帝国軍人の墓に毎年300人が(平成元年当時)
「反中国歴史講座」 ��
石原莞爾先生の予言「世界最終戦争論」(2)
私は平成元年8月13日、盆休みを利用して石原莞爾先生の墓参りに出かけた。石原莞爾先生は満州における満鉄爆破の謀略の張本人とされた。石原先生はこの時42歳であり、関東軍参謀本部中佐であった。
この頃の石原先生は「世界最終戦争論」を心に描き、来たるべき最終戦争の時代に備えていた。しかも、先生の描いていた最終戦争とは今、目の前に進行する満州馬賊や共産ゲリラ、ソビエト軍との戦いではなかった。
石原先生が考えていた最終戦争の時代とは、まだこれから到来するものであった。だからこそ、その著「世界最終戦争論」とは予言の書であったのである。
そう考えるなら、この時、石原莞爾陸軍中佐が謀略を用いてまで作戦を遂行する必要性など全くなかった。石原先生はこの満州事変後、戦争の拡大に反対し続け、結果的に軍を追われた。
単なる軍人であれば、その行動や主張はその時々において変節し、一貫性がないと批判されるかも知れない。しかし、石原先生は戦争と文明は不可分の関係にあり、文明の発展と共に戦争の形態も変化し、戦争そのものが、やがて最終的な戦いを経て消滅する。
このような理論を構築して世に示した方である。そのような先生が満鉄爆破による電撃作戦による敵の殲滅などという、古典的な作戦に固執して戦争を始めるはずなど絶対にないと私は信じる。
さて昨夜の続きに入ろう。
こんもりと高く積まれた山の上に石塔が立っていた。周りはきれいに掃き清められ、菊の花が飾られている。石碑には石原先生の唱えた「都市解体・農工一体・簡素生活」の文字が刻まれてあった。
私の胸の中に大きな感動が起き、胸がジーンと熱くなるのを覚えた。
何故か目に涙が溢れ、ズボンに土がつくのも構わずその場にしゃがみ込んだ。暫しの間、時を忘れるほどに瞑想した。
幽明境(さかい)を異にした先生の声を聞こうとしたが叶わなかった。考えて見ればまだ私は先生の声を聞くほどの人間ではなかった。しかし、嬉しかった。自分の探し求めて来たものと、やっと会えた。少年の頃の嬉しさとでも言ったら良いか、とても爽やかな気持ちであった。
ふと周りを見ると、赤い郵便ポストが一つ目に入った。一体何があるのだろうと開けてみると、中には一冊の記帳簿と書かれた大学ノートがあった。
それを開けた私はまたしても大きな感動を覚えた。そこに記帳してあったその人間の数の多さであった。私が行ったこの日の午前中にも一人の記帳が見られた。
前年の8月の最初に書かれたその日から、それまでの間にゆうに300人を超える人のご記帳があったのである。遠くはブラジルのサンパウロやリオデジャネイロ、日本は北海道から九州まで全国一円に渡っていた。
亡くなってもなお、今日、これだけ多くの人を惹きつける魅力を持った<帝国軍人>がいることに私は驚愕した。日本は戦争に敗れ、軍人は悪罵の限りが投げつけられてきた。
しかし、ここに、この東北の寒村の片隅の山林の中に眠る<帝国軍人>は、多くの日本人が心からの親しみを持って、今でも忘れられないで来たのである。
日本人はまだまだ捨てたものではない。正しいものを、正しいと思う心を忘れてはいなかった。
私は石原先生の墓に来たのが、如何に遅かりしかったか、自分の不勉強さに恥じたのであった。
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Posted by the_radical_right at 17:39│
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反中国講座
戦争と平和を、自分の頭で徹底的に考えた抜いた思想家としての、石原莞爾将軍に万感の敬意を払うものです。西欧の2元論思考では決して解けない方程式を解いたのが「世界最終戦論」だとおもいます。戦争は現在中東における、一神教同士の三つ巴の戦いに見られるごとく、結局は「人間如何に生きるべきかという世界観・人間観の相克である」と看破したのです。
将軍は、あまたの思想的遍歴・苦闘の末その哲学思想の根基を田中智学の日蓮思想に求めたのでした。ただし、将軍が国柱会を無批判に信じたわけではありません。それは、遺言の書ともいわれる「日蓮教入門」のなかに科学制の判断基準として示されています。
誤って連投してしまいました。すいません。
訂正「石原莞爾の思想には田中智学(国柱会・日蓮宗)の影響があるんですよね?瀬戸さんはこれをどうお考えですか?」
訂正「石原莞爾の思想には田中智学(国柱会・日蓮宗)の影響があるんですよね?瀬戸さんはこれをどうお考えですか?」
石原莞爾の思想には田中智学(国柱会・日蓮宗)の影響があるんですよね?瀬戸さんはこれをどう見ますか?
