「世界平和実現」に賭けた皇軍兵士
8・15の世界史的意義 最終回
「世界の平和実現」を目指しての聖戦であった。
このエントリーも本日の5回目を持ちまして終了したいと思います。先の大戦について、3つの側面があると申し上げて来ました。一つは自存自衛の為の日米決戦。二つ目はアジア解放・民族独立を掲げた大東亜戦争。三つ目が共産主義との戦いです。
中韓北が侵略戦争と呼ぶ満州事変、日中戦争は、ロシアの南下、ソビエト革命、共産主義の脅威という流れの中で検証していかねばなりません。これは「反中国講座・歴史編」の中で行なってきました。
さて、実はもう一つ大きな戦争の大義がありました。この点については、これまで多くの人が語っておりません。戦後社会の中でそれは封印されてきました。
その理由はそのことに触れることは天皇陛下の戦争責任論を呼び起こしたり、或いは日本の国体(国柄)そのものを危うくする危険性があったので、伏せられてきました。
しかし、戦後既に半世紀以上が過ぎ去った今日、国民の若い層の一部ではありますが、祖国の再生を目指す息吹きが始まった以上、この問題を取り上げない訳には行かないでしょう。
それは開戦における天皇陛下の詔書にあります。
・・・・抑々東亜ノ安定ヲ確保シ、以テ世界ノ平和ニ寄与スルハ、丕顕ナル皇祖考、丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ、朕カ拳々措カサル所、列国トノ交誼ヲ篤クシ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ之亦帝国カ常ニ国交ノ要義ト為ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英両国と釁端(キンタン)を開クニ至ル洵に己ムヲ得サルモノアリ。豈(アニ)朕カ志ナルヤ・・・」
戦争を避けたかったが、やむ得なかったという悲痛なお心を察することが出来ます。しかし、同時に「以て世界の平和に寄与する・・・・」という箇所にも注目しなくてはなりません。
この部分こそ実に世界史的意義と言えるものではないでしょうか。
この戦争とは世界の平和を希求して行なわれたのです。皆さん方の中には「戦争を開始するに当たって世界の平和を願う」との考えに矛盾を感じられた方もおいででしょう。
しかし、これは事実なのです。今では全く歴史の彼方に葬られた言葉として「八紘一宇」という言葉があります。八紘とは四方八方という周り、広く世界という意味です。正確には(四方と四隅)
一宇の宇とは家を表します。これは神武(じんむ)天皇が、橿(かし)原宮で即位した際にのべたとされる『日本書紀』の言葉を由来としています。
これは当時(戦前)の日本人なら誰でもが持っていた日本人としての精神(誇り)でもありました。日本の大理想というものは、この精神を広く世界に示すことにあったのです。
日本的世界観とでも呼ぶべきものでしょう。世界観とは何かー今日はこの定義をここで述べようとは思いません。ただこれを最も簡単に要約するとすれば、漠然とした表現ながら次のようになるでしょう。
「日本の目指したものは黄色・白人関係なく人類の共存共栄であった。この実現のために満州には王道楽土というスローガンの下に理想国家の建国を目指した。我が国は戦争によって争いのない平和な世界を作ろうとした。」
連合国はこれを世界に覇権を求める暴挙としたが、日本が世界征服を企むほど愚かな民族でない事は彼らも分かっていた筈です。この世界平和という大理想を掲げた戦争こそ世界史に残る偉業なのです。
日本兵は確かに「祖国日本」のために戦った。しかし、それ以上に死生を超越した信仰的な情念があった。それが「天皇崇拝」とも云うべき日本的なる世界観であった。
我が国の戦前の軍隊が戦争という人間が極限まで追い詰められるその状況下においても、最も勇敢に死を恐れずに団結し戦えたのは、ただ単に権力で強制されたからではない。
そこには、その信仰心の底流には「世界の平和を求めて」という崇高にして純粋なる大理想があったことを見逃しては行けない。靖国神社に眠る英霊こそ「未来につなぐ平和の使者」だったのです。
※昨日は6800人の応援クリックがありました。過去最高であった7月25日(富田メモ事件)の8600人には及びませんが、直接入力して頂いた方は前回は3700人だったのが、昨日は4500人もおられました。
このブログをそれだけ多くの人がお気に入りに登録して頂いているわけで感謝致します。8月15日は過去最高の盛り上がりを期待しております。皆さん、どうか他の掲示板への紹介など宜しくお願いします。
ブログ・ランキング 応援クリック宜しくお願いします!
