右翼の対中テロ計画は幻か!?
「むしろ、今やった方が効果はある…と思う」
9月上旬のことだった―。
都内に本部を置く右翼団体の某幹部らは、中国大使館へのテロ計画を語り始めた。―と言っても実現性を帯びた話ではなく、「右翼が2人以上集まればテロの話になる」という�猖‖Л瓩鳳茲辰燭い弔發硫慎い覆げ駭辰任△襦�
9月2日には京都・西本願寺にて、首相の靖国神社参拝に異を唱える門主に面会を求めた右翼団体会長が堂内に灯油を撒き散らすなど直接行動に訴える挙に出たため、右翼団体関係者の間ではこの話題が持ち切りとなっており、彼らの会話は即実現性を帯びたものではなくとも、テロをより身近に意識する緊迫性のあるものになったことだろう。
かの反日暴動の嵐が中国全土を覆ったのは春先のこと。我が国でも一連の反日行動に激怒した者らによる直接行動が散発的に発生した。
幹部の一人が話す。
「反日暴動が酣(たけなわ)の頃に報復的にやるのも良いが、静寂の時にこそやるから意味を持つのだと思う。数々の懸案事項を抱えながらも日中間に波風が立っていない時こそ、我が国に反中感情を持った日本人が確かに存在することを知らしめられる。その意志はより明確に示せるのではないか」
思想関係の著書に、右翼テロは、左翼のように綿密な軍事会議によって決定されるのではなく、こうした酒の席の与太話が実行に繋がると書かれているが、まさにそうなのだと改めて実感させられる。話はテロの手段にまで及ぶ。
「そんな事をやっても仕方がないよ」
別の一人が切り出した。過激論に走りがちな仲間を制止するかと思いきや、彼の言葉はより極論だった。
「テロなんて、チュウタイ(中国大使館の略称)職員の一人でも…誰かが死ななきゃ意味がない」
次の話がこの日の落としどころとなった。
「余命幾ばくもないと知ったら必ずやる!このままで死にたくない!国のために!狙うは…」
その後、幹部らは武道の稽古に励む日常に戻るため、帰路につく。
半世紀前、日本が無条件降伏調印文書にサインした9月2日に京都・西本願寺で起きた事件から一か月半後の10月17日、小泉純一郎首相は靖国神社を参拝した。
この二つの事象に如何なる因果関係はなくとも、国民の中に燃え滾(たぎ)る情念が一つの形として噴出したものであることを断言したい。右翼テロは常に怨念となった世論の中から湧き出てきたものである。国論が二分するような状況―、かつて安保闘争の中で学生・労働者を扇動する社会党委員長が公衆の眼前で暗殺され、世を震撼させた。
この先、我が国では何を以って対立軸が生じるだろうか―。生活格差の急速的な開きが指摘される中、マネーゲームによって巨万の富を掴んだ者がカネの力でますます横暴を極めるであろうこの先、そうした輩の中から自らの生命を以ってその蛮行を決算する者が続出することを、ここに予言しよう。
写真:建国義勇軍によるテロ事件を検証する新聞記事より
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Posted by the_radical_right at 20:56│
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検証・歴史的大事件
なぜ、阿部は右翼青年の刺客に暗殺されたのか?それは支那大陸において日本の国旗・日の丸が焼かれた国旗陵辱事件や邦人に対する暴行・虐殺事件に対して「暴に対して暴を持ってするは国際の道義にもとる」と発言し、純粋な右翼青年の心を傷つけてしまったからであった。この事件は自決した岡田一人の犯行ではなかった。無期懲役・宮本千代吉(22)岩田愛之助(25)ら若者5名が逮捕され判決を受けた。彼等は臆することなく、日本の対支那軟弱外交を糾弾して刑務所へと送られて行った。
若者が尋ねたのは角田知良という弁護士事務所であったが、連絡を受けて刑事が慌てて駆けつけた時は既に遅かった。岡田は部屋にかけてあった支那大陸の地図を畳の上に敷き、その上に端座して短刀で古式の切腹に乗っ取って自決を遂げていたのである。一通の遺書が残されていた。「この度の犯行は私怨のためでなく、国家のためである。阿部を一日生かしておけば、日本の維新は一日失墜する。故に公人である彼を刺した。・・・・これは軽少ながら遺族の方に送ってください。」と一円紙幣が2枚封入してあった。彼岡田の年齢は18歳であった。
大正2年9月5日、外務省政務局長阿部守太郎は外務省きってのエリート。その夜は中国から帰国した伊集院中国公使を新橋に迎えての帰りであった。阿部は中国通としては外務省で並ぶ者がいないほどの実力者。その阿部はこの日のよる若者によって刺された。阿部は夥しい血を流して倒れ、そのまま還らぬ人となった。
警視庁の必死の捜査にもかかわらず犯人は見つからなかったが、それから数日後岡田満という若者が「自分が殺した犯行後自殺しようとしたが、相手の生死を確めるために思い止まっていた。」と自首したのである。(続く)
その方とは「山口二矢」さんのことですね。5〜6年前には供述調書の全文が産経新聞に掲載されたことがあります。当時17歳で鑑別所に収監され、11月2日に独房で自決されました。
透徹した主義主張、人生観だったと思います。今の17歳にあんなことを言える者はまずいないでしょう。
教育は時間がかかりますが、お金はそうかかりませんからね。これこそ緊急の課題・改革です。
実は昔、ミニコミ紙でこの委員長を暗殺した若者の獄中手記を読む機会に恵まれた事がありました。新聞TVでは今はまず掲載しないでしょう。(多分この人だと思いますが)驚く程まとも。気概ある内容でした。日本に対する愛情、親への感謝、そして日本の未来への警鐘。確か責任をとり自決されたのでは?以前「ある人の文章」を見た事があるのですがそれはそれは硬質で毅然とした立派な文語文でした。私は明治期の有名な文豪だと思いました。が、何とこれ、小学四年生、しかも女の子の書いた文章!もちろん尋常小学校時代ですが。しかも他の子もみな同じ!いつからこんな今の馬鹿な日本になったのか。そういえばいつの間にか文語体も書けなくなりましたね。いかに教育が大事か!日本を乗っ取るのに何も武力でなくてもいいんですよ。教育・マスコミで国民を何も考えない馬鹿にしてしまえば。我々も戦わなければ日本はこのまま滅びるか支配されるでしょう。