蔵信芳樹さんへ
石原莞爾先生を天皇陛下がどう思われていたのか。残念ながら私は勉強不足で分かりません。なかなか本当のお気持ちは表さなかったのではないでしょうか。
えんきさんへ
天皇や軍の上層部が石原先生の唱えた「世界最終戦争論」をどう捉えていたのか。興味があります、これから調べて見たいと思っています。
萩さんへ
なるほど、そのような考えもあるわけですね。これからこの石原先生と関東軍、更には満州問題を続けて行きますので、その時にご意見を紹介させて頂きたいと思います。コメント有り難う御座いました。
私は石原中佐が否定的評価を受けることはやむ得ないと考える。確かに「世界最終戦争論」などは今にも通じる彼の陸大創設以来かつてない頭脳を証左していると考えるし、満州事変は彼自身の私利によるものではなく国家の発展のために行ったと思う。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。まず、満州事変は関東軍の独断によるもので、軍事行動をおこすのには陛下や内閣の裁可が必要なのにそれを無視し、さらにそれを支那軍の仕業として陛下や内閣を欺いた。この事は、青年将校を思いあがらせる悪しき前例となってしまった。また、大戦後建前上は侵略が禁止され、それが世界的な潮流になっていることに無知で既成事実を作り上げ国際的非難を浴び、国連脱退の布石となった。この事は国家の威信を傷つけたといえる。
よって、彼自身の思惑とは違えど国内的、国際的にも甚大な悪影響を及ぼした人物との謗りを免れないとかんがえる。
昭和天皇は仁科博士と親交があった様ですから、核に関する知識は有ったと思われる。 石原莞爾の最終戦論に賛同するかどうかは、原爆に対する考え方次第だろうと思う。
昭和天皇は仁科博士と親交があった様ですから、核に関しての知識は有ったと思われる。 石原莞爾の最終戦争論に賛同するかどうかは、原爆に対する考え方で変わるんではないだろうか。
もしも石原莞爾が日本の指導者だったら、もっとマシな歴史だったかもしれませんね。
ひとつ気になるのは昭和天皇のことです。
昭和天皇は独白録で石原はよくわからない男だとおっしゃています。
もしも昭和天皇が石原莞爾の著作に触れていたとして、はたして賛同されたでしょうか?
非常に疑問に思います。
そこが痛いところです。
ケロロさんへ
祖父がまだ健在の頃にいろんな事を聞かれていれば良かったですね。
お母さんは聞いて育っているので知っているかも知れません。今度聞いて見て下さい。
なっとくさんへ
私もこの本を読んだ時にはかなり興奮しました。ただ難しくてなかなか理解できず、他の方がお書きになった解説書が一番分かり易かったように思います。
石原先生の予見する『世界最終戦争論』の戦争はなくなる理由に興味がひかれます。人類の歴史は、幾度となく最終戦争を行い続けた繰り返しなので簡単な解決策は存在しないと思われるためです。肥田春充氏(MU BOOK 鉄人を創る肥田式強健術)が、人類の未来を予知、愛する人類を救えない絶望感にないなまれ49日の絶食後72年の人生の幕をS31.8に閉じた方がいらっしゃいます。また、バグワン氏も晩年に人類の未来に絶望されたとのことです。超人と言っても良い人々が絶望する未来とは、あまり体験したくない気もします。
こんばんわ!!
やはり石原莞爾氏は素晴らしい方だったんですね。父方の祖父からは石原氏こそA級だと聞かされていましたが、先日亡くなった母方の祖父からは素晴らしい人物だったと聞かされていました。母方の祖父は満州の大学で医学を学んでいたということもあり、様々なことを知っていたような気がします。この世界最終戦論、探して読んでみたいと思います。そして、必ずお墓参りに行きたいと思います。
東亜連盟戦史研究所所長 さんへ
コメントありがとう御座います
いろいろ勉強させて頂きたいと思います。
屋根の上のミケさんへ
石原先生は満州事変の最大の責任者とされながら、東京軍事裁判では裁かれませんでした。一説にはマッカサーが強く反対したと云われています。石原を恐れたということなのでしょうか?