Posted by the_radical_right at 11:41│
mixiチェック
│
教育・日本人精神
拙者の見える所に、其れ等の劣等民族は本当に良く気のきく馬鹿者だ。偉い大英帝国、和蘭等の「植民地」としての秩序立っている地区は「独立国」としての混乱+独裁+専制の国家よりもはるかに優れている。たとえば、インドネシアの様な糞イスラム国はもうテロの温床と根拠地になりました。大英帝国の植民地としての十分な自由を持っている「ホンコン」も糞凶惨党の統治下の自由の無い「今の香港」と「独裁の軍国日本の統治下の香港と台湾と東南ア」を遥かに超えている。
ご指導賜らんことを切望いたします
拙者の見える所に、其れ等の劣等民族は本当に良く気のきく馬鹿者だ。偉い大英帝国、和蘭等の「植民地」としての秩序立っている地区は「独立国」としての混乱+独裁+専制の国家よりもはるかに優れている。たとえば、インドネシアの様な糞イスラム国はもうテロの温床と根拠地になりました。大英帝国の植民地としての十分な自由を持っている「ホンコン」も糞凶惨党の統治下の自由の無い「今の香港」と「独裁の軍国日本の統治下の香港と台湾と東南ア」を遥かに超えている。
ご指導賜らんことを切望いたします
中凶殲滅さま
> 誤解を与えたとしたら、失礼致しました。
納得しました。
私の方が読み違いでしたね。
有難う。
因みに、私は日本の国民と政治家たちの参拝行為を断固支持する。其れは貴国の内政だよ。凶惨党・支那糞青・糞半島には「あれこれとあら捜し(支那語・説三道四)」の資格が皆全く無い。
皆さんの御参拝を楽しく過ごされますよう。
言さんへ
8・15が終了したら、ゆっくりとエントリーを上げて書きます。それまでお待ち下さい。
二、拙者の見える所に、「自存自衛」は明らかに大嘘だぞ。「でっち上げの危機」に直面している当時の日本はもう軍事強国になりました。コリア・タイワン・マンシュウの宗主国としての日本のピンチは、どこから来たのか。結局、欧米は日本侵略・植民化に興味を持た無いよ。日米決戦も当時日本の下劣である戦争挑発ので。
三、共産主義との戦いです。恐れは此れは唯一つの正当な動機ですねえ。但し、とても残念だ。日本は共産主義を徹底的になくしない。そればかりではなく、支那共産党はまさしく日本軍の御陰で日に日に発展しているよ。此の点で、軍国日本は可哀想な支那民草の罪人だよ! ! 共産党が支那大陸の権力を握ることの結果は軍国日本の責任に帰する! ! !
以上、どしどしご指導賜らんことを
一、拙者の考えでは、「ある大義名分・Big Words」を掲げた「大東亜戦争」と言う言い方は自画自賛に過ぎ無いよ。又は「後の祭り」だぞ。所謂「亜細亜解放」は知ったかぶりをする事に過ぎ無いよ。其れ故、後の推察できる敗戦は只自業自得だけだ。
欧州植民主義の実際の客観な効果は「利>>害」だと思います。欧州植民地に手を出す事は全く無必要だ。決して欧米諸国は日本の安全をおびやかしてい無い。其の上、欧米の植民地としてのアジア諸国は日本の植民地としての地区を上回っている。欧州・米国の精神・物質文明の両者は当時の日本の物質文明を遥かに上回っているだから!取分け英米の憲政文明の前では独裁の軍国日本はただ野蛮な国に過ぎ無い!!
無論、現在の人権民主和平の国・日本は立派な文明国ですねええ。此の意味では、私は親日(現代日本)家だ。
今晩は、瀬戸さん!私は反共反華の支那人であり、宜しく御願いします。1945年前の軍国日本の二三事教えていただきたい事が有りますが。私の日本語は非常に下手ので失礼しました。どうかご勘弁を。
以下は私の愚見:
(とおるさん)
> バカサヨと朝鮮人得意の「表現」ですね。
私は、日本人ですが、バカサヨでしょうか?
