写真:今や日本の人口に匹敵する支那人がインターネットを享受している
このほど朝日新聞は『愛国を歩く』と題して、日中韓3国の若者に浸透するナショナリズムの傾向を追った短期集中特集を掲載した。上・中・下の3部構成で、8月22日に第一弾が、同23日に第二弾、明日24日には第三弾が掲載される予定だ。
もっとも共産支那の場合、愛国教育という名の反日教育(=反日思想の徹底)によってしか十数億の民を統治することが出来ず、また、そうした体制への批判をかわすために反日思想を徹底周知させたいという体制側の都合によって意図的に醸成された「愛国」であることは言うまでもない。
翻って日本の場合も、急速的なインターネットの普及によって右傾化がもたらされたような指摘もあるが、日本人としてのナショナリズムは元来、個々が内包していたものであろう。中韓両国の不当な内政干渉や支那共産軍による東シナ海における原潜航行や不法調査、重ね重ねの恫喝行為に対して、鋭く反応するのは国民として当然の反応である。
例えば、日本の国旗は「日の丸」であり、国歌は「君が代」であることが法律でも制定されたが、これに対して新しい国旗・国歌を制定しようとするムーブメントは各々の隣近所を見渡しても皆無なのではないか。
一例をあげると、ある中学校の進路アンケートで将来の希望職種を明確に「自衛官」と答えた者は皆無に等しかった。しかし、どうだろう。修学旅行先の沖縄で米軍車輌に遭遇すると、それまで静粛だった観光バス車内は一斉に沸き上がり、必ずと言って良いほど生徒らは一様に手を振ったり、写真に収めようとカメラを向けるものだ―。強い者に対する憧れである。京都・舞鶴で海上自衛隊の艦船を前に記念撮影をしたがるのも、国防の一翼を担う強者に対する尊敬の念が心のどこかにあるからだろう。
過日、自衛隊で教官を務める現職自衛官に話を伺う機会があった。それまで、およそ集団生活を経験したことがないせいか、新規入隊の若年層に共通することは「統制を嫌う」こと。これこそは最前線で“国防を担う側”になる難しさを物語っていよう。生徒らは軍隊という統制された生活を忌避したがる傾向が強いに過ぎないのだ。
愛国心やナショナリズムは決して一過性の“流行”ではない。
本題に入ろう―!
朝日新聞の論説は概ね、日中両国の若者は両国関係と両国の実像、客観的事実を知らぬ者同士が互いに「パトリオット(愛国者)ゲームを繰り広げている」と言いたいようだ。「格差社会で先行きに不透明感を感じた者がナショナリズムに同調した憂さ晴らし」「ナショナリズムでも愛国心でもない中韓の若者の反日遊びに酷似している」というもので、そうした主張を識者に代弁させる形で述べている。
確かに日中で互いに互いを攻撃するような文言が羅列されるインターネットサイトがあるという点では共通しているだろう。しかし、それらは飽くまでも手段に過ぎない。
二十世紀前半は各国が植民地支配を競い合った「テリトリーゲーム」の時代で、二十世紀後半は産業の発展に勤しんだ「ウェルスゲーム」の時代、そして二十一世紀は「アイデンティティゲームの時代」であると言われている。
政府への批判は一切許されず、デモ行動など街頭での活動が厳しく制限されている共産党一党独裁体制の支那では苛烈なまでの反日教育が推進され、他方、言論の自由が保障されていながらも健全なナショナリズムを育むことが事実上許されてこなかった戦後民主主義下の日本ではインターネットによって各々が情報を発信する媒体を持つことが可能となった。その意味でインターネットの登場は必然的であったとさえ思う。
さて、小泉純一郎首相が「反日があるから反中があるのは好ましくない」として、対中国強硬姿勢が強まりつつある世論を諌めたことを記憶しておられるだろうか。
日本が外圧を受けてしか変わり得ない国であることは、かねがね多くの識者が指摘しているところである。―とすれば我々は共産支那の策略、術中にまんまと嵌められているとは言えまいか。果して、今日、若年層に芽生えつつある愛国心やナショナリズムといったものは主体的且つ能動的なものか。日本の常任理事国入りに異を唱えた支那人らの反日デモに対して受動的になってはいないか。挑発に乗せられてはいないか。
共産支那は日本と戦争をしたがっている―!
一頃、インターネットの掲示板に「中国大使館を爆破する」との書き込みがなされ、ネット事件としては警視庁公安部が初めて動き出した(実際には、それ以前に警視庁公安部が動いたネット事件があったが)ことで話題騒然となったが、共産支那にしてみれば「そら見ろ、日本人は中国を攻撃・侵略する意図で凝り固まっている」と、したり顔になっているのかも知れない。共産支那に反日カードを有効活用する口実を与えかねない。共産支那は日本が反撃の狼煙を上げることを待っている―。
共産支那の軍事独裁体制も然ることながら13億の人口は日本のみならず世界にとって脅威だ。如何に互いを嫌悪したところで日本が引っ越すわけにもいかないし、共産支那や南北朝鮮が引っ越せるはずもない。天変地異や戦争が起きようとも都合よく13億の民が消滅するはずもないだろう。
反中で知られる石原慎太郎東京都知事は常々「私は決して支那人というのは嫌いではない。ただ、共産党の独裁体制が良くないんだな」と述べておられる。我々日本人が大陸及び朝鮮半島との間で最善の関係を構築するには、彼の地を支配する共産党独裁体制を葬り去る以外にないのだ。一般の支那人を責めても何らの解決にはなるまい。
朝日新聞の記事中、東大教授の姜尚中(カン・サンジュン)氏は現在の日中両国の若年層の傾向について「楽観は出来ない。(中略)今の状況は、一国では解決出来ない。政治主導で多国間の枠組みを作り、重層的な対話を積み重ねていくしか道はない」などと述べているが、互いを罵り合い、時として蔑視や中傷的な言葉さえ氾濫する不毛なネット上の議論から離脱し、民族としてのナショナリズムと国家としての指針を見定め、確立したどちらかが生き残る他に道はないだろう。
いつも応援を有り難う御座います。取り留めのない文章でしたが、今日、記した意味は遠からず理解を得られるものと確信しております。
極右評論管理者A
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