kokoro さんへ
是非、石原先生を勉強してみてください。先生の書いた本を直接読むよりは、最初は石原先生を書いた本が何冊かあるので、そちらを先にお読みになれば、その人となりが分かって良いと思います。
怒る小市民さんへ
石原先生は日本が生んだ偉大なる思想家であると思います。あの世界的な戦争の時代において、やがて文明の発展とともに戦争も進化を遂げ、やがて戦争はなくなる。この「世界最終戦争論」はそのような意味で非常に独創的で他の追随を許しません。このような偉大なる思想家が、あの時代に日本に出たという、その事実に私は正直驚きを隠せません。
Gold Dixxerさんへ
戦争を避けるためには、戦争の本質を知らなければならない。そう思った石原先生はフランスにおいて、戦争とは何なのか、その本質を見抜き、それは文明と共に進化するという、当時は誰も考えつかなかった独創的な法則を書き上げました。現在はミサイルが戦争の主力となりましたが、やがてこれも迎撃される運命を向かえるでしょう。その時始めて「最終戦争の時代」すなわち、地球上から戦争の消える時となるでしょう。私はそれを2020年と思っています。
>怒る小市民さん
お返事ありがとうございます。現在自分は高校生で日本史を専攻して学習中ですが、まだまだ不徳の至る所も多々あり、度々的はずれなコメントをするかもしれませんが、これからもヨロシクお願いいたします。
トラウマがあるという点では日本も同じように見受けられます。「戦争」という事実をしっかりと見据えないために、現在のような複雑な問題を作り上げてしまったと思います。今、しっかりと過去を見つめ直し、正しく判断していく。このことが今の日本に必要だと感じています。政治家にはしっかりとした目線と堂々とした態度を身につけていただきたいですね。
「世界最終戦争論」には興味があったのですが、いまだに未読でした。
「世界最終戦争論」という名称から、石原莞爾さんが好戦的な人物だったのではないかと、漠然とした先入観のみを持っていました。
「都市解体・農工一体・簡素生活」という言葉により、私の持っていた漠然とした先入観は壊れました。
戦争と文明が不可分であるのなら、この言葉は、私の先入観とは対極にあります。
是非本を探して読んでみようと思います。
石原莞爾氏は、戦中戦後を通じて、不当に低く評価されて来たのかも知れませんね。『日本人はまだまだ捨てたものではない。正しいものを、正しいと思う心を忘れてはいなかった』。このお言葉をうかがって私も、嬉しく存じます。私もこれから『世界最終戦争論』や 東亜連盟戦史研究所所長さんが、ご紹介下さった「人類後史への出発」などを読んでみたいと思います。ミケ
>Gold Dixxerさん
度々の御意見、ご賛同、有り難うございます。
中共がかくまで我が国に傲岸不遜な態度をとり続ける背景は。他のアジア諸国に東アジアの領袖は己であることを知らしめるためと、米国に対する牽制、更には、共産中国の存在意義とも言える抗日・克日を、多分に意趣返しの意味も込めて実践しておるためと推察しています。中国には栄光の前近代史と屈辱の近代史と云う二面の歴史がある。中国が他国の批判に過敏なまでに反発するのは、主に後者が民族的トラウマとして桎梏となっておるからでしょう。中国共産党は日本より有象無象の多大なる援助の成果もあり、著しい発展を遂げましたが、ここにきて様々な歪みが綻び始めています。日本に殊更強硬な姿勢を見せるのもその表れやも知れませんね。
はじめまして、石原莞爾の戦後著作集「人類後史への出発」は、最終戦争論戦争史大観よりも素晴らしいですよ。
怒る小市民さんへ
まったく同感です。私自信、中国という国に嫌悪感は一切ありません。孔子や唐といった、当時優れた文化や思想がなければ日本の独自の発展もなかったと考えています。。問題は「共産中国」。これとは一線を画す必要があるでしょうね。
さて、今回の記事ですが、現在の教育課程では語られることがない素晴らしい宝玉を見つけることができました。生意気にも戦争反対論者ですが、軍人もこのような理念のもとで活動していたと見せられると考えさせられる節があります。石原先生に関しては歴史でサラッと見た程度ですので、機会があればぜひとも研究したいと思います。
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
石原先生の予見する『世界最終戦争論』、昨日の続きとなりますが述べさせて戴きます。先生の論では世界はやがてブロック化の方向に向かうとありますが、まさに世界情勢を鑑みるに欧州、北米、そして東亜のブロックに再編されつつある。第四の勢力としてロシアを数えることもできますが、冷戦当時のような往時の力はなく、プーチンが如何に虚勢を張ったところで、東亜と欧州の緩衝地帯がせいぜい。またインドや南米、アフリカも世界の趨勢に影響を与えるほどの力を有してはおりません。
北米と欧州は価値観を共有できる間柄。が、共産中国とは根本思想が異なります。となれば、最終戦争は東亜VS北米&欧州の対決となることでしょう。日本が何れの陣営に与するかは言わずもがなですが、地勢学的側面から見るに、戦場となり得る危険性が大きい。なれば最悪の事態を回避するためにも、中共政権を瓦解させる方策が急がれます。