誤解です、とおるさんのことを言ったのではありません。
無謀・被害者・間違いなどの「表現」は、バカサヨや朝鮮人が
得意とするところだ、と言いたかったのです。文中の「彼ら」は
勿論バカサヨや朝鮮人のことです。
誤解を与えたとしたら、失礼致しました。
↑
> バカサヨと朝鮮人得意の「表現」ですね。
私は、日本人ですが、バカサヨでしょうか?
武士道精神など彼らには死んでも分からないからこそ、靖国神社を批判するし、特攻隊などを理解出来ないし、被害者とか間違いだとかマスコミで発言しています。
東京裁判の記録から削除された発言(http://tech.heteml.jp/)に、米国人の弁護士の発言が載っています。
・戦争自体は、国際法違反では無い。
・戦争が殺人だとすれば、広島・長崎に原爆を投下した国家元首なども裁かれなければならない。
↑
バカサヨと朝鮮人得意の「表現」ですね。武士道精神など彼らには死んでも分かりません。
> 我が国の戦前の軍隊が戦争という人間が極限まで追い詰められるその状況下においても、最も勇敢に死を恐れずに団結し戦えたのは、ただ単に権力で強制されたからではない。
武士道の精神も、この時代までは一般庶民の間に残っていたのではないでしょうか?
自分を犠牲にしても守るべき者(物)があるという精神は、この精神の無い人からみたら、無謀・被害者・間違いという表現になるのではないでしょうか。
私は、かつて在った日本の真の姿を取り戻したい。本当の日本人として生きていきたい。英霊の方々に顔向けできるような誇りある生き方をしたいです。私たちが死ぬまでにはそれを達成したいと思っています。未来の子供たちには背負わせたくありません。できうる限りの事はやりたいと思います。今後ともご指導宜しくお願いいたします。
艦長さんへ
いっぱい友達増やして下さい。若い人に期待しています。未来はあなた達のものです。頑張りましょう。
瀬戸さん、いつも皆様の意見を読んでその意見に対して丁寧に答えていることに尊敬します。また、2ちゃんねるみたいにただ批判するだけではなく今後、どうすればいいかも発言してます。俺はとても感心しました。
これからも共に意見を出し会いましょう。
俺は、友達と今の日本のあり方について熱く語るときもあります。
瀬戸さん
瀬戸さんのBlogのクリック数が多いのは瀬戸さんが真剣に対応なされているからだと思います。
みんながこうして大人の話し合いを続ければ戦争という手段は最後の最後まで選択しなくてもいいのではないでしょうか?
すぐに戦争(争い)へと導く必要はないとあらためて感じました。
少なくとも今の日本の置かれている状況はまだそのような段階ではないと思います。
これからもよろしくお願いします。
亜細亜会議さんへ
>小野田寛郎様が仰っておられました。
実際に戦ってこられた人達の口からもっともっと若者に教えて欲しいと思います。父祖たちの栄光とロマンを現代の世に甦らせることができたら、素晴しい国家ができると思います。
否定者さんへ
8月15日は静かに戦没者への哀悼を念を捧げます。我々は目だった動きはしません。まだその時期に至っていません。取り敢えずは思想啓蒙運動を進めるだけです。普段の活動はこれまで通り行なって行きます。
戦争は最悪な外交手段ですが、それを否定しては、相手に屈服することになってしまいます。恐れる前に備えを固めよ、ですね。
これから出掛けるので後は夕刻より投稿します。
開戦時の昭和天皇のお言葉については理解できます。
しかし終戦を迎え、昭和天皇は「戦争という手段」が間違っていたことにお気づきになられたのだと思います。
だから、戦後A級戦犯が合祀されて以来、靖国神社へもお出でになられなかったのだと理解します。
現代社会では戦争だけが世界平和への手段ではないはずです。
世界平和を望むのは右の人も左の人も一緒です。
その手段としての「戦争肯定」という解釈に大きな差があるのでしょう。
瀬戸さん
こんにちは。開戦の詔書の意義の見直しは昨年の終戦記念日に靖国神社で行われた、「国民集会」の中で、小野田寛郎様が仰っておられました。
小野田様はその中で、
「日本人は、終戦の詔書の話はするが、開戦の詔書を余り言わない。開戦の詔書こそ日本が戦争に至った経緯や目的が書いてある。何故、これを論じないのか。」
というような内容を仰っておられました。
同感です。
画像の塔に、私も行ったことがあります。
神武天皇の像も彫ってありますね。