくらいは、鬼も震え上がるくらいの施設が必要だと思います。
死刑は、おっしゃるように冤罪の可能性を考えると、慎重にならざるを得ないと思います。
また、服役中に罪を悔い仏のようになる人もいないとは言えない。
でも何十年も三食食べて刑務所で暮らしているのは異常だと思います。
もし死刑を廃止するなら終身刑や実刑年数を加算式にするとか(アメリカは懲役100年以上とかあるんですよね?)して欲しいです。
外国人犯罪者の服役はその出身国の刑務所同等の扱いにして欲しいです。
母国より居心地のいい刑務所じゃ彼らにとって王宮だと思います。
アメリカでは死刑をしない州が有ると言ってるが、自衛の為に武器(拳銃・マシンガン等)を持つ権利はあるし、テレビを見る限りだと、余りに酷い殺人犯等は警官が射殺している。
もし、死刑廃止をするならば、江戸時代みたいに『敵討ち』制度を復活させるべき。
さもないと、遺族が余りに可哀想だ。
一日本国民さんへ
冤罪事件の起きる可能性を否定できません。よって再審請求を本人もしくは弁護士が請求する事件においては、慎重に判断すべきでしょう。しかし、それ以外は厳正に処罰されるべきです。
死刑廃止については最期に書いたように、人道上という点からではなく、国家・社会の利益という観点が必要です。いや、それが何より重要です。本当に死刑廃止で凶悪犯罪が減少するなら、それは検討すべきであると思います。
廃止しても、しなくても発生率が同じであれば、廃止する必要はないと判断します。
(続き)
私としては、人命をまったく省みない中国、韓国の犯罪者が大挙して日本にやってくることを考えると、死刑の存在価値は、今後ますます高まると思いますが、いかがしょうか。 もちろん、疑わしきは罰せずの原則は特に死刑判決には大切になるかと思いますが、どんなことをやっても死刑になることはなく、最悪でも3食付のなまぬるい(中国や韓国に比べれば)刑務所暮らしだけという状況は避けるべきかと思います。
ROM太郎さんへ
いつもありがとうございます。
法治国家の根幹をなすのは、やはり最終的に国家が最終的には
罪を犯した者を処刑するということではないでしょうか。
そのことをせずに、人道上の見地からと言ってそれを怠れば、
それは正しく国家の自殺行為と思います。
死刑廃止論者は冤罪の危険性を説いているのではなく、犯罪者は常に国家の犠牲者である。そのような思想が根底にあるように思えてなりません。
まず、現行の法制度では死刑判決を受けた死刑囚は特段の事情がない限り6ヶ月以内に刑を執行する事が定まっています。 ゆえに、瀬戸さんがおっしゃるとおり、再審請求をしているなどの事情がない限り、6ヶ月以上たった死刑囚は、直ちに全員刑を執行するべきでしょう。
しかし、死刑を廃止するべきかどうかは、議論の余地があると思います。 当然のことながら司法にも限界があり、冤罪がなくならない事実があります。 よって冤罪で死刑となった場合の国民の国家に対する信頼へのダメージと、死刑による犯罪抑止効果、治安維持効果を考えるべきでしょう。
瀬戸様 皆様 こんにちは
現刑法に基づく死刑確定囚に対する速やかな刑の執行は、法治国家の本来の姿であります。
むしろ歴代の法務相がその個人的思想に拠って執行を拒否してきた事の方こそ、厳しく非難されるべきであり、私は今回の長勢法務相の判断を当然ながら支持します。
今後はエントリで指摘されているように、外国人死刑囚への執行についても粛々と進めていただきたい。
死刑執行にあたっては法務相ご自身、そして刑の執行官の方々も人の子、相当な心的負担を伴っての職務遂行である事は想像に難くない。
死刑廃止論者によく見られる、法廷や今回のような司法の場での売名行為的、ヒステリックな大騒ぎは、いい加減に止めて貰いたい。死刑廃止論については立法府において存分に議論すれば良いではないか。
なお私自身は我が国を外国人の犯罪天国にしてはならず、死刑廃止論には強く反対する立場であります。
死刑反対してる人は在日とかの団体が多く含まれていたりする、自称左派の人とか